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カンチャン狂騒曲

日々の事をあれこれと、大山鳴動してネズミ1匹がコンセプト。趣味さまざまなどを際限なく・・。

8月15日の暑い風

2016-08-15 11:01:07 | 日常あれこれ
 今日は8月15日、私には幾つかの意味を持った日である。

 先ずはお盆であるということ、そして71年前の戦争が終結した日であること。

 
 (夕焼け)

 墓参に行くと、完全に崩落した墓石の前には、かろうじて花を手向けるために拾い集めた花立てが立っている。

 勿論納骨のための収納部分は壊れているので、回収した骨はとっくに里帰りして仏壇の前に安置されている。

 壊れて無残な墓石の前で、何に対して手を合わせるのかという思いがチラッと脳裏をよぎる。

 昨日は墓の修復の見積もりのため現地で業者と立ち会った。

 石のような堅い商売と思いきや、材料・人件費・機械力の使用の可能性など予算を揺さぶる要因は縦横無尽に張り巡らされていて、おまけに柔軟すぎるほどの対応で、結局は此方の予算を見抜くのが見積もりの基本という実態も垣間見えた。

 特定の業者の話ではない、既に3~4社は廻っての印象である。

 仏壇に手を合わせるのは年に何度しかなかった配偶者も毎日線香をあげたり手を合わせたりしている。

 直接お墓の骨が里帰りして、で~んと鎮座している以上粗末には出来ないということらしい。

 とんだところで信心の欠片が芽を吹いたというべきか。

 

 そして、8月15日に特別の意味を持たせているのが、自分達の「結婚記念日」である。

 わざわざ、この日に婚姻届を提出して終戦・お盆・結婚の三題噺を作り上げてしまった。

 先祖を思い、終戦に思いを馳せ死者を悼むイメージに、結婚を絡ませたのは今でも上首尾だったと思っている。

 強い絆とか人生計画とかいっても、人間が生きていく道はどこか空に浮いた風船に似た部分があって、風に流され・人に流され、結局自分の意思だけではどうしょうもない世間を漂うことの方が多かった。

 今年はまた、震災でものの見事というほどに完全に崩壊した墓を再建することになってしまった。

 実はこの墓は30数年前に私が建てたもので、一生に一度の墓作りに二度も巡り合うなど風に吹かれているとしか言いようがない。

 天災は自然が人間に与えた試練であって、人為的な戦争の出口の見えない惨禍とは違う。

 ただ今年の8月の風は、ことのほか暑い。

 
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