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近江FWⅡ -1-

2024-03-31 07:25:25 | 取材・旅行

近江FWⅡ -1-

令和6年3月30日、いつものメンバー(積知積徳会)で、近江へFW(フィールド・ワーク)に行ってきました。その様子を10回にわたってお知らせします。

今回の訪問地です。

今日はその1回目。安土城1 です。

安土城は、5回に分けて報告します。

まず、安土の場所は、

江南市役所からの距離・所要時間は

89.2km、1時間37分でした。

 

当時の輸送は、海上、湖川といった水上交通が中心。日本海と瀬戸内海を結ぶのは、琵琶湖です。

中世から近世の日本の中心地の一つが近江なのです。

その中でも、なぜ信長は安土の地を選んだのか?

下の図をご覧ください。出典は、太田先生の講演 https://www.youtube.com/watch?v=tl-Tu836kYQ

安土城下の常楽寺港を中心に、長浜港、大溝城勝野港、坂本港、大津港とのネットワーク、そして、それにつながる諸街道で、全国とつながっていたのです。

父信秀より、港を押さえることで経済的利益を得ることを学んだ信長は、琵琶湖の海上輸送を押さえることを狙ったのです。

安土城は琵琶湖と遠い?

いいえ、ご覧の通り、安土城は琵琶湖に突き出た半島につくられた城郭で、伊庭内湖・小中之湖を介して、琵琶湖と直結していたのです。

右下に移っているのは太田浩司先生で、出典は下の動画です。

さらに、その元の出典は、現地の案内板です。

 

この明治26年の地形図は、当時の様子をよく表しています。

伊庭内湖・小中之湖はその後干拓されました。

そのことがよくわかるのが次のサイト、

出典 https://www.city.higashiomi.shiga.jp/0000001122.html

 

 

現地へ出かけましょう。

駐車場の前の案内所です。

ここで、ガイドの水先生と合流。元高校の社会科の先生です。

ここでトイレを済ませておきましょう!

中にはちょっとした歴史資料が展示してあります。

また、売店もありました。書籍は充実しています。

 

現地の案内板です。先ほどの図がありました。

左上の説明を文字起こししてみましょう。


安土城の築城は、 織田信長が武田勝頼を長篠の合戦で打ち破った翌年、天正4年(1576)
に始まります。 築城にあたっては、畿内・東海・北陸から多くの人夫が徴発され、 当代最高の技術を持った職人たちが動員されました。 まさに安土城は天下統一の拠点となるべく当時の文化の粋を集めたものだったのです。 築城開始から三年後の天正7年には天主が完成して信長が移り住みました。 しかし、 その三年後天正10年に本能寺の変で信長が殺されると、城は明智光秀の手に渡り、その光秀が羽柴秀吉に敗れたすぐ後に天主・本丸は焼失してしまいます。 それでも安土城は織田氏の天下を象徴する城として、秀吉の庇護の元で信長の息子信雄や孫の三法師が入城を果たし、信長の跡を継ぐものであることをアピールします。 しかし 天正12年小牧長久手の戦いで信雄が秀吉に屈すると織田氏の天下は終焉を迎え、翌年安土城はその役目を終えて廃城となるのです。 その後江戸時代を通じて信長が城内に建てた擅見寺がその菩提を弔いながら、現在に至るまで城跡を守り続けていくことになります。

安土城跡は大正15年 (1926)に史蹟に、 昭和27年(1952) に滋賀県蒲生郡安土町・東近江市(旧能登川町)にまたがる約96万㎡が特別史跡に指定されました。

昭和15・16年(194041)に天主跡と本丸跡の発掘調査と整備が行われ、 昭和35年~50年 (1960~1975) にわたって主郭部の石垣修理が行われました。 昭和57・58年には信長400回忌にあわせて城跡南面の平面整備が行われています。 そして、平成元年度 (1989)から安土城跡を将来にわたって永く保存し、広く活用することを目的として 『特別史跡安土城跡調査整備事業』 が20年計画で行われています。


特別史跡とは 国が文化財保護法で指定した史跡のうち、学術上の価値が特に高く、わが国の文化の象徴たるものです。 国宝(建築物、美術工芸品、文書などで使われる概念)と同格のものです。

概念を整理しておきましょう。

出典 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/kinenbutsu/pdf/r1392261_01.pdf

 

案内の左下の図を拡大してみましょう。

「現在地」と書かれている左側です。

かつてのトイレがあった手洗い場の一部が残っています。

 

「現在地」と書かれている右側を見てみると

石塁が見えます。

おっと、自動の芝刈りロボットが働いています。

「天下布武」の旗が立っています。

明日に続きます。-2-


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