夕暮れ時。そぞろ歩きの群衆。一体どこに行くんでしょう。
と思ったら高校生でしょうか、修学旅行の一団でした。こういう団体に付いて行くと勝手に
市内観光が出来て好都合なのです(最終的にはトレドの泉に辿り着きました 笑)
ヨーロッパの町を歩くと街角には、そこここにマリア像が。以前からカトリックの地にはマリア崇拝が
多いと書いていましたが、今回ふと気づいたことが。どうもボクの歩いているところは海岸沿いが
多いのですけど、海の人たちの信仰の対象は圧倒的にマリアが多い。これってキリストの磔刑以降
マリアはナザレを出て、ヨーロッパに逃げたという伝承があり(事実かも知れません)、それで欧州
各地にマリア終焉の地と云われるところが多いのでしょう。この点については、あの全世界を熱狂
させた「ダ・ヴィンチ・コード」を読むとよく分かります。
何れにしても、神の使徒であるキリストは別格となり、神に限りなく近づきすぎ畏れ多くてボクのように
なんでも困ったときの神頼みとはいかなくなって、それで次に神に近いマリアにお願いをするという
構図はとても自然なものに思えます。日本で言えばブッダはやはり畏れ多いので、菩薩・観音様に
願掛けしたり、はたまた毘沙門に傾倒するという現象が起こったのと似ていると言えるんじゃないで
しょうか。
でも、こうして庶民に愛されたマリア像の姿を見るとなんとも安らぎを覚えるものです。
ヨーロッパでは固まったパフォーマンスがどの街でも盛んですけど。これは初めて。新手の
パフォーマンス。このマジックには参りました。わけがわからん!(爆)
向こう側に写っている少年が近づいて棒の辺りを一生懸命手でぶるんぶるん回すんですけど。
何も引っかかるものがなくてびっくりしてパパの顔をみています。
夜も更けて名物の甘栗屋さんのオヤジさんが遅い夕食を。後ろの現代活花みたいに見えるのは
紙を丸めた焼き栗を入れるカップです。残り方を見ると今日の売れ行きは余りよくなかったようです。
夜も11時を過ぎています。ヨーロッパの石畳とフルーツ屋さん。
イタリアの料理(いわゆるイタめし)に変化は見られますか?
マリア信仰って何となくわかるよう気がしますね。
オレオレ詐欺だって母親頼み、我々とて変わりません。
しかも、そういうときは若いころの母親でなくてはいけません。
その代表がマリア様です。
愚生は信徒ではないのですが、
世界平和記念聖堂にマリア様をよくお訪ねします。
特集しますけど、今回旅して評価が変わり
ました。はっきり言ってかなりうまくなりました!
マリアに関しては、やはり母性の代表格的な
ものがあるんでしょうね。日本でもボクなんぞは
菩薩観音に母性を感じたり。今流行のユニセックス
ではないんでしょうけど(苦笑)
マリア様で思い出しました。
国東半島は武蔵町の西光寺には救菩観音という仏様がおられますが、
愚生は勝手にこれが「国東のマリア様」と名付けております。
勝手に決めて無関心でいることにしています。(笑)
夜の石畳、いいですね。
こういう絵が撮りたいと思っていいますが、ローマに行かないと無理でしょうか。
マリア像はそういう意味で仏像と同じく何かを感じ
させる装置ではあります。
石畳はヨーロッパではどこでもありますけど、日本
だとこの近所では神楽坂でしょうか。フランス人が
かなり多く住んでいる場所で、彼らに言わせると
パリの下町に似ているそうです。