名古屋市名東区 赤帽タケフジ運送の「ふ箱」

赤帽タケフジの車窓から見える光景

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我が家の仏さん

2010年10月12日 | 仏法

 運送日記は本日はやめ。

 我が家の仏さんについてです。宗旨は「真宗大谷派」/東本願寺(お東)です。毎日のおつとめは、「正信偈」(しょうしんげ)、「和讃」と「御文」です。毎日朝夕の二度のおつとめですが、なかなかつとまりません。せいぜい三日に一度ていどでしょうか。

 若いころはてんで見向きもしなかったんですが、星霜を重ねるにつけ少しづつ「向いていった」というとこです。特に、父親が十年前に亡くなり、本山へ納骨した際、「おかみそり」を受けてからです。これは帰敬式(ききょうしき)ともいわれてます。親鸞聖人の御影の前で、剃髪のしぐさを模しておこなわれる。この式は一口で言えば、お釈迦様の弟子になるということです。したがって『法名』をいただきます。ワタシは「釈智晴」(しゃく.ちせい)です。名前負けしてコッパズカシイです。

 一般には、亡くなってからお葬式の際、お寺さんに付けてもらうものです。本来は生きている時にこそいただくものらしいです。チマタでその相場が問題になってますが、東本願寺では2万円?ほどだったかな~。とにかく安いです。

 それでは真宗はどういう教えか・・・「念仏」につきるんですが・・金子大栄という人の言葉の要約です。ワタシの頭を通過したアバウトですから、少しあやういし誤解があるかも・・・

 それは「どんなことをも悪く思わないこと」です。・・・悪いことをしても後悔しない。すまなかった、すまなかったという懺悔の涙はあるが、ああすればよかった、こうしなければよかったのにという後悔はない。この自分のなしたこと、その事実を通して、自分の姿というものが自分に知らされ、まあよかった、まあよかったと、どんなことでもこう考えなおさせてくださるはたらきが念仏というものです・・・とありました。

 すこしヤバイ文章です。悪をやっても後悔しないと・・・真宗には親鸞のころからこの「やばさ」があり、「本願ぼこり」といって問題になったことは枚挙にいとまなしでした。本願とは、阿弥陀仏は悪をなしたものでも、念仏申せば必ず救うという誓願です。これを曲解すると、悪をなしてもカラ念仏でもすれば救われると・・・又は、阿弥陀さんは悪人を救うのが仕事だから・・・自分の作悪は大丈夫とかいうヘンテコな理屈が出てくる。

 歎異抄(親鸞のことばを記録したもの)の一章の自分訳ですが・・

 ・・・本願を信ずれば,他の善も要りません、念仏にまさるべき善はありませんから。悪をもおそれなさるな、阿弥陀の本願をさまたげるほどの悪はないのだから。

 一章丸ごとで理解せんといけないが・・イイとこ取りの勝手流の解釈です。

 長くなるばかりで要領をえないので、これでやめです。マタです・・


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