私は失語症です(脳出血により失語症にかかり、克服したい)。

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オリンポスの対話(グールドとモーツァルト)-----その1。

2011-02-13 12:53:14 | Weblog

 オリンポスの対話-----ミヒャエル・シュテーゲマン+宮澤淳一(補筆・訳)
  
  
※〈〉は実際のグールドの発言からの引用。ただし人称は「モーツァルト」から「あなた」へと置き換えてある。

   ※当ブロガーが、ちょっと、アレンジをした。

 雲の上に男がふたり。ひとりはセーター、ツイードのジャケット、その上に冬物のコートを着込んだ男。ウールのマフラー、チェックの縁なし帽、眼鏡、ミトン、だぶだぶのズボンにすり切れた茶色の靴。ピアノを弾いている。
 曲は、主題と6つの変奏、すなわち、モーツァルトのソナタ第11番イ長調K.331「トルコ行進曲付き」の第1楽章である。
 もうひとりはお下げ髪のついたかつらをかぶった男。ルーシュ飾りのネッカチーフ、金色の糸で豪華に刺繍の施されたヴェスト(そこには「黄金拍車勲章」がついている)、ひざ丈のズボン、絹のストッキングと留め金つきの靴、という装い。演奏にじっと耳を傾けている。
 ピアノを弾いているのはグレン・グールド。聴いているのはヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトである。

グールド(以下G):(第1楽章を弾き終えて)というわけですが・・・・・・。
モーツァルト(以下M
):(あっけにとられて)わ、わが友よ、ひとつ聞きたいのだけれど、そんなに低い位置から鍵盤に向かうのですか?
G
:そうです。
M:そうしていつもこの、何というか、椅子?に座って?
G:ええ、そうですよ。20歳か21歳のときに父に作ってもらったんです。
M:(おそるおそる)しかし、壊れているじゃないですか?
G:わかっています。一度ひどいめにあいましてね。空港の係員がこの上に立って、座る部分が抜けたんです。
M:(ピンとこない様子で)「クウコウ」の係員?
G:まぁいいです。(すばやく、しかも苛立った様子で)先回りして申し上げますがね、私はいつも演奏中に歌っています。別に有意義だと思いませんが、どうしても歌ってしまうんです。結局やめられませんでしたよ。ごめんなさい。
M:何も謝ることはありませんよ。特に気にはなりませんでしたから。少なくともそのことにはね。
G:では何に?
M:(はぐらかすように)いやその、君の弾いている楽器は妙な音ですねえ。ストライヒャー製のフォルテピアノではないし・・・・・・。
G:スタインウェイのCD318です。
M:(ピンとこない様子で)はあ。
G:で、気になったのは、ずばり、何ですか?
M:(困ったように)いや、何と言ったらよいか・・・・・・つまり、その・・・・・・。
G:・・・・・・テンポが遅すぎた?
M:その、第5変奏は、僕は「アダージョ」と指定しているのに、君はアレグロで弾いたでしょう・・・・・・・?
G:速すぎた、という意味ですか?
M:で、その一方、「アンダンテ・グラツィオーソ」と指定した主題は、ラルゴのようでしたね。(小声で)とてもあの曲には聞こえませんでした。
G:(笑って)あなただけではありませんよ、そういう反応を示したのは。今も同じ意見の人がいると思いますが、こんな批評が出ました。私の出したこの曲のレコードは「これまでで最も嫌悪すべきレコード」だと。
M:(意味がわからず)「れ、れこーど」?
G:(親切そうに)いいですか、モーツァルトさん、あなたが亡くなってから、この雲の下ではあなたには想像もつかないことが数えきれないほど起ったんです。しかし、われわれの対話ではそういったことは大切とは思えませんので、忘れましょう。今はこの演奏の問題だけを話し合えたらうれしいですね。「空港」や「レコード」についてはあとで喜んでご説明しましょう。オーケー?
M:『おー、けー、』です。どういう意味かよくわかりませんが。
G:結構です。第5変奏は速すぎる、主題は遅すぎる、とおっしゃるわけですね?!
M:ほかにもありますがね。いったいぜんたい、どうして君は・・・・・・。
G:(興奮して)いいですか、ここでの私の発想は、個々の変奏はその前の変奏よりも必ず速く弾くというものなんですよ。そういう〈私の意図からすれば、第5変奏は最後から2番目ですから、テンポも第6変奏に次ぐ速さとなるのです〉。
M:(いくぶん苛立って)そりゃあ君の意図に従えばそうでしょう。しかし、友よ、この僕の意図はどうなるんですか?
G:(問いを無視して)〈つまり、あの演奏の背後にある考えはこうです。第1楽章は緩徐楽章というよりは、ノクターン兼メヌエットですし----この点はあなたも否定しないでしょう?----このパッケージ全体を閉じるのは第3楽章のトルコの宮殿風の不思議な曲です。つまり、演奏者は特殊な構成を扱うわけで、ソナタ形式の約束事はほぼすべて忘れてよいのです〉。
M:本気ですか?(皮肉っぽく)いや、この僕の作ったソナタについての、この僕へのご教示、深く感謝いたしますよ。
G:(やや困惑して)〈私の第1楽章の演奏がいくぶん異様であることは認めますがね〉。
M:(きつく)まったく同感です。(少し間をおいて)どうして私の主題がそんな扱いを受けなくてはならないんでしょう?
 
G:(慎重に)この上なく陳腐な主題だからですよ。
M:君のように弾かなければそうでしょう。
G:そのとおりです。人々にはまったく新しい形でこれを聴き、体験してもらいたかったんです。〈徹底的に解析することによって、曲の基本的要素のひとつひとつを分離させ、主題の一貫性をわざと崩してみたかったんです〉。
M:君は砦を攻撃したら、ドカン!と、一挙にすべてを破壊するタイプなんですね。
G:いいえ、その逆です。〈私の発想はこうです。次々に現れる個々の変奏が、この一貫性の復元に奉仕します。そしてその作業に没入するうちに、装飾や彩りの要素としての変奏は、あまり目立たなくなるのです〉。
M:(驚いて)何としての変奏ですって?「彩りの要素」としての変奏ですって?
G:「装飾や彩りの要素」としての変奏です。〈あなたは紋切型の音型を安易に使いすぎると思いますね。何も考えていないだけなのではないかという印象をいつも受けます。あなたのやっていることは、ほかのありきたりの手法でも十分楽しめるような単なる触感の喜びなんですよ〉。これについて無理に認めさせてもどうにもなりませんがね。対位法的な関心が完全に欠如している点については言うまでもありません。芝居がかった快楽主義(シアトリカル・ヘドニズム)の極致だと言ったらわかりますか?(少し間をおいて)あの、何かおっしゃってください。
M:正直のところ、絶句です。そんな話を聞いたら、誰もが思うでしょうね、ああ、グールドはモーツァルトの音楽が嫌いなんだな、って。
【つづく】 

 

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