こんにちは 岡本しょういです

京都の南部、和束町で日本共産党の町会議員をしています。町や議会などの情報をお知らせしています。

阪神淡路大震災18年

2013-01-17 11:39:27 | 命とくらし守る政治を

1月17日は、阪神淡路大震災が発生した日。

1995年だったので、あれから18年です。

「あの時」、私は京田辺市の実家(府営団地)にいて、まだ寝ていました。

ものすごい揺れで目が覚め、しばらく続いた揺れの中で、立つ事もできない状態でした。

そして、刻々と伝わってくる被害の状況。

1週間後に、西宮市に救援ボランティアに向かいました。

阪急の西宮北口駅を降りると、救急車のサイレンとヘリのバラバラという音が絶え間なく聞こえ、街は何となくセピア色に見えました。

「戦後の焼け野原って、こんな感じだろうか?」

戦争を知らない私ですが、ふと、そんな事を思いました。

あれから18年。

生まれたばかりの赤ちゃんが、高校生になるほどの年月が経過しましたが、見た目の「復興」とは裏腹に、被災者の命と生活は放置されています。

今朝の「しんぶん赤旗」でも紹介されていましたが、震災による「孤独死」は、昨年末までに1000人を超え、1011人に。

震災で、家族を失い、家を失い、仕事を失い・・・そして、行政の「復興」の名の下に、地域のつながりも失った人たちが、生きる希望を奪われた結果が、孤独死です。

自然災害であるにも関わらず、生活再建は自己責任・自立・自助が原則とされ、多くの被災者を追い詰めました。今なお、借金が返せずに苦しんでいる人たちがたくさん残されています。

↓ 復興住宅追い出しに声をあげる人々を報道する「赤旗」

そういう人たちの苦しみを尻目に、大企業や富裕層には湯水のように財源が回され、払うべき税金も免除され、負債があれば棒引きし、そういう政策を実行してきた歴代の政権や日本共産党以外の政党は、国民の税金である政党助成金をたんまり懐に入れて、高額の飲み食いに費やしたり・・・。

私が、あの震災から学んだ一番の事は、大きな災害が起こって大変な事になっても、政府も行政も助けてくれない、黙っていたら、政治に殺される・・・それが残念ながら、日本の政治の現状だ、という事です。

東日本大震災も同じ事が繰り返されています。

復興財源にまで手をつけ、流用する。

原発事故が起こり、まだ15万人もの人が避難し、収束のメドもないのに、原発の再稼働や新増設を進める。

阪神淡路震災の後に、消費税が5%に引き上げられましたが、東日本震災の後も、再び引き上げようとしています。

どこまでも、国民に我慢と痛みを強いて、無駄遣いを続ける自民党型の政治。

こんな政治を変えなければ、いざという時に、災害よりも、政治や行政によって命を失う・・・

阪神淡路大震災は、その事を教えてくれました。

その年の4月に、私は、和束町の議会にはじめて押し上げていただきました。

黙っていたら、命も暮らしも守れない・・・

私の、議員活動の原点でもあります。

1・17に、あらためて、その思いをかみしめたいと思います。

 


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