堺北民主商工会

堺北民商ホームページはこちら

小ちゃな願い

2006年10月27日 10時53分11秒 | 世間の話
 10月25日(水)、東京地裁の杉原則彦裁判長は青木鈴花ちゃんを保育園に受け入れるよう命じた。東京都東大和市に住む鈴花ちゃん(6つ)は定期的に「痰」の吸引が必要な病気。その彼女に対し、市側は「痰」の吸引を医療行為と判断し、看護士を配置させる必要など費用が掛かると入園を拒否していた。しかし、今年1月、地裁は鈴花ちゃんの申し立てを受け、市に対し入園を義務付ける仮決定をし、鈴花ちゃんは2月から市立保育園に通園していた。そして、今回、保育園の園長をはじめ、多くの人達の応援で「正式に入園」が決まったと言うものだ。判決が出た時、鈴花ちゃんはノートに「ほいくえんにいけるようになった」と書き、笑顔で記者団にそのノートを見せた。毎日、次から次へとマスコミで報道される悲惨な事件や争いごと、政界や企業の汚職事件、学校や家庭での「いじめ」「虐待」が多い中、今回の彼女の純粋無垢な笑顔としぐさを見ていると秋の澄み切った青空のように心があらわれる。(本当は全国各地に「お年寄りに親切な事をした若者がいたり」「戦争は絶対反対!平和な日本であってほしい」などの取組みがいっぱい行われているのにマスコミは報道しない)
 この地裁の決定に対し、東大和市は高裁への控訴を断念した。この知らせを聞いた時、鈴花ちゃんの「ほいくえんにいきたい!」と言う「小ちゃな願い(=しかし、彼女自身にとって見れば「最大の願い」)」が叶った瞬間だった。
 ところで今、「教育のあり方」が問われている。小中学校の早い時期からその子に備わった特性(そんな幼少から特性が見つかる訳がないのだが)によって、専門化(コース分け)を行い、教育課程(カリキュラム)を組む方向が検討されている。しかし、人間にとって最も重要なのは社会での「人との交わり」である。身体的障害をはじめ、「社会的弱者」と呼んで良いのかわからないが、このような人達に対する「思いやり」や「優しい心」を養う事こそ必要なのではないだろうか。ひと昔前は2世代、3世代の同居家族が一般的で両親や祖父母との生活の中で、様々な事(社会習慣や人との交わり)を教わり、習得することが出来た。しかし、だからこそ、核家族化が進む現代だけに保育園や幼稚園、学校は全ての児童をどうすれば受け入れることが出来るのかを真剣に検討する事が今、求められている。教育は上(国)から押し付けるものではなく、可能な限り全ての子供たちの集団での話し合いを通じて社会常識や規則、知識を身に付けさせていくものだ。このような集団生活の実践によって、社会的弱者への「いたわり」や「社会的協調性」が養われていく。「自覚的発育」、そして、この発達を援助する教育こそが「人間の心」を成長させる。「愛国心」を「法」によって強制させるなどと言う手法は本末転倒も甚だしい。
 それにしても鈴花ちゃんはこれから様々な社会的障害(困難な壁)にぶつかっていくだろう。
 鈴花ちゃん!その障害を1つ1つ乗り越えていって欲しいと願わないではいられない。

最新の画像もっと見る