Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

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この世の最大の哀しみに向き合い続けること

2018-10-21 10:37:25 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

僕は、元ヴィジュアル系。

(その面影はもはや1%もないが…)

ヴィジュアル系の基本は、「哀しみ」「悲しみ」だと思う。

「孤独」「痛み」「苦しみ」「絶望」「退廃」「志」…。

そうした負の感情に向き合うのが、V系精神だと思っている。

「快楽」「華麗」「幻影」「覚醒」「刹那」「再生」…。

暗く哀しい世界観とそれをどこまでも肯定するポジティブ感覚。

僕の研究人生はすべてそこから出てきているように思う。

今日、あまりにも哀しく絶望的な小さなニュースが流れた。


民家の押し入れから赤ちゃん2人の白骨遺体
2018年10月21日 1時27分 日テレNEWS24

埼玉県滑川町の民家の押し入れから白骨化した赤ちゃん2人の遺体が見つかった。

警察によると19日、埼玉県滑川町の民家に住む女性から「引っ越しをしようと片付けをしていたら赤ん坊の遺体が出てきた」と通報があった。

警察官が駆けつけたところ、2階の押し入れから、タオルにくるまれ白骨化した赤ちゃん1人の遺体が見つかり、その後、もう1人、白骨化した赤ちゃんの遺体が見つかったという。赤ちゃんはいずれも生後数か月ほどとみられている。

遺体が見つかった部屋には、15年ほど前まで女性の長女が住んでいたが、今年6月に亡くなっていた。

警察は、この長女が関与した可能性があるとみて、死体遺棄事件として捜査している。

引用元はこちら


この事件の記事を読んで、途方もない哀しさに襲われた。

遺体が見つかった部屋には、15年ほど前まで女性の長女が住んでいたが、今年6月に亡くなっていた

という一文に、どうにもならなかった哀しみと絶望を感じる。

発見した女性(母親の母親)の絶望、亡くなった女性(母親)の絶望と死、

そして、死んで発見された二人の赤ちゃんの死。

なぜ、母親は亡くなったのか。自殺か、病気か。

15年前にもし25歳だとすると、今年で40歳、か。

15年前に20歳だとして、35歳か。

おそらく35歳~45歳くらいの母親だったのだろう。

つまり、僕ら世代ということになる。

発見した女性(母親の母親)は、おそらく70歳くらいか。

70歳での引っ越しとなると、もしかしたら老人ホームへの引っ越しかもしれない。

全部、「かもしれない」の話だけど、ここに「途方もない哀しさ」を感じる。

母親は既に亡くなっているので、「逮捕」されることはない。

でも、その母親は、救われることなく、この世を去っていった(想像でしかないけど)。

このような事件もあるのか、と僕は溜め息をついた。

と同時に、やはりこの研究はしっかり続けなければ、とも思った。

元V系の研究者としての使命感みたいなものも感じた。

この世の最大の哀しみは、子を失うことだと思う。

<生命>の哀しみと言ってもいい。

死に「優劣」はないけれど、哀しみには「段階(レベル)」があると思う。

親の死、パートナーの死、親友の死、…

死には様々な関係性が付随するけれど、その中で「我が子」の死ほどの哀しみはない。

今回のこの事件は、娘の死と娘の二人の幼い子の死が重なっている。

発見した女性(母親の母親)の哀しみはどれほどだろうか。

(もしかしたら、その哀しみに気付けないくらいに哀しい人かもしれないけれど)

先日、D'ERLANGERの新曲「哀」がリリースされた。

D'ERLANGERなしに、今のV系シーンはなかったと僕は確信している。

彼らが放った新作は「哀」だった。

この言葉に、V系の伝統を感じると共に、今なお生きた概念であることが分かる。

バンドマンも研究者も、個々の人の「哀しみ」を直接癒すことも助けることもできないけれど、

そこに向き合い続けることはできる。語り続けることはできる。

V系の「音」を聴いて、自らの哀しみを慰め、癒し、そして立ち上がる人はいる。

僕はバンドマンみたいに音で人々に語り掛けることはできないけれど、

「言葉」で、世の中にそういう人の存在を「提示」することはできる。

今年6月に亡くなったこの女性の存在を意識し、その存在を認め、

そして、その女性の死から、何かを感じ、そして語り続ける。

それくらいしか僕にはできないけど、やらなければその存在に光さえ当たらないだろう。

ゲーテやペスタロッチが嘆いたように、僕も「緊急下の女性」の悲劇を嘆く。

ゲーテやペスタロッチが求めたように、僕も彼女たちの支援を求める。

そして、菊田昇さんや蓮田先生が動いたように、僕もいずれ動きたい。

今回のこの報道は、あまりにも哀しすぎるものだった。

 

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【翻訳】2018年ハンブルクの赤ちゃんポストの今ーHamburger Abendblattよりー

2018-10-12 20:45:13 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

10月9日の「Hamburger Abendblatt」紙で、赤ちゃんポストの記事が掲載されていました。

シュテルニパルクのライラ・モイズィッヒさんもコメントしているので、

全訳してみました。

2018年、赤ちゃんポスト発祥の地ハンブルクからのレポです!

こういう記事が読めるのは、ここだけ♪


2018年の初め以降ハンブルクの赤ちゃんポストに預けられた一人の子ども
Ein Kind seit Anfang 2018 in Hamburger Babyklappe gefunden


出産後に匿名のままで養子縁組に出す女性の数はますます少なくなってきている。最初の赤ちゃんポストを創った代表はそれを成功だと評価する。
Immer weniger Frauen geben ihr Kind nach der Geburt anonym zur Adoption frei. Initiatoren der ersten Babyklappe werten das als Erfolg.

ハンブルク:今年、一人の新生児が初めてハンブルクの赤ちゃんポストに預けられた。ドイツプレスエージェントに提出された自由民主党(FDP)の市民グループの小さな質問への議会答弁でこのことが明かされた。この捨て子は、その後、すぐにある里親家族の下で養育されている。昨年も、一人の母親が自分の子を赤ちゃんポストに預けている。その子はそうこうしている間に養子縁組を実施することになる。議会報告によると、ハンブルクには全部で4つの赤ちゃんポストが存在する。
Hamburg. Erst ein Neugeborenes ist in diesem Jahr in einer Babyklappe in Hamburg abgegeben worden. Das geht aus der Senatsantwort auf eine Kleine Anfrage der FDP-Bürgerschaftsfraktion hervor, die der Deutschen Presse-Agentur vorliegt. Das Findelkind wird demnach aktuell in einer Pflegefamilie betreut. Auch im Vorjahr hatte eine Mutter ihr Kind in eine Babyklappe gelegt. Dieses befindet sich mittlerweile in Adoptionspflege. Insgesamt gibt es in Hamburg laut Senat vier Babyklappen.

赤ちゃんポストには、母親たちは出産後すぐに匿名で自分の子を預けることができる。この種の国内初の赤ちゃんポストは1999年(*[訳者]2000年の間違い)、ハンブルクで民間団体のシュテルニパルクによって開設された。その背景には、当時、リサイクル工場で見つかった一人の死んだ捨て子の存在があった。
In einer Babyklappe können Mütter direkt nach der Geburt anonym ihr Kind abgeben. Die bundesweit erste Einrichtung dieser Art war 1999 in Hamburg vom freien Träger SterniPark eröffnet worden - Hintergrund war damals ein in einer Recycling-Anlage gefundenes totes Findelkind.

妊婦たちへの多くの支援サービス
Mehr Hilfsangebote für Schwangere

それ以降、匿名で預けられる赤ちゃんの数は右肩下がりである。シュテルニパルクによると、最初の赤ちゃんポスト設置後の最初の数年の間は、1年にまだ5人から6人の母親が自身の子を赤ちゃんポストに置き去っていた。そうこうしている間に、おおよそ1年に1人の子が赤ちゃんポストに預けられるほどとなった。
Seitdem sind die Zahlen der anonym abgegebenen Babys rückläufig. In den ersten Jahren nach Einrichtung der ersten Babyklappe hatten laut SterniPark noch fünf bis sieben Mütter pro Jahr ihre Kinder dort zurückgelassen. Mittlerweile wird oft nur ein Kind pro Jahr in der Klappe gefunden.

シュテルニパルクの代表のライラ・モイズィッヒにとって、この預けられる子どもの数の減少は、「最高の成果」である。彼女は、この発展の根拠を、今日妊婦のための多くの支援サービスが現存し、そのサービスによって自分の妊娠を最後まで隠さなければならないことを強制される女性の数が減ったことのうちに見ている。更に、社会も大きく変化した。その間に、ひとり親家庭になることもより受け入れられるようになり、また、適切でない誤った時期に赤ちゃんを出産することもより受け入れられるようになった。
Für Leila Moysich, Geschäftsführerin von SterniPark, ist der Rückgang der abgegebenen Kinder ein "toller Erfolg". Einen Grund für die Entwicklung sieht sie darin, dass es heute mehr Hilfsangebote für Schwangere gebe und sich somit weniger Frauen gezwungen sähen, ihre Schwangerschaft bis zum Ende zu verheimlichen. Außerdem habe wohl ein Wandel in der Gesellschaft stattgefunden. Es sei mittlerweile mehr akzeptiert, alleinerziehend zu sein oder ein Baby zum vermeintlich falschen Zeitpunkt im Leben zu bekommen.

赤ちゃんポストのオルタナティブとしての内密出産
Vertrauliche Geburt als Alternative zur Babyklappe

その上で更に、数年前から、いわゆる内密出産という選択肢も存在している。妊婦は、いたるところの医療機関で匿名で出産することができるようになった。ただし、女性たちは、一度自分の身元を打ち明けなければならない。その身元情報はきちんと保護される(管理される)。ハンブルクでは、今年これまでに一度の内密出産が行われた。もちろん、この支援サービスは赤ちゃんポストのオルタナティブ(別の選択肢)となる。―(しかし)これ(内密出産)は赤ちゃんポストの代用にはならない、とモイズィッヒは強調する。個人情報を一度提示することさえ、緊急下の女性たちにとっては大きなハードルとなるだろう。「このハードルが母親にとって高すぎるということも度々ある」。
Darüber hinaus gibt es seit einigen Jahren in Deutschland die Möglichkeit einer so genannten vertraulichen Geburt: Schwangere können weitgehend anonym im Krankenhaus entbinden - die Frauen müssen lediglich einmal ihre Identität preisgeben, die dann aber gut geschützt wird. In Hamburg gab es in diesem Jahr bisher eine vertrauliche Geburt. Dieses Angebot stelle aber lediglich eine Alternative zur Babyklappe da – ersetzen könne es sie nicht, betont Moysich. Schon die einmalige Aufnahme der Personalien könne eine große Hürde für Frauen in Notlagen darstellen. "Manchmal ist diese Hürde für eine Mutter zu hoch."

先の質問を行った自由民主党グループの家族政策スポークスマンのダニエル・エッツェルもまた、この(赤ちゃんポストという)施設の意義を強調する。「自身の子と別れることを決意する母親の状況は、常にドラマティックである。そうした状況においては、新生児のための迅速な支援を提供することが決定的に重要である」。
Auch der familienpolitischer Sprecher der FDP-Fraktion Daniel Oetzel, der die aktuelle Anfrage gestellt hat, betont die Bedeutung der Einrichtung: "Eine Situation, in der eine Mutter entscheidet, sich von ihrem neugeborenen Kind zu trennen, ist immer dramatisch. In solchen Situationen ist es entscheidend, eine schnelle Hilfe für den Säugling anzubieten."

( dpa )

引用元はこちら


赤ちゃんポストがきっかけとなって、社会が変わった。

緊急下の女性たちのための支援体制も変わった。

そこに、このプロジェクトの「意義」があると思う。

日本は、「こうのとりのゆりかご」の貢献は計り知れないが、

それでもまだ、「社会が変わった」とまでは言えない。

選択肢も増えていないし、法整備も整っていない。

二つ目の赤ちゃんポストもまだできていない。

僕ら研究者にできることは限られている。

メディアの人たちがこの問題をしぶとく伝え続けてくれることを祈るしかない。

ドイツでも、定期的にというと言い過ぎかもしれないが、折に触れてこういう記事を書いてくれる。

だから、「風化」されることなく、話題になり続けている。

僕も、可能な限り、こういう翻訳を続けていきたいけど、

ブログでは力の限界はある。

今後、どうこの問題を語り継いでいくか。

これも、大きな課題と言えるだろうな…。

Comment

グレーゾーンの世界-赤ちゃんポスト、LGBT、自衛隊の共通項-

2018-09-27 12:53:31 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

白か、黒か。

世の中には、白か黒かはっきりしないことはいっぱいある。

むしろ、白黒がはっきりしていることの方が少ないのではないか。

僕は、赤ちゃんポストの研究を通じて、「グレーゾーン」についてたくさん考えさせられた。

GRAY ZONE…

***

赤ちゃんポストは、「グレーゾーンにある」と言われている。

合法とは言えないが、かといって違法とも言えない。

グレーゾーンとは、そういう世界だ。

合法ではないが、違法でもない。

ここに、一つの「問い」が生まれる。

「赤ちゃんポストは、合法化された方がよいのか?」

赤ちゃんポストが合法化された国はあるにはある。

だけど、発祥の地であるドイツでは、未だに「合法化」はされていない。

日本も同様に、合法化はされていない。

黙認? 容認?

「合法」と「容認」は、異なるものである。

赤ちゃんポストは、合法化されていないけれど、容認されている。

どういうことか。

赤ちゃんポストは、法的に承認されていないけれど、社会的に承認されているということだ

行政と一部の「出自を知る権利主義者」を除けば、ほとんどの人が「承認」している。

11年前は、社会的にも承認されていなかったが、この11年間で「承認」されたと思う。

この承認を得るために、慈恵病院の関係者がどれだけ奮闘したことだろうか。

どれだけ攻撃されただろうか。どれだけ否定されただろうか。どれだけ傷ついただろうか。

けれど、慈恵病院の尽力のおかげで、また心あるメディア関係者のおかげで、

赤ちゃんポストは、多くの人に知られ、そして、社会的な承認を得ることができた。

ただ、法的な承認だけが得られていないだけとなった。

ここで、上に挙げた問いが再び浮上する。

「赤ちゃんポストは、合法化されるべきものなのか?」

つまり、合法化したほうがいいのか、しなくてよいのか。

社会的に承認されていれば、とりあえずは「存続」はできる。

はたして、赤ちゃんポストは、合法化されることがよいのかどうか。

***

この観点で、今話題のLGBTの問題を考えてみたい。

LGBTもまた、これまでグレーゾーンの領域に属してきた問題群だと思う。

ただ、赤ちゃんポストと違って、未だに社会的な承認も十分とは言えない。

赤ちゃんポスト以上に、まだまだタブーとなるテーマの一つであろう。

忘れられないのは、LGBTだとばれて自殺した大学生のことである。

一橋大学アウティング事件

ばれたから=アウティングされたから、自殺をする。

この事件を知った時は、途方もなく悲しい気持ちになった。

これは、赤ちゃんポストの領域でもよく聴く言葉である。

「妊娠がばれるくらいなら、死ぬ」…。

赤ちゃんポストもLGBTも、「性的なタブー」という共通点をもつ。

タブーは、個人の内にあるというよりは、社会の内で作られるものである。

タブーは、個人的な「嗜好」の問題ではなく、社会的な容認の欠如である。

でも、社会が認めれば、認めさえすれば、それはタブーではなくなる。

逆に言えば、社会が認めなくなるときに、タブーとなる。

(その例の一つに、もしかしたら「タバコ」が挙げられるかもしれない…)

LGBTの問題は、法的な承認の問題以前に、社会的な容認の問題である(と言えるかもしれない)

社会がLGBTを容認する時、LGBTはタブーではなくなる。

今、LGBT問題にとって最も大事なのは、そこではないか。

このことを踏まえて、杉田水脈さんの「生産性」問題について語ってみたい。

杉田さんは「政治家」である。

政治家の主たる仕事の一つに、「立法」がある。

法を作るのは、政治家の大きな仕事だ。

杉田さんは、政治家である以上、立法にかかわる存在者である。

彼女が政治家として発言する以上、それは、法的な承認に関わっていることになる。

彼女がLGBTを認めないということは、畢竟、法的な承認を認めない、ということになる。

否、法的な承認に限っては認めない、ということになるし、それ以上の意味はない。

彼女をかばう気は1%もないが、彼女を批判する意義はどれだけあるのか、僕は疑問がある。

(「新潮45」も情状酌量の余地もないが、休刊(事実上の廃刊?)なのでスルーする)

シンプルに言えば、政治家である彼女がどう言おうが、それはどうでもいいのでは?、と。

彼女のブログを読む限り、普通の家庭の普通の人なのだろう(推測にすぎないが)

普通の善良な人が、「善良」な人かどうかは不問とする。

彼女の意見は、この国の中にいる一定の人間の意見の一つだとは思う。

彼女を叩いても、彼女と同じような考えを持つ人はまだ多くいるとも思う。

また、彼女を叩いても、その人たちの考えが変わるわけでもないだろう。

新潮45の10月号の著者(小川氏)は、反省することなく、YouTubeで好きなことを言っている。

彼には、何を言っても響かないだろうし、最後まで何も伝わらないのだろうと思う。

LGBTの人にとって今、最も大事なのは、社会的な承認ではないだろうか?

今や、(一部の原理主義者を除き)赤ちゃんポストを否定する人がいないように、

LGBTを否定する人や偏見の目を向ける人がいなくなることこそが、

まずもって大事なのでは?と思うのだが…

恐らく、何年経っても、LGBTの存在を認めない人は残るだろう。

それはそれで仕方のないことだと思う。

(赤ちゃんポストも、認めない人は何を言っても認めない…)

ただ、社会が、(日本的に言えば)世間が、LGBTの存在を認めさえすれば、

もう、誰にも恥じることはないし、ばれることを恐れないですむことになる。

社会的な承認が得られるだけで、当事者はずいぶんと肩の荷が下りるのでは?、と。

ここで、また先の問いに似た問いに直面する。

「LGBTは、合法化された方がよいのだろうか」

という問いである。

この問いに、僕は確固たる「答え」をもっているわけではない。

ただ、「合法化される方が望ましい」と思えるだけの「根拠」は見えていない。

赤ちゃんポストも、僕自身、合法化されない方がよいのではないか、と思っている。

グレーゾーンに留まっていることの方がよい、ということもあるのでは?、と。

グレーゾーンに立ちつつも、社会的に承認される。

そこで止まっていた方がいいこともあるのではないか?、と。

伝わりにくい話かもしれないけれど、、、

グレーゾーンにあることで、守られることもあるのではないか?

もちろん、社会的な承認を得ることはその前提だが、、、

***

この問題は、これから本格的に議論されることになる「自衛隊」の問題とも直結する。

自衛隊の存在は、安倍さん的には、「法的に認められていない」となる。

安倍さんは、自衛隊を憲法に明記して、合法化しようとしている。

彼は、きっと自身の政治家生命をかけることになるだろう。

ただ、、、…

自衛隊は、赤ちゃんポスト以上に、社会的には既に承認されている。

ほんのごく一部の人を除けば、ほぼ全ての人が、自衛隊の存在を認めている。

つまり、社会的には既に承認されているのだ

赤ちゃんポストも、自衛隊も、グレーゾーンにあるかもしれないが、

既に、社会的な承認は十分に得ている、と言える。

かつての「日本軍」と今の「自衛隊」を同列視する人はもういないだろう。

自衛隊の父をもつ子が肩身の狭い思いをすることも、ほぼないと言える。

問題は、赤ちゃんポストおよびLGBTと同様なのだ。

「自衛隊は、合法化された方がよいのか?」

安倍さんは、自衛隊の合法化の意義をあまり説明していない。

「自衛隊が違憲かもしれないという議論の余地をなくすべきだ。自衛隊の明文化は国民的な議論に値する」

とは言っている。

ただ、自衛隊が憲法に明記されることの意義(メリット)やその問題点についてはあまり多くを語らない。

(もし自衛隊の合法化=憲法の明記によって得られる恩恵が何かを語っていたら教えて頂きたい)

かつては、彼が言うように、「心ない批判にさらされ、悔しい思いをしたこと」もあったかもしれない。

けれど、日本国民の人命のために尽力する自衛隊の人たちの努力や貢献によって、尊敬されるようになった。

憲法に明記しなくても、十分に自衛隊は社会的に承認されている。

赤ちゃんポストやLGBT以上に、自衛隊は社会的な承認を得ている。

親が自衛隊員だということを打ち明けられないで悩む子どもが今、どれだけいるだろうか?

妊娠を打ち明けられないほど、また、LGBTを打ち明けられないほどに、打ち明けられないことだろうか。

もしそうだとしたら、いや、もしそうだとしても、

必要なのは、法による承認の前に、社会的な承認なのではないか?

承認論の代表的論者のホネット風に言うと、

愛(Liebe)や(法)Rechtの前に、連帯(Solidarität)の承認ではないか?、と。

連帯とは、社会的な価値評価(Soziale Wertschätzung)である。

社会的にその価値が正当に評価されることこそが、最も重要なのでは?、と。

赤ちゃんポストも、LGBTも、この社会的な価値評価という点での「承認」を求めてきた。

自衛隊は、長年にわたる努力により、社会的な評価を得るようになった。

とすると、なんのために、憲法に自衛隊を明記するのか?

その意味はなにか。

憲法の中に自衛隊が明記されることで、何がどう変わるのか?

安倍さんは、この憲法への明記によって、何をしたいのか。

そこを是非聞いてみたいし、教えてもらいたいと思う。

推測の域を出ないが、この明記は、「自衛隊」の人々のためではなく、

別の何かのために、必要な気がする。

その別の何かは、ぼんやりと見えるが、よく分からない。

社会的な承認を得ている以上、そこはもう問題ではない。

憲法に自衛隊を明記することで、何がどう動くのか。

もしかしたら、その明記により、別の産業が飛躍的に成長するかもしれないし、

合法化されることで、自衛隊への予算や人件費や人材育成もさらに活発化できるかもしれない。

なんのための合法化なのだろうか?

***

赤ちゃんポストとLGBTと自衛隊。

全く異なるものだが、そこに共通点がある。

①どれも、グレーゾーンにあるものである。

②どれも、法的な根拠を持ち合わせていない。

③どれも、社会的な承認を必要としている。

④どれも、グレーゾーンのままでいいのか、合法化すべきか、分からない。

グレーゾーンに置いておく方がいいこともあるかもしれない。

グレーゾーンにあるからこそ、ヘタに手を出せないというブレーキ的な意味もあるかもしれない。

グレーゾーンにあるからこそ、国家権力から身を守ることができる、と言えるかもしれない。

グレーゾーンでなくなった時、それらはいったいどういうものになるのだろうか。

 

合法化=制度化されると、「義務」が生じることになる。

この「義務」がやっかいだ。

お金は出るようにはなる。税金の投入の根拠が得られるようになる。

ただ、その代わりに、「義務」が発生し、「書類」が増え、そして「形式化」する。

また、国家権力が口を出すようになり、その制度は都度変更され、振り回されるようになる。

制度化されることで、守られるようにはなるが、その自律性や自由は失われる。

赤ちゃんポストは、制度化=法制化を望んでいるのか。

LGBTは、制度化=法制化を望んでいるのか。

そして、自衛隊は、制度化=法制化を望んでいるのか。

***

そうしたことも、議論していくといいだろうなと思って、書いてみました。

特に「グレーゾーン」の意味は、もう少し深く考えてみたいですね。

ちょっと難しい話になりすぎたかな、、、(・_・;)

あくまでも、「メモ」ということで。。。

ご勘弁を。

Comment (1)

結愛ちゃんが残した手紙を改めて読みなおす-目黒の女児虐待死事件-

2018-06-15 00:18:45 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

東京都目黒区で、痛ましい虐待事件が起こった。

5歳になる結愛ちゃんが、義父の暴力やネグレクトによって死亡した。

この事件は、僕がここで説明しなくても、皆が知っていることだろう。

先週は、もうこの事件のことばかりが繰り返し報じられた。

この事件が世間で注目されるきっかけとなったのが、彼女が残したと思われる「文章」だった。

彼女の「文章」を何度も何度も読んで、この記事を書くことを決めた。

色んな人がこの事件について色々と言っている。

僕の意見をここで記しておきたい。

(「常識的」にしか物事が考えらない人は、以下読まないでくださいね)

まず、結愛ちゃんの残した「言葉」を再読したい。


ママ もうパパとママにいわれなくても

しっかりじぶんから きょうよりか

あしたはもっともっと できるようにするから

もうおねがい ゆるして ゆるしてください

おねがいします

ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして

きのうまでぜんぜんできてなかったこと

これまでまいにちやってきたことを なおします

これまでどんだけあほみたいにあそんだか

あそぶってあほみたいだからやめる

もうぜったいぜったい やらないからね

ぜったい やくそくします


この結愛ちゃんの言葉をどう読めばよいか。

そして、この言葉から、今後の虐待対策をどう考えればよいのか。

また、このような悲しい事件を二度と繰り返さないためにどうすればよいのか。

このことについて、幾つか論点を絞って、考えたい。

①今回の事件は、「パッチワークファミリー(ステップファミリー)」の問題である

既に明らかになっているが、結愛ちゃんの母親の優里さんは雄大氏と「再婚」している。なので、結愛ちゃんは「再婚家庭の子ども」ということになる。更に、優里さんと雄大氏の間に子どもがいるので、「パッチワークファミリー」と言っていいと思う。まだ日本ではあまり知られていないが、ドイツではかなり認知されている「新しい家族の形態」である。日本では、「ステップファミリー(義理家族)」とも言う。

メディアではほぼこの言葉は使われていないが、パッチワークファミリーを生きるためには、知っておかなければならないことがたくさんある。その一つが、「新しいお父さん(雄大氏)」と「前のお父さんの子ども(結愛ちゃん)」の関係構築の難しさだ。母親や新しいお父さんがどう思おうと、どう言おうと、子どもにとっては、「前のお父さん」が「本当のお父さん」だ。だから、「新しいお父さん」は、子にとっては「エイリアン」なのだ。(*シュトロバッハさんの『離婚家庭の子どもの援助』より)

雄大氏は、「言うことを聞かなかったので、4,5日前に顔面を殴った」と言っているという。それ自体、絶対に認められることではないが、僕らは「なぜ言うことを聞かなかったのか」について、真面目に考える必要がある。

日本では、パッチワークファミリーの情報が極めて少ない。少ないだけじゃなくて、話題にならない。僕も、シュトロバッハさんの本の翻訳をしたり、パッチワークファミリーの論文も書いたりしているけど、全くレスポンスはない。「赤ちゃんポスト」や「匿名出産」については色々と尋ねられたり、取材を受けたりしているけど、それよりも前からやっているこの研究には、全く関心をもたれない。離婚することが当たり前になり、母子家庭の貧困の問題が取り上げられ、それを抜け出すために、「再婚」する女性や男性が増えている。「再婚」まではスムーズにできても、「連れ子」がいる場合、新しいお父さん(お母さん)と連れ子のいるお父さん(お母さん)は、どちらも、パッチワークファミリーについて学ばなければならない。

でも、そういう話に全くなっていない。

また、一方だけに連れ子がいる場合のその親(優里さん)の心理的プレッシャーについても考えなければいけない。優里さんは、逮捕後に「自分の立場が危うくなると思った」と述べている。それは「DV」かもしれないし、また「経済的立場」だったかもしれない。

②今回の事件は、緊急下の女性(夫婦)の問題ではない

虐待死については、僕もこれまで色々と書いてきたし、論じてもきた。虐待死の中には、「緊急下(in need)」の場合と、そうでない場合(慢性的に持続的に行われる場合)がある。結愛ちゃんの場合は、前者ではなく、後者である。虐待を示すMaltreatment(Misshandlung)の意味は、「不適切な子育て」「不適切な子どもへの関わり」「不適切な養育」である。今回の事件は、まさにmal=「悪い」「悪質な」「悪性の」トリートメント(子の扱い)だった。

ゆえに、今回の事件は、赤ちゃんポストや内密出産では救えない事件だったと言える。親自身が「緊急性」を認識していなければ、どうにもならない。恐らく、雄大氏も実の母の優里さんも、「子どもを捨てたい」「子育てを放棄したい」とは思わなかっただろうし、思ったとしても、手放すことはしなかっただろう。虐待問題や、虐待後の措置の問題、すなわち親権をめぐる問題では、「虐待を繰り返すのに、親権は絶対に放棄しない親」の問題が潜んでいる。乳児院や児童養護施設に入所している子どもの「養子縁組」がなかなか進まないのは、親が親権を放棄しない(できない)からだというのは、この業界では「自明」の話。

だから、赤ちゃんポストや匿名出産といった「匿名支援」とは異なるアプローチが必要になる。

ただ、だからといって、児童相談所の権限を強めるとか、親権制限をもっと強めるとか、そういうアプローチでこの問題が解決するとは必ずしも言えない。そのことを警告するYouTubeもあった。(こちらを参照

どういう支援があったら、この家族全体を救えることができたのか。今のところ、それを提示する記事やコメントは見当たらない。僕としては、①の話と関連して、まずは「パッチワークファミリーの作り方」というか、「パッチワークファミリーを生きるにあたって、予想される困難」をきちんと伝えていくことだと思う。(義理父に連れ子が殺される事件は、ずっと繰り返されている)

③今回の事件は、「日本の子育て」の根深い問題を表している

今回の事件がメディアやSNSで話題になって、また、上に挙げた結愛ちゃんの手紙を読んで、強い怒りを感じた。でも、それは雄大氏や優里さんに対してというよりはむしろ、それを「傍観する人々」に対して、だ。その中には、テレビの中で、結愛ちゃんの手紙を涙ながらに読み上げるアナウンサーやそれに共感するコメンテーターも含まれる。

僕は、「教育」や「子育て」について研究している人間だ。しかも、そのベースには、ヨーロッパの教育学や子育てがあって、日本の教育や子育てを批判的に見ている。 

結愛ちゃんのこの手紙、「虐待で殺された結愛ちゃんが書いた手紙」というフィルターを外して読んでもらいたい。「虐待されていないけど、厳しい家庭で育つ子どもの手紙」と思って読んでもらいたい。

どうだろうか。

それほど驚くほどの文章ではないのではないだろうか。いや、文章を書いたという点で凄いが、5歳の女の子なら、かなりの文章は書ける。今の子たちは、相当の「教育」を受けているから、5歳の女の子なら相当書くことができる(子もいる)。これを、本人が書いたのか、それとも親に書かされたのかという議論もあるが、そこは問題ではない(言葉はそれ自体、親や教師や保育士から教わるものだから)。

そうではなく、この文章に書かれていること全部が、日本の子どもにとっては、実はとても当たり前に言っていること=言わされていることなのではないか。

「もうパパとママにいわれなくても しっかりじぶんから きょうよりか あしたはもっともっと できるようにするから」は、それこそ、虐待を受けているかどうかは問わずに、言わされている言葉ではないか? 「言われなくてもしなさい!」「なんども同じことを言わせないで!」「なんでこんなことできないの?」「どうしてできないの?」…、日本の親は、とにかくこういう言葉を日常的に「吐く」。多くの親が「なんでできないの!!」と子に向かって叫んでいないか?

「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」という言葉も、厳しい家庭の子どもは、みんな言っている言葉ではないか? 「ゆるしてください」、その言葉を言う子どもを何人見てきただろう。「ごめんなさい」「ゆるしてください」、そうやって大人に「謝罪」する子どもがどれほどいることか。僕の学生の中にも、「すみませんでした」「ごめんなさい」とすぐに言う子がいるが、話を聴くと、厳しく躾(というマルトリートメント)を受けて育ってきたことがすぐに分かる。

「きのうまでぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことを なおします」というのも、普段、日本の親が言いがちなことを見事に示している。「あんたはぜんぜんできない!」「ぜんぜんダメ!」「できないことはすぐに直しなさい!」、父母に限らず、日本の親がすぐに子に言ってしまうことそのものではないか。(僕的には、子どもには一回たりとも、「ぜんぜんできない」と子どもに言うべきではないし、なおすことも一つもない、と考えている。ルソー派なので…)。

「これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめる」という言葉を読んだ僕は、失神しそうになった。この一文は、まさに「日本の教育そのもの」ではないか!、と。僕は「子どもの仕事はただ遊ぶこと」だと思っているが、日本の親たちは、「遊んでないで!」「遊んでばかりいないで!」「遊ぶんじゃない!」「遊んでいる子はバカだ」、と普段から言いがちではないか? 遊ばせないで、塾に行かせたり、遊ばせないで、スマホやTVやDVDを見せるだけだったりとか。「どんだけあほみたいにあそんだか」とあるが、もしかしたら、離婚前のことを言っているのかもしれない。再婚前は自由に遊べていたのかもしれない。

(彼女の名前は「結愛」=「愛を結ぶ」「結ばれた愛」だ。生まれた時、すなわち5年前は、親からそういう思いをもたれていた、ということだ。少なくとも、生まれた瞬間、名づけられた瞬間は、母親に愛されていた。そこを僕らはもっと重く受け止めなければならない。優里さんの状況を改善することができたら、最悪な事態は防げていたかもしれない。また、恐らく再婚直前直後は、義父もそれほど酷くはなかったと予想される。もし再婚前にそういう男だと分かっていたら、再婚はしなかっただろうから。つまり、義父も再婚後に「変わった」、「変貌した」と。)

最後の「ぜったい やくそくします」というのも、躾の厳しい家庭で育つ子の「常とう句」ではないか? 「いい、約束だぞ」「約束やぶるなよ」「約束をやぶったら、…」、日本の親が言いがちなフレーズそのものではないか。

以上、全文を見てきた。

この文章から、僕らは学ばなければいけない。認識しなければならない。

結愛ちゃんのように育てられている子どもは、まだまだたくさんたくさんいる、ということを。

というか、日本人の子育て観そのものではないか!、と。

だから、今回のこの事件の報道やコメントをみて、怒りが強烈にこみ上げてきた。「なんで、そんなに他人事のように言うんだよ!?」、と。親だけじゃない。保育士や教師も、この結愛ちゃんの言葉を、自分への言葉だと捉えなければいけない。それを意識していない人が最も問題だ。「結愛ちゃん、かわいそう」と言いながら、自分の子どもに(自分の園児たちに)同じようなことをやっていないか?、言っていないか?と。

子どもは、親に謝る必要なんてないの。子どもは、何度も何度も同じ間違いをして、それでようやく自分でやめるようになるの。遊べばいいの。遊ぶことが子どもの最大の仕事なの(それが分からない人はホイジンガの「ホモ・ルーデンス」を読んで!)。

できないことなんていいの。できなくていいの。できる必要もないの。できないことを詫びなくていいの。

だいたい、大人だって、何にもできないじゃないか。偉そうに言っている大人のあなた、何ができるの? 何かすごいことができるの? 自分が大したことないのに、子どもに(子どもにとって)大したことを求めないでほしいの。子どもは、ただ存在しているだけで、すごいパワーをもっているの(それが分からない人は、世阿弥の「風姿花伝」を読んで!)。

ここまで読んでくれた人は、もう、雄大氏や優里さんをただ「悪人」として叩くことはしないと思う。

叩くべきは、この日本で渦巻く歪んだ子育て観の方だ。子どもは親や保育士の「所有物」ではないのだから。

マルトリートメントという観点で見れば、日本の子どもはほとんどが虐待を受けているのだ。(やや誇張して言っています…)

結愛ちゃんの命を無駄にしないためにも、またこういう事件を二度と繰り返さないためにも、僕らはもっと熟考しなければならない。ミクロレベルで「どう対応するか」だけではダメで、もっと大きな問題としてこの事件を捉えなければならない。さもなくば、また同じように、親の行き過ぎたトリートメントによって、子の命が奪われるだけだろう。

僕らはもっと子育てについて学ばなければならない。そして、伝えていかなければいけない

子どもを作る行為は「快楽」であるが、子どもを育てる行為は「知的(理性的)」である。また、子どもを作る行為は、私事であり、極めてプライベートな営みであるが、子どもを育てる行為は、社会的であり、公共的(public)であり、連帯的であり、共同的である。

【補足1】(

この結愛ちゃんの事件と同じ時期に起こった「新幹線殺人事件」の小島一郎氏(22)もまた、父親(52)に、マルトリートメントを受けていたと想定される。

週刊文春(6月21日号)に、彼の父親のインタビューが掲載されていた。彼は、新幹線内で「なた」で殺人行為を働いた一郎氏に対して、とても厳しい教育(という名の虐待)を行っていたと思われる。そんな父と子を知る人がこう語っていた、という。

父親は『男は子供を谷底に突き落として育てるもんだ』という教育方針で息子に厳しかった。共働きのS家(Sは実父のこと)では同居している(父方の)祖母が食事の用意をしていたようですが、『姉のご飯は作ったるけど、一郎のは作らん』とよく言っていた。実質的に育児放棄されていた。一郎君と家族の会話はだんだんと少なくなっていったようです

この記事を読む限り、一郎氏の親と結愛ちゃんの親は、似たような行為をしていたように思う(もちろん「程度」は異なるが…)。

結愛ちゃんの父親(と母親)を責める人は、考えてほしい。もし結愛ちゃんが「男の子」で、もし彼女が今回殺されないで育っていたら、どんな22歳になっていたか、を。

逆も考えてほしい。もし小島一郎氏の親が、結愛ちゃんの父親の雄大氏だったとしたら…

「善」と「悪」が反転するのではないだろうか。

【補足2】

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翻訳 『赤ちゃんポストのオルタナティブ-内密出産-』

2018-04-21 13:17:49 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

赤ちゃんポストと内密出産の記事が新たに出ていたので、訳してみます。

出典元はこちらです

2018年4月16日の記事なので、とても新しいです♪

今、ドイツで、赤ちゃんポストと内密出産はどう語られているのか!?

バイエルン州の現状レポです!


バイエルン 内密出産
BAYERN VERTRAULICHE GEBURTEN

赤ちゃんポストのオルタナティブ
Alternative zur Babyklappe

Stand: 16.04.2018 | Lesedauer: 3 Minuten

バイエルンでは、これまでに39人の女性が内密出産を決断している。
In Bayern haben sich bislang 39 Frauen für eine vertrauliche Geburt entschieden

四年前から、「内密出産」が行われている。これにより、子どもたちは16歳になった時に、自分たちの親の身元を知ることが可能となる。バイエルンでは、これまでに39人の女性がこの内密出産を利用している。この数は、他の連邦州よりも少ない。
Seit vier Jahren gibt es die „vertrauliche Geburt“, bei der Kinder mit 16 Jahren die Identität ihrer Eltern erfahren dürfen. In Bayern haben bislang 39 Frauen diese Möglichkeit genutzt – weniger als in anderen Bundesländern
.

バイエルンでは、これまでに少なくとも39人の子どもがいわゆる内密出産で出産している。バイエルン州社会福祉省が質問に答える形で報告されたものある。2017年だけでも、14回の内密出産が行われており、これは、昨年よりも3倍の数値であり、2015年のおよそ二倍の数値となっている。
In Bayern sind bisher mindestens 39 Kinder bei sogenannten vertraulichen Geburten zur Welt gekommen. Dies hat das bayerische Sozialministerium auf Anfrage mitgeteilt. Allein 2017 gab es 14 vertrauliche Geburten – drei mehr als im Vorjahr und fast doppelt so viele wie noch 2015.

出産の際にまずもって匿名のままでいられるこの内密出産は、ドイツで4年前に導入された。内密出産は、周囲の人に切り捨てられるかもという不安から、自身の妊娠を隠そうとする危険な状況下の女性たちのためのものである。非合法だが容認されている匿名出産と異なり、内密出産の場合、母親は、子どもが16歳になった時に、母親の身元を知ることができるという点に同意する。
Die Möglichkeit, bei der Entbindung als Mutter zunächst anonym zu bleiben, wurde in Deutschland vor vier Jahren eingeführt. Sie richtet sich an Frauen, die ihre Schwangerschaft aus einer Notlage heraus geheim halten wollen – etwa weil sie Angst haben, von ihrem Umfeld ausgegrenzt zu werden. Im Unterschied zur illegalen, aber geduldeten anonymen Geburt stimmt die Mutter bei einer vertraulichen Geburt zu, dass das Kind mit 16 Jahren die Identität der Mutter erfahren darf.

オーバーフランケンで、(バイエルン州の)ほとんどの内密出産が行われている
In Oberfranken gab es die meisten vertraulichen Geburten

同省の発表によると、昨年実施されたほとんどの内密出産が、オーバーフランケン(エリア)で行われている。オーバーフランケンでは、7人の子どもが内密出産で産まれた。オーバーバイエルンとオーバープファルツでは、それぞれ3人が産まれ、ミッテルフランケンでは一度だけ内密出産が行われた。
Die meisten vertraulichen Geburten gab es den Angaben des Ministeriums zufolge im vergangenen Jahr im Regierungsbezirk Oberfranken. Dort kamen sieben Kinder vertraulich zur Welt. In Oberbayern und in der Oberpfalz gab es je drei und in Mittelfranken eine vertrauliche Geburt.

バイエルン州地方助産師会のアストリット・ギーセン氏からすると、内密出産はよい手段である。「緊急下の女性たちはは、子を匿名で、そして医療機関で安全に出産することができ、同時にまた、子どもも後に、人間としてとても必要な(母の名前等の)「自分はどこから来たのか」を知ることができる」、とギーセン氏は言う。
Aus Sicht von Astrid Giesen von Bayerns Hebammen-Landesverband sind die vertraulichen Geburten ein guter Mittelweg. „Frauen in Not bekommen so die Möglichkeit, ihr Kind anonym und sicher in einem Krankenhaus zu bekommen – gleichzeitig kann das Kind später erfahren, wo es herkommt, was für Menschen sehr wichtig ist“, sagte Giesen.

この内密出産の導入によって、バイエルンで、完全に匿名で出産する女性の数が減ったのかどうかについては、言うことができないようだ。「バイエルンでは、匿名出産、及び赤ちゃんポストに預けられた子どもについての統計調査は行われていない」と、バイエルン州社会福祉省のスポークスマンは言う。
Ob durch die Einführung der vertraulichen Geburt weniger Frauen in Bayern gänzlich anonym gebären, lässt sich nicht sagen. „Es erfolgt in Bayern keine statistische Erhebung von anonymen Geburten und Kindern, die in Babyklappen abgelegt werden“, so eine Sprecherin des bayerischen Sozialministeriums.

「女性たちが完全な匿名性の下での出産を選択できるということには、今もなお、正当な理由があります」と、ドーヌム・ヴィテ・アンベルクのヒルデ・フォルスト氏は強調する。「どこかの誰かがいつ日か自分の身元を見い出すというのは、多くの女性にとって、なかなか想像し難いものです」、とフォルストは言う。イスラム教の女性の場合だったり、またそれが性的暴行だったりする時、そうしたことが問題となるという。
Dass es immer noch gute Gründe gibt, aus denen sich Frauen für eine Geburt in vollständiger Anonymität entscheiden, betont Hilde Forst von der Schwangerschaftsberatungsstelle von Donum Vitae in Amberg: „Für manche Mütter ist es unvorstellbar, dass irgendjemand jemals ihre Identität herausfindet“, sagte Forst. Bei manchen muslimischen Frauen oder wenn es eine Vergewaltigung gab, sei dies etwa der Fall.

多くの女性たちが、出産直後にもう一度、別のことを決断している。
Manche Frauen entscheiden sich kurz vor der Geburt noch einmal anders

それゆえ、内密出産は、-当初、立法者たちが想定したようにー病院での匿名出産や赤ちゃんポストに取って代わること(代替すること)はできなかった。「私たちの相談所では、今も(匿名出産・内密出産の)双方が行われています。子を完全に匿名で産みたいという女性もいれば、内密出産を決断する女性もいます」と、フォルスト氏は言う。「私は、また、出産直前、出産直後にさらに考えを改めた女性の同伴支援も行いました」。
Daher könnten vertrauliche Geburten die anonymen Geburten in Kliniken sowie Babyklappen – wie eigentlich vom Gesetzgeber geplant – nicht ersetzen. „In unseren Beratungsstellen gibt es weiter beides: Frauen, die ihr Kind ganz anonym bekommen wollen, und Frauen, die sich für die vertrauliche Geburt entscheiden“, sagte Forst. „Ich habe auch schon Frauen begleitet, die sich kurz vor der Geburt oder auch nach der Geburt im Krankenhaus noch umentschieden haben.“

バイエルンでの内密出産の頻度は高まっているものの、その(内密の)出産の比率は、バイエルン州全体では、明らかに連邦国全体平均を下回っている。連邦家庭省が示す予想数値では、2014年から2016年にかけてバイエルン州で行われた内密出産の数は、(出産)全体のたった0.008%(0.08‰)に過ぎない。その数は、連邦国全体の(内密出産の)平均の半数程度である。その理由を見い出すのは容易ではない。連邦家庭省の報告では、州ごとの違いの原因についてはまだ分かっていない、とされている。
Trotz der Zunahme der vertraulichen Geburten in Bayern dürfte deren Anteil an den Geburten insgesamt im Freistaat weiterhin deutlich unter dem Durchschnitt der Bundesländer liegen. Eine Hochrechnung im Auftrag des Bundesfamilienministeriums hatte nämlich ergeben, dass der Anteil der vertraulichen Geburten im Zeitraum von 2014 bis 2016 im Freistaat bei 0,08 Promille lag – und damit nur etwa halb so groß war wie der Durchschnittswert der Bundesländer. Gründe dafür sind schwierig auszumachen: Im Bericht des Bundesfamilienministeriums heißt es, Ursachen für die regionalen Unterschiede ließen sich nicht erkennen.

***

PS

ヒルデ・フォルストさんは、この写真の後方真ん中の方です。

僕自身も、僕の教え子もお世話になっている方です。

また、拙書『名前のない母子をみつめて』の最後にも、彼女の文章が載っています。


【所感】

まだ、ドイツでも、赤ちゃんポスト・匿名出産・内密出産の議論は続いている。

バイエルン州は、僕の印象だとわりと裕福で昔ながらの家庭が多いイメージがあるので、バイエルンでの内密出産の少なさ(?)にはあまり驚かなかった。けれど、その豊かさや古さが、内密出産の少なさにつながっているのか、あるいはバイエルンでは内密出産の存在がまだまだ知られていないゆえの少なさなのかは分からない。

先週のシンポジウムでも、まだまだ「内密出産」の存在は全体に知られているわけではない、という話があった。

他方、日本では、「出産」以前に、「人工妊娠中絶」の数がまだまだ多く、その中で「産みたいけど堕ろすしかない」と、妊婦の気持ちや意思が尊重されないかたちでの中絶も決して少なくないはず。

根本的には、まだ日本では、匿名出産・内密出産の議論の前提さえ整っていない

戦後の国の政策から、「望まない妊娠をしたら、堕ろせばいい」という空気というか、先入観が、日本人全体に広がって、すっかり定着している。キリスト教の国ではない日本では、胎児を(親とは異なる)一つの人格として認めることがとても難しい。自分の(若い)娘が望まない妊娠をした時、妊婦となった娘の気持ちや意思をちゃんと聞いたうえで、どうするかを決めることのできる親はどれほどいることか。また、女性が産婦人科等を訪れた際に、ちゃんと妊婦の思いや気持ちを受け止め、その人の意志をちゃんと尊重できる医師や看護師はどれだけいるだろうか。多くの人が、妊婦の心の奥底にある思いや気持ちに寄り添うことなく、中絶を薦めている現状がこの国にはまだまだある。

これだけ、少子化が深刻な問題になっているのに、妊婦に寄り添おうという動きはまだまだ弱い。

バイエルンでは、少なくとも39人の赤ちゃんが内密出産で産まれている。上の記事では、ドイツ全土では少ないとされているが、39つの新たな命が(中絶されることなく)産まれたことは、とても喜ばしいことだと思う。

実親の下に戻る場合もあれば、養子縁組の手続きを通じて養父母の下に託される場合もあれば、場合によっては施設で生活することもあるだろう。いずれにしても、39人の赤ちゃんがこの世に生まれたのである。これは、単純に素晴らしいことだと思う。

最後にぼやきたい…。

この国は、いたるところで、恋愛をあおり、消費をあおり、性的な刺激を過剰に与えている。もちろん、この国には「ラブホテル」がいたるところに、過剰なほどにあって、性的な快楽を楽しむ<場>は山ほどある。

なのに、妊娠したら、それも望まない妊娠をしたら、「自己責任」にされ、とたんに女性だけが「悪者」になる。同情されることも少ない。まわりからは「中絶すればいい」という無責任で安易な助言をこれでもかというほどに受ける。親にまで、そう言われるほどだ。

年間18万件以上…。

いったい何人の胎児が、後の赤ちゃんが殺されているのだろう。それに対する嘆きの声はほとんど聞こえてこない。

海外では、もともと「人工妊娠中絶」のハードルが高くて、それゆえに「ウーマンリブ運動」の中で、「プロチョイス」が叫ばれ、妊娠中絶が可能となった歴史的な背景がある。

他方、日本では、戦後の国家政策として、人工妊娠中絶が大奨励されてきた歴史がある。その数、年間100万を超えていた。だから、ウーマンリブ運動あるなしにかかわらず、日本では、中絶は身近にあり、すぐにでき、そしてそれが当たり前のことだった。海外とは逆に、日本では、「プロチョイス」を叫ぶことなく、中絶がチョイスでき、逆に「プロライフ」はないがしろにされてきた。

否、ライフ=生命=いのちは、いつでもないがしろにされてきたのだ。

それでも、「こうのとりのゆりかご」設置以後、徐々に、社会の理解も深まってきたとも思う(まだまだだけど)。

多分、匿名出産も、内密出産も、日本人にはピンとこない話だと思う。(特に男たちには)

でも、こういう話さえできないとなれば、差し迫る「少子化」を食い止めることはできないだろう。

少子化を止められないとなれば、この国はホンキで沈没すると思う。(ないしは他国に吸収される)

妊婦、母親、そして胎児、赤ちゃんを大事にできない国で、誰が赤ちゃんを産もうとするだろうか。

また、、、

数字的には多くはないけれど、日々、いつでも「児童遺棄」「児童殺害」は起こっている。

先日も、大阪で31歳の女性が赤ちゃんを産み落して、放置して死なせたという事件が起こった。

 詳しくはこちら

200年以上前にゲーテが嘆いた嬰児殺しと母への罰の問題は今もなお何も変わっていない。

特にこの国では…

Comment

世界11カ国参加の赤ちゃんポスト国際シンポジウム、無事終了!

2018-04-19 11:49:25 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

 

去る4月14日~15日に、熊本市民会館で、赤ちゃんポストの国際シンポジウムが行われました。

ドイツ、スイス、ポーランド、ラトビア、南アフリカ共和国、インド、ロシア、中国、韓国、アメリカ、日本。

11カ国の赤ちゃんポスト設置者ないしは研究者が集結しました。

2000年にハンブルクで生まれたBabyklappe。

それが、どんどん世界に広がっていき、2015年にはアメリカでも開設されるに至りました。

でも、そのシステムや中身は、各国様々。

その報告を聴くことができました。

世界初!と言いたいところですが、既にスロバキアでヨーロッパの国際会議が行われているので、

厳密には、世界で二回目となる赤ちゃんポスト国際会議でした。

詳しくはこちらのサイトを!

***

僕は、参加者というよりは、関係者側で、ドイツとスイスの赤ちゃんポスト設置者を呼び、通訳や座長を務めました。

今回のシンポジウムは、僕的には、超ハードでした。

(1)

まず、ドイツとスイスから人を日本に呼ぶ、というのが大変でした。いかんせん、人生初のことなので…。

特に、世界で初めて赤ちゃんポストを創ったシュテルニパルクの招待が大変でした。

昨年8月に、シンポジウム参加をお願いして、OKをもらったところまではよかった。

でも、その後、「まだ分からない」という返事が続き、しかも、誰が来るのかも定まらず、来日が決まったのがシンポジウムの2週間前。超ギリギリ。1年以上前から準備していた運営委員会の人も「まだかまだか」、とご立腹(当然ですが…)。

で、参加は決まったものの、講演原稿が届かない。原稿がなければ、通訳の人に通訳を頼めない。原稿を一冊の抄録にするため、期限は4月3日。原稿が届いたのが、6日。この時点で、プロの通訳者にはもう頼めない。しかも、その原稿が異常に長くて、日本語換算で約1万8000字。これを、熊本に行く日の前の日までに全部読んで、訳さなければいけない。

しかも、これを書いたのは、紛れもない赤ちゃんポスト創設者のユルゲン・モイズィッヒ先生。学者だけに、文章がとても難しい。いきなりゲーテのファウストの話から始まるし、その内容はかなりアカデミック。単なるレポ報告書ではなくて、児童遺棄や児童殺害に象徴される社会的な問題の根源を問うものになっています。これを、数日で、どうやって口語訳にして、講演風にするか。

数日間、それこそ昼夜問わず、ほぼ徹夜状態で、全訳しました。本当に死ぬかと思うほどに辛かった…

(2)

ドイツとスイスのお客様は全員、初来日。そのお世話?も大変でした。

11日にシュテルニパルクのお二人が来日し、12日にスイスのSHMKのミュグラー夫妻が来日し、13日にアガペーの家のガルベさんが来日。見事に全部違う日…(苦笑)。ちゃんと来られるのかも心配でした。

全員、僕にとって大事な人たちなので、失礼なことがあってはならない。そのプレッシャーはとてつもなく大きいものでした。

僕は12日の夕方に熊本に着き、シュテルニパルクの副代表のカウファーさんと総括主任のヒンツさんと蓮田先生らと会食。途中からラトビアの講演者たちが合流。初日からドイツ語と英語が飛び交うシチュエーション。

13日は、朝から(僕が)テレビの取材。これは楽しかったんだけど、その後、シュテルニパルクのお二人の記者会見。同時通訳をしました。これも面白かったです。熱心な記者さんたちonlyだったので、2時間、真剣に深くお話ができました。夕方に、シンポジウム参加者全員が揃い、「こうのとりのゆりかご」見学。世界各国の人たちが日本の「赤ちゃんポスト」を見る、というすごい光景。この日の夜は、いわゆる「老舗料亭」で歓迎会。ドイツ・スイスチームの通訳として頑張りました。

外国の人の接待に忙殺され、シンポジウム前日にして、疲労が限界に達しつつありました。(熊本に来る前の日までもロクに寝てないわけで…)

(3)

シンポジウム初日は、朝からトラブル続きでした(;;)

最初の報告者のアメリカ人女性の講演はとってもよかったんです。「同時通訳」がとても素晴らしく、しっかり聴くことができました。赤ちゃんポストを設置した方は、その方自身が「望まない妊娠」(本当に望まれない妊娠)によって生まれた方で、とても説得力のある(そしてとてもアメリカ人らしい)スピーチでした。

続く中国の発表の時間に、僕とガルベさんとラングナーさんは舞台袖でスタンバイ。原稿は既に通訳の方にお渡ししているので、僕は「座長」として座っているだけでいい…はずでした。

が、事件が起こりました。

ガルベさんの講演が始まり、出だしは順調でした(この時、僕もステージに上がり、座長として座っていました)。僕が尊敬するガルベさんが日本で講演をしている、ただそれだけで、僕は幸せでした。通訳もドイツ語→英語→日本語と続き、順調でした。

ところが、10分くらいして、フロアの方から、突然、声が上がったんです。

「日本語(通訳)の音を消してください。外国の人に英語が聴こえません!」

この人は、英語の音が流れるイヤホン型の音声機械が用意されていることを分かっていませんでした。(外国の人は受付で音声機械をもらって、イヤホンで英語の音を聞くことができるようにしていました)

ここから、歯車が狂い始めました。なんと、ガルベさんの講演の日本語通訳の音声が、フロアから消え、日本人のオーディエンスに通訳の声が聴こえなくなる、というアクシデントが勃発したのです。

そこから、思わぬ事態が次々と勃発し、途中、ガルベさんの通訳が機能しなくなったのです…。その時に、僕が気転を利かせて、翻訳すればよかったんですが、通訳者も用意しているし、座長がでしゃばるのもダメだと思い、フリーズしてしまいました。いや、正直、どうしていいか全く分かりませんでした…。

結局、講演の一部が日本語に翻訳されることなく、中途半端に終わってしまいました(;;)。とはいえ、終盤戦は、なんとか立て直しができて、講演を終えることができました…。

フロアの人の一言で、ここまで崩れるとは…。その方が悪いわけではありませんが(外国人のことを思って、あえて言ったことなので)、その時は、その人を(少し)憎みました…。

(4)

翌日15日、シンポジウム二日目は、ドイツのシュテルニパルクとスイスのSHMKの講演が予定されていました。

既に不安はあったのですが、2週間前に来日決定したシュテルニパルクの講演について、抄録に記載されておらず、オーディエンスの人たちもシュテルニパルクの講演があること自体、知らされていない、という状態でした。

前もって、こっちでビラを用意して、受付で配布すべきでした(が、そんな余裕は僕にはありませんでした…)。

アナウンスが流れたのは、午前の部が完全に終わるシュテルニパルク講演の1時間前。この時点で、オーディエンスの数はかなり少なくなっていました。

誰が悪いというわけでは全くありませんが、僕の中では、「せっかく苦労して、ギリギリまで交渉して、シュテルニパルクのお二人を呼んだのに、誰も会場にいなかったら、どうしよう…」と、焦りと不安とあとこれまでの疲労で、絶望的な気持ちになりました。ストレス?もマックス状態でした。

…が、講演が始まるころには、そこそこ人が集まって来てくれて、とりあえずそこはクリアしました。

でも、ここからがまた大変でした。

18000字の原稿を45分で読み上げてもらい、それを同時に日本語に通訳していく、そしてまたその(僕の)日本語を英語通訳の人に英語に翻訳してもらう、という「超荒業」が待っていました。

分かりますかね? シュテルニパルクのお二人がドイツ語で(モイズィッヒさんの書いた)原稿を読み上げ、その読み上げの上に、僕が日本語の翻訳文をあてるんです。つまり、会場にはドイツ語と日本語が同時に流れるわけです。しかも、同じその瞬間に、外国人はイヤホンで英語の訳を聴くのです。プロの通訳者の<技>ですが、僕みたいな素人にそんなことができるわけもなく…

いや、途中まではわりとうまく言ったんです。舞台袖のスピーカーの「ドイツ語の音」を聴きながら、それを、原稿を見ながら、日本語に訳していく。でも、少しでも油断すると、ドイツ語と日本語が時間的にずれるんです。この<ずれ>がまた気持ち悪くて、3回ほど、ストップをかけたくらいでした。

ドイツ語で、「ストップ!!ちょっとどこを読んでいるか分からなくなった!」、とステージ上で叫ぶ僕。こんな滑稽な姿をステージ上で晒すことになるとは…(;;)

もう、泣きたい。

でも、泣くわけにはいかない。

しかも、文字数は日本語で18000字ほど。45分でとても読み切れる量じゃない。だから、超高速スピードで講演を進めていきました。前日もその練習をしていたので、かなりのスピードで読み進めていきました。

が、気付けば、あっという間に講演終了時間となってしまいました。時計を見ると、その13時ジャスト。

事前にスタッフの方から、「なんとしても13時には終わらせてください」と言われていたので、ここでまたストップをかけて、最後の一番いいところを「一部カット」して、13時5分くらいに終わりました。

もう、僕の額には溢れるほどの汗が流れ、心臓はバクバクして、体はオロオロしていたと思います。

そんなこんなで、1日目同様、2日目もうまくいきませんでした。とてもじゃないけど、「無事終了」とか「成功」とかって言えません。完全に「失敗」に終わりました…。

(この時、DIR EN GREYの初海外ライブの<失敗>の話を思い出しました)

続く、スイスのミュグラーさんの講演は、事前の準備もしっかりしていて、滞ることなく終わりました。これはよかった(;;)。

***

…という感じで、、、

この二週間ほど、僕はもう本気でヤバいんじゃないか!?っていうくらいに、ハードでした。

もう二度と同じことはしたくない、、、、ってちょっと思いました。(とはいえ、きっとやると思いますが…)

とにかく、事前の準備が全然ダメでした。

もっと早く色々と動くべきでした。

でも、4月。本業の方も「新学期」でドタバタ。3月は学生をドイツに連れていき、帰国後も卒業式や実習巡回等でドタバタ。

その前の2月はドイツに行く準備で死ぬほどドタバタ。

とてもゆっくり慎重にじっくりと準備なんてできる状態にありませんでした。

反省点だらけ。。。

でもでも!!!

この数日間、本当に楽しかったです。

世界各国の赤ちゃんポストの状況も、なんとなく分かりました。

何より、世界各国の素敵な実践者たちと出会えたことがとてつもなくよかったです。

韓国の赤ちゃんポストの創設者のイ・ジョンラク牧師とお話できて嬉しかった♡

イさん、僕、個人的に大好きかも!?

ドイツとスイスの僕の大事な大事な「友人たち」も、日本に来て喜んでくれました。

トラブル続きでしたが、このシンポジウムに関われて本当によかったなぁって思います。

このシンポジウムに関わったすべての人に感謝したいと思います。

Danke schön!!!!


【総評】 

「赤ちゃんポスト」と「内密出産」は、まだまだこれからのテーマでもあります。

望まない妊娠、自宅出産、孤立分娩、緊急下の母子、嬰児殺し、児童殺害、そして児童虐待。

この国のすべての母子が安全に、安心して出産できる環境をつくり、

かつ、それでもそのネットから零れ落ちる人(妊娠を隠す女性等)を支えていく。

そして、出産後も、継続的に支援を続けて、母子の自立を助ける。

この国で「死んで発見される赤ちゃん」の数がゼロになるその日まで、戦いは続きます。

安倍首相は、「国民の生命と安全を守る!」と言い切ります。

そこには、混乱する東アジアの安全保障の問題が中心にあるでしょう。

でも、国民の生命と安全を守る、という意味では、僕らの取り組みもその枠内にあります。

様々な、そして複雑な、そして人に知られてはいけないような「妊娠」はいつの時代にもあります。

男と女がいる限り、「生殖」は必然的に問題となり、また、その全ての「妊娠」がhappyなわけではありません。

今、メディアで話題になっている財務事務次官のセクハラ問題であっても、その当事者である記者は自身の名前を明らかにできません。また、新潟県の米山知事のような<男性>も、ゴロゴロと存在しているのも現実です。同知事は「妊娠問題」にまではなっていませんが、もし彼が女性との間で子が出来た時、それをその女性は誰かに相談できるでしょうか?

日本では、まだまだ膨大な数の人工妊娠中絶が行われています。児童遺棄や殺害も日々起こっています。

「国民の生命と安全を守る」、というのは、日本に限らず、全世界で重視されていることです。

国家が壊れれば、あまりにも悲惨過ぎる状況下のシリアのようにならないとも限りません。

大きく見れば、「安全保障問題」ですが、小さくみれば、「赤ちゃんポストの問題」なんです。

道徳教育が教科化され、「生命の尊厳」もまたここで重視されています。

どんな人であれ、どんな立場の人であれ、どんな思想の持ち主であれ、すべての人間は等しくその尊厳が守られねばなりません。

妊婦となれば、お腹の中の胎児の尊厳も関わってきます。

小さな命を守れない国に、この国全体の命を守ることができるのでしょうか?

シンドラーの言葉で、「たった一つの命を救える者だけが、世界を救うのだ」というのがあります。

国がそれをできないなら、僕らがそれをやればいいのです。

正直、国家というでっかい組織が、この国のどこかの町の片隅で一人苦しむ人にまで手を差し伸べることは不可能だと思います。

とすれば、僕らが、つまりこの国で暮らすごく普通の人が、その国に生きる主体として、動くしかないんです。

ドイツでは、そんな風に立ち上がる人がいっぱい出てきて、93近くの赤ちゃんポストができ、内密出産が合法化されました。

その結果(と言っていいか分かりませんが)、ドイツでは、深刻な問題だった「少子化」を止めることができました。

赤ちゃんポストだけのおかげだとは思いません。

でも、ドイツ人たちは、真剣に、子育て問題、母子問題に取り組み、あらゆる手段を考え、それを実践していきました。

そういう努力が、全体的な雰囲気として、「赤ちゃんをつくろう」「赤ちゃんを産もう」という気持ちを生み出していくんだと思います。

日本には、まだそういう「雰囲気」や「空気」はありません。

相変わらず、「子育てって大変だよね」という空気が流れています。そして、事実、大変です。

「働き方改革」という言葉だけがひとり歩きしています。

本当に、少子化を食い止めようと思うならば、どこかに、誰かに限定するのではなく、全体的な雰囲気として、「子育てしたいなぁ」って思える状況を作るしかないんです。

数年後には、「団塊世代」が「後期高齢者」となり、世界でもダントツでトップクラスの高齢者国家になります。(さらに、平均寿命も世界トップクラス)。

それとは逆に、子どもの数は減り続け、僕ら団塊ジュニア世代は出産~子育てどころか、結婚さえ断念しなければならない状態に陥りました。僕ら団塊ジュニア世代は、当事者の僕から見ても、悲劇の世代だと思います。

その次の世代の男女もまた、そう変わらないでしょう。

人口が増えればそれでいいというわけではありません。が、今の社会システムを維持するためには、ある程度の人口が必要です。でも、その必要な人間が足りなくなりつつあるのです。

一人の赤ちゃんの命を守るということをしっかりやれてこそ、全体としての赤ちゃんの数も増えていくんです。

そこから目を背けてはいけないかな、と強く思います。

なんか、話がでっかくなっちゃったかな。

というわけで、なんだかよく分からないけど、僕目線のレポでした!!!

 

しばらく、僕は地下にもぐり、静かに次のプロジェクトを目指して、地味に頑張ります。

次は、英語の本の出版だ!!!

頑張るぞっと。

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John Elefante◆This Time 予期せぬ妊娠に悩み苦しむ13歳の女の子の歌…

2018-02-17 19:49:02 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

スイス母子支援(SHMK)の人から、すごい歌を教えてもらいました。

John Elfanteという人の「This Time」という曲です。

曲だけを聴くと、ロマンティックでポップでやや淋しい歌ですが、

歌詞がとんでもない。

予期せぬ(望まない)妊娠に苦しむ13歳の女の子の歌なんです。

しかも、この歌詞が、とてつもなく悲しく、辛いものになっていて…。

プロモーションPVも、本当にリアルで、、、

ここまで「予期せぬ妊娠」に苦しむ女の子の歌って、なかったんじゃないかな、と。

ぶっちゃけ、僕、この曲を聴いて、涙が出てきました。

やっぱり、この問題、まだまだ研究を続けなきゃって思いました。

英語の歌詞ですが、よかったら、是非、歌詞を読みながら聴いてみてください!

胸が締め付けられます、、、

(余裕ができたら、試訳はつけたいと思いますが、いつになることやら…)

しかも!!!

なんと、この話、「実話」らしく、、、

主人公の女の子の産んだ赤ちゃんを、ジョン・エレファンテさんが、

本当に養子に迎えたんだとか、、Σ(・□・;)

リアルすぎる歌に、もう僕の心はknock down...


This Time / John Elefante

She sat cold in a waiting room
Frightened and all alone
Watched the clock tick down
Knowing that her baby would soon be gone
Her head slung low, so embarrassed
She was 13 years old
She felt a kick inside as a reminder
Of a life she couldn't show

Then she heard a voice inside say "Run away!
It was a mistake, but don't throw your child away!"

Then she fell into a light sleep
Had a dream about a little girl
There was a birthday cake and three candles
She was living in another world
She saw the little girl become a woman
Living in a happy home
Then she was suddenly awakened
By a voice that called her name

They said, "Don't worry, you'll be fine
You're still young, we see this all the time."

Right then the Lord began to speak:
"You're not taking this one! She's Mine!
She'll grow up and seek My name
You're not taking her! She's Mine!
And you're not taking her this time
No, you're not taking her this time."

She laid flat on the table
She asked "Please, can I talk to someone?"
But a headstrong woman with a blank stare
Said "We've gotta get this done."
Then she cried out, "Lord, please help me!
I've got to get to a phone!
I need to call my momma
To help me find my baby a home!"

They said, "Don't worry, you'll be fine
You're still young, we see this all the time."

Right then the Lord began to speak:
"You're not taking this one! She's Mine!
She'll grow up to seek My name
You're not taking her this time
I decided before time began
Her name is written in the Book
They didn't have the power to take her life
They're not taking her - she's Mine!

You're not taking her this time
No, you're not taking her this time."
This time

No, you're not taking her this time

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「赤ちゃんポストに代わる内密出産」/ヴッパタールの状況は!?

2018-01-22 12:19:06 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

ヴッパタールという街を知っていますか?

世界で一番古いモノレールが走っている街です。

このモノレール、いつか乗ってみたいなぁ、、、( ;∀;)

あと、ヴッパタール大学も、哲学分野では有名ですね。

このヴッパタールの「赤ちゃんポスト」と「内密出産」の記事があったので、、、

(ツイッターで流れてきたので)

さらっと翻訳してみます。

ヴッパタールラジオで放送されたものかな??

「内密出産」以後、ヴッパタールでは、赤ちゃんポストは使われていないんだとか。

とはいえ、まだどちらがいいかを判断すべきではない、とも。


赤ちゃんポストに代わる内密出産
Vertrauliche Geburt statt Babyklappe


ヴッパタールでは、これまで6回の内密出産が行われている。この特殊な出産形式は、4年ほど前に、赤ちゃんポストよりもより良いオルタナティブとして-ドイツに導入された。
In Wuppertal hat es bislang sechs vertrauliche Geburten gegeben. Diese besondere Form einer Geburt ist in Deutschland vor knapp vier Jahren eingeführt worden - als bessere Alternative zur Babyklappe.

内密出産の場合、母親たちは匿名でいられる。産婦人科や病院では、ペンネームが使われる。しかし、母親の本当の名前は、封筒の中に入れられ、子が16歳になった時にその封筒を開けることが認められる。それに対して、赤ちゃんポストは、母親はしばしば医者の下を訪れず、完全に一人で赤ちゃんを出産している。これは、母子双方にとって危険なことである。
Bei einer vertraulichen Geburt bleiben die Mütter anonym. Beim Frauenarzt und im Krankenhaus benutzen sie ein Pseudonym. Der echte Name kommt aber in einen Briefumschlag, den das Kind öffnen darf, wenn es 16 ist. Bei der Babyklappe hingegen gehen die Mütter oft gar nicht zum Arzt und bringen das Baby ganz alleine zur Welt - das ist für beide gefährlich.

ヴッパタールの赤ちゃんポストには、この2年以上の間、一人の赤ちゃんも預け入れられていない。これまでになかったことだ。だが、まだ、(赤ちゃんポストから)内密出産にトレンド(傾向)が変わった(Trendwende)と語るのは、時期尚早であろう。
In die Babyklappe in Wuppertal wurde seit über zwei Jahren kein Baby mehr gelegt. Das ist zwar so lange wie noch nie, aber noch zu früh, um von einer Trendwende zur vertraulichen Geburt zu sprechen.

引用元はこちら


コメント

ヴッパタールだけで、この3年に6回も「内密出産」が行われているんですね。

ヴッパタールの人口は、35万人。

千葉県市原市の人口が、29万人か。

35万人の市を調べると、和歌山市、奈良市、高槻市、川越市、いわき市…

わりと大規模な都市だと分かりますね。

なので、例えば和歌山市や奈良市や川越市では、3年に6回行われる予想となります。

また、ヴッパタールには、赤ちゃんポストもあるんですよね。

和歌山、奈良、川越、高槻、いわきあたりにも、普通に赤ちゃんポストがある状態…。

その上、内密出産もあり、もちろん匿名出産も更に可能で、

更に、もっと細かいエリアに、多数の「妊娠葛藤相談所」があり、、、

日本とドイツが、どれほど「妊婦の支援」という点で違うか、分かって頂けると幸いです。

***

確かに、日本は、水が美味しく、料理も美味しく、24時間コンビニがあって、街にゴミはなく、治安はよくて、トイレも綺麗で、「おもてなし」の心もあって、アニメも充実していて、…素敵なところはいっぱいあります。

が、「母子支援」という点で見ると、日本は、全然世界に誇れないんです。母子支援だけじゃない。教育(とりわけ高等教育!)もあまり誇れたもんじゃないし、子育て支援政策も、(後手後手で)誇れたもんじゃないし、養子縁組や社会的養護も、世界に誇れるものになっていません。労働環境も、ブラックだらけで、世界に自慢できる状態にはないし、自殺率も高い。

まずは、この国に住む人たちの顔が輝くことが先決。

この国に生きる全ての人が、「いい国だよね」って思えるためには、教育や福祉や医療や労働環境の改善が絶対に必要。

そのために、僕もやれる限りのことをやっていこう、と思いました。

 

 

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◆バーデンヴュルテンベルク州の赤ちゃんポストに計90人…◆+所感

2018-01-15 21:52:31 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

僕がかつて住んでいたバーデンヴュルテンベルク州。

バーデンヴュルテンベルク州では、2001年の初の赤ちゃんポスト創設以来、実に90人の赤ちゃんが赤ちゃんポストに預け入れられた、という記事が2018年になって書かれました。

その訳です。

翻訳の元の記事はこちら!!

2018年1月8日の記事です。


08.01.2018 12:07 144

赤ちゃんポスト:これまでに本当に多くの新生児が預け入れられた
BABYKLAPPE: SO VIELE SÄUGLINGE WURDEN BISLANG ABGEGEBEN

シュトゥットガルト-2001年の赤ちゃんポスト創設以来、バーデンヴュルテンベルク州では、およそ90人の新生児が赤ちゃんポストに預け入れられた。
Stuttgart - Seit Einführung der Babyklappen im Jahr 2001 sind dort in Baden-Württemberg rund 90 Säuglinge abgegeben worden.

これについて、シュトゥットガルトの厚生局スポークスマンは、2017年初頭の児童相談所職員からの新たな問い合わせを示しながら、こう述べた。こうした支援サービスは、カールスルーエ、シュトゥットガルト、プフォルツハイム、マンハイム、レーラッハ、ヴィリンゲン-シュヴェニンゲン、ジンゲン、フリードリッヒスハーフェンにある、と。
Das sagte ein Sprecher des Sozialministeriums in Stuttgart mit Verweis auf die jüngste Abfrage bei den Jugendämtern im Frühjahr 2017. Solche Hilfsangebote gebe es in Karlsruhe, Stuttgart, Pforzheim, Mannheim, Lörrach, Villingen-Schwenningen, Singen und Friedrichshafen.

これに対して、妊婦たちは、内密出産を使うことができる。2014年、この内密出産に相当する法律が施行された。21人の赤ちゃんが、2016年までの間に、この南西部[バーデンヴュルテンベルク]において、この方法で産まれた、とスポークスマンは言う。昨年[2017年]の数はまだ明らかになっていない。匿名出産は、女性たちに、医療的ケアのある出産を与え、一定の匿名性を保障している。
Zudem können Schwangere die Möglichkeit einer vertraulichen Geburt nutzen - 2014 trat dazu ein entsprechendes Gesetz in Kraft. 21 Babys seien bis 2016 im Südwesten auf diese Weise zur Welt gekommen, sagte der Ministeriumssprecher. Zahlen für das vergangene Jahr lägen noch nicht vor. Die vertrauliche Geburt ermöglicht Frauen eine medizinisch betreute Entbindung und garantiert ihnen eine gewisse Anonymität.

しかしながら、妊婦たちは、自分の個人情報をいわゆる出自証明書というかたちで申告しなければならない。この証明書は、家族・市民社会問題連邦省の鍵付きの保管庫に保存される。もし当事者の子どもが自分の出自を知りたいと思ったなら、16歳以降、それを閲覧することができる。
Die Schwangere gibt jedoch ihre Personaldaten in einem sogenannten Herkunftsnachweis an. Dieser wird beim Bundesamt für Familie und zivilgesellschaftliche Aufgaben verschlossen hinterlegt. Will ein betroffenes Kind seine Herkunft erfahren, kann es den Nachweis ab dem 16. Lebensjahr einsehen.

連邦家族省の報告によれば、ドイツ全土で249人の子どもたちが内密出産で生まれている。
Bundesweit wurden nach Angaben des Bundesfamilienministeriums 249 Kinder vertraulich geboren.


この記事を読む限り、新しい情報はほぼないですね。

バーデンヴュルテンベルク州では、これまでに90人の赤ちゃんが赤ちゃんポストに預け入れられた、という話は新しかったかな。

あとは、内密出産の説明に終わってます。

ただ、2018年1月の時点でも、赤ちゃんポストはバーデンヴュルテンベルク州の各地に存在していて、利用されている、ということが分かります。「内密出産法」が制定されたからといって、赤ちゃんポストが禁止されたり、閉鎖に追い込まれたり、というのはどうやらなさそうです。

赤ちゃんポスト設置者たちは、口をそろえていいます。「内密出産が法的に認めたられたからと言って、ただちに緊急下の妊婦がすべて内密出産に向かうわけではない。16年後に自分の名前が子どもに知らされるというのは、緊急状況の妊婦にはプレッシャーになる。だから、赤ちゃんポストは最終手段として残さなければならない。でなければ、児童遺棄は防げない」、と。

それに引き換え…

日本は、いったい何をやっているんだか…。(何もしていないのだが…)

毎年、毎月のように、捨てられた赤ちゃん、殺される赤ちゃん、虐待される赤ちゃんの報道が出ているというのに、「こうのとりのゆりかご」にこの10年で130人ほどの赤ちゃんが預けられているというのに、何もなんにも変わっていなければ、動いてもいなければ、動く政治家も官僚もいりゃしない。無関心か、「見ざる言わざる」か。

経済の話や(経済にかかわる)科学の話だったら、いくらでも口を開くのに、家庭の話や家族の話になると、「思考停止」状態に陥るのが、この国(戦後)の日本人の最大の特徴じゃないか、と僕は思う。頭の中は、「労働」と「金」のことだけ。戦後日本人は、そういう思考パターンで固められてきた。子育ての本は腐るほどあるけど、どれも「経済的・社会的に成功する子どもにどうやってするか」系ばかり。子育てさえ、労働と金稼ぎへと動機づけられている。学校教育も同じで、「労働」と「金稼ぎ」への志向性を一層強めている。

更に恐ろしいことに、家庭を語る時に、「愛国心」を持ち出す輩もぞくぞくと出てきた。愛国心と家族を生きることの関連性を訴える輩も出てきた。家父長制の復権か!?、という…。時代錯誤も甚だしい。しかし、現実的には、道徳教育の強化で、「家庭」と「愛国心」は同時に学ばれることになり、そこに「関連」を見いだしてしまう子どもも出てくることだろう。

他方、赤ちゃんの命を守る取り組みは、いっさい「蚊帳の外」。実践レベルでは、草の根的に広まりを見せている一方で、行政も政府も政治家たちも一切スルー。あるいは、草の根的な運動への批判に終始している。

妊婦を大事にしない、母子を大事にしない(母に子の責任をただただ押し付けるだけ)、子どもの尊厳を認めない(大事にしない)、子どもの愛のある環境を創造しない、そして、それらすべてを「自己責任」のもとで、冷酷に切り捨てる。

ドイツでも、この数年の「難民政策」で、混乱している様子は見受けられる。昨日も、ヴルツェンという小さな町で暴徒化した一部のドイツ人が難民施設を襲撃した、というニュースが流れた。

でも、その小さなニュースに負けないほどのたくさんのドイツ人が、難民支援を現在も行っており、僕も先月この目で、難民の子どもの支援の現場を目の当たりにしてきた。多くのドイツ人たちが、祖国を追われて異国で生きなければならなくなった難民の人々の生活を守るために、尽力している。

難民という存在への想像力の欠如は、そのまま、現代社会の中で漂流する孤立した妊婦への想像力への欠如につながる。

日本人は、世界の中で、日本の中で、自分の家や故郷を失い、漂流する人々の存在を無視し、「自己責任」の名の下で放置し、野放しにしてきた。想像力の欠如というのは、あまりにも恐ろし過ぎる…。

でも、誰かの助けがあれば、逃げ道があれば、人間は、何度でもやり直せる。人間は、誰も完璧ではないし、失敗もする。その時に、個人的な支援だけでなくて、制度的な支援が充実していれば、人間はいかなる時でも安心して暮らすことができる。

思えば、僕もかつて何度か「難民」みたいになった時に、たくさんの人に助けられ、支援され、絶望を回避することができて、今に至っている。助けがあれば、立ち直れるし、立ち上がれる。

この問題は、終わらせてはいけないな、と改めて思いました。

 

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あの炎上から3年…。それでも変わらぬ厚生労働省の虐待防止ポスター

2017-11-08 20:12:52 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

もう、覚えている人もいないかもしれませんが…

3年前のこの時期、このブログのある記事が「炎上」しました。

厚生労働省・内閣府の虐待防止のポスターに異議あり!!!!!

という記事でした。

(もう、炎上は二度と経験したくないな…(;;)…)

今年も、「児童虐待防止推進月間」ということもあり、ポスターが貼られています。

あちこちに…、

至るところに…。

書いてある内容は、実に3年前とほぼ一緒です…。

ビックリするくらいに、ほぼ全文が一緒です

この3年間、何も変わっていない…。

zoom upしてみましょう。

3年前のは、、、

今回、強調されているのは、

虐待かもと思ったらすぐにお電話ください

という言葉でした。

189(いちはやく)」が整備されて、より通報が簡単になりました。

そして、その下に、小さな文字で「相談窓口」の情報が無機質に並んでいます。

まず、これを見て、相談をしようという「親」はいないでしょうし、また、そういう期待も(制作者側)は考えていないのでしょう。あくまでも、「通報してね」という呼びかけ以外のなのものでもない。

本質は、3年前と何も変わっていないようです。

変わったのは、「母子健康包括支援センター」が新たに加わった程度でしょうか。

スマホ時代にあって、QRコードも出てない、という…。

これじゃ、「相談させる気なし」と捉えられても文句は言えません。

***

そもそも、「お電話ください」と呼びかけている相手が、親ではありません。

その近隣住民たちに呼びかけています。

地域的なつながりの薄い社会(都市部)において、「通報」は、誰にとっても嫌なものです。

虐待かどうかも分からないし、通報がばれないとも限らない。

それが「誤報」だったとしたら、その後どうなってしまうのか…

とはいえ、他人の家庭に土足で踏み込むわけにはいきません(何されるか分からない恐怖もあります)。

となれば、関係の薄い近隣住民の「通報」に頼りたくなる「行政側」の都合もよく分かります。

虐待する当の親が名乗り出ることはまずありませんし、相談にも来ません。

でも、「通報」という「取り締まり」の強化で、問題が解決するわけではありません。

189の設置で、虐待は抑止されるどころか、数値的には増えています。

(その中には、ひょっとしたら「誤報」による「不当保護」も含まれているかもしれません)

本気で「虐待防止」や「虐待予防」を考えるのであれば、「虐待する親」あるいは「虐待のおそれのある親」に届く掲示をもっと出すべきであろうし、そういう親たちが不安なく相談できる環境をつくることがまず求められるはずです。

それこそが、本来の「虐待防止」の目的ではないでしょうか。

児童相談所の「敷居の高さ」の改善は、今のところまだまだ十分とはいえません。

児童相談所の敷居が高ければ、支援を必要とする親たちはまずそこに現れることはないでしょう。

前回の「炎上記事」で、たくさんの人から「虐待する親を擁護するとは何事だ!?」というご指摘をいっぱいもらいました。もちろん、「虐待する親」が正しいことをしているとは思いません。

けれど、「してしまうこと」を、「やめろ」と言われて、「はい、そうですか」と簡単にやめられるものでもないんです。「やめろ」と言われてやめられるなら、「児童虐待」はすぐになくなるでしょう。もちろん「DV」だって、「家庭内暴力」だって、何だって…

我が子を殴る・蹴る・投げ飛ばす、我が子を言葉で罵倒する、我が子を「いない人間」としてネグレクトする、我が子のバイト代を全部巻き上げる、我が子を「異性」として見て性暴力を秘密裡に加える…

どれをとっても、人道主義(ヒューマニズム)的良心からすれば、とうてい受け入れられるものではありません。無力でか弱き幼子たちを全力で守るのが「大人の責任」なのであって、「いのちの危険」に晒す「大人」は、「親」以前に「人間としての責任」あるいは「生物(哺乳類)としての責任」を放棄しているとも言えるかもしれません。

けれど、「大人」とはいえ、すべての成人が成熟した大人になるわけではありません。大人になれば、それこそ多種多様。いろんな人がでてきます。それまでの成育歴も関係しているでしょうし、成長の過程において人格が歪むこともあるでしょう。殺人事件は毎日のように起きています。自ら死を選ぶほどに「絶望」している人もいます。堕落し、どん底に突き落とされる人もいれば、追い詰められた先で自暴自棄になり、無差別テロを起こす人もいます。その背後には、「貧困」の問題があったり、「歪んだ性癖」の問題があったり、「どす黒い過去の記憶」があったりします。

こうしたことを考えると、「行政機関」への「通報」で事が片付くわけはなくて、また、そういう人たちでも不安なく来られるような相談所づくりが行われているわけでもなく、また実際に支援にあたる人や窓口対応する人たちの「教育」が徹底されているわけでもありません。事実、相談所に電話をしても、そこでのやり取りは、極めて「お役所仕事的」で「事務的」で「行政対応そのまんま」であります。(先日もとある件で相談所に電話をしましたが、まさにそんな感じでした)。

「虐待当事者」に届くメッセージをどうやって伝えるか。

「虐待当事者」が安心して受けられる支援とは何か。

「虐待当事者」の最善の利益にかなう支援とはどのようなもので、誰がそれを担うのか。

虐待する人は、ある意味、「殺人者の一歩手前」にいます。いつ、我が子を殺してしまうかも分かりません。全部、紙一重です。とはいえ、そのことを「自覚」している人は、それほど多くないように思います。

実際に殺さなかったとしても、子どもの「魂の殺人」の行為に等しいんですよ、と。


この3年、ポスター問題については色々と考えてきました。やはり、まずは「当事者」に呼びかけるポスターこそが大事なんだろう、と思います。この上のポスターは、今、全国的に掲示されていると思います。それと同規模のエリアで、「当事者」への呼びかけを行えば、どれほどのメッセージになるでしょうか。

それと同時に、多様な相談機関の創設がやはり強く求められていると思います。児童相談所では敷居が高すぎるんです。もっと敷居の低い相談所を、と。虐待に限らず、「出産」「子育て」には、人には相談できない事柄がいっぱいあります。そういう事柄は、「行政支援サービス」にはどうしてもなじまないものです。

だから、敷居の低い民間の相談機関の充実がまずもって求められるんです。

それに、最も深刻なのは、「通報」を受けた児童相談所は、決められた制度内の手続きによって、「粛々」と措置を行います。通報された側は、今そこで何が起こっているのかを知ることもほぼできません。「虐待かどうか」の境界線は曖昧さもあって、なかなか綺麗に線引きもできません。でも、それでも、「行政手続き」として、粛々と展開していきます。もしかしたら、(ギリギリ)虐待していないにも関わらず、「虐待」と認定されて、そのまま子どもが「児童養護施設」に措置、ということもあり得るかもしれません。事実、その問題を指摘する声は、かなり上がっています。

児童相談所に子供を連れ去られた母親の心の叫びを聞いてください!

でも、「行政手続き」というのは、そういうものなんです。定められた規定に従って粛々と行うんです。それしかできないんです。だから、児童相談所をただ批判するだけでも不十分なんです。

虐待する親(と子)と児童相談所の「あいだ」を仲介する支援サービスが必要なんです。僕は、それを「中間支援」と言っていますが、個々の親子(あるいは妊婦)と行政サービスの間に立って、親子の側に立ちながら、行政と向き合う人の存在が欠かせないんです。ドイツの支援の本質もここにありました。

通報する方としても、いきなり「児童相談所」だときつすぎるんです。もちろんその(児童相談所の)内情が分からなくて、通報してしまうケースもあるでしょう。けれど、ある程度、社会経験を積んだ人であれば、児童相談所がどんな行政機関なのか、なんとなく分かると思います。

とすれば、やはり、「通報はちょっと…」とためらうんじゃないでしょうか。

まだまだ、考えなければいけないことがいっぱいありますが、今日はこの辺で…。

児童虐待問題は、決して「表」には出てきません。

でも、実際に「親の暴力」や「ネグレクト」に苦しむ子どもは本当に多いです。

子ども期だけじゃなくて、その後も苦しみ続けている「大人」もたくさんいます。

このポスター問題から、もっともっと多くの人がこの問題に関心をもってほしいなぁ、と切に願います。

…まずは、文章をもっと考えてほしいものです。(3年前と変わっていないんだもの…)

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赤ちゃんポストに子を預けた母親に呼びかけるメディア-スイス篇-

2017-10-06 13:10:52 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

2017年9月21日のスイスのネット記事です。

引用元はこちら

バーゼルの「ベセスダ病院」(2015年11月26日設置)で、初めての赤ちゃんの預け入れがあったみたいです。

2周年を待たずに、一人目の赤ちゃんが預け入れられた、とのことです。

さすがはスイス、といいますか、さすがはSHMKといいますか。

メディアを通して、お母さんへの呼びかけを行っています。

最後に、「KESB」(スイスの児童相談所)の連絡先が記されています。

電話番号とメールアドレス。

メディアは、赤ちゃんポストの是非を議論するだけじゃなくて、こうやって呼びかけることもできるんです。

日本のメディアは、ゆりかごの是非を問うものばかり…(;;)

ベルギーのメディアも、「赤ちゃんポストは最良の解決策ではないかもしれないが、やぶの中やゴミバケツよりはまだましである(Die Babyklappe sei keine Patentlösung, aber  immer noch besser als ein Gebüsch oder ein Mülleimer)」と書いている。(引用元はこちら

***

今、日本は、色んな問題が山積する中、「理由なき解散」(!?)によって、連日、メディアでは選挙の話で大盛り上がり。

もちろん「選挙」となれば、メディアも「出番だ!」ってことで、色々と情報を集めて、報じなければなりません。

そこは、日本も海外も同じこと。

でも、赤ちゃんポスト(日本では「こうのとりのゆりかご」)を扱う時には、海外と日本とでは全然書き方が違う、というか、向いている方向が違うというか、そういう気がしてなりません。

よくも悪くも、「立場が見えない」という気がします。(もちろん、意見は個々にあると思いますが…)

時おり、「立場」が見えるかな、という時には、だいたい「批判的」になります。

「民主主義」の大事さを政治的に説くことは、メディアも大好きだと思いますが、民主主義的なメディアって、どれだけあるんでしょうかね!? メディアもメディアで、政治家たちのように「上から目線」になってないでしょうか!?

欧州のメディアを色々見ていると、メディアの立場自体が、非常に「民主的」な感じがします。やんわり言えば、「庶民の立場に立って、あるいは弱き人の立場に立って」、そこから何かを発信しています。

そうなれば、社会の片隅に追いやられた母親と赤ちゃんを救う取り組みを、簡単には「否定」できないはずなんです。色々と、法的にも、倫理的にも難しい問題が孕んでいることは、百も承知のこと。それを知ったうえで、「やぶ」や「ゴミバケツ」に赤ちゃんが捨てられないように、と頑張っているんです。

「国民の命と安全を守る」ことが政治的使命であるならば、その最初の第一歩である「妊娠・出産」の時期の母子を守ることは、最も重要な政治的使命なはずです。

どの政党でもいい、どの政治家でもいい。どのメディアでもいい。

もっと、タブーに触れて社会の片隅で身を潜めている人たちを大事にして社会をつくっていける人が増えてくれたらいいなぁ、と思います。認知されている「社会的弱者」の背後に、まだまだ認知もされていない「隠れた社会的弱者」の存在もあるわけです。それは、緊急下の母子に限りません。

メディアは、誰の立場に立ち、誰のために動くべきなのでしょう。

日本と欧州のこの「語り方」の違いに、メディアの成熟度が示されているように思えてなりません。

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なぜ、名所「東尋坊」の片隅に「電話ボックス」があるのか?

2017-10-02 20:57:45 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

福井の旅の途中、

東尋坊

に行ってきました。

東尋坊は、「波の浸食によって荒々しくカットされた断崖絶壁が続く奇勝地」。

くわしくはこちら

国の天然記念物に指定されています。

「これだけ大規模なデイサイト(近年の調査研究により)の柱状節理は世界的に珍しく、朝鮮半島の金剛山・スカンジナビアのノルウェー西海岸と並ぶ、地質学的に大変貴重な場所」、と考えられています。

引用元はこちら

たしかに、自然の芸術美、みたいなものを感じます。

人間には作れない崇高な感じがしました。

東尋坊の全体像は、こんな感じ。

僕は、この東尋坊から、雄島まで、約1時間ほど、歩きました。

この道沿いは、美しくて、綺麗ですが、、、

その一方で、自殺をする人も多いんだとか。。。

地政学的な解説も充実していました。

こういう自然科学的な話って、純粋に楽しいなぁって思います。

社会科学や人文科学と違う「すっきり感」があります。

「へー、そうなっているんだー!?」って。

でも、僕が、東尋坊で見たいと思っているのは、ここじゃないんです。

これです。

「救いの電話」。

ここ、東尋坊付近では、自殺者が多いと言われています。

実に、年間24人ほども。

くわしくはこちら

東尋坊は、日本国内でも、有名な「自殺の名所」になってしまっているんです。

東尋坊の中心的な場所には、観光客がいっぱい集まっています。

最初は、ここで自殺をするのか!?と思ったのですが、どうやら違うようでした。

いわゆる「観光名所東尋坊」からは少し離れたところで、起こっているようでした。

少し離れただけで、静かで寂しいところにがらりと変わります。

そんな静かなところに、ありました。

いのちの電話ボックス。

この電話ボックスが見たくて、ここに訪れました。

いわゆる「赤ちゃんポスト」(赤ちゃんボックス)の研究をしている僕には、

何か、通じるものがあるんじゃないか、と思い、、、

人目のつかないところ、というとあれですけど、、、

人目の少ないところに、設置されていました。

普通なら、「なんでこんなところに、電話ボックスが!?」ってなると思います。

死のうと思っている人にとっては、ここが最後の「つながり」のチャンス。

この先には、「断崖絶壁」しかないんです。

ここで、電話をかけるかどうか。

ここで、誰かとつながれるかどうか。

この電話ボックスの前で、死にゆく人は何を思うんだろう。。。

こんな記事も掲げられていました。

月光仮面さんという方が、電話の向こう側にいるみたいです。

聖書も置いてありました。

やっぱり、最終的には「宗教」が人の支えになるんですよね。

「赤ちゃんポスト」自体は非宗教的ですが、その全体を支えているのは、キリスト教でした。

ここでも、新約聖書ですし、キリスト教がベースになっていることが分かります。

そうなんだよな、、、

結局は、「行政」じゃなくて、「宗教」なんだよな、、、

「教育」も、もともとは、「宗教的」なものだったし、、、(ちょっと複雑だけど、、、)

その隣には、「パワーフォーリビング」なる本が置いてありました。

目次はこんな感じでした。

これで、救われる人もいるのかもしれない。。。

(ただ、もう少し、いい本があるんじゃないかな、ともちらっと思ったり、、、)

こんなものもありました。

「架けて下さい」。。。

ここは、死にゆく人にとっては、最後の地点になるのかな。

この先は、断崖絶壁。。。

A precipitous cliff.

崖がむき出しになっているので、飛び込もうと思えば、どこからでも飛び降りられそうです。

でも、想像していたよりも、崖自体は高くなくて、普通に、飛び込みジャンプして泳いでしまいそう。

あくまでも、印象ですが、、、

でも、さらに奥にすすむと、こんな感じになります。

10分も歩けば、誰もいない静かで孤独な世界に入り込みます。

本当に、誰もいません。

静かです。

「思い出せ 家族の顔や 友の顔」…

思い出せる家族がいる人もいれば、

思い出したくない家族しかいない人もいれば、、、

複雑な気持ちになりました。

死んだ人はもう何も語りません。

想像しかできないんですよね。

死に場所を探している人は、このボードを見て、何を思うんだろう…。

まったく分からない、、、

「死にたいと思った人」の話は聞ける。

でも、「死んだ人」には話は聞けない。

そして、1時間ほど歩くと、こんな赤い橋の前に到着します。

雄島まで、直線でつながっています。

この島もまた、何とも言えない寂しさを感じますね。。。

神の棲む島、らしいです。

どこか、神秘的な何かを感じるような島でした。

この先に、階段があります。

森に覆われて、先は真っ暗です。

少し怖いですね。

この先には、何があるんだろう、、、

というような感じでした。

 

旅先で、「いのち」について考える。

こういうのも、大事だなって思いました。

僕の原点は、<生の哲学>です。

生の反対に、死があるわけじゃないんです。

生の中に死があり、死の中に生があるんです。

生と死から目をそむけずに、これからも生きていきたいなぁって思いました。

お金でも、名誉でも、地位でも、社会的承認でもない。

生きることそれ自体が、生きる目的なんだよな、って。。。

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【こうのとりのゆりかご検証会議報告書】について

2017-09-26 20:19:41 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

こうのとりのゆりかご
検証会議報告書について

①「ゆりかごへの批判」ではなく「ゆりかごからの批判」を

 検証会議では、ゆりかごの「問題性」が厳しく詳細に指摘されてきた。10年の節目を迎えた今も、そのトーンは何も変わらない。報告書には、厳しい(共感性を欠いた)言葉が並ぶ。今、必要なのは、「ゆりかごへの批判」ではなく、「ゆりかごからの批判」であり、「ゆりかごから見えてくる問題性」であるはずだ。この10年で、行き場のない妊婦の存在が全国的に露わになった以上、ゆりかごの問題点を指摘するだけでなく、ゆりかごから提起された問題をわたしたちの社会の問題として考えるべきである。検証委員会は変わらないかもしれないが、社会全体は今、大きく変わろうとしている。その変化に対応できていないのではないか。

 ゆりかごに障害をもった赤ちゃんが預けられた件は、ゆりかごの問題ではなく、障害をもって産まれてきた赤ちゃんのお母さんへのケアが行き届いていない、ということの表れではないか。障害をもった子を産んだお母さんは「頭が真っ白になった」と言う。その部分の支援の欠如を指摘すべき。事実、障害児の預け入れのケースにおいては、医療機関での出産となっている。これは、ゆりかごの問題ではないはずだ。

②中絶が22週未満まで可能なのに、どうしてゆりかごにこれほど多くの赤ちゃんを預けるのかの謎

 そもそも、ドイツでは11週までしか中絶はできず、またその中絶を行うためには、「妊娠葛藤相談」を行い、「証明書」をもらわなければならない。ドイツの妊婦は、簡単には中絶できないし、しかもその期間も日本の半分である。そのハードルは高い。他方、日本では、21週6日まで可能で、予期せぬ妊娠に苦しむ妊婦にとっての「最大の最終手段」が用意されている(これ自体も問題だが…)。にもかかわらず、ゆりかごに10年で140人近い赤ちゃんが預け入れられており、また地方各地で児童遺棄・児童殺害が相次いでいるのは、どういうことか。ドイツでは、中絶への高いハードルがあり、また妊娠葛藤相談所が1500近くあり、匿名出産も内密出産もできながらも、未だに93の赤ちゃんポストを残している。その意味を考えなければならない。(中絶へのハードルの低さは、中絶が当たり前になっている日本では、なかなか自覚しにくい) もし、中絶へのハードルが高くなったら、この国では、いったいどれほどの遺棄・殺害が起こるだろうか。

③自宅(孤立)出産への指摘のズレ

 毎年、検証会議を開いているにもかかわらず、今になって「自宅出産」を問題にすることにも疑問が残る。古くから、「未受診妊婦」の問題は指摘されてきたはずだ。ゆりかごが設置された当初から、「自宅出産」も十分に想定されたはずだ。であるならば、自宅出産のリスクを減らすためにも、「匿名出産」「内密出産」の提言こそもっとすべきではなかったか。ドイツでは、「妊娠葛藤相談」、「匿名出産」「内密出産」「赤ちゃんポスト」のすべてを用意している。赤ちゃんポストは、あくまでもそれ以外の支援サービスに手が届かなかった妊婦への「最終手段」であり、頻繁に使われることをねらっていない。問題なのは、ゆりかご以前の支援体制が整備されていないことであって、そこをもっと明確に指摘すべきだろう。にもかかわらず、「ゆりかごの存在が危険な自宅出産を招いている可能性」を指摘するに留まっている。

 また、今回の検証会議では、自宅出産を「虐待」と明記している。虐待という言葉を使う以上、自宅出産をする女性は、「虐待加害者」と認識されている。ゆりかごが設立されて10年が過ぎたにも関わらず、検証会議では今なお「加害者」として母親を見ていることがうかがえる。検証会議にとっては、ゆりかごもゆりかごを必要とする女性も「批判の対象」なのであろうか。しかし、実際には、ゆりかごを必要とする母親は、緊急の支援を必要とする「要支援者」である。そのことが検証会議で共通に理解されていないことがここからうかがえる。問題点①は、ゆりかごが未だに一カ所しかないこと、問題点②は、ゆりかご以外の選択肢が何もないこと。問題点③は、ゆりかごを必要とする女性の「恥辱」「恥」「隠したいという気持ち」を考慮しない制度・法のままであること。こうしたことはすべて、ゆりかごから見えてきたことではなかったか。

④検証会議は、ゆりかごへの批判に留まり、何も外に提言していない

 現在、「妊娠葛藤相談」「匿名相談」への関心が全国的に広まっており、多くの実践者たちが動き始めている。慈恵病院や全妊ネットをはじめとして、多くの民間団体(中間支援団体)が、ゆりかごに触発されながら、動き始めている。検証会議は、ゆりかごに関する情報を大量に蓄積しているにもかかわらず、ゆりかごに代わる、あるいはゆりかごの抱える問題を克服し得る提案をしていない。慈恵病院での取り組みから学んだこと、学び得ることを、なぜまとめて国会や議会や委員会に提言しないのか。

⑤検証会議は、行政対応に関する批判をせずに、評価しているのは変

 最も驚くのは、検証会議は、ゆりかごに厳しい評価を投げかけつつも、行政に対してはかなりぬるい評価を下している。こんな下りがある。「ゆりかごは民間病院の取り組みではあるが、預け入れられた後の対応は病院の手を離れ、児童福祉法等に基づき、公的機関が関与した上で、子どもにとっての最善の方策が図られるよう努力されている」、とあるのである。本来、行政的な支援の限界を示したのが「ゆりかご」だったはずなのに、検証会議では、公的機関を「努力されている」と評価してしまっているのである。しかも、あたかも悪者「ゆりかご」の手を離れ、善人「行政」がしっかりやっている、というようなニュアンスさえ感じられる。検証会議自体、中立性を欠いているのではないか。

⑥検証会議は、世界で展開されるベビーボックス運動を認知しておらず、ゆりかごしか見えてない。視野の狭い偏りのある会議となっている。(別紙参照)

 検証会議の報告書で念頭に置かれているのは、日本の「ゆりかご」と熊本の「Babyklappe」の二つだけである。しかし、世界ではもはや止めようのないくらいにベビーボックスが広まっている。

 スイスの赤ちゃんポスト「Babyfenster」の設置すべてにかかわっているSHMKのミュグラー氏は、日本の状況について疑問を投げかけている。「生きることのできる胎児の命をなくす中絶が合法で、赤ちゃんの命を保護する赤ちゃんポストが非合法というのは、おかしい」、と。

⑦検証会議の報告書そのものに、「お役所らしさ」が見事に示されている。

 ドイツの匿名支援・匿名出産・赤ちゃんポストは、従来の支援の「お役所仕事」的なあり方に対して、異議を唱えるかたちで、登場してきた。多くの人が、「行政支援」の問題点を指摘してきた。検証会議の報告書をみると、まさにそういう「上から目線」で、「一方的」に、一病院の命を守る取り組みを「評価」している。こういう態度・あり方こそ、ドイツの実践者たちが最も批判した点だった。マスコミもマスコミで、この一方的な報告書が出されたことをそのまま報じているが、そういうことを繰り返すことで、「なんとなくゆりかごって感じ悪いよね」という雰囲気が作られていく。

 ゆりかごを批判することは、それほど難しいことではない。そもそも、スタート地点で「グレーゾーン」だったし、最初の最初から「問題点だらけ」だった。匿名性に対しても、いくらでも<近代的枠組み>の中で批判できる。検証会議の報告書は、いつもその「範囲内」の批判に終始した。すでに分かっていることだけを批判した。でも、ゆりかごの原点は、熊本で実際に起こった遺棄事件にある。生まれたばかりの赤ちゃんが遺棄されたことに胸を痛めた医師が、ドイツのBabyklappeを学び、それを実行した。児童遺棄は、最も悲しい行為である。最も無力な赤ちゃんのいのちをどうしたら守れるのか。その赤ちゃんのお母さんが、行政的な態度を恐れる人だったとしたら?! 役所も相談所も専門家も、みんな怖い存在だとしたら? ゆりかごのある慈恵病院は、あたたかくて、優しくて、静かで、心を弱めた人にとってはとても近づきやすい場所になっている。

 一番、反省しなければならないのは、ゆりかごではなく、それを行政的に一方的に上から目線で評価し続けてきた自分たち自身ではなかったか。批判の矛先が、自分より弱い立場の人であったとしたら、それこそが、真の暴力なのだ。


思ったところを述べさせてもらいました。

あえて、「検証会議」に対して「批判的」に書いてみました。

ただ、あくまでも「ゆりかご」の検証をする会議ですからね。

仕方ないかなぁ、と思う部分もあるんですけどね、、、

でも、ゆりかごが一方的に批判されるのは耐えがたいものがありましたので…

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あっという間に二週間が過ぎて-ドイツ滞在記ー

2017-08-27 07:17:23 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

あっという間に、二週間が過ぎてしまいました。

最初はスイス。

そして、ドイツへ。

この二週間、本当に本当に濃い二週間でした。

そして、本当に本当にハードでした(;;)

一日もホテルにこもれる日がなくて、、、

(なので、このブログも中盤から後半にかけて、ラーメン以外の記事は全く書けませんでした…)

でも、その分、たくさんの人と「対話」して、そして、今後の「課題」をいっぱい見つけました。

帰国したら、今回の調査の成果を色んな所で発表したいと思います。

一つ言えることは、「赤ちゃんポスト」は絶対にもっと必要だ、ということ。

シュテルニパルクのゲーテ通り幼稚園の園長先生が言っていました。

「日本では、21週まで中絶することが合法で、赤ちゃんの命を救う赤ちゃんポストは合法じゃない!? それって、おかしくない?」、と。

ドイツでは、12週までしか中絶ができません。もちろん、中絶するためには、妊娠葛藤相談所の「許可書」が必要で、それを得るのも決して簡単ではありません。あと、もっと驚いたのは、「出生前診断」の「陽性反応」による中絶は「非合法」だということです。日本では、「障害」ゆえの「中絶」が容認?されていますが、ドイツでは絶対に許されない、と。当然だ…。と、思うけど、日本では、出生前診断による「堕胎」が、無批判で行われているんです。どうなってんだ、日本は…(と思ったり…)

命に対して、どこまでも「鈍感」になっているのかもしれない…

ライラも行ってました。「日本にも、もっと勇敢な人が出て来てほしい」、と。

そこなんだよ、、、

「日本に欠けているもの」が今回、はっきりと見えてきた気がしました。


 

さて、、、

2017年夏の訪欧の旅の後半戦は、怒涛の訪問巡り。。。

まずは、リューベックの「アガペーの家」に行きました。

リューベックといえば、これ。

まさか、僕の人生で、ここまでリューベックが近い存在になるとは、、、

思ってもみませんでした。

今回の訪問の目的の一つが、来年のシンポジウムの「交渉」でした。

ガルベさんから、「OK」のサインが出ました(;;)

来年、遂にガルベさん、来日です。

(ただ、色々と大変なので、最後までどうなるか分かりませんが…)

「日本のBabyklappeは、是非とも見たいわ」、と言っていました。

アガペーの家のガルベさんたちとパシャっと。

今回は、ドイツのデュッセルドルフで働いている元教え子のSさんも一緒に♪

今回のこの訪問については、きっと遠くない将来、何らかの形で公表されるでしょう(!?)。

2017年の夏、今も第二の赤ちゃんポストは健在でした。

また、ここで生活している母子にも、お話を聞くことができました。

もっともっと、母子支援施設は増えるべきだ、と改めて思いました。

僕もいつか、絶対に緊急下の妊婦や母子のための施設を作るぞ、と心に決めました。

「内密出産」についても、色々とお話を聞くことができました。


翌日はベルリンへ。

ベルリンの「デボラの家」を訪問しました。

色々あって、写真はありません…(・_・;)

シスターモニカさんとは、一年ぶりの再会です。

今回は、「今、モニカさんが支援している母子」について話をじっくり聞いてきました。

一番びっくりしたのは、8人の子どもを遺棄?(殺害)した母親のその後のことでした。

日本でもし母親が8人の子どもを殺したら、おそらくは「死刑」でしょう。

でも、こっちは違うんです…。

その辺の話もまた、いつかどこかで、、、

ベルリンと言えば、ここかな、と。

少しだけ、ベルリンっぽいところを散策しました。

ここは、2014年…かな。

学生たちと一緒にきました。

懐かしいなぁ、、、

ここは、ユダヤ人の「魂」が眠るところ。

ドイツ人たちは、過去と向き合うことから決して逃げません。

自分たちの過ちを繰り返さないためのあらゆる策が練られています。

過去から目を背けてばかりの日本とは大違いかな、と。

もう、日本はこの点に関しては、「手遅れ」かもしれないな。

「歴史修正主義」が国家レベルにまで及んでいるから…。

初めて、「テロのトポグラフィー」に行ってきました。

ヴィジュアル的に、僕らに「過去」を教えてくれます。

ここは是非、行くべき場所だな、、、

「抵抗する人」や「同性愛者」らの「迫害」の様子がいっぱい展示されています。

もちろん「ユダヤ人」たちの「見せしめ」もいっぱい展示されています。

ショックだったのは、抵抗する人たちの「首つり」による最後の抵抗の写真。

これは、さすがにブログでupできないので、、、

戦争が始まれば、もう、死をもって抵抗するしかないんですね。

日本では、ネットなどで、いわば「公開見せしめ」みたいなことが跋扈しているような…

僕らがいったい何をやっているのか、少し、みんな反省的に考えた方がいいかも。

一度、戦争が始まれば、そこはもう地獄、修羅でしかない。

殺人、レイプ、処刑、強制収容…

いつの時代も、戦争において、人間は同じことをただただ繰り返すんです。


その翌日は、ハンブルクのシュテルニパルクへ。

ここでも、色々と動きがありました。

今回は、たくさんのシュテルニパルクの関係者と会いました。

ゲーテ通り幼稚園の園長先生といっぱい語れたのは、よかった。

同じ世代の男性で、とても丁寧に説明してくれました。

現在の「初の赤ちゃんポスト」の様子です。

ちなみに、この赤ちゃんポストのある「ゲーテ通り幼稚園」は現在改修工事中。

11月くらいまでに「リフォーム」するみたいです。

今は、一時的に別の幼稚園に子どもたちは通っているみたいで、、、

11月には、みんな戻ってくるみたいです。

それでも、ちゃんと赤ちゃんポストは機能しています。

ほぼ毎日、ちゃんと作動しているか、チェックしているんですって。

徹底しているなぁ、と。。。

幼稚園の入口はこんな感じで、、、(・_・;)

カオスですね、、、

でも、きっと素敵な幼稚園に生まれかわるんだろうな、とも、、、

ドアの位置とかも変えていました。

園内は完全に工事中ですが、それでも、赤ちゃんポストは赤ちゃんを待ち続けています。

園長先生と赤ちゃんポスト。

今年はまだ一人も赤ちゃんは預け入れられていないんだとか、、、

あと、、、

この17年、ハンブルクでは赤ちゃんの遺棄事件は起こっていない、と言っていました。

ドイツ第二の都市で、遺棄事件ゼロが続いているんです。

赤ちゃんポストや匿名出産は、確実に遺棄事件を防いでいる、と言えそうです。

なお、シュテルニパルクとしては、「内密出産はNO!(NEIN!)」でした。

その理由は、また後ほど、、、


で、その翌日は、急遽、フレンスブルクへ。

シュテルニパルクが今一番力を入れている「難民児童支援施設」へ。

まさか、この支援施設に来られるとは思ってもみなかった。

ここは、18歳までの子どもたちが過ごす施設。

施設といっても、全部「個室」で、食事も何もかも自分でやらなければならない。

完璧に自立支援のための小規模施設でした。

合計、三か所の「難民児童支援施設」を見せてもらいました。

モイズィッヒ夫妻に、心から感謝!!

数年ぶりに、ザトルプにやってきました。

このザトルプのシュテルニパルクには、母子支援施設が隣接されていたのですが…

なんと、ここも「難民児童支援施設」になっていました。

ここで、たくさんの若者たちと語り合いました。

「僕の夢は、ドイツで、コックになること」

「私の夢は、ドイツで、とりあえず仕事を見つけて、働くこと」

「僕は、まだ先が見えないから、とりあえず勉強する」

「私は、今、マックで職能実習をしている。いつかレストランをやりたい」

色んな国から来ていました。

やっぱりシリアとアフガニスタンが多かったような気がしました。

アフガニスタン人の若者たちは、「僕らはアジア人だよ」って言ってました。

日本人は、アフガニスタンのことをどこまで本気で心配しているのかな!?

なんで、同じアジアの日本じゃなくて、はるか遠いドイツに来ているのかな!?

「ドイツは、世界の中でも豊かな国の一つ。難民の受け入れもしっかりやっていく」…

そう、支援員の人が言っていました。

そんな、難民児童支援施設に、赤ちゃんポストはあるんです。

ここの赤ちゃんポストには、ライラ曰く、「一人も預け入れられていない」、と。

でも、ライラの母、ハイディーによれば、「一人、預けられた」、とのこと。

ただ、ちょっと普通の赤ちゃんポストの利用とは違うみたいでした。

ハイディーは言いました。

「突然、私たちの緊急ホットラインに電話がかかってきたんです。電話にでると、緊急下の母親からでした。今から、ザトルプの赤ちゃんポストに赤ちゃんを預けに行く、と。で、うちのスタッフが待ち構えていて、母子が現われると、隣のドアから出たんです。そして、とりあえず中に入って、と。そして、その母親とじっくり話をしました。自宅出産だったので、提携している医師にすぐに来てもらって、診断してもらいました。最初は匿名での相談でしたが、徐々に話していくうちに、自分の連絡先を打ち明けてくれました。その子は、今、母親と一緒に暮らしています。…」

そういうこともあるのか、、、と。

ザトルプの赤ちゃんポストの内部です。

ここは、一応、診療室になっていて、施設の子どもたちがけがをしたりすると、ここに来るそうです。

ハイディーは、とってもパワフルな人で、なんか、全部分かった気がしました。

赤ちゃんポストのアイデアを出したのも、実はハイディー。

一日一緒にいて、この人が類まれな「アイデアウーマン」だということが分かりました。

とんでもなくパワフルで、愛情いっぱいで、賢い方でした。

ベッドもとてもかわいくて、こんなベッドで寝たいなぁ、と思いました。

あと、、、

ハイディーに教えてもらったんですけど、「Babyklappe」って、実は「Bild」(新聞社)が付けたものなんですって。モイズィッヒ夫妻は、「赤ちゃんのベッド」と名付けていたみたいです。

なんか、日本と一緒だ、、、

日本でも、慈恵病院は「こうのとりのゆりかご」と名付けたけれど、マスコミが「赤ちゃんポスト」という言葉を使ったせいで、この言葉が定着してしまいました。(僕のその責任の一端を担っているんだけど、、、)

でも、ドイツでも、もう「Babyklappe」で統一されているし、それはそれで仕方ないことなのかな…とも。

最後の日のお昼すぎ、、、

モイズッヒ夫妻とその娘さんと支援員の女性二人と、会食をしました。

遂に、ハイディーとユルゲン・モイズッヒ師匠と会食できました(;;)

音楽の話になって、僕が「BETONTODというバンドが好き!」と主張したら、なんとモイズッヒ師匠、スマホでYouTube検索をかけて、BETONTODの曲を大音量で流し始めました。「なかなかいいじゃないか…」と言ってくれました(苦笑)

もちろん、日本の人たちへのメッセージも頂きました。

こちらも、いずれどこかで、、、


最後の夜、フレンスブルクからハンブルクに戻ったのは、夜の9時過ぎ。

ほぼ一日、フレンスブルク・ザトルプのシュテルニパルクで過ごしました。

本当に過酷な状況にある難民の青年たちといっぱいお話できました。

みんな、たくましく生きていました。

日本の国内にいると、「難民児童」ってほとんど見えてこないけど、、、

でも、世界中のあちこちに、行き場をなくした若者たちがいっぱいいるんです。

日本では、まだまだ、「難民の受け入れ」はとても難しい状況にあります。

けれども、、、

祖国から逃げ出して、命がけで亡命した子どもや若者たちを、僕らも支援できるんじゃないか?、と。

(もちろん、そんなことをしたら、日本だと消されそうですけど…)

現在、一番厳しい状況下にあるシリアやイラクの子どもたちはドイツにたどり着けません。

他の国々が、規制をかけて、国境を封鎖しているんです。

他方、アフリカからの難民児童・青年たちはスペイン~フランス経由でどんどんやってきているとか。

あと、9時間くらいで、ドイツを離れます。

最後の夜…

この2週間、ホント、内容が濃すぎて、消化しきれていない自分がいます。

でも、一つだけ言えること。

やっぱり、ドイツやスイスから学ぶことはとてつもなく多かった、

ということ。

ここにはupしないけど、14年前に赤ちゃんポストに預けられた子と対面しました。

14歳になっていました。

ただ、その状況はまた想像を絶するものでした。

(とはいえ、ぐれてるとか、荒れてるとかじゃなくて…)


まだ、日本に帰りたくない、、、(;;)

もっとこっちにいたい。

けど、帰国しなきゃいけない。。。

帰国したら、帰宅せずに、某所に向かいます。

朝に帰国したら、そのまま仕事、という過酷なスケジュール、、、

この2週間で、頭も心も体も満身創痍。。。

けど、帰国後も、休みなくずっと働きます、、、

大丈夫かなあ、、、

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スイス二日目◆オルテン州立病院の赤ちゃんポストへ

2017-08-17 16:02:38 | 赤ちゃんポストと緊急下の女性

日本からスイスのチューリッヒにやってきました。

一日目は、空港内で僕の研究パートナーのヴォルペルト氏と少し会いました。

日本に住む僕とハンブルクに住む彼女がなぜかスイスのチューリッヒ空港で会う、という…

世界は狭いね、と。。。

スイスに着いたのが5時頃で、一日目はラーメンを食べて、すぐに寝ました。

大変だったのは、真夜中。突然、足がつってしまい、絶叫したくなるほどの痛さでした。

ホテルの環境に体が慣れなかったみたいで…。

で、…

二日目です。

二日目は、チューリッヒから特急で30分(普通列車で1時間)のところにある「Olten(オルテン)」へ。

地球の歩き方にも出てこない人口5万人の中都市です。

チューリッヒとベルンとバーゼルを結ぶ中継地点。

そこに向かいます。

チューリッヒ中央駅です。

世界中から人々が集まるスイスの大都市です。

この駅はそれこそ、20年前に僕がドイツに留学していた時から時折来ている駅で、愛着があります。

2012年には、学生たちを連れてやってきたりもしました。

そして、、、、喫煙所がいっぱい(苦笑)

駅の構内でも、至るところに、タバコが吸えるコーナーがあります。

日本のタバコ規制は世界でも遅れているというニュースが流れてますけど、、、

チューリッヒでは、町中はもちろん、駅の構内(ただし地下とかはNG)でもたくさん吸えます。

駅構内は全面禁煙の日本とは、全然違うなぁ、と。

まぁ、日本は、色んな秘められたプロパガンダに溢れてるってことだろうな。

(ただし、タバコ代は鬼のように高い…)

駅中に「のみの市」ができていました。

これが、面白かった。日本でいう屋台村、みたいな。

隣国各地のフードコートがあって、イタリアフードの屋台とか、ハンガリー料理の屋台とか…

僕は、ここで、スイスの「チーズ入りパン」(チーズバーガー)を買いました。

物価が高いので、チーズ入りパンで500円でした、、、

電車の中で食べました。

そして、、、

30分で、オルテン駅に到着!

こちらが、オルテン駅です。

ここから、赤ちゃんポストのある「オルテン州立病院」を目指します。

歩いて、10分くらいのところにあります。

駅の構内に、こんな展示?宣伝?がありました。

どうやら、こっちのおもちゃ屋さんの展示らしいです(ここでは売ってませんでした)。

ジャパンカルチャー満載!です。

が、多分、こっちの人は、これらが日本の文化だとは思ってないんでしょうね。

普通に当たり前にあるもの、というか、、、

日本では、「世界に誇るジャパンカルチャー」って意気込んでいますけど、、、

でも、実際は、「身近にあるおもちゃ・遊具・玩具・ゲーム」なんだろうな。

しかも、スイスですから、そこまで「国」にこだわっているわけでもなさそう。

でも、それこそが、本当の「グローバルカルチャー」なんだろうな。。。

オルテン駅の目の前を流れる川。

素敵です。アルプスのスイス、素敵な川や湖がいっぱい。

しかも、景観を重視しているので、本当に綺麗。

しばらく歩くと、見えてきました。

オルテン州立病院。

静かな住宅街の一角にありました。

かなり広い敷地っぽいです。

こちらが、病院の入口。

しかし、目の前には、未来のある若者たちでいっぱい。

若い男女が楽しそうに木陰で、おしゃべりをしています。

はと気づきました。「あ、ここ、学校も一緒にあるんだ!」って。

看護学校かなんかだな、と。。

木陰に人が集まっているのが分かります?!

若者たちが、楽しそうにお昼休み?を楽しんでいるようでした。

8月なのに、学校に来てるんだ!?…

やっぱり学校…、というか大学でした。

看護系の専門大学で、4年制の大学でした。

3年間勉強して、最後の1年は実習がほとんどらしいです。

でも、基本的には、勉強→実習→勉強→実習ときて、最後に「研修」として半年間ですって。

病院内ですから、基本的には看護らしいんですが、病児保育なんかもやっているみたいです。

そして、こちらが、オルテン州立病院のメインエントランス。

なかなか凄い建物ですね、、、(・_・;)

Kantonsspital=州立病院、って書いてあります。

なお、このエントランス前にも喫煙所があって、普通にタバコを吸っていました。

病院内全面禁煙というのも、考えたら、日本(やその親分のアメリカも?)ならではなのかな?

僕が行く国々は、大学も病院も駅も広場も、どこもタバコが吸えるんだよなぁ…

「全面禁煙」自体が、もしかしてとっても「日本的」なのかも…(分からないけど…)

エントランスで、SHMKの創設者ミュグラーさんと会い、さらに色んな人に会い…

この病院の院長のシュヴァラー先生とご対面。。。

なお、この部屋の中のことは「密室対談」ということで、、、(苦笑)

この病院の概要や赤ちゃんポスト設置に至る経緯を聞かせてもらいました。

シュヴァラー先生は、「赤ちゃんポストは絶対に必要だ」と熱く語っていました。

そのあと、看護部長のカウフマンさんと赤ちゃんポストを見に行きました。

こんな場所に、赤ちゃんポストが設置されていました。

かなりオープンな作りだな、、、(・_・;)

こちらの赤ちゃんポストは、スイスで三番目となる赤ちゃんポストです。

なお、この画像の反対側には大きなパーキングがあって、車でさっと来られる感じでした。

カメラ等は設置されておらず、ちゃんと「匿名性」は守られていました。

これまでに、3人の赤ちゃんがここに預け入れられたそうです。

2013年5月に一人目の赤ちゃんが預けられました

2014年8月のニュース記事はこちら

扉(Fenster)を開けると、こんな感じになっていました。

とてもシンプルな感じですが、赤ちゃんポスト自体は、60,000フランくらいですって。

カウフマンさんが週に一回、この赤ちゃんポストの管理を行っているそうです。

(ちゃんと扉が開くか、アラームは鳴るか、ベッドはきれいか等々)

お母さんへの手紙は、ちゃんとありましたが、もう一つ「封筒」がありました。

この封筒は、「お母さん用」でした。

自宅出産を想定しているので、出産を終えた女性がどういうケアをしたらいいかが記されています。

母乳は出るわけで、どうしたらいいか、とか、どんなことに気を付けたらいいか、とか。

こういう「出産を終えた女性」へのケアを考慮したものって、他ではなかったかな…。

でも、これも大事だよな、、、と。

赤ちゃんポストの裏側はこうなっています。

ここの赤ちゃんポストには、赤ちゃんの方にもカメラは向けられていませんでした。

看護師や医師が直接確認するそうです。

もちろん「死んだ赤ちゃん」も想定はしていて、その時は警察に通報するそうです。

まだ、死んだ赤ちゃんは預け入れられていないみたいですが、、、

なお、赤ちゃんが預けられ、健康上問題がなければ、児童相談所に連絡を入れるそうです。

事件性があったら警察へ、事件性がなければ児童相談所へ、と。

また、3か月前から内密出産が本格的に実施されるようになったみたいです。

こちらの病院でも、内密出産は行うそうです(が、まだ一度もないそうです)。

法的に承認されたわけじゃないですが、行政的には「OK」ということらしく…

この窓から見える緑の建物がパーキングです。

車で来て、こちらに赤ちゃんを預けて、そして車で帰る、という感じだそうです。

なお、スイスでは、預けられた赤ちゃんの50%の母親が、後で戻ってきているそうです。

ドイツ同様、3か月間は、里親の下で育ち、そのあと養子縁組手続に入るそうです。

中には、赤ちゃんを預けた翌日に、電話がかかってきて、「赤ちゃんをもう一度抱きたい」と言ってきた母親もいたそうです。

今回、調査・取材に応じてくれた四人の方です。

左から、シュヴァラー先生、事務局長、看護部長、そしてミュグラーさんです。

詳しくは、後ほどどこかで書きます。

最後に、シュヴァラー先生がこう言っていました。

「日本では、130人もの赤ちゃんが預け入れられたというけど、それなのにどうして一つしか赤ちゃんポストがないの? 東京から熊本まで預け入れに来るというのは、信じがたい。近いところにあるべきだと思う。あなたがもっと頑張らないとね」、と。

プレッシャー、、、(・_・;)

2時間半ほどの滞在を終えたあと、ミュグラーさんと喫茶♪

4日目にもまたバーゼルで会いますが、二人でトークしました。

ミュグラーさんは、どちらかというと物静かな人で、理知的な人でした。

哲学も大好きということで、そこでも盛り上がりました。

静かに熱い人、という感じ!?

SHMKを創設したその経緯も聴きました。

一つ分かったのは、主に行政学を学んだ人だったからできたこと、ということ。

つまりは、お金の集め方やお金の使い方がよく分かっている人でした。

さらに、雑誌やジャーナルを三つ発行している人で、その収益も全部支援に回すんですって。

だから、公的資金なしに、公的支援以上の支援ができる、ということですね。

凄いわ、、、

ただただ、凄いと思いました。

アイスクリームと生クリームの盛り合わせ(苦笑)。

生クリームが甘すぎなくて美味しかった。。。

気づけば、もう5時、、、

半日ずっと、付き合ってくれたミュグラーさんに感謝します。

で、結局、チューリッヒに戻ったのが、六時前。

時差ボケで眠いし、時間もないので、そのままラーメンツアーに出かけました。

二日目の夜は、二軒のラーメン屋さんを巡りました。

三日目は、アインシュタインが相対性理論の論文を書いたベルンに向かいます。

ベルンは、一応スイスの「首都」でいいのかな? 

規模的には、スイスで四番目の都市、となるみたいで、、、

詳しくはこちらを

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