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その他、音楽編、自然編も有り。

時効廃止論 「未解決」事件の被害者家族たち

2009-06-06 00:04:25 | 活字の海(読了編)
著者:毎日新聞社会部 毎日新聞社刊 ¥ 1,050
2009年5月28日 初版刊行


正確に言うと、本書は未読である。
ただ、毎日新聞に、「『未解決』を歩く」というコラムの形で
連載していたものをまとめたものと思われるため、一応読了と
して、カテゴリー分けさせていただいたものである。

近々、本書を入手できた際に、もし上記の認識と差異があれば、
改めて稿を起こして論じることとしたい。


それにしても。
この連載コラムを読む都度。
歳月が人の心を癒すという言葉が、空しく響いてくる。

例えば、札幌信金職員の生井宙恵(みちえ)さんの事件
詳しくは、リンク先を読んでいただきたいが、1990年に
発生したこの事件。今から、約20年前の出来事である。

にも拘わらず、遺族の心には、未だに娘を助けられなかった
という思いが渦を巻いている。
娘が殺された時刻、自分は自宅でのうのうとテレビを見ていた。
その事実が、許容できない。

なぜ。
親ならば、娘が命の危機に瀕しているときに、第六感なりと
感じられなかったのか。
もし自分にそうした気付きがあれば、娘は命を失わずに済んだ
のではないか。

そんな、問うても詮無い思いが、遺族の心に倦むことなくヤスリを
かけ続ける。

時には、忘れかけるときもあるかもしれない。
テレビを見て、本を読んで、笑うときもあるだろう。

だが、遺族は、そうした自分に気が付いたとき、そのことで又、
自分を苛んでしまう。


そうした、被害者遺族の思いに少しでも心を寄せるならば。

時効制度なるものは、存在してはならないのではないか?
被害者、もしくは遺族の心が癒されないのに、なぜ犯人は
法的に訴追されることも無くなり、大手を振って歩くことが
出来るようになるのか?

もし、被害者が、遺族がそう問いかけてきたときに。
どのような答えを返せるのだろう。


そう考えるヒントとなる記事が、先日の毎日新聞に掲載されて
いた。

5月30日(土)の朝刊8面 「討論」というコーナー。
テーマは、「『時効制度』あるべき姿は」。

時効廃止派の諸沢 英道・常盤大大学院教授と、時効容認派の
山下 幸夫・弁護士が、それぞれ自分の立場を800文字程度に
要約してぶつけ合うコーナーである。

諸沢氏の主張は、主に以下の三つ。

 ・時効廃止を支持する。
 ・DNA鑑定等の科学技術の進歩は、時間が経過しても犯人を
  特定するに足る有力な根拠となりうるためである。
 ・時効廃止は、これから起こった犯罪だけではなく、現在
  未解決の犯罪にも遡及適応させるべきである。


それに対して、山下氏の主張はどうだろうか。

 ・犯罪によって時効の有無が生じるのは、法の下の不平等だ。
 ・時間の経過と共に、無罪を立証できる証拠証言は散逸する
  ため、冤罪を生みやすくなる。
 ・DNA証拠も警察に保管されるため、弁護側からのアクセスが
  困難であり、捜査機関に恣意的に操作される恐れがある。
 ・法で一度決めた時効を後から不利益に変えるのはおかしい。
 ・そもそも、2005年に時刑事訴訟法が改正されたばかりで
  あり、その中で時効の年数も増やされている。
  その検証も取れないままの議論は、あまりに拙速である。


さて、上記の主張を読んで、あなたはどちらに与するだろうか?

私といえば、諸沢氏。つまりは時効廃止派に軍配を上げた。

その理由は、時効容認派の主張が如何にも薄弱な印象を与える
ためである。
以下に、僕なりに考えた反証を述べてみよう。

 ・刑により、時効の有無の混在は問題無い。
  そもそも、刑により拘置時間に差異があることを見ても
  判るとおり、犯罪の内容や背景、波及影響等を基に罪の
  長さを問われるのであれば、そのバリエーションの一つと
  して時効の有無が加わっても構わないと考えるから。
  従って、氏が主張するような不平等という概念は存在し得ない。

 ・経年による科学技術の進歩は、それまで確認する術の無かった
  ものを捉えることが出来るようになってきている。
  これは、犯人の特定と、冤罪抑止の双方に役立つ。
  #例えば、痴漢の被疑者の手に被害者の衣服の繊維が付着
   しているか?等は、従来確認が必要という認識すら無い
   捜査官が多いという事実。

 ・拙速との論議には、社会的に時効廃止の機運が高まって来た
  からこそ、法務大臣の勉強会等で本件の議論が為されている
  訳であり、その論議を通じて時効廃止が妥当とされたので
  あれば、拙速でも何でもないと反論が出来る。


勿論、時効廃止派の見解も、もっと丹念に追っていく必要は有る。
特に、遡及適用の是非については、十全な議論が必要な部分だろう。

それでも。
法が有っての社会でなく、社会があっての法であるならば。
法律は、より社会的なニーズにきちんと対応すべきだ。

衆愚的な迎合は、論外だけれど。


時効を是認する考え方の一つに、権利の上に眠ることは許されない
というものがある。

勿論、訴追する権利を有しているにも拘わらず、放置しているよう
な場合は論外だが(それとても、そうした方策すら知らないような
人もいることは、十分考慮されないといけない筈だが)。

だが、例えば殺人事件の遺族にとって、何が出来るというのだろう?

例えば、誘拐事件の被害者家族にとって。
攫われた家族を探してビラを撒き、情報を求める日々。
その彼らに、もう十全な時間は経ったのだから、あなたに犯人を
訴追する権利は無いのだ。犯人が永続的に築いた社会的地位の保全が
優先されるのだと、誰が言えるというのだろう?


捜査本部を永続的に残すことは、人員配置の最適化の観点からも、
ありえない。

ただ、万一新たな証拠が発見された際に、何らかの動きを起こせる
ような可能性を残せるとしたら。

そう思えるだけで、気持が救える被害者やその家族がいるならば。

全ての罪に適用するかどうかは、ともかくとして。
やはり僕は、時効制度は廃止すべきだと思うのだ。


(この稿、了)







時効廃止論 「未解決」事件の被害者家族たち
毎日新聞社会部
毎日新聞社

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横山秀夫氏の作品は、どれも面白いが、本書もまた手に汗して
読み進むこととなる一冊。
第三の時効 (集英社文庫)
横山 秀夫
集英社

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以前にも書評で取り上げたが、このコミックも時効を巡る熾烈な
遺族と犯人、警察の相克を描く好編。
生存―LifE (講談社漫画文庫 か 3-26)
福本 伸行
講談社

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2 コメント

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Unknown (シャドー81)
2009-06-07 08:52:20
なんだか二人の議論は、同じ議題で議論しているのに二人は違う方向を向いて議論しているような感じを受けました。

それはそうと、こないだのえん罪事件。真犯人の時効は過ぎたとか。なんか不思議だなぁ。犯人が、海外にいるときは時効はストップするのに、このような場合はストップしないのですね。
返信する
Unknown (MOLTA)
2009-06-07 12:00:29
まあ、別々にインタビューしたものを、まとめたものですからね。
その前に、僕の要約のまずさもあるかもしれませんが。

この前の冤罪事件は、真犯人って判ったんでしたっけ?
民事の方が時効は長い筈なので、そちらで訴えるという手もあるのでしょうが、ご遺族のお気持ちを考えると、そこまで恨み続けるのにも、相当なエネルギーが要るでしょうから…。

複雑ですね。
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