「会長、どういうことですか。最終節はわざと負けろって」
ヴァントは信じられないといった感じだ。何でも、会長が言うには、負けさえすれば煩わしいインターナショナルクラブカップに出ずに済んで、その分、キャンプでクラブを強化し、ワールドクラブチャンピオンシップ、アメリカクラブカップの優勝を目指せばいいということだ。
「勝っても、ハンブルクが勝てばインターナショナルクラブカップには出られません。それに、私はわざと負けるのは嫌です」
そんなことは分かっているが、念には念を入れろということのようだ。補正というよく分からないものが働いて普通にやれば8位になってしまうから、それが嫌なのだという。それなら、わざと負けるようにしても8位になるのではないのか。同じ8位になるのなら勝ちたい。ヴァントはそう思った。
「それに、負けてSCベルリンよりも順位が下になれば、悲しむのはサポーターです。ライバルと呼ばれているから向こうのサポーターにバカにされるんですよ。会長は、そのことをお考えになったことはあるんですか」
ヴァントは自然と声を少し荒げていた。
「インターナショナルクラブカップで優勝すれば、ヨーロピアンカップにも出場できるし、そこで優勝も狙えるんです」
会長には、今の戦力では無理だ。ヨーロピアンカップに出場できれば御の字だと言うのである。もし、負けでもしたら君は責任を取れるのかとまで返された。
「私はスラマー監督を始め、選手たちを信じてます。会長もご存じのようにスラマー監督は、かつてバイエルンをヨーロピアンリーグ優勝に導いたこともある名将です。今度こそインターナショナルクラブカップで優勝してみせます。とにかく、私は最後の試合も勝つつもりで選手たちには臨ませますから。これで失礼します」
ヴァントは、そう言い終わった途端に電話を切った。
美里「ヴァントさん、いいんですか。もしオーナーをクビにでもなったらどうされるおつもりです?」
ヴァントは少し落ち着くと、少し笑みを浮かべてから美里に言った。
ヴァント「いいんだ、それならそれで。自分の保身を守ってまで信念を曲げるつもりは私には無い。それで切られるなら仕方が無いさ」
マンシャフトのクラブハウスで、こんなやり取りがあったことも知らずに選手たちは最終節に臨む。
パウル・フライアーがケガから復帰し、右サイドハーフでスタメン出場することになった。最初は彼をよく思っていなかったユングニッケルやクリズペラも、今やマンシャフトの貴重な戦力としてフライアーと打ち解けるくらいにまでなっていて、チームの雰囲気も良い。フライアーには、いずれ主将を任せようと思っているだけに、ヴァントにとっては有難かった。
8分、マンシャフトはトレコフのクロスからユングニッケルが強烈なシュートをゴールネットに突き刺し、先制した。
ヴァント「よし、ナイスシュートだ、ユング! さぁ、追加点を取ろう」
31分、マインツにもチャンスが訪れていた。ゴール前でピンチだったが、GKシェファーが体を張って止める。
ヴァント(そうだ、シェファー。プロなら勝利のためにベストを尽くす、当然だよな)
前半は1-0と1点リードで終えて、勝負は後半戦に入る。
48分、ラコに抜け出されてシュートを打たれるも、GKシェファーが正面でがっちりキャッチ。
63分にも左からエリアにボールを入れられるが、これもシェファーが抑えた。79分にもCKでピンチとなるが、クレセナーがヘッドでクリア。83分にはFKとピンチは続く。
ヴァント「みんな、頑張れ。この試合勝って今度こそインターナショナルクラブカップで優勝しよう」
88分、シュートを打たれるも、これもシェファーがパンチングで弾くが、ボールはゴールラインを出てCKとピンチは続く。
ヴァント(どうした、みんな。マインツに押されてばかりじゃないか。これが会長の言う補正とかいう奴なのか)
現在1-0と1点リードのマンシャフトだが、後半に入りマインツが一方的に攻める展開に。補正は引き分けさせようとしているのか。