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ビートルズを語る資格なし! その2

2024年05月28日 | BEATLES-BADFINGER関連

昨日アップしたゴールド・パーロフォンのレーベルじっくり眺めていると、あれっ?

作者のクレジットがレノン・マッカートニーじゃなくてマッカートニー・レノンってなってるじゃないの。これって何かの間違い?

そう言えばその昔、ポール自身がほぼ単独での曲作りをしたビートルズの作品のクレジットをマッカートニー・レノンに変更するような事で一悶着あったような…

さっそくネットで調べてみると、初期に出たPlease Please Meのアルバムやシングルなどに記されたこの当時の表記は正式なものでそれが現在まで引き継がれている。そしてその後の作品のクレジット表記はレノン・マッカートニーに統一されたとのこと。

またポールがウイングス時代の1976年のライブ・アルバム、Wings Over Americaにおける自身がほぼ単独で関わったビートルズの作品5曲の表記をマッカートニー・レノンにしれっと変更していたことに始まり、2002年のライブ盤、Back In The USにおいても同様の改訂を行った事でヨーコ氏と対立を生んだそうな。そして翌年ポールが譲歩し現状を維持する事となった。

(I've Just Seen A Face、Blackbird、Yesterdayと他2曲がマッカートニー・レノンとなっている) 

なるほど、なるほど、全く知ら〜んかった。

また逆に、ポールが全く関わっていないジョンの作品でありプラスチック・オノ・バンドの第一弾シングル、Give Peace A Chanceにはポールに対しての何らかのオブリゲーションを感じていたのか、作品のクレジットにはレノン・マッカートニーの表記が…

Wikiには、1997年のコンピ・アルバム、Lennon Legendにおいてレノンの単独表記に改定された、とある。

めでたし、めでたし、でもこれも全く知ら〜んかった。

ところが1975年に出たジョンのコンピ・アルバム、Shave Fishの日本盤ジャケとレーベルのみに何とクッキリとレノンの単独表記が…

これは一体、ど~ゆ~事? ヨーコ氏繋がりで日本のメーカーだけが配慮したのか?

そんなことも今の今まで全く知らなかった不肖ビートル・マニアもどきのオイラじゃやっぱり“ビートルズを語る資格なし!”ってことですかね。



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