goo blog サービス終了のお知らせ 

滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

木造プレファブパネル構法で集合住宅を省エネ改修、ゼロ暖房エネルギーに

2010-05-15 17:54:14 | 建築
今日は木造プレファブパネル構法により、集合住宅を省エネ改修する技術の話です。
スイスでは建物の省エネ改修がエネルギー・気候政策の大きな柱であり、数年来の補助金プログラムのおかげで省エネ改修がブームになっていることは、これまでにも紹介しました。そんな中、近年、実用化された技術が木造プレファブパネル構法による集合住宅のファザード改修です。

先日のブログで報告したプラスエネルギーハウスのシンポジウムで、このシステムを導入している木造会社Erne社のプレゼンを聞きました。
それによりますと:まず、建物のファザードをレーザー測定器でスキャンし、そこから直接に図面を起こし、3-Dモデルを作る。その後、省エネ改修用ソフトウェアを用いてライフサイクルの視点からエネルギー消費の改良を行なってゆく。それを元に壁ごとの木造パネル構造をコンピュータが計算。そのデータを木造工場に送り、自動切削機で木材をカット。最後に大工が工場で組み立てて外壁パネルを作る、という工程だそうです。

外壁パネルの中には、断熱材や機械換気のダクトなども含まれており、現場ではファザードに固定するだけ。現場での施工期間が極端に短くなるため、住みながらの改修でも住人への負担が少なくなります。非常に精度が高い施工を行うことができるのも特徴です。デジタル化、自動化の差こそあれ、このような木造プレファブパネル構法を用いた集合住宅の省エネ改修の例は、スイスでは少しずつ増えてきています。

いち早くこの技術を用いて省エネ改修を実施してきたのが、スイスの有名なソーラー建築家、ベアット・ケンプフェンさんです。
例えばケンプフェンさんが手がけたチューリッヒ市にあるセガンティー二通りの集合住宅(写真下)。省エネ改修によりミネルギー・P基準の省エネ・気密性能を満たし、熱エネルギー需要量を-90%!それにソーラー温水器と光発電を加えることでゼロ暖房エネルギー建築を達成しています。暖房・給湯・換気に必要とするエネルギーを自給する建物という意味です。




セガンティー二通りの集合住宅は、1954年築の賃貸住宅です。構造壁はレンガの二重壁で、とても良質、頑丈だったそうです。もともとは灯油暖房で、年に210kWh/㎡年の熱エネルギーを消費していました。2009年に実施された総合改修では、以下の工事が行われました。

・ 外壁・屋根・地下の断熱を強化。
・ 外壁に断熱や換気配管を内蔵した木造プレファブパネルを設置して断熱・気密改修。改修後のU値は0.12。
・ 浴室とキッチンを総改修。
・ 居間の増築。ベランダだった部分に居間に広げ、大きな窓を設けた。
・ 窓を省エネ性の高い製品に交換し、南窓を拡張、パッシブソーラー獲得を増やした。
・ 新しいファザードの外側に、躯体とは別構造の大きなベランダを設置。
・ 木造プレファブパネル構法による屋上階の増築で一世帯を増築、家賃収入を増やした。
・ 熱回収型の機械換気設備を設置。
・ 熱源設備の交換。暖房はソーラー温水器と地熱ヒートポンプの組み合わせによる温水暖房。
・ ヒートポンプと換気に必用な電力は屋根材一体型の光発電パネルでまかなう。

セガンティー二通りの集合住宅の改修後の熱エネルギー需要量は、26kWh/㎡年家賃収入は倍増したそうです!
この冬に見学に行ってきましたが、広々とした明るい居間とテラスが気持ちよく、真冬でもとても快適になった、と住人の方は話していました。外観はすっかり変わりましたが、室内には50年代の懐かしさも残っており、魅力的な住宅です。

この建物は、プレファブによる省エネ改修に関する国の研究プロジェクトや、IEA(国際エネルギー機関)の研究プロジェクト「ソーラーリノベーション」にも参加している、パイオニア的な事例です。下記のサイトでは、建築家ケンプフェンさんのプレゼン資料がダウンロードできます。改修前の状態、工事の様子や図面が間近に見られます。
http://www.novatlantis.ch/fileadmin/downloads/veranstaltungen/Bauforum_4Nov09_Referat_Kaempfen.pdf

コンクリートやレンガの家でも、木を使って断熱改修できる、木造建築の活躍できる場所は、スイスにもまだまだ沢山ありそうです!


★写真は盛岡市のエネルギーアドバイザーの長土居正弘さんにご提供頂きました。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

プラスエネルギーハウスのシンポジウム

2010-05-05 18:29:21 | 建築

月曜日に、エネルギークラスター財団主催のプラスエネルギーハウスをテーマとしたシンポジウムがベルンで開催されたので、行ってきました。エネルギークラスター財団は、省エネルギーと再生可能エネルギーに関する産業や研究機関が集まって、この分野の革新的技術や産業を促進することを目的に活動しているスイスの組織です。毎年、様々なエネルギー関連のテーマでシンポジウムを開催しますが、今年は「プラスエネルギーハウス」という熱い話題で、200人の建築家や企業関係者が熱心に聴講していました。

シンポジウムは、プラスエネルギーハウスの定義に始まり、これまでの経緯や事例のプレゼン、関連技術や建材、最後にはスイスの主な政党から政治家が4人集まり、各党のエネルギー政策ステートメントとプラスエネルギーハウス促進について語り、それにエネルギー庁副長官で国のエネルギー行動計画「エネルギー・シュバイツ」の代表者が行政の立場から意見するというディスカッション付き、という盛沢山の一日でした。

確認できたことは、スイスの新築の未来は確実にプラスエネルギーの方向に向かっていること。その基本は、ミネルギー・Pレベルの断熱であるというコンセンサス。(再生可能エネルギー利用に偏ったプラスエネルギー化ではないということ)。とはいえ、建築分野の省エネルギー化の中心的課題は省エネ改修、と政治家も行政も口をそろえてのコメントでした。

肝心のプラスエネルギーハウスの定義なのですが、それがスイスではまだオフィシャルに決まっていないのです。スイスの場合、オフィシャルな建物の省エネルギー基準は、規制基準、ミネルギー基準、ミネルギー・P基準(新築はパッシブハウス基準に相当)の三つがあります。さらにミネルギーでエコ建築の条件も満たした建築を認証する基準に、ミネルギー・Ecoとミネルギー・P・Ecoがあります。

そういう状況の中で、「プラスエネルギーハウス」とは、家で消費されるエネルギー量よりも多くのエネルギーを生産する家、を意味しています。ですが、家(住分野)で消費されるエネルギー量をどう定義するのか。それをエネルギークラスターのプラスエネルギーハウス研究会では、三つのカテゴリーに分けています。

プラスエネルギーハウスの三つのカテゴリー
①電気機器・照明・暖房・給湯・換気に使うエネルギー消費量以上のエネルギーを年間収支で生産する家
②さらに建物の生産にかかるグレーエネルギーを加えたエネルギー消費量以上を生産する家
③上記に加えて、交通(電気自動車)に必用なエネルギーを加えたエネルギー消費量以上を生産する家

これまでスイスで呼ばれてきたプラスエネルギーハウスは①を示し、もちろん①→③の順で難易度は高まります。躯体の基本は新築ではミネルギー・Pレベルです。また、外部からガスや木質バイオマスのエネルギーを投入しても、家で生産し、家の外部に供給するエネルギー量の方が大きければプラスエネルギーとなります。一次エネルギーで計算するのか、最終エネルギーで計算するのかは、どの計算モデルを採用するのかによって異なります。

そのため、シンポジウムでは、これから国や州が間もなくプラスエネルギーハウスの計算方法を含めたオフィシャルな定義づけを行なうことが要求されました。また最近では、規模の小さなミネルギー・P建築をプラスエネルギー化する事例数は増えてきましたが、今後はより規模の大きな集合住宅や、地区単位でのプラスエネルギー化といったコンセプトも考えていく必要性も議論されていました。

紹介されていた事例で面白かったのが、若手建築家(38歳!)のアンドレアス・ヴェグミュラーさんが設計し、2009年にインターラーケンに竣工したプラスエネルギーハウスの二世帯住宅です。エコロジカルな建材利用と構造により、ミネルギー・P・エコ認証を受けています。しかも、家を作るのに必要なグレーエネルギーを自給する、プラスエネルギーのグレード2を満たしています。

写真・図提供:Andreas Wegmueller,
http://www.wegmueller-arch.ch/


ヴェグミュラーさんの話によると、この家のエネルギー的な特徴は以下の通り:

標高600mのインターラーケンに建つこの家は、レンガ造りの二階建てで、240㎡の二世帯住宅です。施主夫妻は2階に住み、下は賃貸しています。建物の形はパッシブソーラー利用を最大化するために東西が南北よりも90%長く、南面は大きな窓面となっており、室内には床下や壁に十分な蓄熱容量が与えられています。日除けは庇とバルコニーで行なっています。また、天井や地下にはリサイクリングコンクリートが用いられ、グレーエネルギーを小さく抑えています。

1階平面図、賃貸住宅、左上が機械室です。

2階、施主住い


U値は壁も屋根も地下も0.10。
・地下が40センチの発泡ガラス、床下に10cmのポリスチロール。
・外壁はIsover社の熱橋を作らない新断熱システム「Phoenix」を採用し、28㎝のグラスウールでU値0.10を達成。宇宙船に使われる人口素材を断熱材のディスタンサーとして使うシステムで、ラムダ値がほとんど断熱材と変わらないため、熱橋計算が不要になるのだそうです。
・屋根は46㎝のグラスウールを入れています。
・窓のU値はガラスが0.6、全体が0.70~0.85で、日射透過率は57%。スイスの気候ではU値が小さいと同時に、冬のパッシブな日射獲得を最大化するガラスを選ぶことが重要です。また窓枠の部分を外壁断熱で覆っています。



1部、Phoenixシステムののディスタンサーが見える(かな?)


北ファザード

コンフォート換気は、湿度を回収するタイプの熱回収型換気設備を採用。家電には最高の効率のものを選んでいます。暖房設備はこの家の場合、ソーラー温水器からのお湯で低温床暖房で行っています。暖房・給湯は、基本的に冬でも100%ソーラー温水器で熱需要をまかなえる計算となっています。

ですが、この地方では真冬に1~2週間ほど霧がかかるために、室内には補助暖房として給湯も行なえるWodtke社のペレットストーブが設置されています。熱が足りなくなると自動的に着火する設定で、ストーブの熱の80%がお湯に回され、20%が室内を直接温めます。

しかし、この冬は一度もペレットストーブが使われなかったそうです・・!!しかも、2階の床暖もスイッチを切った状態で、常に室温は22~23度でした。今年の冬は特に寒く、マイナス10~15度の日が続くこともありました。ですが日射は豊富で、パッシブソーラーだけでも室温を高く保てたことにヴェグミュラーさんは驚いていました。

そう考えると床暖を入れる必要は無かったのでは?という話になりますが、それでも床暖を入れたのは、裸足で歩いて気持ちよい家にしたかったから。そして、スイスの不動産市場という視点から、暖房設備のない家を建てることにはまだ抵抗が大きい、とヴェグミュラーさんは語ります。そのため、床暖設備はとても安いこともあって、とりあえず入れて置いたそうです。

エネルギー生産の方は、ソーラーエネルギーで行なっています。バルコニーの手摺は冬の日差しを最大利用するために68度の角度に設計され、真空管式のソーラー温水器を9枚設置し、給湯、洗濯、暖房の熱を100%まかなっています。蓄熱タンクの大きさは1950ℓ。タンク内部に給湯用のボイラー300ℓが内蔵されています。

また、角度15度の南向きの屋根は66.4㎡の光発電パネルで覆われ、昨年度は8369kWhを生産しています。昨年のこの家の電力消費量は1940kWhだったそうですから、電力に関しては自給率431%のプラスエネルギーハウスということになります。これまでの測定によると、この家の一年一㎡あたりのエネルギー需要量は-100kWh/m2年だそうです!!(註:家の建設にかかるグレーエネルギーを含まない計算です。)

お施主さんは2人住まい。1階はパッシブハウスに関心を持って居る市民がテスト居住できる空間として提供しており、予約が殺到しているそうです。そのため家の平均利用人数は3人ということで、4人住いでも十分にプラスエネルギーとなるように計算されています。しかし、一般的な感覚だと、240㎡なら6~8人は住めますよね。その場合はプラスにはならず、ゼロエネルギーくらいなのではないかな、と1人で考えてしまいました。

いづれにしても、プラスエネルギーハウスの定義づけや促進方法の今後の発展が楽しみです。 シンポジウムでは、省エネ改修の面白い事例の話も聞きましたが、そのことはまた後日紹介しましょう。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蘇る60年代の巨大団地、住みながらの総合省エネ改修

2010-04-12 05:27:08 | 建築
スイスにもやっとしっかりと春が到着したと感じるこの頃。町には早咲きの桜やコブシや連翹が、ブナの森には可憐なイチリンソウの群れが、そして小川のほとりにはリュウキンカが眩しい黄色を輝かせて咲いています。

先週の水曜日にはめでたいことに、ソーラー飛行機で世界一周する「SolarImulse」プロジェクトのプロトタイプが処女飛行に成功しました。テストでは1200mの上空を1時間半に渡り、問題なく飛んだそうです。世界一周への挑戦は2013年の予定です。

さて今日は、ベルン市郊外で総合改修が行われているゲーベルバッハ団地を見に行きました。この団地は、1962年にFAMBAUという経済的な住居を提供する非営利式の建設組合によって建てられた、ベルンでは珍しい巨大団地の1つです。中央駅からバスで20分ほど離れた、高速道路とショッピングセンターとのどかな田園風景に囲まれて建っています。一見異様なゲットーに見えますが、ちょっと懐かしさも感じます。

実はベルン市では、この団地のデザインは60年代の建築を代表する貴重なものとして捉えられていて、住人には今でも空き室が稀な、人気の街区だそうです。その理由は、家賃が安いだけでなく、団地内の社会施設が充実していて、健全なコミュニティが育っていること。団地の中に、図書館、様々な店舗、ホール、会議室、室内プール、幼稚園、学校などが揃っているので驚きます。

現在改修されているのは300世帯、670人の住むA棟です。しかも、住人が住みながらの状態で改修工事を行なうという挑戦です。それにより大変な調整作業や、住民への情報提供やサービスなどが必要になりますが、それでも、住み続けた状態での改修の方が経済性が良いとのこと。改修工事を行う住居の住人のために、代用のキッチンや浴室を用意し、古い配管を残しながら、新しい配管を施工したり、家賃を引き下げたりしたそうです。一戸の改修期間は5週間。改修後の家賃はこれまで破格の安さであったため、50~60%上がります。とはいえ、現代の快適性と間取りを持ち合わせた3.5室住居の家賃が1350フラン(約12万円)というのは、ベルン市内では格安です。

今回ゲーベルバッハの団地で改修されたのは、室内ではキッチンと浴室、配管の新設、1部の間取り、内装。躯体では外壁・屋根の断熱強化、断熱性の高い窓への交換。外壁は古い木質パネルファザードの上に厚さ19cmの断熱材入り外壁パネルを施工したそうです。設備では、全ての家電をトップ効率の家電に交換しています(スイスの賃貸住宅では家電が付いているため)。また、熱回収付きの機械換気設備が導入されましたが、住人がちゃんと使いこなしてくれるように、建設組合は住人への情報提供に余念がありません。さらに計300㎡のソーラー温水器、パネルにすると120枚が新設され、給湯の35%を担います。

経済的な家賃の団地のため、内装はシンプルな仕様だそうですが、肝心な快適性と長持ちすべき部分の品質、省エネ性能には妥協はせず、しっかりと次の数十年に備えています。むしろスイスでは経済的な住宅を提供する建設組合の方が、民間の集合住宅の施主よりもエネルギー意識は高く、断熱改修やソーラー温水器、木質バイオマスの導入を積極的に進めているという印象を受けます。





上の写真は改修後の概観。新しいファザードと窓、ソーラー温水器が見えます。ベランダには黄色の日除けスクリーン、窓の上にはシャッターが付いています。60年代感を損なわないような改修デザイン。

こちらは改修されていない周囲の団地の様子、改修前のほころびが察せられます。


 
ゲーベルバッハ団地の総合改修費用は計3750万フラン(約32.3億円)。うち躯体の断熱関連の対策費に関しては、2009年までの断熱改修補助プログラムから約1720万円の補助金を受けています。助成額としてはものすごく少ないという印象を受けます。これを受けるには最低でも躯体のU値0.23以下、窓全体のU値1.3以下を満たす総合改修であることが条件です。

2010年からは、前年までよりも内容・予算の両面で強化された断熱・省エネ改修の助成制度がスタートしています。目標は九州くらいのスイスで、年1万件の省エネ改修を引き起こし、市場に10億フラン(約860億円)の投資を誘発すること。スタートから約2ヶ月で5200件の補助申請が各州に届けられ、うち2700件が断熱改修への助成、2500件が再生可能エネルギー源への申請になっています。(省エネ改修補助制度の詳細はブログのバックナンバーをご覧下さい。)

断熱改修ブームの本格化が実感されるこの頃。スイスの建設業界が経済危機の影響を受けていないというのが納得できます。断熱改修のアドバイザーや助成金の審査を担当するエネルギー専門家、そして工務店の多くは山のような依頼を抱えています。

最後にこちら、先日立ち寄ったコープ生協の大型店舗の省エネ改修の様子の写真です。厚さ24cmの断熱強化で、暖房エネルギー消費量を半減するのだ、と職人さんが話していました。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パッシブハウス、ミネルギー・Pに宿泊してみませんか?

2010-03-17 15:21:57 | 建築

 先日、那須に住む妹と電話で話しをしました。彼女は秋に感じの良い新築の賃貸住宅に越したばかりなのですが、なんとこの冬、ストーブのスイッチを入れると室温が3度とか4度とか表示されることが普通にあったといいます。決して安アパートなどではないのですが。これでは仕事で疲れて家に帰ってきても寒くて気がめいります。こんな建て方が新築でまだ許されるなんて、日本では消費者があまりにも守られていなさ過ぎる、と怒りを感じました。で、やっぱり将来は暖かい地方に越したいという妹に、那須地方でも家の建て方さえしっかりしてれば、僅かな暖房で天地の差のように快適になるんだと伝えたのですが、あんまりピンと来なかったようです。

スイスでも、いくら言葉でパッシブハウスやミネルギー・Pの快適性を説明したところで、百聞は一見にしかず、試しに滞在してみるのが一番です(パッシブハウスはドイツの、ミネルギー・Pはスイスのレベルの高い省エネ建築の基準です)。理想的には各自治体の庁舎や学校といった公共建築がパッシブハウスやミネルギー・Pレベルで建てられていて、子供や大人の誰もが日常的に、コンフォート換気の空気の良さや温熱環境の快適性を肌で感じることです。

でも、それはスイスでもまだまだ先の話。各地域に1軒くらいミネルギー・Pの家やらオフィスやらはありますが、誰もがその環境を体験できるわけではありません。そのため、スイスパッシブハウス振興会では、パッシブハウスやミネルギー・Pの住宅を体験できる宿泊施設「お試し住い」モデルを、これまでにスイスの二箇所で実現しています。

「お試し住い」の1つは東スイスの山間のウンターヴァッサー村(Unterwasser)にあるミネルギー・P認証を受けた一戸建ての貸別荘。パッシブハウス振興会の会員が共同出資して建て、運営しています。標高は920m。冬はスキー、夏はハイキングやマウンテンバイクをゆっくりと滞在しながら楽しむのに適した地域です。チューリッヒから電車とバスを乗り継いでもいくと2時間強。5.5室住居と1.5室住居の二種類があります。オンライン予約が可能な以下のサイトでは、平面図や写真が見られます。
★ミネルギー・Pの貸別荘 'Probewohnen'
http://www.probewohnen.ch/plaene.html

「お試し住い」の2つ目は、ライン河を望む風光明媚なシュタインアムライン町にあるB&B(ベッド&ブレックファスト)'Schlafen am Rhein'です。新興住宅地の中にあり、ミネルギー・P認証を受けた木造一戸建ての一室を客室としています。2007年にオープンしたこの宿を営むのはベアトリス&ペーター・スペシャ夫妻。とても親切なご夫妻で、心の篭ったおもてなしが受けられます。ご主人がエコセンターの研究員であるほどですから、建材にも粘土壁やセルロースといった環境と健康に優しいものが選ばれています。オンライン予約可、一泊朝食付きで1人60フランです。自転車の貸し出しも行なっています。宿のホームページでは、竣工までの写真やデータが見られます。
★ミネルギー・PのB&B 'Schlafen am Rhein' (下記は建物施工の写真)
http://www.schlafenamrhein.ch/index.php?option=com_ponygallery&Itemid=41&func=viewcategory&catid=30


また、このモデルとは別に、ミネルギー・P基準やミネルギー基準で建てられている普通の宿泊施設もあります。そのホットスポットと言えるのが観光地のツェルマットで、3つのミネルギーの宿があります。

1つ目は2009年春にオープンしたホテル&レストランのグレーシャーパラダイス。ミネルギー・P認証を受けています。ロープウェイで行かれる標高3883mのクラインマッターホルン展望台の麓にあります。山小屋式の宿泊施設ですが、現代の快適性を備えたモダンな木造建築です。ファザード材として用いられた光発電パネルで生産した電力で、年間収支では暖房・給湯・換気のエネルギーを自給しています。こちらは山頂とはいえ、電線が通じているため、足りない時には電力網からエネルギーを引き出すことができます。
★ミネルギー・Pのホテル&レストラン「グレーシャーパラダイス」
http://www.matterhornparadise.ch/de/page.cfm/aufenthalt/unterkunft/berghuetten

2つ目は2010年3月に一般営業を開始しはじめたばかりのミネルギー・Pの山小屋、モンテローザヒュッテです。標高2883m、写真で見ると氷河を見下ろす絶景。アルミニウムファザードに覆われた水晶のような形の建築デザインも面白いです。写真は下記サイトで見られます。
http://www.tagesanzeiger.ch/zuerich/stadt/Einblicke-in-die-neue-MonteRosaHuette/story/11227378

このヒュッテで特別なのは、電力網から切り離された状況で、ソーラーエネルギーだけで90%の自給自足をするコンセプトです。ベッド数は120床という規模で、レストランもシャワーもある快適な施設です。やはり木造建築で、ファザード材に光発電パネルを使い、敷地にソーラー温水器を設置しています。発電した電気はバッテリーに溜め、昼も夜も使えるようにし、非常時用にはコージェネ設備が設置されています。ソーラー温水器で作ったお湯は、給湯のほか、換気の空気を暖めるのにも使います。上水は、夏の間に融水をひいて地下に溜めておきます。下水は建物内で浄化し、水洗トイレに使います。10%自給していない分は調理用のガスです。

モンテローザヒュッテでは、エネルギー利用効率を上げるためにチューリッヒ工科大学で開発したエネルギーマネジメントソフトを使っています。現在の天候、天気予報、予約状況、建物でのエネルギー利用状況から、最も適した設備の運転モードを制御するソフトウェアだそうで、これを用いてヒュッテの設備をチューリヒから遠隔操作で管理しています。
★省エネ&モダン山小屋Monte Rosa Hütte, 3~9月までオープン
http://www.section-monte-rosa.ch/cabanes_4.htm

ツェルマットの宿泊施設の三つ目は、ユースホステルです。ミネルギー・Pよりも省エネ性能はやや劣りますが、普及型の省エネ建築ミネルギー基準の認証を2004年に受けています。 サイトでは写真が沢山見られます。
★Zermattのミネルギー基準のユース
http://www.jugendherberge.ch/imagegallery.html?&tx_gooffotoboek_pi1[srcdir]=ZER_Zermatt&cHash=c9300d1e91

スイスのユースホステル協会は、環境・温暖化対策として、ミネルギー建築やCO2オフセット、再生可能エネルギー利用に積極的に取り組んでいます。ツェルマット以外にも、ミネルギーやミネルギー・エコ(環境と健康に害のない建材を使ったミネルギー建築)のユースホステルがありますので、予算の少ない旅でも是非お試しあれです。

★Valbellaにあるミネルギー・エコ基準のユース
 
http://www.jugendherberge.ch/imagegallery.html?&tx_gooffotoboek_pi1[srcdir]=VAL_Valbella&cHash=9bd07d273b

★Scuolにあるミネルギー・エコ基準のユース
http://www.jugendherberge.ch/imagegallery.html?&tx_gooffotoboek_pi1[srcdir]=SCU_Scuol&cHash=d1d7884686

ユースホステル協会に登録しているユースでは、ゲストは予約時に宿泊により生じるCO2をオフセットすることができます。オフセットはスイスの非営利オフセット団体「マイクライメート」が行なっています。また2009年からは、全てのユースで100%再生可能な電力が購入されているというから驚きです。

その他にも、スイスには数々の楽しいミネルギーのホテルやエコホテルがありますが、それはまた別の機会にご紹介しましょう。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蓄熱するガラスを知っていますか?

2010-02-16 16:33:29 | 建築

今日は、新築や設備への補助制度の話を書こうと思っていましたが、ちょっと寄り道です。というのも、最近、GLASSX社の蓄熱するガラスファザード建材を利用している建物を訪れる機会が何度かあって、その綺麗さが印象的だったので、忘れないうちに書いておきたいと思いました。

ガラス建材GLASSX®は、太陽熱を蓄熱すると同時に、室内の過熱を防止する、賢い外皮材です。私がスイスで出会った建材製品の中で、最もユニークな発想を持つものだと思います。
www.glassx.ch


この製品の心臓は、塩の結晶の一種を利用した「潜熱蓄熱体」にあります。この物質は26~28度の温度で、固体から液体に変化し、その時に多くの熱を取り込みます。そして周辺の温度が26度以下に下がっていくと、再び液体から固体に戻り、その時に取り込んだ熱を室内側にゆっくり、じんわりと放射します。GLASSX®では、この「潜熱蓄熱体」の物質をプラスチックのケースに入れ、それを複層ガラスの間に閉じ込めています。

さらに、必用な時にだけ日射熱を取り入れるべく、もう一工夫しています。蓄熱層の室外側に、洗濯板のように表面が波型になっているアクリル板(図参照)が入っています。このアクリル板のおかげで、夏の角度40度以上の高い日差しは跳返され、蓄熱層に到りません。南ファザードに設置した場合、冬や中間期の低い日差しだけが蓄熱層に届きます。 (図版提供 GLASSX社)


GLASSX®の構造を見てみると、屋外側からガス入り4重断熱ガラスになっていて、一層目にアクリル、三層目に蓄熱体が挟み込まれています。建材の厚さは8cm、U値は0.48。そして一㎡につき吸収できる熱の量は1.2kWhです。厚さ2cmの潜熱蓄熱体の蓄熱容量は、15cmのコンクリート壁のそれに相当するそうです。断熱性能が高く、光を通すガラス面であって、日除けにもなり、これだけの蓄熱能力があるということは、とても画期的なことだと思われます。

塩の結晶は固体時には白く、液体時には透明になります。ですがアクリル板があるため、屋外から室内は見えません。昼間の室内からは、障子を通したような柔らかい光が日本人には懐かしい感じです。



GLASSX®は主に、Minergie-Pクラスの省エネ建築で使われています。
例えば建築家ベアット・ケンプフェンさん設計の木造オフィス建築「マルシェ社本社ビル」。Minergie-P-eco基準の高度な省エネ建築です。南ファザードに普通の窓と交互にGLASSX®を用いています。南側から思いっきり太陽光を取り入れるパッシブソーラー建築のオフィススペースで、コンピューター画面の反射を防ぎ、室内の過熱を防止しています。オープンな空間の木造建築に蓄熱容量を上げ、ガラスの表面温度の高い快適な室内環境を作ることも目的です。(1月中旬)GLASSX®の価格は普通のガラスの二倍するそうですが、建物全体のシンプルなデザインにより、建物は平均的コストで実現されています。







下はGLASSX®社の社長で、開発者の1人である建築家ディエトリッヒ・シュバルツさん設計のマンション「オイラッハホフ」。やはりMinergie-P-eco基準で建てられており、南ファザードの1部にGLASSX®が使われています。写真は2月初旬の天気の良い日。蓄熱体が液体化し始めています。同時に庭からの視線避けにもなっているのが分かります。






シュバルツさんは、90年代中ごろからパッシブソーラー建築技術の進歩・研究に尽力してきた建築家です。透明断熱材を用いた家、サンルームでダイレクトゲインする家などでの経験を経て、パッシブソーラー利用により快適な室内気候、フレキシブルな室内空間を作るために、多機能な賢い南ファザードを求め、ガラスと潜熱蓄熱体という道に到ります。

私自身も2002年に建築雑誌コンフォルトの取材でシュバルツさんを訪問する機会を得ました。その年はパラフィンを用いた潜熱蓄熱体を窓内に取り入れた省エネ・パッシブソーラーの木造住宅の第一号が建設され、注目をあつめていました。そこから3年、様々なパートナー研究所との研究開発を重ねて、より適した蓄熱素材を用いたのが今日の形になります。

当時の実験では、2月の晴天日、14時に日射量が最大になった3時間後の室内側の表面温度は35度。17時からゆっくりとパラフィンが固まり始めたが、窓の表面は夜間中22度を下回ることはなく、夏には日中の日差しをしっかりとカットしていたという結果が印象的でした。

先日久々にホームページを訪れて、GLASSX®は基本商品のほかに、蓄熱体を挟んだだけのガラス建材GLASSX®confort"store"や、アクリル板を挟んだだけの日除け・視線避けする断熱ガラス窓GLASSX® prismを出していることも知りました。スイスではまだ事例はありませんが、温室などにも転用できそうな技術だと思いました。

これからどのような評価を受けていくのか、楽しみな製品です。

英語で読める記事
http://www.glassx.ch/fileadmin/pdf/050601_Detail_So_2.pdf

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする