●結婚しても恋に夢中
和泉式部は中古三十六歌仙の一人で、王朝歌人の中でも随一と言われるほど才能に恵まれていた。私生活では15歳にして和泉守橘道貞に嫁ぎ、一女を産むが、道貞の陸奥赴任に際して寒い国に行きたくないと我儘を言って、夫を単身で送り出した。都に残った式部は、夫の留守中、漁色家で知られる為尊親王に口説かれて関係を持つ。彼を忘れられずに恋文にしたためて贈ったのが、小倉百人一首にも採られた「あらざらむ この世のほかの 思い出に 今ひとたびの 逢ふこともがな (もうすぐ私は死んでしまうでしょう。あの世へ持っていく思い出として、今もう一度だけお会いしたいものです)」という歌である。
和泉式部は中古三十六歌仙の一人で、王朝歌人の中でも随一と言われるほど才能に恵まれていた。私生活では15歳にして和泉守橘道貞に嫁ぎ、一女を産むが、道貞の陸奥赴任に際して寒い国に行きたくないと我儘を言って、夫を単身で送り出した。都に残った式部は、夫の留守中、漁色家で知られる為尊親王に口説かれて関係を持つ。彼を忘れられずに恋文にしたためて贈ったのが、小倉百人一首にも採られた「あらざらむ この世のほかの 思い出に 今ひとたびの 逢ふこともがな (もうすぐ私は死んでしまうでしょう。あの世へ持っていく思い出として、今もう一度だけお会いしたいものです)」という歌である。
●最愛の男性を立て続けに失い.....
為尊親王が26歳で早世すると、間に何人かの男たちとの味気ない関係を経て、運命の相手・敦道親王と出会う。彼は為尊親王の弟で、兄に輪をかけて美男で、かつ男らしかった。二人は当然の如く恋に落ち、のぼせ上がった敦道親王は、式部を自分の館に連れ込んでしまう。こうした敦道親王との日々を記したのが『和泉式部日記』である。幸せは長く続かず、敦道親王も兄同様に早世してしまう。
宮廷に出仕した式部は、既に離婚していたこともあり、40歳過ぎで摂政・藤原道長の四天王の一人である藤原保昌と再婚した。道長から「浮かれた女」と評された式部だが、恋愛遍歴の最後はこの保昌となったようだ。夫の任地・丹後に下った後の晩年は、派手な前半生から一転、寂しいものだったという。
為尊親王が26歳で早世すると、間に何人かの男たちとの味気ない関係を経て、運命の相手・敦道親王と出会う。彼は為尊親王の弟で、兄に輪をかけて美男で、かつ男らしかった。二人は当然の如く恋に落ち、のぼせ上がった敦道親王は、式部を自分の館に連れ込んでしまう。こうした敦道親王との日々を記したのが『和泉式部日記』である。幸せは長く続かず、敦道親王も兄同様に早世してしまう。
宮廷に出仕した式部は、既に離婚していたこともあり、40歳過ぎで摂政・藤原道長の四天王の一人である藤原保昌と再婚した。道長から「浮かれた女」と評された式部だが、恋愛遍歴の最後はこの保昌となったようだ。夫の任地・丹後に下った後の晩年は、派手な前半生から一転、寂しいものだったという。
学校で習った歴史はウソだらけ!?
日本史 大ウソ事典 「古代」
日本史 大ウソ事典 「古代」