滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

第27回スイスソーラー大賞の受賞作品より

2018-01-24 11:23:17 | 建築

私の暮らす標高840mのスイスの山間の集落では、1月の中旬から庭のマンサクとロウバイが咲いています。谷地の林縁でもヘーゼルナッツの花がもう咲いています。嵐、大雪、大雨、そして例年にないこの温かさ。本当におかしな天気の1月でした。

この1月からは、昨年5月の国民投票で可決されたエネルギー法と関連政令の総改訂が施行されました。日本の福島第一原発事故がきっかけとなって起こった、長い社会的議論の結論がようやく一部実行に移され、少しだけ前進した感じです。

今日のブログでは、第27回スイスソーラー大賞(2017)を受賞したパイオニア建築の中から、私が特に興味を持ったソーラー建築やプラスエネルギー建築(PEB)を選抜して紹介します。

今回の受賞建築・設備からは、建材一体型設備の収まりの洗練が増していること、プラスエネルギー建築が産業建築にも広がっていること、太陽光とヒートポンプの組合せ・連動が標準化してきていること(自家消費率の向上)、地中熱のオルタナティブとしての氷蓄熱への注目の高まり、ソーラー駐車場のポテンシャル認知、といったテーマが感じられます。

 (参考文献・写真提供:Schweizer Solrapreis 2017, www.solaragetur.ch)


【2017年のノーマンフォスター・ソーラーアワードのプラスエネルギー建築3棟】

スイスソーラー大賞の中でも、デザインが得に優れたプラスエネルギー建築(PEB)に与えられるノーマンフォスター・ソーラーアワード。今年は次の3棟が受賞しています。

大賞は、建築事務所バース&デプラツェスの設計によるタミンス村の戸建て住宅。プラスエネルギー度は144%。農村の景観になじむ美しい建物のデザイン、ディーテールでは太陽光発電パネルによる屋根の軽やかな収まりが評価されています。

 

(写真)タミンス村の戸建て住宅 ©Schweizer Solarpreis 2017

優秀賞はマルタ―ス村の小学校・幼稚園の増築。増築部の屋根材に太陽光発電を使うことで、床面積2600㎡近い学校施設全体を108%のプラスエネルギー建築にしています。こちらも屋根設備の収まりの美しさが評価されています。断熱性能は規制基準よりも少し良い程度です。

 

(写真)マルタ―ス村の小学校・幼稚園 ©Schweizer Solarpreis 2017

 もう一つの優秀賞は、私の地元であるシャフハウゼン市のサッカースタジアム「LIPO Park」で、ショッピングセンターやフィットネスセンターも入った複合建築です。「LIPOPark」は、2017年のヨーロッパソーラー賞を受賞した施設でもありますので、もう少し詳しく紹介します。

(写真)シャフハウゼン市のLIPOPark ©Schweizer Solarpreis 2017


【プラスエネルギー度150%、自家消費型のサッカースタジアム】

太陽光発電を搭載したサッカースタジアムは、スイスにも世界中にも以前より数多くあります。そのような中で、2017年冬に竣工したシャフハウゼン市の民間施設LIPOParkが受賞した理由は、スタジアムの東西南北の屋根材として、透光型の太陽光発電パネルが美しく収められており、観客への教育・模範機能が大きいと評価されたためです。設置出力は1.4MW、年1.3GWhの発電量が見込まれています。設備を計画、実現、運用するのは地元のシャフハウゼン州電力EKSで、建物の所有者から屋根部分を30年契約で賃借しています。

作った電気を自家消費している点も特徴です。スタジアム施設の暖房・給湯の熱源であるヒートポンプや照明以外にも、店舗にも太陽光からの電気を直接納入・販売しています。年間収支でのプラスエネルギー度は150%になっていますが、発電と同時に建物内で消費する自家消費率は40%程度(計算値)だそうです。

 

©Schweizer Solarpreis 2017

 

【プラスエネルギー住宅建築の中からの2事例】

景観保全地区でのプラエネ新築:プラスエネルギー部門で今年の大賞に選ばれたのが、こちらのツェル村の三世帯住宅です。私の視察プログラムに定期的にご登場頂いている建築家トーマス・メッツラーさん事務所の設計です。歴史的景観の保全地区となっている立地で、伝統民家のスタイルを踏襲しながらミネルギー・P・エコの集合住宅を新築しています。床面積は560㎡。屋根材として25kWの太陽光発電を用いることで、172%のプラスエネルギー度を達成しています。他の受賞建築と同様に、暖房の熱源は太陽光発電からの電気を自家消費するヒートポンプです。年間収支では1.1万kWhの余剰が出ます。

 

©Schweizer Solarpreis 2017

電力自給率687%の家:もう一つの事例は、プラスエネルギー部門で優秀賞に選ばれたゲルツェンセー村の戸建て住宅です。プラスエネルギー度687%となっており、同賞の受賞建築の中では新しい記録を達成しています。透明感のある美しいソーラー建築で、ミネルギー・P・エコ仕様。こちらも太陽光を使うヒートポンプが熱源です。建物の床面積は250㎡で、電気・熱の消費量は5000kWh。南・北向きの屋根全材が29kWの太陽光発電になっており、3.4万kWhを発電しています。こちら設計はベルン州立大学の教授である建築家のペーター・シュルヒさんの事務所です。

©Schweizer Solarpreis 2017

今年からスイスでは先述した法規改訂により、太陽光発電の設備所有者は、設備からの電気を隣接する敷地にも販売できるようになりました。来年くらいには、こういったプラスエネルギーの住宅や産業建築から、周辺の住宅や施設に電気を販売していく事例も見られるようになりかもしれません。

 

産業分野のプラスエネルギー建築から2事例】

省エネ改修でオフグリッド:プラスエネルギー部門の大賞に輝いたもう一つの建物が、ブルーズィオ村の設備屋さん、カオテック社の社屋です。イタリア近くの日射の豊富な地域に立地する建物で、省エネ改修によるプラスエネルギー化であるという点、産業建築でオフグリッドであるという点において、とても挑戦精神の旺盛な事例です。

70年代の建築を、2016年にミネルギー・Pレベルの躯体と設備に総改修。改修前は電気と熱の総消費量が11.2万kWhであったのを、改修後には電気自動車も含めて2.2万kWhに減らしています。屋根と外壁には40kWの太陽光発電を設置して、2.3万kWhを発電。2017年には小型風力と、21kWhのバッテリーを追加で設置し、社屋をオフグリッド化しました。

 

(写真)カオテック社の社屋。Schweizer Solarpreis 2017

この建物のもう一つの特徴は、太陽熱温水器と組み合わせた氷蓄熱を利用している点です。太陽光発電のうち67㎡は、背面が太陽熱温水器になったハイブリッドコレクターで、年1.2万kWhのお湯を集熱することができます。作った熱は容量1万リットルの氷蓄熱のタンクに充填し、これをヒートポンプの熱源としています。昔、暖房用オイルタンクのあった空間を、氷蓄熱に再利用しているのも面白い点です。このほかに1000リットルの給湯タンクと1500リットルの暖房用タンクを設置して熱を貯めています。

(写真)カオテック社 ©Schweizer Solarpreis 2017

 木造PEB産業建築:もう一つの産業建築の事例は、アルボン市のオイグスター社です。こちらも住宅設備技術の中小企業の社屋です。新築の木造建築で、窓・屋根の建材として透光型の太陽光発電を綺麗に取り入れています。

庇には66kW、南側の窓面に10kW、屋根には81kWを搭載。床面積2300㎡の建物の電気・熱の消費量は5.6万kWh。プラスエネルギー度が156%の産業建築です。冷暖房には地中熱ヒートポンプを利用。余剰は地元の電力会社が買取り、地域産の自然電力として販売しています。オイグスター社では、今後、地域内の現場への移動は電気自動車で行う予定であるため、4つの充電ステーションも配置しています。

(写真)オイグスター社 ©Schweizer Solarpreis 2017

 

【ソーラー駐車場の受賞作品から2事例】

今年の受賞作品の中には2つの駐車場がありました。

スーパーのミグロス:一つはプラスエネルギー部門で優秀賞を受賞した、大手スーパー・ミグロスのアムリスヴィール支店です。スーパーの屋上に84kW、そして駐車場の上に168kWを設置し、プラスエネルギー度135%を達成しています。特に評価されたのは56台分の駐車場の屋根になっている透光型の太陽光パネルです。駐車スペースの日よけになる他、自然光を通すので日中は駐車場の照明が要りません。

(写真)駐車場の日よけとして設置された太陽光発電でプラスエネルギースーパーに©Schweizer Solarpreis 2017

製薬会社のラ・ロシュ社:もう一つは再エネ設備部門で受賞した、製薬会社ラ・ロシュのバーゼル近郊にある立体駐車場です。パークハウスの胸壁の部分に404kWを、屋根に230kWの太陽光発電を設置しています。ファサード設置型ではスイスでは最大規模の設備に入るそうです。発電量は54万kWhで、照明などの自己消費分を除いても、378台の電気自動車で1.2万kmずつ走行できる計算となります。両事例ともに電気自動車が主流となる、未来の自動車交通に備えた賢い駐車場です。

 (写真)外装材などに630kWを搭載するパークハウス。©Schweizer Solarpreis 2017

 

発電設備に見えない外装材としてのソーラーパネルの3事例】

ここ数年、ソーラーパネルに見えない外装材向け製品を利用した事例が、ソーラー大賞でも見られるようになりました。今年の受賞建築の中では特に次の3事例に驚きました。

21階建てビルの外装材:スケール感で驚かされたのは、新築部門で受賞したバーゼル市内のビル、グロースペータータワーです。東西南北のファサード全面が皮膜型の太陽光発電になっており、外壁に440kW、屋根に100kWが綺麗に設置されています。床面積に対する表面積の比が小さいので、ビルのエネルギー消費に占める自給率は28%に留まります。ビルの地下には深さ250mの地中熱採熱管が56本入っており、ヒートポンプと組み合わせて冷暖房。夏の熱を冬まで地中に貯めておく季節間蓄熱が行われています。

 

(写真)バーゼルの高層ビルのファサード材としての利用例。大手設計事務所Burkhardt&Partnerの設計。©Schweizer Solarpreis 2017

マンションの断熱改修での外装材:もう一つは、チューリッヒ市内の集合住宅の省エネ改修の事例です。こちらは全く太陽光発電には見えない、という意味で驚きました。1982年築の集合住宅をミネルギー・Pレベルに改修し、2階分を屋上に増築。床面積を36%増やしたのにも関わらず、電気と熱の総エネルギー消費量を72%減らしています。

外装材には、灰色のガラスで挟まれた太陽光発電を採用。外壁に160kW、屋根に30kWの太陽光発電、加えて15㎡の太陽熱温水器を設置。それにより28世帯の入る集合住宅のエネルギー需要の9割を自給しています。灰色のガラスパネルにより発電量は通常よりも40%減ります。それでも太陽光発電の価格が下がった今日においては、街並みに溶け込ませながら、建物の大きな外皮面積を活用するための一つの手法になり得ます。

(写真)チューリッヒ市内の集合住宅の改修事例。太陽光発電に見えない外装材だが発電する。 ©Schweizer Solarpreis 2017

白い太陽熱温水器と大型蓄熱タンク:三つ目の事例は、毎年のように受賞されているベアット・ケンプフェンさんの設計事務所による、チューリッヒ市内の集合住宅の改修事例です。1970年築の建物をこちらも1階分増築し、床面積を20%増やしながら、建物全体の消費量はミネルギー・P仕様への改修により74%減らしています。東、西、南側に大きな壁面がある建物のデザインを活かして、壁部分に白いガラスで覆われた太陽熱温水器181㎡を設置。同時に不要になった地下駐車場からの排気シャフトのスペースに容量2万リットルの大型蓄熱タンク納め、太陽熱のお湯を貯めています。加えて屋根には35kWの太陽光発電を設置。学生用のワンルーム住居を含む、50世帯もが入る高密度な集合住宅ですが、これらの大胆な改修対策により、建物内で使われる電気・熱の70%を建物上で生産できている優秀な事例です。

 

写真)チューリッヒ市内の集合住宅改修事例。格子状の構造の見える壁の部分が太陽熱温水器になっている。 ©Schweizer Solarpreis 2017

 

スイスのエネルギー戦略2050において、水力が豊富なスイスの場合、発電分野での追加増産分の大部分を担うのは、建物上に設置された太陽光発電とされています。その目標を達成するためには、多様なプラスエネルギー建築の普及が欠かせません。そういう意味で、スイスソーラー大賞の受賞建築は、2035年くらいの当たり前を社会に具体的に示してくれる貴重な事例になっています。

 

(写真)運送会社Galliker社のオフィス・展示場ビル。屋根材として設置した600kWの太陽光発電により166%のプラスエネルギー度を達成。©Schweizer Solarpreis 2017

 

参考文献・写真提供:Schweizer Solrapreis 2017, www.solaragetur.ch


 

お知らせ

●ソーラーコンプレックス社のニュースレター(日本語版)

南ドイツの市民エネルギー会社であるソーラーコンプレックス社のニュースレターの翻訳を行っています。下記から最新号をダウンロードすることができます。

冬号 : http://48787.seu1.cleverreach.com/m/6989433/546890-830782b5228f301d16d254f7d009235e

 

●冊子「フォーアールベルク州における持続可能な建築」(日本語版)

美しいエコ・省エネ・木造建築のメッカ、フォーアールベルク州における取組みをまとめた30ページの翻訳冊子です。下記から購入することができます。(一冊500円)

ご注文先: 岩手県中小企業同友会  info@iwate.doyu.jp

TEL 019-626-4477

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