Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

竜巻注意報

2013年03月18日 23時25分01秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 22時52分、神奈川県にとうとう竜巻注意報が出たようだ。初めて耳にする注意報のように思う。
 台風が通過しているような風の唸りに、部屋の中のセキセイインコも怯えているようにソワソワしていた。20時過ぎに暗い部屋に籠を持って行ったが、おとなしく寝ないで時々羽ばたく。不安な様子だ。動物は天候に敏感なのだろう。

 こんな日は人間も気分がザワザワと落ち着かない。不安が掻き立てられる。子どももそうだ。太古の種としての記憶のそこが揺さぶられるような気がしないだろうか。大袈裟であろうか。山小屋で嵐をやり過ごす時はもっと不安がつのった。時々太古の日々の、自然と直に向き合った記憶をたどるのも、必要なことだと思う。

 そんなことを考えながら、布団の中で風の音に耳をすましている。






春とはいえ風がすごい

2013年03月18日 21時12分31秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 横浜では夕方から強風・雷注意報が出ていた。しかしそれにしてもすごい風である。風のうなり声が中途半端ではない。夜になるにしたがいますますひどくなってくる。暦の上で春となってから風の強い日がずいぶんとある。
 列島を南西から北東に通過する低気圧が毎年こんなにたくさん且つ強く発達していただろうか。春は風が強い傾向にあるとはいえ、こんなにすごかったかなと感じる。そして桜の開花がとても早い。低気圧が南からの風を呼び込むのだからしょうがないのだが‥。

 さて本日夕方友人の携帯電話に電話をしようとしたらいくらかけてもつながらない。やむなくメールを打ったらちゃんと届いたし、返信もきた。念のため友人から電話をしてもらったら、着信にはなるが通話できない。さらに念のため自宅の固定電話や妻の携帯電話にかけてみたが、やはり着信するが、通話が出来ない。
 導入したアプリによる不具合なのか、そのアプリを削除したが、それでも通話が出来ない。機械の設定を点検したり、いろいろやってみたが何ともならない。しかも画面の消灯時間を10分にしているのだが、1分で画面が消える。画面消灯の時間を点検したが、設定どおり10分になっている。普段は手動ですぐに画面を消灯してしまうので10分の設定でも十分節電しているのだが、1分未満で消灯してしまうのも困り者である。メールを操作指定途中で画面が消えてしまう。
 いくら音声通話があまりなく、メールを多用する私でもこれでは困る。購入して10ヶ月ばかりの機械がもう寿命というのも納得できない。明日ショップにいって調べても来しかなさそうだ。
 

お酒の話をもう一題

2013年03月18日 11時34分25秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 コンビニでビールの棚の前に立ったら「ノンアルコールビールは未成年者には販売しません」との表示がぶら下がっていた。
 はじめは別に気にもとめなかったのだが、考えてみるとアルコールが含まれていないのにどういう意味なのかな、と不思議な気がした。
 最近は便利になった。ネットで「ノンアルコール 子どもの購入」で検索したら、こんな記事が出てきた。

 『現在、ビール大手四社が販売するノンアルコールビールは、アサヒの「レーベンブロイアルコールフリー」(アルコール分0・5%未満)を除けば、アルコール分は0・00%。レーベンブロイ~を含めて酒類ではなく、清涼飲料水に分類されるので、子どもが飲んだり、子どもに飲ませたりしても、処罰されないのだ。
 ところが、二〇〇九年四月に業界で初めて、アルコール分を全く含まない「キリンフリー」を発売したキリン広報部は「未成年者は飲むのをやめていただきたい」ときっぱり。
 理由を、「そもそも飲酒運転の撲滅を目的として、二十歳以上に向けて開発した。子どもが飲むと、飲酒のきっかけになる恐れがある」と説明する。サントリー、アサヒ、サッポロも同様の見解だ。
 各社とも、小売店に対して、清涼飲料水ではなく、酒類のコーナーに陳列するよう要請したり、飲食店のメニューでは、酒類の欄に記載するよう求めたりしている。
 ビール会社の意向を受けて、コンビニではセブン-イレブンとローソンが、酒類と同様にレジで年齢確認を実施。ファミリーマートは年齢確認していないが、「制服姿など、明らかに未成年者と分かる場合は、販売をお断りしている」という。
 児童や生徒にノンアルコールビールを禁止している学校も小中高複数ある。東京都豊島区の私立十文字中学・高等学校では二年ほど前から、冬休み前に生徒にノンアルコール飲料を飲まないよう指導している。「お正月やスキー教室などで、ノンアルコールビールで盛り上がり、お酒に興味を持つようになるのはよろしくない」と同校。』

 なるほど、と取りあえずは納得。しかしこの記事の最後には反対論も出ていた。反対論には、「高校生はすでに飲んでいるのだし、今さら規制しても‥」という類の論もあるが、これは無視していい反論なので触れない。
 ただし、「私が親だったら、楽しくお酒を飲んでいる時に、中学生の子どもにはノンアルコールビールを飲ませて、一緒に雰囲気を楽しむぐらいはする。一律に禁止するのではなく、この子なら飲ませても大丈夫か、普段の子どもとのかかわりを大事にして、家庭で判断することだ」という意見もあった。

 確かにいろいろな家庭事情がある。親がふっと小さな子供を相手に息抜きをしたいとき、「軽くビールでも飲みながらリラックスしたい」というのはとても良く理解できる。子供が小さくともそんなときの子供はとても大切な伴侶だ。
 子供だって寝る前の時間は大切な息抜きの時間だから、付き合ってくれる子供に食べたいものを食べさせ、飲みたいものを飲ませたい。それが大人の真似をしてみたくてノンアルコールのビールだったとしても悪くはないだろう。そこに親子のきちんとした会話と親が親としての節度ある意識が継続できるならば問題はないだろう。
 親がへべれけになったり、話がくどくなって酔っぱらいの情けない姿態をさらして子供に嫌悪感を与えなければ‥。だから、私は機械的に一律規制するのもどうかな、と思う。
 ただし、私は子供にノンアルコールビールを買いに行かせる気には、さらさらならない。一緒に買いに行けばいいだけの話だ。そこら辺の節度が守られないならば、飲酒の節度も守ることのできない大人のような気がする。


 だが、先の反対論にもとごかピンと来ないものも感じている。
 これは極論すれば、「家族の楽しい会話にお酒がどうしても必要なの?」「子供がお酒を飲んでいる大人の会話に興味があるはずないんじゃないの?」と「大人の一方的な意見の押し付け」と思われなくもない。
 私の体験から考えると、小学生の頃によく酔っ払った父の会社の同僚が家に来て飲んでいた。親族の集まりで親たちが飲んでいる場もよく経験した。しかし私は近寄りたくなかった。つまらないし、こちらに来いといわれても酒臭いし、話が通じるものではなかった。今から思うと、酔っぱらいの慰み者のようなものでしかない。私は一人で本を読んでいるほうが楽しかった、と今でも思っている。
 こう考えると先の論は大人の身勝手な論に聞こえる。
 私も、中学生や高校生になるとちょっとマネをしたくなってみたが、それでも大人の仲間に入っていって、その場で会話をするのは嫌だった。同年代の友達とはそんな経験をしてみたいとは当然思ったが‥。この年代でも酔っ払った大人の会話には嫌悪感があった。日常に子供と向き合うのになんでアルコールが必要なのか、という思いもある。
 一律の規制には首を傾げる一方、販売については最低限の規範も必要とは感じる。お酒にはアルコールだけの功罪ではなく、その場の雰囲気という功罪もあるのだ。ジュースだけ、お茶だけならば無制限に親の酒に付き合わせることは許されるのかといわれれば、それこそ犯罪に近いものを感ずる。


 私のお酒の飲み方からすると、大人は子供など相手にせず静かに飲んでればいいではないかと思う。子供をお酒の相手にせざるを得ない大人って情けないではないか、という思いがする。
 子供が大人になって、私がこの歳になったからこその思いなのかもしれない。子供を引き合いに出して、自分の飲酒を正当化したくないし、それに子供もそんな親に付き合いたくはないだろう。子供にとっていい迷惑だ。大人のお酒は子供には極めて迷惑なものであるという自覚も、大人には必要なのではないだろうか。

 私は一方的に私の思いが正しいとは思っていない。本当にいろいろな家庭の事情があり、親と子の関係も、私の想定外のものもある。
 一概に結論はむずかしいなぁと感ずる。