10月19日付けで発行した「活動報告ニュース こんにちは岡本正意です」の内容です。
10月10~11日に、府北部の伊根町を訪れ、まちづくりの交流や研修を行いました。伊根町とは昨年「友好交流の推進に関する協定」を結び、職員・議員間をはじめ、小中学生の交流など様々な交流がこの間行われています。
今回は、町長や管理職、議員が伊根町を訪問し、共通する課題の交流や伊根町でのまちづくりの取組みの研修を行いました。
伊根町ってどんな町?
京都府の北部に位置する伊根町は、人口約2350人。「舟屋の郷」として有名な海と山に囲まれた静かな町で、昨年和束町も加盟した「日本でもっとも美しい村連合」にも名を連ねています。1993年にはNHKの朝ドラ「ええにょぼ」の舞台にもなりました。それ以来、観光の町として全国に知られるようになり、年間約25万人の観光客が訪れるそうです。
一方で、和束町と同様、若者の流出や出生数の低下、高齢化、人口減少などが深刻な課題になっています。
空き家対策、観光振興で意見交換
一日目は、まず行政、議会、教育委員会が各々のメンバーで意見交換を行い、議会同士の意見交換では、空き家対策と観光振興がテーマとなりました。
【空き家対策】
伊根町ではこの間実態調査が行われ、195件が空き家と確認し、結果を踏まえた取組みの具体化が進められています。岡本議員は、空き家の活用を進める上での困難や課題、移住者を受け容れる地域の意識や課題等について質問し、伊根町でも個人財産である家を他人に貸す事への抵抗感が強くなかなかバンク化が進まない現状を伺いました。また下水道など生活様式を整備する事も必要との話も。一方、田舎暮らしを希望する方の問合せから定住につながったケースもあり、今後の取組みの重要性が感じられました。
【観光振興】
伊根町では、平成4年にNHK朝ドラ「ええにょぼ」でロケ地になった事を契機に観光客が増加し、ピーク時は年間30万人を超えた時期も。現在は約25万人ほどで、50万人を目標に取組んでおられます。
具体的には、①舟屋の活用促進②景観の保全③町の魅力を発信する啓発④地域資源(漁港めし、「幻の小豆」作り等)を活かす、を柱に取組まれています。観光協会も設立され情報発信の拠点が整備されています。
茶畑景観を生かした観光振興に手を付けはじめたばかりの和束の現状からすれば、伊根町はかなり先を走っておられますが、地元議員からは「25万人から先が難しい。50万人と言っても受け皿の見通しがない」等の厳しい意見も出されました。観光での地域振興が決して簡単ではない事を実感しました。
道の駅、舟屋景観を見学
意見交換の後に向かったのは、「道の駅・舟屋の里公園」。道の駅は伊根町観光の起点であり拠点になっていて、ここに観光協会事務所も置かれています。観光協会には常時2~3人の方がおられ、小さい規模ながら情報発信の基地として役割を発揮されていました。
展望台からは伊根湾が一望でき、雄大で素朴な景色を楽しめました。
その後、舟屋の景観や散策が楽しめる景観保存地域を歩きました。散策地域には、観光客が立ち寄れるトイレを確保するために舟屋や寺社に依頼し、トイレを借り上げ、利用できるようにされていました。和束でも参考になりそうでした。
中学生の案内で舟屋群、伊根浦の町並みを学ぶ
二日目は、伊根中学3年生のみなさんによる舟屋群・伊根浦案内でスタート。伊根町の小中学校では総合学習の一環で、ふる里学習が行われていて、案内は学習の総仕上げとの事でした。この日は土曜活用の取組みとして、私たちをはじめ観光客に手分けして案内をされていました。男女3人の中学生が「マイ・ノート」を活用し、散策しながら、ポイントでていねいに説明をしてくれます。少し緊張気味でしたが物怖じせず、自分たちの町について自分たちの言葉で話す中学生の姿がとても新鮮でした。
「幻の小豆」で地域おこし
散策を終えた後は、ある地域の公民館に向かい、「地元産材を使った地域おこし」をテーマに、薦池(こもいけ)という地域で生産される小豆を「KOMOIKE大納言」のブランドで売出し、地域の活性化や雇用の創出に挑戦されている経験をお聴きしました。
町議を務めながら「小豆の会」のメンバーとして活動されている男性は、町外で仕事をされた後、伊根町に戻り、地域の希少種だった小豆を活かした事業を手掛け、年々生産量を増やしながら、加工品開発にも取組んでおられました。男性は「しっかりした雇用がなければ若者も戻ってこないし定住しない」「小豆の生産や販売をさらに伸ばし地域を元気にしたい」と意気込んでおられました。岡本議員は「地域おこしをリードする人材を育てるには?」「物産開発で大事な事は?」と質問。男性は「一度町外に出て広い世界を経験する事」「専門家の力を借りる事」と答えていました。
研修を終えて・・伊根町は「平成の大合併」が吹き荒れた際、宮津市との合併協議がありましたが、「伊根町を残したい」との住民多数の声が合併を阻止しました。それ故の様々な困難もあると思いますが、その経験がまちづくりの原動力になっている印象を受けました。受け身でなく主体的に「伊根町」を選んだ自負とエネルギー・・そこにこそ私たちが学ぶべき事があるように感じました。
こぼれ話
静かな漁村にも残る 戦争の歴史
1日目の最後に遊覧船で伊根湾を回った際に、町の教育長さんが「伊根湾に浮かぶ青島には戦争中、向いの舞鶴湾にむけた魚雷発射口があったんですよ」と説明してくれました。
魚雷は「海の特攻」と言われた「人間魚雷」で、出撃訓練はされていたようですが、幸いにも実戦はなかったとの話でした。また伊根湾に停泊していた軍艦が米軍機の空襲を受け大破、多くの犠牲者が出たそうです。どこでも戦争の歴史が刻まれている事を実感しました。