南の国の会社社長の「遅ればせながら青春」

50を過ぎてからの青春時代があってもいい。香港から東京に移った南の国の会社社長が引き続き体験する青春の日々。

マゼランは地図を見ながらマゼラン海峡を発見したの?

2008-08-02 03:03:47 | Weblog
昨日、香港の本屋で、ギャビン・メンジースの『1434』とい
う本をゲットしました。数日前に香港の英語の新聞で記事を読ん
で以来、この本を探していたのですが、偶然、ハッピーバレーの
小さな本屋で見つけました。たまたま時間つぶしで本屋にいたら、
フィリピン人のメイドが店員に、探している本について尋ねて
いました。それがこの同じ著者の「1421」だったのです。
「1434」はこれの続編なので、それも何冊か置いてありま
した。

7月31日の記事でも触れましたが、この1434年に、明の
時代の鄭和の船団がイタリアを訪問し、それがきっかけでルネッ
サンスが花開いたというのです。

最近出版されたばかりの本で、しかも英語なので、ちょっとずつ
しか読めないのですが、前書きを読んでいたらなんだかミステリー
を読んでいるみたいにわくわくしてきました。このギャビン・
メンジースの話をどこまで事実としてとらえてよいのかわかりま
せんが、歴史の常識ががらがらと音をたてて崩れていきそうで、
すごくスリルがあります。

前書きはこんな感じで書いてあります。

「クリストファー・コロンブスが1492年にアメリカを発見し
たということになっています。でも、彼は、その船出の18年も
前に、アメリカの地図を手に入れていたのです。そのことは後に
自分の日記の中で書き記しています。(略)地図を見ながら辿り
ついたことを果たして発見と言ってよいのでしょうか?同じ疑問
マゼランにも当てはまります。なぜ大西洋と太平洋をつなぐ南米
の海峡がマゼラン海峡と名付けられたのでしょうか?彼は地図で
見た場所を再確認しただけにすぎないのに」

地図はマゼランが航海に出る12年前の1507年に存在してい
ました。マーティン・ワルドゼーミュラーがアメリカと太平洋の
描かれた地図を出版していたのです。メキシコのシェラ・マード
レ山脈や、アメリカ西海岸のシェラネバダ山脈まで描かれている
のだとか。

またマゼランが航海に出る4年前の1515年、ヨハネス・
シェーナーが、新たな地図を出版したのですが、ここにはすでに
マゼランが発見することになる海峡がはっきりと描かれていました。

オーストラリア大陸は18世紀にトーマス・クックが発見したと
いうことになっていますが、1419年にアルベルティン・ディ・
ヴィルガが出版した地図にはすでにオーストラリアの北部が描か
れていたのだそうです。

西洋の大航海時代が始まる数十年前に、中国の鄭和(ていわ)の
大船団が世界の各地を探索していたのです。となると、バスコダ
ガマとか、コロンブスとか、マゼランなどは一体何をした人とい
うことになるのでしょう?すでに鄭和の船団がアメリカ大陸や
マゼラン海峡を発見したいたとするのならば、彼らは西洋人と
して初めてアメリカや、マゼラン海峡を発見した人たちという
限定付きの話になるのでしょう。

私たちは西洋人の視点で世界史を眺めてきたのですが、それは
かなり偏った事実だったのかもしれません。そういうのがこの
本を読むとすごくよくわかります。しかしこういうのはじつに
面白い。また何か面白いネタを発見したらご紹介します。