SJesterのバックステージ

音楽関連の話題中心の妄言集です。(^^)/
もしよろしければ、ごゆっくりどうぞ。

異太利亜旅行気分

2007年08月05日 00時08分29秒 | 声楽・宗教曲関連
★ラッスス:ダヴィデ懺悔詩篇曲集 (1584年)
                  (演奏:フィリップ・ヘレヴェッヘ(指揮)/コレギウム・ヴォカーレ)
《ダヴィデ懺悔詩篇曲集》
1.主よ、怒りもて罰したもうなかれ
2.その悪行を許され
3.主よ、怒りもて罰したもうなかれ
4.神よ、われを憐れみたまえ(ミゼレーレ)
5.主よ、わが祈りを聞きたまえ
6.深き淵より、われ汝を呼ぶ
7.主よ、わが祈りを聞きたまえ
                  (2003年録音)

オルランド・デ・ラッススはルネサンス時代の作曲家。
どこぞの大臣がアセヤンの会合でバカ殿さまみたいなことをしてましたが、この曲が作曲されたことのわが国では“本能寺の変”を経て光秀を討った秀吉が勢力を伸ばし大阪城を築いた頃のこと。
そして、作曲家はドイツ・ミュンヘンで秀吉の天下統一を見届けた後亡くなっています・・・って、時期的にはそうだけど、そんなハズないか。(^^;)

でも各国大臣の話、あないな(思わず関西弁)パフォーマンスをしてたのが、わが国のヒトだけじゃないところがまたスゴイ会議ですなぁ~。


ラッススはフランドル学派の最後の巨匠と讃えられており、確かにバロック音楽に至る躍動感には至っていないものの、複雑な旋律線が絡んだポリフォニー(っていうんですか?)の綾が敬虔で品格の高いということは一聴すれば判ります。
そんなこんなを考えれば、かの時代にも高尚な音楽だったんだろうなぁ~と思う次第であります。

金曜日は本社に出社したのですが、久しぶりに昼休みに雨が上がっておりました。
したがって、腹ごなしの散歩については駅周辺をうろつくのではなく公園に行ってみようかということにいたしました。(^^)/

会社では夏休みの話題が出る時期になっており、社員食堂で昼飯をゆ~っくり食っている時(早食いは太るもと)にも周りから女子職員の声がい~っぱい聴こえてくるんです。
いつもながらムシンケー極まりなく、やれ韓国へ行くだの、南の島がいいだの、ゴールドコーストに出向くなどとほざいているものまでおる始末・・・。
ウラヤマシ・・・いや、まだ夏休みでないのに緊張感0とはけしからん事であります。

どいつもこいつも、何故か1人・・・あるいは女子数名といくっていうのがこれまた無神経。
いったい何しに行くんじゃい!?
と詮索しても始まらないので、ほっとくことにします。

キミたちがそのような態度で出るなら、私はこの昼休みに『イタリア旅行』をしちゃうもんね~だ。

たまたま通勤の時に「優しい音楽」を聴きたくてディスクマンに入れてきたのがこのCD。
そりゃこんな心地よい音楽をBGMにして、街中から緑あふれる公園を歩いたらどこであってもイタリアみたいになるでしょう!

と、やってきましたこの公園・・・。(^^)/
誰が何といってもこの陽光はイタリアそのもの、かのゴッホがゴーギャンが愛したアルルを髣髴させるじゃありませんか?
                  

さすがイタリアの新宿中央公園!
入場した途端に、“アオスジアゲハ”が颯爽と目の前を横切って行く。

昼飯前まで“アオスジタテタ”人を見てたモンで、余計に珍しく見えてしまった!
このチョウは幼虫の時に食べる葉が特殊な木に限られているから、今はめっきり見る機会が減ってしまったんですよね。
“キアゲハ”なんて、絶滅しちゃったんじゃないかというぐらい見ない。
むしろ各種の“クロアゲハ”の方がよく見かけるんじゃないだろうか・・・?

私が小さい頃は、いろんなアゲハチョウが飛び交い捕虫網を持って追い掛け回したもんだけどな~・・・などと、ポリフォニーのアンサンブルを聴きながら思っておりました。


そもそもこのディスクを手に入れようと思ったのは、どうだろう・・・15年以上も前に読んだCDジャーナル関係のある本(よく覚えてない)で、

ラッススは家族を持った身持ちの堅い作曲家であって、当時より最高の評価を得て堅実な生活を送った人である。作曲された作品もみな高く評価され最高傑作とされる“ダビデ懺悔詩篇曲集”は、ヨコシマな心が洗われ思わず懺悔せずにはおられないほどムズムズしちゃうぐらい美しい曲である・・・

云々という記事を覚えていたからであります。


さらに歩いていくと、おお、このように整備された花壇もまさにイタリア的ではありませんか?
                  

ラッススはこの曲集を作曲したことで多くの報酬を得たとのこと。
ところがその記事によれば、ラッススはこんな皆を懺悔させちゃうような曲を書いておいて、自分は仕事ばかりしていて「懺悔しているヒマはない」という態度であったということでした。

「懺悔の値打ちもない」という歌詞をものした昭和の大作詞家も鬼籍に入ってしまい、ご冥福をお祈りするばかりですが、懺悔推奨とも思える曲を作って自分が懺悔しないんじゃ、自分で作った農作物を自分で食べないというどこかの国の農家のようなもんじゃないか・・・という気もする。。。
曲の中に農薬みたいなものを混ぜたんだろうか、大量に耳から摂取すると麻薬中毒になるとか???


そういえば、そんな気もする・・・。
心地よい調をず~と聴いているからか、なぜかこんな木造建物ですらイタリアの陽光を浴びた小道具のように思えてきてしまったぞ。。。
これはやはり、ラッススの確信犯的精神操作の仕業に違いあるまい!(^^;)
                  

やりすごしてから振り返ると、新しい建物ではあっても単なる事務所兼物置なんだから・・・。

炎天下でボーっとしたせいか、ラッススの麻薬的声楽曲のせいかいろいろ考えながらも、万歩計のメモリを増やすことを目的にイタリア旅行を続けました。
よく聞いていると、このイタリアにはミンミンゼミが多いらしい・・・なぜかしらポリフォニーの綾にミンミンゼミの大合唱が入っても違和感がないことに気づきました。

戦国時代の武将もこんなミンミンゼミを聞いたんだろうなぁ~・・・なんて分けわからんこと考えてたりして、もはやヤク中状態の脳内環境でしたねぇ~。

同じように炎天下にやられたハトさんなんか、羽を地面に思いっきり広げてヘタってるものもいる・・・。
日陰に入ればいいのに。。。(^^;)

大汗かいてなんだかんだいいながら、とにかく私の6500歩あまりのイタリア新宿中央公園散歩旅行は楽しく幕を閉じるのであり・・・えっ、ラッススは今のベルギー生まれでフランドルっていういのはオランダ南部・ベルギーからフランス北部のことを言うんであってイタリアじゃないって?

知らなかった・・・。(>_<)

というわけで、イタリア旅行気分ではなく「異太利亜旅行気分」というタイトルに致しました・・・とさ。
ご勘弁!! (^^;)


★ラッソ:死者のためのミサ曲/巫女の予言
                  (演奏:ヒリヤード・アンサンブル)

1.死者のためのミサ曲
2.巫女の予言
                  (1993年録音)

ディスクの表記に準拠することに決めているので作曲家をラッソと書きましたが、ラッススのことです。(^^)/
ラッススは若い日にはいろんな国(よかった。イタリアにもいたらしい)で活躍したので名前の読み方がいくつかあるようですね・・・。


やはり蒸し暑い日に炎天下ほっつき歩いていれば、死んだように眠くなるに決まっております。
したがって、よく眠れるようにこの“死者のためのミサ曲”をかけてみました。
すると、最初の一声(器楽がまったくないモンで)すら聴いた覚えがないままに朝を迎えることができちゃったので、あらためて聴きなおすこととなりました。。。(^^;)

といっても、ヒリヤード・アンサンブルの数多あるディスクの中でも殊に最近の銘盤の誉れ高いこのCDに、ほとんど声楽を聴かない私が何の論評を加えることができましょう・・・。
カウンター・テナーが入っているとはいえ男声ばかりになっているので、品のよいコーヒーに溶け合おうとしている濃厚なミルクといった感じで、まろやかに落ち着いたテイストになっていることぐらいしか“ダヴィデ懺悔詩篇曲集”との感覚的な違いがわからない。

いや、もっとはっきり言っちゃえば

「違う曲かどうかすらわからない・・・。」(^^;)


私の勘ピューターによりますれば“いわゆるひとつの美の極致”!!
ここはうっとりして聴き惚れるのみしかできないということで許してつかーさい。

何事につけ“癒されたい”とおっしゃる方。
これを聴かれると多分ご満足いただけるのではないでしょうか?
珍しくご紹介だけじゃなく、結構自信を持ってお薦めしちゃいますよ。(^^)v

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