「アベノミクス第2弾の株高が始まった」と説く武者陵司氏に聞く
日経平均が1万7000円台に入り、株価はやや上昇傾向だ。これは一時的なアヤなのか。
「いや、これから壮大な株価上昇が始まります。8000円から2万円へと2.5倍になったアベノミクスの最初の状況と同じスケール、第2段の始まりです。年末には日経平均2万円を超す可能性が高い。2020年までに3万円になっても不思議はない」
こう明言するのは、強気の証券アナリストである武者陵司・武者リサーチ代表だ。「2年で2%」という日銀の物価押し上げは実現していないが、有効求人倍率年は25年ぶりの高水準、失業率も3%に低下して、低率ながら賃金が上昇。住宅家賃も上昇基調にあり、デフレ脱却の基盤は整いつつある。
そのもとで、9月の日銀の政策決定により長期金利がゼロに固定された。借金して株や不動産を買っても損するリスクは大幅に低くなった。金融庁もリスク規制に厳しかった従来の金融政策を大転換、「リスクテイク促進」を民間金融機関に働きかけている。
貯蓄より投資――。「政府、日銀一体となっての投資促進政策が株価を押し上げる可能性は高い。それは消費や投資を拡大し、経済成長のテコになる。2020年頃までに名目GDP(国内総生産)600兆円という政府目標の達成も難しくない」と言う武者氏に「今後の株式市場と日本経済」を聞いた。
株式時価総額は4年で2倍の1000兆円に
井本 10月下旬から日経平均は1万7000円台と以前より少し上がっています。
武者 これから大きな株価上昇が始まります。日経平均2万円はすぐに超えるでしょう。アベノミクスの第2弾です。株式のフェアバリュー(適正価格)で考えれば、いま日経平均が3万円でも不自然ではないと考えています。
3万円になるのが2020年だとしても、株式時価総額は今後4年間で現在の500兆円から1000兆円へと倍増します。経済効果は抜群で、消費者や投資家の心理を劇的に変え、名目GDP600億円という政府目標の達成は容易になりますね。
井本 エコノミストの多数派はもっと弱気です。3万円などとてもムリだ、という意見が大勢です。武者さんの強気の根拠はなんでしょう。
武者 まず日本経済のデフレ脱却の条件が整ったことが挙げられます。
井本 「日本がデフレから脱却している」と主張する人も少数派ですね。黒田東彦・日本銀行総裁も公約した「2年で2%」という物価上昇の目標は達成できないと認めました。
武者 確かにそうですが、その原因の大半は円高と原油価格下落です。アベノミクスの責任ではない。「アベノミクスは失敗した」とか、「日銀の金融緩和は水泡に帰した」という議論は誇張されています。
円高と原油下落を除けば、物価は上昇基調です。当面2%は無理でも、徐々に物価が上がる可能性は高いと思います。
物価を決める要素は3つです。第1は人件費(賃上げ)、第2には地代、第3は輸入物価です。原油安と円高で輸入物価は下がっていますが、インフレの3分の2を構成する人件費は人手不足と失業率の低下で明らかに上がっています。
雇用の改善は非正規社員が中心で賃上げの上がり方は低いけれど、パートやアルバイトの時給が上がっているのは確かだし、正規社員の給与も低いなりに伸びています。
また、不動産需給が好転しています。リーマンショック以降、大きく増えていた商業用不動産の空き室がアベノミクス実施以来減少に転じ、家賃もようやく2012年から上昇に転じています。
井本 上場企業の企業業績は今上期の純利益が前年同期比20%ほどで4年ぶりの減益です。
武者 円高の影響ですね。しかし、通期では回復に向かう見通しだし、アベノミクスが始まる直前の2012年度に比べれば高水準で大幅に良くなっています。
経済学的に言えば、アベノミクスによる量的金融緩和導入前の20年間(1992-2012年)は金利>GDP成長率の関係が続き、金利(=信用)が経済成長の制約要因でした。しかし2013年以降、GDP成長率>金利とはっきりと逆転し、経済の成果(名目GDP)がコスト(長期金利)を上回るようになり、リスクテイカーが報われる環境が定着しました。
金利よりも経済成長率の方が高いならば、借金して株や不動産を買っても損する危険は低くなる。株価上昇の環境が整ってきたということです。
井本 ただ昨年夏以来、2万円を超えていた日経平均は2万円を割り込み、低迷を続けてきました。「アベノミクスは終わった」という冷ややかな見方も強まりました。
解消されつつあるマイナス要因
武者 それは円高や中国経済の失速不安、中国発世界危機の懸念が強まったことが原因です。2014年4月に消費税を8%に引き上げたことも経済成長にブレーキをかけた。
しかし、これらのマイナス要因は解消されつつあります。消費税の10%への引き上げは延期され、中国経済の減速が日本経済に悪影響を与える懸念も弱まっています。
井本 「日本人は借金してまで株を買わない」「デフレ意識が強い」とも言われています。
黒田総裁は11月1日の金融政策決定会合で物価の2%目標の達成時期を2018年度頃へと先送りした際、「(日本人の)デフレマインドは相当に強く、払拭には時間がかかる」と述べてます。
武者 今の日本人が縮こまっていて、株や不動産に手を出さなくなっているのは確かです。でも、それは日本人の本質的な特性ではない。
1980年代後半から90年代初めまでのバブル期は極めて投機的だった。90年代に入って、それが冷却化したのは日銀の政策が原因でした。89年末、日銀は利上げと融資規制によりバブル潰しの引き金を引いた。
当時債券利回りは8%と高かったが、株式益回りは2%以下(PER50倍以上)、配当利回りは0.5%と著しく低く、明らかに異常な資産バブルが発生し投機が蔓延していました。
金融市場が歪み、適切な資源配分の場として機能しなくなっていた。がん細胞の肥大化のようなもので、当時の日銀のバブル潰しは正当な政策でした。
ただ日銀はその後20年にわたって株価、不動産価格下落を放置、容認し、今ではマイナスのバブルと言える状況となっています。
井本 過ぎたるは及ばざるがごとし。
武者 現在の株式益回りは6~7%、配当利回りは2%。これに対して、預金金利、国債利回りは0%とその差は著しい。
つまり実物経済には十分なリターンが存在しているのに極端なリスク回避により、国民貯蓄の大半はリターンゼロのいわゆる安全資産である現金・預金・国債に寝ている。不当に株安、不動産価格安が放置されている。
1990年当時と逆ですが、金融市場が機能不全に陥っている点は全く同じです。ならば当時と同様に、日銀が政策介入して資産市場を是正するのは、当然の措置でしょう。
9月の金融政策で、日銀が長期金利をゼロにしたのがそれです。長期的に長期金利がゼロでロックされ、他方株式益回りは6~7%、配当利回りは2%なのだから、大きな裁定チャンスが長期にわたって続くことがほぼ約束されたわけです。
もちろん買った株価が下がるリスクはありますが、いくつかの企業の株をバスケットで買うなど工夫次第でリスクは下がる。またインカムゲインだけで見ても2%の利ザヤが稼げる。
銀行にカネを貸せと言い出した金融庁
それに気づく預金者が今後、徐々に増えていく。何よりもイールドハングリーな海外投資家はその裁定投資機会を見過ごすことはできないでしょう。
金融庁もその方向に動くよう、「銀行にカネを貸せ」と言い出した。森信親金融庁長官は、米ウォール・ストリート・ジャーナルの8月3日付けのインタビューで「バブル崩壊後の日本は過剰な規制で銀行のリスクテイクマインドを奪い、金融機能が機能しなくなった。投資家にリスクを取らせるよう誘導することが金融政策の優先課題だ」と発言している。
これは規制官庁だった金融庁の革命的な転換です。貯蓄より投資。徹底的なリスクテーク促進。それが今、起こっている。指揮しているのは安倍官邸です。政府、日銀一体となった投資促進政策が進められているのです。
日銀によるETF(上場投資信託)の買い入れ倍増(3.3兆円から6兆円へ)、金融庁などの主導によるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)やゆうちょ銀行、かんぽ生命など公的機関投資家の改革はその一環です。
大手メディアや株式市場、アカデミズムはこれに懐疑的で、まだ株価はあまり上がっていないが、だからこそ大きな投資チャンスがあると見ています。
井本 日銀もそこを狙っている?
武者 日銀の狙いを推測すれば資産インフレでしょう。金融政策がインフレやデフレを引き起こす債には、必ず先立って資産価格が変化する。バブル期には1989年末に金融引き締めが起き、株式、次に不動産価格が急落、物価がデフレに陥ったのは9年後の98年だった。
米国でもリーマンショック後、量的金融緩和政策により株式、不動産が上昇し、家計消費増加の推進力となった。資産インフレをデフレ脱却のテコにする。そこに今回、日銀が行った長期金利ゼロ固定政策の戦略があるのでしょう。
井本 「政府が音頭をとっても株を買う日本人は少ない。バブル期も一般庶民は貯蓄中心で、投資家は一部にとどまっていた」という議論もあります。
武者 そういう面はありますが、1980年代の日本では貯蓄そのものがそんなになかったので、株に手を出す人間は少なかったとも言える。
現在の日本人は世界最高の国民貯蓄を持っている。それが適切に生きるような金融政策を政府、日銀がとるのは当然でしょう。
家計保有の金融資産の投資先を日米で比較すると、日本では年金保険の準備金を除く自由に運用できる資産のうち株式は14%に過ぎず、75%は現預金です。
米国は同資産のうち50%が株式で、投信を加えれば70%がハイリスクハイリターン資産です。他方現金預金は20%に過ぎない。その結果、家計の現金所得に占める資産所得は日本は全体の1割弱、米国は3割以上と大きく開いている。
日本人の家計所得の源泉はほとんど労働賃金のみ、米国人は賃金が上がらなくとも資産所得で消費でき、家計は潤う。日本人も米国のようにキャッシュフローを生む金融資産を増やした方が豊かな生活になります。
借金なしで1兆ドルの外貨準備
井本 日銀が膨大な国債を買ったり、安倍政権が公共事業を増やすなど日本の財政は大幅に悪化しています。国の借金は1000兆円以上で、このまま膨れ上がって行くと財政破綻の恐れがあるという議論も多いです。
武者 あまり意味のある議論ではない。借金が多くてもそれに対応する資本、資産があれば問題はないのです。
日本は国の資産が極めて潤沢で例えば外貨準備が1兆ドルある。外貨準備は中国が3.2兆ドルと日本の3倍ありますが、その大半は海外からの借金で、日本は海外からの借金がほとんどありません。
井本 道路などの公共事業は非効率で、実際には赤字の政府資産が多いと言われます。
武者 非効率なハコ物行政が多いのは間違いないですが、いま借金の金利はほぼゼロです。それに日本は世界最大の対外資産を持っている。
民間は大幅な黒字で、国全体としての借金はほとんどない。世界で一番バランスシートが健全です。そこを見ずに政府の借金ばかり論ずるのは偏った議論です。
重ねて言えば、今の最大の問題はデフレです。デフレの結果、年金など国民の福祉維持のための負担が膨らんでいる。なのに政府の赤字縮小ばかり考えて、デフレ解消を後回しにするという議論はおかしい。
民間部門が需要不足でカネ余り。そこで民間の余ったカネを政府が使っている。財政赤字はその結果で、国全体の経済を考えれば、今はある程度「大きな政府」にした方がいい。
日銀の政策批判の中心に金融政策による需要創造は無理という議論があります。
批判派の旗頭の1人である翁邦雄京都大教授は、一連の超金融緩和政策は「人口減で長期需要が減っている住宅を前倒しで建てるようなもので将来需要の先食いだ」「資源量が減っている魚の漁獲量を維持するために網の目を細かくする漁法と似ている」とのわかりやすい事例で批判している(10月3日日経新聞「経済教室」)。
武者 しかし今の日本の民間部門は空前の貯蓄余剰状態にある、ということは空前の需要の先送りが行われているということなのです。
金融とはA氏が所得をすべて消費せずに貯蓄(a)に回し、B氏が所得以上の消費を借金(b)によって賄うことの仲立ちである。ここで貯蓄と借金の差額(a-b)が大きいということは、現在の需要が将来に先送りされているということです。日本は世界で最も需要の先送り=貯蓄余剰が大きい国と言えます。
現在の日本の需要水準の劣悪さは、住宅や人々のライフスタイルを海外と比較すれば一目瞭然であり、そこに改善の余地は大きい。
原因は日本人の欲望水準(=潜在需要水準)が世界からかけ離れて低い点にある。欲望水準を引き下げた大きな原因の1つは、世界に例を見ない、不当に長期にわたる資産価格下落にあります。
本来不必要だった不良債権処理
日本のリスク資産時価総額(不動産と株式の時価総額)の推移をたどると、1989年の3150兆円から20年にわたって減少を続け、2014年に1550兆円で底入れしましたが、その間1600兆円の富が失われてしまった。
この富の減少の過半800兆円以上は不必要な、過剰な値下がりであり、日本企業と消費者に多大な重荷をもたらしました。企業や金融機関は本来不必要な不良債権処理や減損処理を迫られ、その犠牲は賃金に転嫁された。
これに対して諸外国のバブル処理は全く異なっています。
住宅価格推移を国際比較すると、2006年頃にかけて世界的な住宅バブルが崩壊しましたが、下落はほんの数年で住宅価格は大きく回復しています。20年間もの資産価格下落は日本だけの際立った現象であり、その間金融政策が大きな負の役割を果たしていたのは明白です。
しかし逆に考えれば、不当な資産価格の是正だけで国民の資産価値が500兆~1000兆円規模で増える、つまり日本には巨額の埋蔵金が眠っているということでもある。
井本 世界経済の動きと、それが日本に与える影響はどう見ていますか。
武者 世界的に空前の金利低下が進行しています。欧米では株式の配当利回りは国債利回りより著しく高くなっている。しかしいち早く積極的な量的金融緩和策をとってきた米国は資産価格の押し上げに成功している。
リーマンショック以降、株式、不動産価格が顕著に回復し、家計の資産内容は改善。消費が増加し、雇用・生産が回復している。大統領選後の来年は財政出動も想定され、長期金利が上昇に転じ、流動性の罠に陥るリスクは完全に消えるでしょう。
世界的余剰資本はリスクテイクの様相を一段と強め、円高一巡後の日本に押し寄せる。それは日本の株高を促すはずです。
井本 中国経済の減速が与えるマイナス面はどうですか。
武者 中国経済は中国の公共事業と住宅投資によって改善されています。もっとも、それは当面の難題、需要失速を糊塗する弥縫策であり、過剰設備、過剰生産の先延ばしです。
不良債権は温存、拡大され、長期的に中国経済は一層、困難を高める懸念が強い。ですが、今後1、2年は小康状態で、資本規制によって中国経済が日本など海外諸国に悪影響を与える懸念が収まりつつあります。
井本 資本規制とはどういうことですか?
武者 簡単に言うと、中国経済に資本の「万里の長城」を築くということです。中国金融が世界と隔離され、孤立していくわけで、中国金融が腐っていっても、世界に伝播しなくなる。
統制国家の中国では、資金の出し入れを厳しく管理できる。海外資産取得や海外への資金の持ち出しなど、日本などの自由主義国家に比べ資本規制しやすい。
昨年8月の時点では中国経済の急激な悪化により市場不安が高まった。中国が人民元の下落を容認したら、中国投資をしていた海外の投資家はいっせいに資金を引き上げる。中国発の世界危機の恐れが昨年まではかなり高かった。
井本 実際、昨年春から夏にかけて上海株が急落していました。今、不安が去ったのはなぜですか。
武者 実質的には米中による話し合いでしょうね。今年2月に上海で開かれた20か国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁の会議がクライマックスです。人民元の大幅切り下げはしない、言い換えれば資本コントロールをするということが米中の協議で決まったようです。
中国からの資本流出を恐れた米国
井本 中国はなぜ米国の要求を呑んだのでしょう。
武者 それは当然で、中国から資本流出が起こって金融崩壊になれば、中国の体制危機が起こり得る。絶対避けねばならない。そのためには資本規制をして、金融秩序を保たねばならない。
米中共通のメリットがあったということ。そもそも中国の問題は経済が急成長し、不良債権が膨らむ中で急速な資本自由化をやったことです。ファンダメンタルズが弱いのに資本自由化を無理に進めれば危機が世界に伝播し、1990年代のアジア危機がそうだったように、世界金融危機が起こる。
2015年8月に中国で起こった株価暴落はその危機を想起させた。しかし資本自由化を事実上棚上げし資本規制、コントロールの世界に戻ることで、中国にとっても、世界各国にとっても当面の危機は回避されました。
井本 昨年後半1ドル=120円台にまで安くなった円相場は今年に入り、半年で100円へと急速な円高になりましたが、最近は再び、円安傾向が見られます。この背景は何でしょう。
武者 米中の人民元の価値を市場実勢以上に高めに維持するという交渉の過程で、具体的手立てとして資本規制が浮上した。
「人民元の大幅切り下げはしない」という中国側の犠牲に対して、当時人民元に比べ相対的に安かった円を「高くせよ」という要求が中国側からなされたのではないか。中国に人民元切り下げを呑ませるために、米国が円高の圧力をかけた可能性が大きいと思われます。
しかし、中国の資本規制によって人民元の暴落のリスクは封印され、これ以上円高を求める必要性は薄れた。
それに、今後は中国の軍事攻勢が強まる中で地政学的に日米同盟を強化する必要性の方が高まっている。日本の国益に悪影響を与えるような円高は要求できない。そこで円高圧力が弱まったということだと思います。日本のデフレ脱却にとってはプラスです。