Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

きり絵「ふるさと福島」から (1)信夫文知摺(しのぶもちずり)(きり絵さとうてるえ)

2010年05月16日 22時33分02秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 私の友人であるきり絵作家さとうてるえさんの「ふるさと福島」を題材としたきり絵のいくつかを順次紹介することとした。
 前回はさとうさんのきり絵と私の短いエッセイ風の解説付で「横浜西洋館と花々の四季」という小さなパンフレット全体を順次紹介した。今回はさとうさんのきり絵の紹介を主として、私の文章はあくまでも従、かなり比重の低いレベルである。
 第1回は、「しのぶもじずり」の故事で有名な鏡石(文知摺石)のある安洞院の多宝塔。
  
 福島県の重要文化財とのこと。昔都人は絹地にしのぶ草様の乱れ模様を石面の模様を摺り出したと誤解をしていたとのこと。
 「虎女伝説」というのは、この地の山口長者の娘、虎女と都からやってきた按察使(巡察官)、源融の悲恋の物語。源融は虎女と恋に落ちるが、都に帰った源融は、2度と信夫の里に戻ってくることはなかった。
 虎女は悲しみのあまり、文知摺石をこすると、源融の面影が浮かび、消えていく。そして虎女は源融から寄せられた歌を抱きしめて息絶えていく…という伝説だ。
 奥の細道では「明くれば、しのぶもぢ摺りの石を尋ねて、信夫の里に行く。はるか山かげの小里に、石なかば土に埋もれてあり。里の童の来たりて教へける、「昔はこの山の上にはべりしを、往来の人の麦草を荒らしてこの石を試みはべるをにくみて、この谷に突き落とせば、石の表下ざまに伏したり」と言ふ。さもあるべきことにや。 早苗とる手もとや昔しのぶ摺」と書かれている。
 私はどうしても石と絹の模様とが結びつかなくて、理解できなかった。ようやく都人の誤解にもとづく伝説て聞いて一応理解した。しかし百人一首の歌から、この伝説を結びつくということが、理解できないでいる。
 正岡子規は「涼しさの昔をかたれ忍ぶずり」の句を残した。あまり詮索は無用とのことのようだ。