マイナス利回り債を買う5つの理由 残高、世界で再拡大
グローバルマーケット
2021年8月25日 17:15
国債や社債など利回りがマイナスの債券の残高が世界で再び増加している。7月には2兆8000億ドル(約300兆円)増と単月としては5年ぶりの伸びとなり、8月も増加が続く。世界経済がコロナ禍からの回復に向かうなかでも「貸し手が利子を支払う」異例の金利の広がりが止まらない。利回りがマイナスでも買う投資家や金融機関には、値上がり益や担保需要など主に5つの狙いがある。
18日、ドイツの財務省が実施した利子がゼロの30年債の入札では、平均落札価格が101.04だった。30年後には100しか返済されず持ち続けると損をする。利回りはマイナス0.04%だ。
QUICK・ファクトセットによると、マイナス利回りの債券の残高は24日時点で16兆4430億ドル。2020年12月に18兆ドル超と最高に膨らんだ後、米国の利上げが意識されいったん減少した。米金利の低下を受けて増加に転じ、7月の増加額は日銀がマイナス金利政策を導入した16年1月以来の規模で、過去2番目の大きさだ。
マイナス利回り債の買い手の狙いの1つは債券の「ロールダウン効果」と呼ばれる値上がり益だ。
債券は通常、償還までの期間が短い方が金利が低く(価格は高く)、長いほど高い。期間が長い方が返済リスクが大きいためだ。年限ごとの金利を結んだ「利回り曲線(イールドカーブ)」は右肩上がりを描く。
購入した債券は時間の経過とともに残存年限が減少し金利は低下(価格は上昇)する。この効果は利回りがマイナスでも変わらない。利子のない30年物独国債の価格は24日時点で100.90前後で取引されているのに対し、10年債は104.90前後だ。持ち続ければ価格は上がっていく。
ただ、ロールダウン効果はイールドカーブの形状が、あまり変わらないことが前提だ。利上げ観測が高まるなどで、購入した債券に比べて短い年限の利回りが上昇(価格は下落)すると効果が見込めなくなる。日銀が長短金利を操作する政策を導入するなどマイナス金利のなかでイールドカーブが安定し、ロールダウン狙いの投資が広がっている。
マイナス利回りの債券への需要が再び増えたのは「日欧を中心にコロナ後にも物価は上がらないとの見方が大勢を占めたため」(みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミスト)だ。イールドカーブが安定したままとの見方がマイナス債の購入につながった。
値上がり益を確定するためには、償還まで持ち続けず新たな買い手を探す必要があるが、金融機関などがその受け皿になっている。金融機関は日々の資金繰りの担保として国債を保有するニーズがあり、残存2~5年など中期債を中心に購入している。これが2つ目の需要だ。
3つ目と4つ目は中銀との取引に絡む需要だ。日銀や欧州中央銀行(ECB)は金融機関が中銀に預ける当座預金の一部にマイナス金利を課している。金融機関は当座預金と国債の金利を比較して、国債の方がマイナスが小さければ買う動機が生まれる。
中銀は量的緩和の一環で債券を購入しており、中銀に売却する前提でマイナス利回り債券を買う投資家も一定数いる。中銀は市場実勢より高い価格で債券を購入するため「すぐに日銀に売却する目的で債券を購入することも多い」(国内の債券運用担当者)。
5つ目は他の取引と組み合わせてプラスにするものだ。基軸通貨ドルは需要が強く円やユーロと一定期間交換する取引ではドルを貸す側が金利を受け取れる。米国の金融機関が日本の金融機関にドルを貸して受け取った円でマイナス利回りの日本国債を買うと、全体で利益が出ることがある。
もっとも、残高の増加は「金融システムのゆがみ」(大和証券の岩下真理チーフマーケットエコノミスト)と警戒する声も多い。本来は保有したくないマイナス利回り債を様々な手法で活用せざるをえない。年金基金などの中には債券を一定以上保有する自主ルールのため仕方なくマイナス利回り債を買う投資家もいる。償還まで持つことの多い中銀や金融機関にも負担となっている。
積み上がった残高は、市場参加者に日欧の短期金利が低い状態は変わらないとの見方が定着してしまっている証しだ。思わぬインフレの高まりなど債券市場にショックが広がれば、マイナス利回り債の押しつけ合いとなり、金利が急騰するきっかけになりかねない。
(佐伯遼)