<神戸女学院大学 名誉教授内田樹教授>
政体の根幹にかかわる法律、憲法の理念にあきらかに背く法律の強権的な採択が「合法的だった」という事実そのものが法案以上に安倍政権にとっては「収穫」だったということです。彼らはみごとにそれを達成しました。もう、これからは何でもできる。
次の国政選挙まであと3年あります。その間に政権は解釈改憲による集団的自衛権行使(つまりアメリカと共に海外への軍事行動にコミットすること)をできれば実現し、その過程でのアメリカとの交渉や密約をすべて「特定秘密」として完全にメディアからブロックするでしょう。
多くの人たちは前の民主党政権に対してしたように「自民党が暴走したら、選挙でお灸を据える」ということができると信じているようです。僕はそこまで楽観的になれません。そのような自由な選挙の機会がもう一度巡ってくるかどうかさえ、僕には確信がありません。
次の選挙までに日本を戦闘の当事者とする戦争が始まってしまったら、その結果、国内外で日本人を標的とするテロが行われるようなことがあったら、もう次の選挙はこれまでの選挙のような牧歌的なものではありえないからです。そして、現在の自民党政権は彼らの支配体制を恒久化するシステムが合法的に、けっこう簡単に作り出せるということを、今回の経験で学習しました。
安倍政権にこれ以上の暴走を許さないという国民の決意は「次の選挙」ではなく、今ここで、ひとりひとりの現場でかたちにする他ないと僕は思っています。
この指摘がそのまま、現実の社会、政治に当てはまるような事態が進行し始めていることに対する心配です。
<社説:自民党の共謀罪新設 廃案>
共謀罪新設 廃案の経緯を忘れたか
政府はこの国をどうしようと考えているのか。
幅広い犯罪を対象とし、謀議に加わるだけで処罰する法改正が行われれば結末は目に見えている。通信傍受の際限のない拡大をはじめ、捜査機関の権限の肥大化だ。監視強化で市民の基本的人権も脅かされる懸念から容認できない。
政府は、殺人など重要犯罪を対象とする共謀罪新設のため組織犯罪処罰法改正の検討に入った。来年の通常国会の改正案提出を見送り、時期は慎重に見極めるという。
いまなお、共謀罪新設を考えているのかと驚かされる。
政府は2003年以降3回、改正案を提出して廃案となった。2回は衆院解散に伴う廃案とはいえ、社会に強い懸念と反対の声を呼び起こした経緯を忘れてはならない。国際的要請に加え、テロや暴力団などの組織犯罪を未然に摘発するのに必要だと政府は説明してきた。
しかし、現行法でも対応できる半面、市民団体や労働組合にも適用される危険性など数々の問題点が国会審議などで指摘された。なのに再提出検討とは国民と国会への愚弄(ぐろう)にほかならない。即刻断念すべきだ。特定秘密保護法のように世論の反対を無視し、強行突破を考えているのならとんでもない。 過去の改正案は4年以上の懲役・禁錮の罪が対象だ。殺人や強盗、窃盗など600以上が該当し、実行行為がなくても罪に問える。
わが国の刑事法は犯罪の実行行為を事後的に処罰することを原則とし、例外的に一部犯罪に実行行為なしに処罰できる規定を設けている。殺人や強盗などには下見だけでも処罰できる予備罪が、自衛隊法や爆発物取締罰則などには共謀罪もある。日弁連によると、こうした規定は約60の犯罪に設けられている。
原則に反する規定は増やすべきでない。特定秘密保護法にも共謀罪があるが、これは法律全体が論外だ。政府は今回、共謀罪をテロ関連や密入国などに限る方向だというが、問題の本質は変わらない。政府はテロなど国際犯罪対策として国連が採択した条約の批准に共謀罪新設が必要とするが、疑問が出ている。条約の要請は「(予備罪などの規定で)既に十分に整備されている」(日弁連)などだ。
共謀罪との関係で看過できないのは法制審議会の部会で検討されている通信傍受の幅広い対象拡大だ。薬物犯罪などの現行対象に窃盗や詐欺などを加える案が浮上している。
憲法が保障する「通信の秘密」が脅かされる懸念が拭えない以上、安易な拡大は慎むべきだ。国家の役割は市民を監視することではない