活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

マルゼルブ フランス一八世紀の一貴族の肖像(その3)

2008-06-18 23:23:28 | 活字の海(読了編)
木崎 喜代治著  岩波書店刊  1986年3月初版発行版  定価2900円

この百科全書、正式なタイトルは『百科全書、または学問・芸術・工芸の
合理的辞典』という。

この名から、現代人なら主事諸物の物理的、原理的理や成立を示す、文字通り
百科事典という以上でも以下でもない印象を受けるだろう。
ただ、これが18世紀ヨーロッパで刊行されたことを考えると、その意味合いは
一変する。

当時は、教会の権威と、伸受された王権による統治が為されている時代である。
それらを支える骨格が、キリスト教による教義であるその時代に、万事物事の
理を示すということは、その指し示し方によっては、重大な反逆と看做される
ことは、17世紀の彼のガリレオの例を持ち出すまでもないだろう。

そして、百科全書は正しくそうした書物だったのである。
もちろん、こうした書物を産み出した思想が、時代の徒花として出てきた訳
ではない。

16世紀の宗教改革に端を発し、1620年のメイフラワー誓約から諄々と
彼の地に育まれてきた思想が、やはり同時代に芽吹いてきた自然科学とも相互
影響しながら結実の時を迎えた訳であるが、肝要なのはそうした書物に対して、
本来王権を体現するものとして取り締まり、規制をかけるべき出版統制局長
としてのマルゼルブが、擁護する動きに出たことである。

しかも、マルゼルブのそうした行為が、単なる一過性の若気の至りや人気取りで
無いことは、その後の彼の人生が証明している。

まったく、恥ずかしげも無く自らをフィリップ・エガリテ(平等)等と称し、
自分のサロン(パレ・ロワイヤル)を解放して人気取りをし、あまつさえ
従兄弟でもあるルイ16世の死刑にさえ賛同したオルレアン公に、爪の垢でも
飲ませたい程である。


なぜ彼が、若干29才という若さでそこまで自己の政治的信条を確立しえた
のかは分からない。

木崎氏も、その点には殆ど触れていない。

はっきりしているのは、貴族であり、かつ父親を上長とする身でありながら、
そうした自由主義的な信条を貫き通したマルゼルブという人物の硬骨漢振り
である。

この、こうと決めたら梃子でも曲げない、自分の信条に従い、それを貫き
通すという生き方は、この後の彼の人生でも幾度と無く確認されることとなる。

勿論マルゼルブは直球馬鹿ではないので、単純に自由主義を標榜し、該当する
書物に対し、職責を利用して出版許可を乱出するようなことはしない。

実際、百科全書もマルゼルブにより発禁処分を受けている。
受けてはいるが、その処分の仕方が絶妙で、一見厳しい処分ではあるが、
よくよく考えると、きちんと百科全書を擁護するような仕掛けがそこここに
見受けられるのだ。

#この辺り、当時のフランスの出版事情とも相まって、実に複雑な動きが
 ある。これらを詳細に紐解き、解説した木崎氏の本書は、それだけでも
 貴重な資料であると言えよう。
 ここではその仕掛けを細説しないが、興味有る方は是非本書のご一読を
 お勧めする。


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