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明日(7月19日)からキルギス共和国へ行く。
中央アジアにあるキルギス共和国は、約1400年前にインドへ仏典を求めて旅立った玄奘三蔵が天山山脈を越えて、イシククル湖へと至った記録のあることから日本人に知られている。
特に、玄奘三蔵は、熱海(ねっかい)と表現した巨大な湖をどのようにしてクリアしたのか。興味深い。ぐるりと大きく東から迂回したのか、船で渡ったのか。陸上の短い西のコースを進んだのか。玄奘三蔵の記録には書かれていない。それだけに、謎解きには誰でも参加できる。
ただ、わたしが今回、キルギスへ行くのは玄奘三蔵の事ではない。
約70年前、日本の敗戦に際し多くの日本兵や一般人がソビエトの捕虜になっている。このことは、シベリア抑留と称されている。しかし、中央アジアやコーカサスのグルジアにも日本人捕虜は送られていたことは、あまり日本人に知られていない。
わたしが興味を持っているのは、こちらの問題。キルギス共和国に抑留された元日本兵の事だ。2006年から調べ始めたが、当初、厚生労働省に問い合わせても「キルギスに日本人は抑留されていませんでした」という返事だった。しかし、2007年に私に一本の電話があり、キルギスにも日本人が抑留されていて、2年後に全員が復員していることが判った。
抑留されていた当人からの電話だったのだ。その後、本人と会い、キルギスに抑留された仲間の名簿を分けてもらった。125名が抑留されていて、100名の名前や住所が記録されていた。
この経緯を、キルギスにある日本センターで話すことになったのだ。7月25日の夕方だ。このブログを見た人は、青年海外協力隊のボランティアや仕事でキルギスに滞在している人を知っていたら、伝えてほしい。
詳しいことは、20日に日本センターで打ち合わせをます。そこで、時間が決まります。詳しいことは日本センターに問い合わせてもらいたい。
実は、昨日、ブログで書いた法政大学探検部のOBである岡村隆さんが、月刊「望星」の編集長をしている時に、キルギスに抑留されていた日本人捕虜のことを書かせてもらっている。関心のある方は、図書館で月刊「望星」2008年12月号、2009年1月号を開いてください。
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