活字の海で、アップップ

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その他、音楽編、自然編も有り。

死刑基準(下)

2009-01-19 23:35:33 | 活字の海(読了編)
著者:加茂隆康  幻冬舎  2008年11月30日初版  1600円+税


(注)この書評は、ほぼしょっぱなからネタバレ警報発令です。
   本書を未読の方は、ご注意下さい。




本書では、冤罪に対する危惧という、死刑廃止論者が根強く主張する点
についての問題提議は行われるが、死刑制度に関する議論はそこどまりである。

では、冤罪を恐れて、例えば現行犯等、確実に犯人と判るものをも死刑
とはせず、あくまで終身刑等にするのか?
そうしたときに、年間でどれくらいの維持費用が発生するのか?
それは、引いては国民の負担増となることを、廃止論者はきちんとアナウンス
しているのか?
そして、そうした罪人の収容に関して必要となる年関経費は、犯罪被害者への
給付金と比べ、圧倒的に高額であることは本当に是なのか?
そもそも、仮釈放のない終身刑という刑罰も、緩慢な死と同義であり、
かえって罪人にとって残酷ではないのか?
いや、因果応報という言葉のとおり、人を殺めたものは、やはり殺され
なくてはならないのではないのか?…

そうした話についても、本書の中で触れられている部分は確かに有る。
有るが、決して多量の紙面を割いている訳でもなく、作者として廃止と
存置のどちらに軍配を上げるのかについても、明確な主張を登場人物に
語らせている訳でも無い。

一応、主人公は存置論者であるが、主人公を取り巻く人物の中には
廃止論者もいる中で、双方の主張を本件に絡めてぶつけ合うような
場面も無い。

これは、両方の論者が法曹界の住人であることを考えると、実に
勿体無いと思える。

少なくとも、感情的なものではなく、きちんとしたディベートを
そこで見ることも出来た筈だからだ。

#勿論、ストーリーの進行上、感情的な議論があっても構わない。

結局、この小説の中では、死刑の重み、というところには殆ど
フォーカスが当たらず、専ら当初から登場する被疑者は、果たして
本当に犯人なのか?という謎解きに話が特化してしまっている。

そういう視点で割り切ってみれば、面白い小説ではある。
特に、事実を解明していく過程での法廷論争のシーンなどは、さすがに
現役の弁護士が著者だけのことはあり、豊富な法務知識を駆使して
弁護側と検察側の駆け引きを、リアルに描き出す。

日本では、検察が起訴した案件の有罪率が99%超という状況下にある。
このことがどういったことに由来しているのかは、藤井信夫氏のブログに
よくまとめられているが、そうした背景を脳裏に置きながら、この辺りの
検察と弁護の攻防を読み解いていくと、実に興味深い。


が、推理小説として読んだ場合でも、最後の落ちには今一つ不満が残る。
それは、当初から”臭そう”な人物が出てきてしまうことや、最後の詰めに
甘さがあるためでもある。

#例えば、本書のクライマックス寸前であった、実行犯の国外逃亡を阻止
 すべく、空港に緊急手配をかけるシーンであるが、少なくともまだ逮捕状
 も出ていない段階で、一刑事の判断で空港警察を通じて犯人の拘束が
 できるものなのか?
 著者の弁護士という来歴を考えると、そうしたことも法的に可能なのだ
 ろうが、素人には判り難い。どういう根拠でそんなことができるのか、
 法廷論争に見られるような法令を示しての理詰めの論拠を示してもらえ
 れば、ぐっと厚みが増すのだが。
 (まさか、そこは根拠が無いなんてことは無いよね? > 著者(笑))


そうした意味では、僕が読みたかった死刑是非論を取り上げた本としては、
最初から犯人が実行犯であることを前提として、その上でその犯人に対する
処罰としての死刑が妥当なのかどうか?を問うた「モリのアサガオ」
郷田マモラ著 の方が、はるかに読み応えがあり、考えさせられるところの
多かった良作であった。

勿論、これは本書に何を期待するのか?というところにも依拠する所感
ではあると思う。
が、如何にも!なタイトル付けをしたからには、きちんとそこを踏まえた
内容にしてほしかったな、というのが、正直なところである。

上述したとおり、法廷論争のシーン等、面白い側面は結構あっただけに、
勿体無いと感じた一冊であった。

(この稿、了)

死刑基準
加茂 隆康
幻冬舎

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