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当人相応の要求(2)

2007年01月12日 | 当人相応の要求
当人相応の要求(2)

 例えば、こうである。
 マーラーの交響曲の第9番目の作品がある。1912年に皆の前で公表されたらしい。もちろん音楽として。それまでは、地上にないもの。発表されるのは、コンサートホールでなのか、どこかのサロンであるかは問題ではない。そこからかなりの年月を経て、日本での初演は、1967年ということになっている。55年の月日。その間に、音楽愛好家は、どういう形をとって、作曲家の残した形跡を楽しもうとしていたのか? レコードでか、その黒い円盤を通して、なにを聴こうとするのだろう。それも片面ずつ、連続したものとして受け取らずに。また、ある人々は楽譜を凝視し、やっと芽が出始めた小さな種の成長を待つように覗き込むかもしれない。だが、その頭の中で、作曲家の意図を汲み取り、音楽を立体的に再構築できる人間など、どれほどいるのだろうか。建築家のデザインに頭を抱える手の作業の多い職人のように、立体化できるのは、それほど、人数が多いとは思えない。
 そして、彼も音楽を熱意をもって吸収しようと、ふんわりとした居心地の良い椅子にすわっている。多少の期待をもって。また、抑えきれない眠気を抱えながら。だが、音楽を浴び、睡眠をとることも快適なことの一つである。
 作曲家は、どれほどの時間を有して、大作と呼べるものを作り上げるのだろう。約一時間のサービスのために、長い期間、楽譜の前に齧り付いているのかもしれない。
 楽器の鳴らし方。西洋の風土にあった音色。また、音楽で表現することの最終的な意味は、なんなのだろう。
 コンサートが始まろうとしている。数十人が、一つの音でチューニングしている。それを聴く耳は、完全に、受け入れる準備はできているのだろうか。音楽とは、結局は心の中に響くなつかしさの共鳴と増幅なのか。
 風土にあった旋律。各民族の民謡とも呼べる伝統的で、伝承的な音楽。その土台と、スポンジの層の積み重ねを通して、最後には一人の芸術家がデコレーションをして、名声を手にするのかもしれない。好奇心と、ある種の民族的な郷愁の解体を持ち込んで。
 彼は、その音を聴いて、最初なのでもちろん新鮮さも感じるが、心の中では、どこかになつかしさも甘酸っぱい息のように、胸の底からこみ上げてくる。涙の予感を含んだ、感動もこみ上げてくる。
 ある一人の、複雑な頭を通した、シンプルな音楽という回廊に足を踏み入れる。やっぱり、心を開けば音楽は、そう遠いものではなく、また難しいものでもなかった。
 彼は、薄暗い静かさが戻ったホールを後にして、外気に触れる。近くのビルに入っているCDショップで、その作曲家のいくつかの作品を学んでみたい気がする。しかし円盤は、円盤である。楽譜というたたまれたテントが、膨らんだようなを楽器の重なりの音色を通して、音波を通して、聴く音楽こそが最高のものだと実感する。
 そして、55年前にもどる。音楽を好きになりたかった人は、回転する円盤のもとに集まり、適当な参考書をもとにして、理解に努めていたのだろうか。その行為は、およそ研究的であり、生活に密着しているものとも思われない。現在の人々は、簡単に古いけど、新鮮にもなりえる音楽を耳にしようとしている。だが、まだ指揮者では世界に通じる人がいたとしても、その作るもとの人は、大威張りで自慢できるほどのクリエーターを持っていないのかもしれない。いや、彼の青春の途中には、イタリア人の映画監督が中国と日本の一部であった土地を舞台にした伝記映画で、かなりの栄光をつかんだ日本人もいた。
 だが、ロシア人のもつ情熱的で永続的で、かつ土着的で、洗練とは離れているかもしれないが、胸を打つ音楽があるということも、また事実である。1866年、チャイコフスキーが残した交響曲第1番「冬の日の幻想」が初演ということになっている。江戸の終わり。ロシアに住む28歳の青年。まだ、外国にカメラを片手に気軽に出掛けることのなかった日本人。
 彼は、感動をして家に帰ってきた。眠る前に、今日の音楽の響きを、頭の中で再現しようと思うが、それは、つかみどころもなく、いつの間にか空気の中に消えていた。日本に住む、当時28歳の青年は、その後、百年も経ってから感動をもたらすものは作ってはいない。