米積極財政からの撤退戦 市場の「酔い」さます可能性
ワシントン=大越匡洋
グローバルマーケット
2021年9月19日 12:00
財政と金融を拡大するバイデン米政権の経済運営「バイデノミクス」が危機下の陶酔からさめる局面に入る。新型コロナウイルスの感染が続くなか、金融緩和は縮小に向かい、積極財政もアクセルは緩む。これまでの追い風がやもうとし、景気の先行きに黄信号がともる。政策運営の軸足が脱危機に移り、米経済と政権の地力が試される。
「我々が直面したような複雑さ、課題、脅威を伴うことなく、終戦からの退避は実行できない」。バイデン大統領は8月31日、アフガニスタンからの米軍の撤収完了について演説し、撤退戦の難しさを語った。20年にわたる戦いは水泡に帰した。
撤収そのものへの国民の支持は高いため、バイデン大統領は時間がたてば苦境を切り抜けられると踏んでいるフシがある。だが「撤退戦」が待つのは戦地だけではない。
米連邦準備理事会(FRB)は米国債などの資産を買う量的緩和の年内の縮小開始を視野に21~22日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で議論する。春以降の米景気の急回復を主導した財政は3月に決めた1.9兆ドル(約210兆円)対策の効果が薄れた。
時期を同じくして、デルタ型の猛威で9月は1日当たりの新型コロナの新規感染者数が15万人前後と6月の約10倍となる日も目立った。景気が減速する懸念から米債券市場では30年債と5年債の利回り差が1.1%以下と1年前の水準に縮まった。各年限の金利を結ぶ利回り曲線の傾きが平らに近づくと、市場が景気減速を織り込んでいることを示す。
それでも世界からみれば米経済の回復力は強い。高インフレも続き、危機時の政策をいつまでも続けられない。米株式市場では弱気の経済指標が出るとかえって金融緩和が長引くとの期待が膨らみ、株価が上昇する陶酔状態も続く。
その酔いをさますような「落差」が待ち構える。
10月からの新会計年度を控え、議会民主党は子育てや教育の支援、気候変動などに財政資金を長期に投じる「3.5兆ドル」の歳出・歳入関連法案の実現を急ぐ。「大きな政府」を志向するバイデン政権の看板政策といっていい。
政権は企業や個人富裕層への増税、薬価の引き下げ、経済成長による税収増などで財源を賄うとしている。一方で関連法案の基本方針を定めた8月の予算決議は「10年間で計1.75兆ドルまでの新規借り入れを認めた」(米シンクタンク「責任ある連邦予算委員会」)。増税を伴わない歳出の純増は最大で年平均1750億ドルとなる計算だ。
積極財政には違いないが、一気に財政支出を1.9兆ドル積み増した今春のコロナ対策との差は大きい。景気を直接押し上げる力が弱まるのに加え、債務膨張を懸念するマンチン上院議員ら民主党内保守派は規模の縮小を訴えている。
ゴールドマン・サックスは8月末のリポートで、「米国の財政支援は2022年末まで急激に縮小する」と指摘した。経済再開と貯蓄が消費に回ることでその分は穴埋めされるものの、財政政策の実質成長率への影響は「21年7~9月期から大幅なマイナスに転じる」とみる。
海外からの追い風も期待できそうにない。
「『跨周期(クロス・シクリカル)』の政策を改善し、政策の連続性を保つ」。中国人民銀行(中央銀行)の易綱総裁は8月下旬、行内にこう指示した。
「周期」は中国語で循環を意味する。中国当局者が最近よく使う「跨周期」は、長期の安定をより優先する政策運営の姿勢を指す。目先の景気が減速したからといってすぐに金融や財政を緩めるのではなく、政策の継続性を保とうという考え方だ。
22年秋の中国共産党大会で異例の3期目入りをうかがう習近平(シー・ジンピン)総書記は統治の安定に腐心する。経済運営の文脈に落とし込むと、投機の拡大など制御の難しい反動を招きかねない刺激策は避ける姿勢となる。
景況感が悪化しても、08年のリーマン危機後のような大規模な財政と金融の拡大に動く気配は感じられない。
トランプ前政権からの危機下の1年半で米国の政府債務は計5兆ドル増え、国内総生産(GDP)の1.2倍を超える28.4兆ドルに積み上がった。金融、財政ともに政策が脱危機モードへの転機を迎えるのは避けられない。その成否はバイデン政権の浮沈だけでなく、世界の経済と市場の先行きを左右する。