☆わんこと一緒の想い出と共に☆

シェルティと暮らしていたマールママの記録と記憶のためのページ

菜の花

2008年05月14日 | 見たり聞いたり
広大な菜の花畑  8ha

ここは工場誘致のため(大王製紙進出予定地)10年前埋め立てられ場所。(65ha)
その後、このお話はなかったこととなり・・莫大な税金が砂埃とともに消えました。。

雑草に覆われ荒地となっていたその場所の一角が、この春”黄色いお花畑”に変身したのです♪

 港の展望台から

海に面した黄色く見える場所です。

 近くでは、たくさんの釣り人が釣り糸をたれていました。


潮風が吹きつけ塩分のある砂地という悪条件の、その場所に昨年秋”菜の花”の種を捲いたという記事を見てその後どうなったのか気にかけていました。

菜の花を育てたのはNPO法人の「あきた菜の花ネットワーク」と県立大の学生の皆さん。

菜の花は、水がなくても、やせ地でも育つのだそうですが今回の試みはあえて限界への挑戦でもあったようです。
菜の花は美しい景観を楽しませてくれたあと、菜種油を作ります。
その搾油して出た油かすも肥料や飼料として使用でき、廃食油も回収してバイオ燃料に活用でき無駄なく活用されることになります。


一方でバイオエタノールの原料となるトウモロコシの栽培のために自然破壊が起きているとの問題も報じられていました。地球温暖化のためにもあってはならないことです。

同NPOでは休耕田や放置された畑を利用して”菜の花”の栽培を広めていく活動を行っているとのこと。
今回は若い大学生の皆さんが、取り組みに参加したことは大変意義深いことだと思います。
大型連休には「菜の花フェスティバル」が開催され大勢の人が菜の花を楽しみ活動についても理解が深められたことでしょう。



大潟村では、まっすぐに走る道路の両脇に5キロにわたり桜並木の下に菜の花ロードが広がり、そのコントラストはすばらしく大型連休のころ毎年楽しませてくれます

日本の各地に荒れ果てたまま放置されている畑や、限界集落といわれる農山村に菜の花が咲き、桜前線と一緒に日本各地で”菜の花畑”がみれたら素敵でしょうね。