雲跳【うんちょう】

あの雲を跳び越えたなら

わたくし率 イン 歯ー、 または世界/川上 未映子

2010-03-28 | 小説
 斬新である。ときに斬新は奇抜となって甚だ気色の悪いものとなりがちだが、一旦受け入れてしまうと麻薬のようにクセとなる。まずこの作品も、そういった類いで間違いはなかろう。なんせ、タイトルからして気色悪い。いったいなにがなんやら、音の響きすらままならない。しかしそれが、とてつもなく心をひっぱるのもこれ事実。そして徐にページを繰れば、これまたえもいわれぬ独特文章。常々、自分は文章にはリズムが大切だと思っている。言ってしまえばリズムに乗れなければ、その本を読むのが苦痛になる。リズムのない文章など論外とすら思う。
 さて、リズムはその作家、その文人、種々様々あって、読み手のこちらもそのときの心情にあわせて読みたく思う。それはまったく音楽や映画などと同じで、こんな気分の日はコイツだな、と選出するように、今日はこの人の文章だな、となる。しかるに、そのリズムを知るためにはある程度の予備知識が必要である。が、一聴一見もないアーティストでそいつはままならぬ。だがしかし、初めて出逢うモノには、自然、期待が膨らむ。そこにはもちろんリスクも含まれたりもするが、自分が手にした時点でそこには縁(えにし)が発生していると思われるので、ないがしろにはすまい。偏見なしのニュートラルな状態で入ってくるソレは、素晴らしく心地良いか、それとも気色悪いか。

 斬新である。基本だの枠だのセオリーだの、そんなもん、もうとっぱらう前に「ナニソレ?」という感じ。だがしかし、そこには確たる作者独自の個性がある。それが即ち「リズム」である。読み始めは気色ばんだ。なんだか、その奇抜さが確信的なものに思えて気色の悪さがもたらされた。しかし人間というものは不思議なもので、いや私の性根が捩れているまでなのだろうが、単なる小奇麗で纏まった美しさよりも、薄汚くて猥雑な逞しさに惹かれてしまう。するとどうだろう、その猥雑なリズムに乗ってするすると物語が入ってくる。言葉の流れが気持ちよく脳髄を滑ってゆく。あたかも太宰の「ソレ」のような感覚すら覚えた。
 独自のリズムは後半、加速度を増し、狂乱の調べ。そして容赦なし、潔いラストは一瞬で辺りを静寂におとしいれる。感覚的に凄まじく気色悪い快感を読後もたらしてくれた、クセになる逸品である。


 ちなみに作者の肩書きは……

  


 自称「文筆歌手」である。

        


 なんか、いい。


 
 
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溺レる/川上 弘美

2010-03-27 | 小説
 オナニーに溺れたいようなときもあるけれど、一発抜いたらどうでもよくなっちゃうので「溺レる」って表現はちょっと違うなぁ。しいていうなら「一発撃沈」……激チン?

 それはさておき、川上弘美さんの『溺レる』。愛憎(愛欲)に溺れまくっている男女を描いた短篇集。主人公の女性たちはことごとく、とりとめもなく、飄々と愛を模索しているよう。そして男たちは、たぶん世間一般ではダメな部類に属される者。そんな男女の溺れる様は、ともすれば粘着的で執拗でもう、ぐっちょぐちょ、な描写になろう。なってしかるべきだ。が、ならない。やってることは、ぐっちょんべっちょんなのに、精液の匂いさえ漂ってきそうなのに、どこか淡々としている。決して、感情を排している風でもない。女たちは愛の掴みかたに四苦八苦しているし、愛しさの向こうを模索したりしている。だから、折に触れ、スッと言葉が入ってきて切なくもなる。溺れだして息苦しくもなる。それでもまた、とりとめなく、冷ややかな距離を置いて、動き出す。

 ああ、そうか。得てして「恋愛」なんてものは、そういったものだな。と、今書いていて気付いた。ずーっと溺れ続ける恋愛なんて、そうそうないし、あったらすぐダメになるだろう。現実の恋愛と小説の恋愛なんざ、比ぶるべくもないが、小説という短いお話の中で、こうまで恋愛の「善し」も「悪し」もまるで気付かせないように自然に描けるものではなかなかない。従って現実よりも現実っぽいところがある。これを川上マジックと言ってしまっていいものだろうか? いやそもそも、この人の作品は読んでると煙に巻かれることが多々なので、やはりそういう質(たち)が働いているにすぎないのであろうが、それこそが非凡な才能であるのだな。

 さて、オナニーも然り。溺れ続けられるわけがない。やはり「一発入魂」が望ましいのであろう。
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太宰 治/井伏 鱒二

2010-03-24 | 小説
 太宰の没後、井伏鱒二が太宰について書き記したエッセイや作品の解説を集めた一冊。
 なんともダイレクトな題名であるが、この題名以外にこの書を飾る名はなかろうと思われる。尚且つ、その名を冠してまったく遜色をもたぬその人物の凄まじさが窺える。

 あとがきの小沼丹氏ではないが、私もこの本は「頗る面白ろかつた」。太宰に関しての本はそれはもう色々の人が色々の観点から書いているが、この本は格別である。それもこれも、井伏翁の洒脱で深遠な文体によって暴き出される亡友の様々なエピソードが、時に近しく、時に突き放しもしながら描かれているからであろう。

 檀一雄著『小説 太宰治』も、太宰を知る上で非常に興味深い読み物であったが、その中の或る逸話が井伏視点から描かれていたりして、なんともたまらない。ともかく太宰治という人間、小説に於いても私生活に於いても興味の尽きない人物である。そして、その人となりも然り。

 井伏だからこそ知りえる、井伏だからこそ見つけられた、太宰治の作家としての一端、また人間としての一端を、実に親しみをもって浮かび上がらせた一冊であった。
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歩く

2010-03-22 | 雑記
 家から歩いて10分もかからないところに図書館がある。当然いつもそこを利用しているのだが、今日はちょいと気分を変えて、となり町の図書館へ行ってみることにした。まずはいつもの図書館へ借りていた本を返しに行って、その足で駅に向かう。図書館から駅まではものの二、三分で着く。そこから電車に乗ってとなり町の図書館へ行こうという算段だ。なんとなくこの時点で自分がおかしなことをしているような気もしたが、あくまで目的は本を借りるということよりも行ったことのない図書館の雰囲気を味わうためであるので、挫けずに切符を買う。
 時刻表を見てみると、あと10分ほど待たなくてはならないようだ。駅構内のベンチに腰掛けて待っていたら、電車が10分ほど遅れるというアナウンスが入った。結局20分近く待たされた。それだけ待ったにもかかわらず、となり町までは五、六分で着いた。

 ひと気の少ない駅を降り、町に出ると、これまた閑散としていた。たぶん、休日平日関係なしに静かな町なのであろうな、と窺える。
 図書館の場所は事前にネットで大雑把に調べておいたので、ともかくコレと思われる方向へ歩いてゆく。しかし、これがいけなかった。自分が軽度の方向音痴であることは薄々承知していたが、なんといっても図書館だ。そのうち看板や表示が見当たるだろうと高をくくっていたのだが、歩けども歩けども、それらしいものは見つからない。おまけに徹底して閑散としていて、誰かに尋ねようにも人っ子一人いやしない。まるでトワイライトゾーンに迷い込んだかの如しだ。

 結局、一時間半くらい歩き回って、ようやく『図書館』の表示を見つけたものの、その表示がまたいい加減な代物で、どこに図書館があるのやら皆目見当がつかない。すでに時間はお昼過ぎ。お腹も空いてきて心細くなったのでもう帰ろうかと思った矢先、地図を見つけた。これもまた大雑把な地図であったが、どうやらもうすぐ近くらしい。そこから二回、右、左、と曲がるとあった。図書館は、この町内のど真ん中に位置している公民館の二階であった。私はまさか図書館がこんな、町のど真ん中に位置しているとは思っていなかったので、町の外をぐるぐるぐるぐる回っていたのだ。

 ともかく中に入ってみることにした。どうにも余所者意識が働いて気が引けたが、ここまできて帰るわけにもいかない。予想通り、閑散としていた。が、司書の方は優しく迎え入れてくれた。本の数は、やはりいつも行く図書館からすれば格段に少ないが利用者が少ないためだろう、新刊がずらずら並べられていて所謂「穴場」であった。30分ほどあれこれ眺めて、四冊の本を借りてその場を後にした。

 そうして駅に戻り、電車が来るまでの間、ベンチに座って借りてきた本を読んでいたら、足腰が笑っている感覚を覚えて、己の運動不足を嘲笑った。
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黒冷水/羽田 圭介

2010-03-22 | 小説
 図らずも、続けて兄弟の確執的な内容の本を読んでしまった。しかしこれはまた、前述の『海猫ツリーハウス』に比べるとかなり陰湿な内容であった。まあ、タイトルが『黒冷水』だもの、明るい内容ではあるまい。が、しかし、非常に面白かったのだ。
 実際、あり得そうな兄弟間のいざこざがどんどんエスカレートしていく様はまさに圧巻。先にも述べたような兄弟だからこその憎悪がとんでもなく肥大していく。
 ラストも巧い具合に話を持っていき、とてもじゃないがこれを当時十七歳の新人が書いたとは思えない仕上がりになっていた。
 
 文藝賞受賞作(第40回)ではあるが、エンターテイメント性も高くサスペンス小説としても充分に楽しめた。
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海猫ツリーハウス/木村 友祐

2010-03-20 | 小説
 みんながみんな、そうではないであろうが、これを読むと「兄弟の厄介さ」というか、「長男と次男の違い」というものが見える。
 巧くは言えないが、弟はわりと兄貴に嫉妬する。でも兄は弟にはあまり嫉妬しない、と思う。それを「寛容さ」と言ってしまうと軽すぎるような気がするし、「兄弟愛」などと言ってしまうには、重すぎるし、何より、こっぱずかしすぎる。

 自分は弟なので兄のあれこれについては判る由もないが、この本は弟視点で描かれているので、かなり切実に入ってきた。

 尊敬できるような立派な奴ではない。だからと言って蔑ろにしてしまえる奴でもない。それは端的に言えば「血」なのだろうが、それ以上の「歴史」というか「経過」というか……要するに、「繋がり」だろうか? しかしその「繋がり」が永ければ永いほど、深ければ深いほど、憎悪も湧くし愛執も湧く。お互いに、解っているようで解っていない、その微妙な隙間の中に、不意に流れ込む「血」の濃さとでもいうものが、「兄弟」とカテゴライズされた関係を時に縛り、時に解放する。

 なんだかよく解らないが、そういった不可思議な「繋がり」を、兄弟という奴はいつまでもでろんでろんと纏わせているものだ。

 常々、自分は兄の才に嫉妬する。もう、どうしたって敵わないと思う。だが尊敬まではいかない。それはやはり、親しみのもたらす逆説的感情であろうか。



 第33回 すばる文学賞受賞作。
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神様/川上 弘美

2010-03-20 | 小説
「あとがき」から抜粋させてもらう。

【表題作『神様』は、生まれて初めて活字になった小説である。
 「パスカル短篇文学新人賞」という、パソコン通信上で応募・選考を行なう文学賞を受賞し、「GQ」という雑誌に掲載された。
 子供が小さくて日々あたふたしていた頃、ふと「書きたい、何か書きたい」と思い、二時間ほどで一気に書き上げた話だった。】


『二時間ほど』って……

 
 貴女が神様ですわ。

 
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叫びと祈り/梓崎 優

2010-03-20 | 小説

 図書館にて……

オレ 「あの、予約の本、お願いします」

 と、貸出カードを司書さんに差し出す。

司書 「はい、少々お待ちください」

 と、席を立つ。

 が、なかなか本が見当たらないらしい。オレの後ろに何人か、待ち人来たる。

司書 「連絡、来ました?」

オレ 「はい」

司書 「え~っと……『叫びと祈り』、『叫びと祈り』……」

 嗚呼、なんか恥ずかしいぞ。なんか、タイトル連呼されるのって非常に恥ずかしいぞ。なんか、後ろの奴に「ナニ? コイツ、叫ぶん? 祈るん?」とか思われてそうで。

 嗚呼、確かに。今はなんか、叫びたいような祈りたいような気分だがなっ!



 程なく、『叫びと祈り』は見つかった。

 が、


 AVとミステリ小説のタイトルは極力、他人様には知られたくはないな

 と、思った。

 
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ベトナム焼きそば

2010-03-19 | 雑記
 とある輸入食品店で、ベトナムのインスタント焼きそばを買った。通常178円で売られているところ、賞味期限間近の為120円だったので。
 異国情緒溢れるパッケージには、とてもじゃないが美味そうには見えない焼きそばの写真が堂々と貼付けてある。これはもう、食欲というより好奇心をそそる以外のなにものでもない。

 早速、食そうぞ、と中を開けてみると、いやに白々とした麺。なにやらいかがわしいものが混入されているオイル。粉末ソースらしきもの。かやく。そしてチリペッパーの赤い粉末。
 作り方は万国共通なようで、まずは麺、かやくを入れたカップにお湯を注いで三分待つ。ちなみに、この焼きそば、ミックスシーフードと書かれているが、その実、かやくは小さな乾燥エビ四つと細かくちぎられた乾燥ワカメだけである。

 さて、三分後お湯を捨てるのだが、長方形のカップには湯切り口は見当たらない。どうやら角のほうが僅かに浮いているらしく、そこから捨てろ、と。ある意味「ジェット湯切り」である。
 麺が零れやしないかと危惧したが、細かいワカメが顔を出したくらいで済んだ。蓋をとると白濁とした麺がとても不味そうである。断っておくが、コレはあくまで焼きそばであって、かのベトナム名物「フォー」ではない。原材料を見てみるとタピオカ澱粉がふんだんに使用されているようだ。
 ともかく、ソース色に染まればそれなりのものにはなるであろう、気を取り直してまずはオイルをぶち込む。が、オイルに浮遊している得体の知れない「何か」が邪魔してなかなかスムーズにオイルが出てこない。まるでキレの悪い小便か我慢汁のようだ。
 ソレをなんとかしごき出したあと、粉末ソースの袋を開けた。すると「ゴソッ」と平たく固まった塩らしきものが落ちた。それはさながら乾燥した牛糞のようであった。
 パッケージ裏をよく見てみると「塩味」と記されていた。
「塩焼きそばかよ……」
 ことここに至ってその事実に気付いた自分が哀れである。いやそれよりも、固まって解ける様子を一向に見せない牛糞塩が腹立たしい。
 それでも丁寧に塩を回さなければ味の濃いところと薄いところができてしまうので、必死に掻き回していた。なんとか全体に行き渡っただろうと思うころには、もちろん、そばは冷めていた。

 それでもようやく食える状態になったので一口啜ると、予想に違わず、不味い。
 そういえば、お好みでチリペッパーをかけてお召し上がりください、と記されていた。これ以上レベルダウンすることはあるまい、かけよう。

 ……嗚呼、とても辛くなっただけだよ……。


 8円だ。
 あと8円足せばドラッグストアで「UFO」が買えたのだ!
 そう思うと、口惜しくてたまらなくなった。
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球体の蛇/道尾 秀介

2010-03-12 | 小説
 別段狙ったわけでもないが、借りてきた三冊の本は全部「青春小説」だった。まあ、青春小説が好きだからそうなってもおかしくはないわなぁ。

 というわけで、青春小説3連発。ラストは新進気鋭のミステリ作家(もう新進気鋭でもないか)道尾秀介が描く泥臭い十七歳の青春!

 これは、よく言う「青春ミステリ」とかとは、ちょっと違うと思う。っていうか、ミステリっていうより、もう立派な文芸作品。いや、ミステリ小説が立派な文芸ではない、とかではなくて、要は「本格ミステリ」ではない、ってことかな? まあだから、ミステリといえばミステリなんだけど、ぶっちゃけもうそんなん超えてるっていうか。まあ、読みゃわかる。(あ、投げた)

 青春小説は切ない。これはもう青春小説には欠かせない要素だと思う。
「切なくなければ青春じゃない!」そう言い切ってもいい。
 従って、朝井リョウも瀬尾まいこも、じんわりと切なさが伝わってきてとても好い青春小説であった。
 そしてこの『球体の蛇』道尾秀介。もう、とことん切ない。ってか、痛い。最後の最後まで痛い。哀しい。そうこれが、道尾秀介の小説なんだよ、と自信を持ってお薦めできる一冊。
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僕の明日を照らして/瀬尾 まいこ

2010-03-12 | 小説
 瀬尾まいこさん、2年ぶりの新作は凄まじい内容である。

 主人公の隼太(中学2年生)が、母親の再婚相手に虐待を受けている、という概要。なんか、こう書くととてつもなくドス暗い内容に思えるが、実はそうでもない。主人公はそのことを誰にも告げず、当の本人、再婚相手の優ちゃんと二人で懸命に乗り越えようとする。ほら、なんか希望が見えてきた。

 でも考えてみれば、今までの瀬尾まいこさんの作品って、わりと暗い部分が描かれている。でもそれが、ドロドロしたところがあまりなくって、あっけらかんというか、なんかスパーンと話の流れに乗っかってそのまま明日に向かってる、なので殊更暗いなぁとは感じなかった。加えて、穏やかな筆致と柔らかい文体だからだろう。

 これも所謂「青春小説」の括りになると思うが、前述の朝井リョウとはかなり異なる青春小説だった。

 私と同じ35歳の瀬尾まいこさん。彼女から見た十四歳というのは、こういった感じなのかな、と思った。
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桐島、部活やめるってよ/朝井リョウ

2010-03-12 | 小説
 なんだか、キラキラしてる。これぞ青春小説! ってのがビシビシ浴びせられる。ともすれば豊島ミホが書きそうな具合のお話だけれど、決定的に違うのは卑屈さが豊島ミホのソレよりもカラッとしているところだろうか? そして作者の年齢だろうか?

 平成生まれの作者。それだけに、十七歳の心情や行動、言動がとてもリアルに感じられる。といっても、ワタクシは最近の十七歳のリアルなんて存じ上げておりませんが……まあ、こんなんか? こんなんだよな、最近の十七歳って! と。
 それに、いくら時代が違うとはいえ、十七歳は十七歳なんだよな、やっぱ。
 各章で主人公が変わるけれども、舞台は同じ高校。そしてキーワードの「桐島」。所謂、連作短編。その中に出てくる登場人物に、自分と近しいものを感じる人もいるだろうし、ああ、こういう奴いたよなー、ってのもあると思う。

 人それぞれのセヴンティーンがあるけれど、どこかに自分のセヴンティーンと触れ合う箇所が見つかるはず。

 第22回小説すばる新人賞受賞に名の恥じぬ、快作と言えるでしょう。
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いとしい/川上 弘美

2010-03-06 | 小説

誰かを好きになるということは、
誰かを好きになると
決めるだけのことなのかもしれない


 そんなことを言う主人公が、いとしい。というか、作者がいとしい。

 てっきり、単なる恋愛小説かと思って読んでいたら、やられた。「ああ、こんなカラクリだったんだ」と。いや、まあ、カラクリと言うと語弊があるかも知れないが、得てして恋愛なんぞはカラクリまみれの絵空事。時が経つうちに暴かれて、それをどう享受するかによって運命が進められる、のだろうとこの頃しきりに思えてくる。
 そんな、恋愛に猜疑心、というか、諦念を抱きつつある寂れたおっさんが読んでも、なんら遜色のない物語であった。

 ユリエとマリエ、姉妹のそれぞれの恋愛観とその行方が絶妙。
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東京日記 卵一個ぶんのお祝い。/川上 弘美

2010-03-06 | 小説
 その名のとおり、川上さんの住んでいる東京での出来事を書いた日記。とにかく、かわいい。行動や言動もさることながら、タイトルのいちいちがかわいい。
「どうして逃げるのー。」や「寝ても覚めてもめかぶ、の日々。」や「少し、エッチな気分。」や「みどりっぽい気分。」「よそゆきのブラジャー。」「かならずたすけます。」等々、枚挙に暇がない。そしてもちろん、「卵一個ぶんのお祝い。」

 かわいい……とか言ってよいものだろうかどうだろうか、思案したが、率直な気持ちとして、そう思った。ちょっと卑猥な記述などに出くわすと、なんだかドキドキしてしまう。なんだ? 恋か?

 いやさて、恋にしろ何にしろ、好きな人の色々を知るというのは、かくも胸踊り、充足感に満たされるものである。たとえこの日記のあとがきに「少なくとも、五分の四くらいは、ほんとうです。」などと書かれてあってもだ。
 多少の誇張くらいはものともしない、かわいさが彼女にはある。
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きのうの神さま/西川 美和

2010-03-05 | 小説
 この人の文才には、ほとほと感心させられる。思わず「貴女、映画監督ですよね?」と言いたくなるくらい、巧い。
 確かに彼女は、最近の流行漫画やら売れてる小説やらをやたらと映画化してしまう輩とは違い、自らの原作で脚本、監督を行なうのを常としている方なので、その多岐にわたる才能の一端ではあると思うのだが、それにしても、本職顔負けの小説である。

 本書は映画『ディア・ドクター』に寄り添うアナザーストーリーを収めた短篇集である。ここですごいのが、映画の原作ではない、というところ。
 読む前に映画を観たのだけれども、如何せん傑作『ゆれる』が心を支配していたせいか、いまひとつ消化不良であった。ここはひとつ、映画の原作でも読んでその本質に迫るべきだ! と思い、本書を手に取ったのだが、どっこい原作ではなかった。それが寧ろ、とても好かった。無論、映画とはまったく関係がないわけではなく、その根幹にある僻地医療や医者のあり方などは真っ直ぐ映画と繋がっている。さらには、映画を観ていたからこそ解ったが、映画の登場人物のあの人やこの人の逸話が絶妙に記されている。
 そして何度も言うようだが、やはりその文才は比類ない。というか、彼女の映画を目の当たりにしているからこそだろうけど、文章で描かれている情景が鮮明に浮かぶ。しかもそのカットがまさに西川映画のカット割り。それは当たり前のことなんだろうけれども、なかなか自分の思い描いた情景を文章と映像で一致させるのは至難の技だと思う。そいうところに西川美和という人物の才能がありありと窺える。

 きっともう一度、映画『ディア・ドクター』を観直せば、より確実なものが得られるような気にさせられる。そんな珠玉の一冊。
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