雲跳【うんちょう】

あの雲を跳び越えたなら

スキンシップ

2010-07-03 | 友人
 買い物を終えた後、妻が「うんこしたい」と言い出した。私に妻の便意を妨げる権利などどこにもないので「してこいよ」と優しく促した。便所はスーパー入り口にある。私は両手に食料品を詰め込んだ重い袋を携えて、妻を待つ。何気なく、その付近に目をやると見知った顔が見えた。友人Tの妻、Mちゃんが赤ん坊のYを抱っこして佇んでいた。私は早速ちょっかいをかけにいった。向こうもすぐに気付いて久方ぶりの挨拶を交わした。その際、赤ん坊Yにスキンシップをはかりたかったのだが、あいにく両手がふさがれている。仕方ないので顔を近づけてみた。Yは健全な男の子なので流石に頬擦りなどは躊躇われる。向こうもこんなおっさんの頬は厭であろう、必然的におでことおでこを合わせるという妙な形態をかました。
 ほどなく、父Tも現れなんやかやと近況を話していたら、Tが「Rちゃんは?」と私の愚妻の行方を尋ねてきたので「ああ、うんこ」と私は苦々しく言い放った。
 まさかうんこをしていたのをバラされているとも知らずにぬけぬけと現れた臭い愚妻は屈託のない笑顔で私たちの輪の中に入ってきやがった。
 なんだかんだといいながら、主役はやはり赤ん坊にいくもので、私もここぞとばかりにYにスキンシップを求めたくて先ほどみたいにおでこを摺り寄せていくと、うんこ愚妻が言うに事欠いて「やめろ、バイ菌がつく」などと私をバイキンマン扱いしやがる。大体において私は妻から不当なツッコミを受けることが多々あるが、これは酷過ぎやしないだろうか。それに、今さっきうんこしてきたばかりの奴に言われたくないことである。
 まったくもって腹立たしさが募ってしまい、いったい自分はうんこの話をしたいのかスキンシップの話をしたいのか、まとまりがつかなくなってきてしまい、どうもこのままいくとうんこでスキンシップというなんともスカトロチックな展開にもっていくしか術はないように思われるのでどうかこのへんで堪忍してもらいたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

龍宮/川上 弘美

2010-07-03 | 小説
 文章は、ゆるやかなのにすさまじい。内容は、平らかなのに凸凹だ。
 この小説の感想を述べようとすると、このような矛盾した表現になってしょうがない。いやこの小説にかぎらず川上弘美という人物に関わる物事というものが大抵そういった空気に呑まれているように思われる。
 この世のものではないものの話。いってしまえばそれまでなのに、何故だかとても近しくて、ともすれば人間よりも近しさを感じてしまい、いとおしいくらいになる。
 具体的に、この作品の良さを示すことはできない。無理に喋るとすべてがなにか、嘘臭くなるような気がしてしまう。ただもう、川上弘美が前に「すとん」と置いてくれる物語に身を任すのが何より心地好い。意味だとか寓意だとか、そんなことを語るのは、いや考えることすら無粋である。彼女の決して壮大ではない、日常のほんのすぐ隣にちょいと足を踏み外したかのようなこぢんまりとした逸脱がたまらなく胸を締めつける。

 自分にとってはまさに麻薬のような彼女の小説。中でもこれはかなりの上物であった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする