白雲去来

蜷川正大の日々是口実

好きな作家の書評で即買い。

2022-02-17 10:55:23 | 日記

1月12日(土)晴れ。

産経の書評で『旧皇族の宗家・伏見宮家に生まれて』(古川江里子・小宮京編、中央公論社)を買った。書評を書いたのが好きな作家の工藤美代子さんと言うこともあって即買い。私は、好きな作家の方が書評を書くと、大体その本を買う。なぜか、「間違いない」からである。この本を買って驚いたのは青山学院の総がかり(大げさですが)で出版されていることだ。まず、「発行に寄せて」を書いているのは、青山学院の理事長さんで、本をまとめられた古川、小宮の両氏は青山学院の教授。昨今の皇位継承の問題もあって購入した。頁を捲るのが楽しみである。

朝食は、チキンライス、新玉ねぎの味噌汁。昼は、やはりチキンライス、メンチカツ、とろろこぶのスープ。夜は、鶏のから揚げ、「大将」の餃子、玉ねぎ天。お供は「黒霧島」。酔狂亭にて独酌。

 


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紀元節と漱石。

2022-02-16 13:02:02 | 日記

2月11日(金)晴れ。紀元節。

今日は皇紀二六八十二年の紀元節。神武天皇肇国の昔を偲び、日の丸を掲げ、橿原神宮を遥拝。ご皇室の弥栄と天皇、皇后両陛下のご健勝を心からご祈念申し上げます。この日を何の根拠もない、という人がいる。約三千年前の出来事に根拠がある、ない、などと言うのは不毛である。長い歴史のある国は、何処でも「神話」に基づいた麗しい文化がある。私は、それを誇らしいと思う者の一人である。

前から気になっていたのだが、夏目漱石の『永日小品』の中に「紀元節」という作品がある。漱石が小学生の頃に、先生が黒板に「記元節」と書いたのを、先生がいなくなった時に、漱石が、「記」の横に「紀」と書き直したことを述懐したものだが・・・。引用してみる。

「南向きの部屋であった。明かるい方を背中にした三十人ばかりの小供が黒い頭を揃えて、塗板(ぬりばん)を眺めていると、廊下から先生が這入って来た。先生は背の低い、眼の大きい、瘠せた男で、顎から頬へ掛けて、髯が爺汚く生えかかっていた。そうしてそのざらざらした顎の触わる着物の襟が薄黒く垢附いて見えた。この着物と、この髯の不精に延びるのと、それから、かつて小言を云った事がないのとで、先生はみなから馬鹿にされていた。先生はやがて、白墨を取って、黒板に記元節と大きく書いた。小供はみんな黒い頭を机の上に押しつけるようにして、作文を書き出した。先生は低い背を伸ばして、一同を見廻していたが、やがて廊下伝いに部屋を出て行った。すると、後ろから三番目の机の中ほどにいた小供が、席を立って先生の洋卓(テーブル)の傍へ来て、先生の使った白墨を取って、塗板に書いてある記元節の記の字へ棒を引いて、その傍へ新しく紀と肉太に書いた。ほかの小供は笑いもせずに驚いて見ていた。さきの小供が席へ帰ってしばらく立つと、先生も部屋へ帰って来た。そうして塗板に気がついた。『誰か記を紀と直したようだが、記と書いても好いんですよ』と云ってまた一同を見廻した。一同は黙っていた。記を紀と直したものは自分である。明治四十二年の今日でも、それを思い出すと下等な心持がしてならない。そうして、あれが爺むさい福田先生でなくって、みんなの怖がっていた校長先生であればよかったと思わない事はない。」

三年前の私のブログである。朝食は、納豆、焼きのり、鮭、新玉ねぎの味噌汁。昼は、カレーパン一個。夜は、自宅近くの魚屋で買ったカツオの刺身。この時期にしてはとても良いものだった。つぶ貝の煮たものも一緒に買った。お供は「黒霧島」。


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目からうろこの「鍋焼きラーメン」。

2022-02-16 12:21:00 | 日記

2月10日(木)雨のち雪。

寒いと思ったら雨。午後から雪になるという。野村先生の句に「淡雪の日と書き入れし 獄日記」と言うものがある。先生の座った千葉の長期刑務所は、歴史が長い分、古くて当然ながら暖房設備などない。この時期の監獄は文字通りの寒獄となる。先生は、面壁二十年。とても真似のできることではない。寒さが苦手な先生だったが、雪が降るとなぜか先生のことを思い出す。「俺に是非を説くな  激しき雪が好き」。は有名だが、その昔に先生に「千葉時代の思い出の句は」と聞いたことがあった。しばらく考えてから「この雪の打擲  耐へて耐へてゆく」を教えてくれた。12年も獄にいると、時には絶望や人間関係の煩わしさで『死』を考えたことが幾度かあった。しかし、死ぬべき時に死ねぬ者はだめだが、死ぬべき時でない時に死ぬ者はもっとだめだ。と歯を食いしばって耐えた。その時の句だ」。ぬるま湯に浸かって久しい。先生の獄中句集『銀河蒼茫』は私にとっての「はらわたの腐り止め」でもある。

年末に、お世話になっている方から、頂いたものの中にインスタントの「鍋焼きラーメン」と言うものがあった。説明書などほとんど読まずに、鍋の〆にご飯やうどんの代わりに入れるものと、勝手に思っていた。それが「アド街ック天国」で高知特集を見た時に、何と高知では、「鍋焼き」と言えば「うどん」ではなく「ラーメン」が一般的であることを知り、目からころも、ではなくうろこであった。文字通りの鍋焼きラーメンを作ってみた。袋の裏には「お好みで、生卵、ちくわ、鶏肉、ネギなどを加えますとさらにおいしく召し上がれます」とあったので、その通りにした。家族も大喜びの「鍋焼きラーメン」だった。

 

 


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このコロナ禍で値上げが相次いでいる。

2022-02-13 16:23:17 | 日記

2月9日(水)晴れ。

朝食は、シラスご飯、能登屋の玉ねぎ天ともやし揚げ、豚汁。昼は、魚ニソのトースト。夜は、「やき丸」を使って焼肉、もやしのナムル。お供は「黒霧島」。横浜駅にある某デパートの食品売り場で、「二割引き」と言う札につられて、そこそこのカルビと牛タンを買ったが、これが全くダメだった。最初から二割引き程度の値段のものを売っていたんじゃないのと、疑われても仕方ないくらいのダメな肉でがっかりした。

そういえば、コロナ禍で多くの食品が値上げをしている。私のような貧乏人は「便乗値上げ」じゃねぇの。と勘ぐってしまう。コロナの感染で多くの国民が暗い気持ちになっている。お店を閉めたり、職を失ったりした人だって少なからずいるだろう。こういう時にこそ、これまでに暴利?を貪って来た企業は、「共に頑張りましょう」と値下げはともかく、現状維持で国民の皆さんに寄り添います。とか言えないものか。正に財閥富を誇れども社稷(しゃしょく=国家、国体を意味する)を思う心なし。最近の日本人はおとなしい。戦前の血盟団事件のようなことは起こりえないのか。まあ国民のほとんどが中流意識の上に胡坐をかいている時代では無理か。


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日々是好日ではなく口実。

2022-02-11 14:06:38 | 日記

2月8日(火)晴れ。

蕎麦やうどん、ラーメンにパスタ。裏の世界では通称「長シャリ」と言う。その皆を好きだ。お歳暮などで様々なメーカーの蕎麦やうどんを頂くと嬉しくなる。何といっても乾麺は日持ちがするので飽きずに食べられる。今朝も蕎麦。市販のめんつゆに「どんこ」を入れて出し汁に足す。鶏肉と焼いたネギを入れて食べる。朝は暖かい汁蕎麦、昼は「ざる」。三食長シャリでも飽きない。自宅の近くに美味しい蕎麦屋がないのが残念である。昼は、上の子供が取り寄せてくれた「クリスピー・キーマカリー・パイ」。大人の味でめちゃくちゃ美味しい。夜は、豚汁、手羽のから揚げ、春巻き。お供は最後の「伊佐美」を寒いのでお湯割りにした。大人しく酔狂亭にて独酌。

冬季オリンピックの真っ最中。日本人選手の活躍は気になるが、元来ウインタースポーツが好きではないので、リアルタイムの中継は見ないで、ニュースで結果だけを見るようにしている。と言っても日本人選手の活躍には、正直言って嬉しい。高梨沙羅ちゃんなどを見ていると、まるで孫か娘を見ているようで愛おしい。結果がどうであれ謝ることなんかないさ。君の人生なんだから。

毎日、毎日何万人もの感染者が出ている。年寄りと持病持ち(主に糖尿病)の人は、感染すると重症化するらしい。日本列島が何か暗いベールに覆われているような気がする。関係ないと気にしない人もいるのだろうが、私的にはファイザーだろうがモデルナだろうが、早く三回目を打って飲みに出かけたいものだ。


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