2009年3月、だいぶ前のように感じますが、
どうなる日本のバイク業界 という記事を書きました。
http://blog.goo.ne.jp/quackpie/e/33dbac73869928c73522dad52d6b09fd
「各メーカーがもっと初心者向けモデルを充実させ、
崩れかかったマーケットの再建に業界全体で取り組む。
それが長期的な業界の利益につながるのではないか」 …そういう趣旨の記事を書きました。
排ガス・騒音規制が強化され、
各メーカーが極端にバイクの値段を上げながらも性能は低下の一方を辿るという厳しい局面を迎えた時期だったからです。
その記事の中で、当時の自分の考えとしてこのような一節を書きました。
熟年ライダーが高いバイクに乗るということは一切問題ではありません。
真の問題は、新しいライダーが増えないことによって
やがて日本のバイク業界は後退するのみとなり、高齢化が進むと
バイク文化そのものの存続が危ぶまれることです。
これを防ぐには、これから初めてバイクに乗る人たちへの
足がかりとなるモデルをメーカーが用意しなければいけません。
(若干偉そうな論調が気にならないでもないですが…。)
今でも駐輪場の不足や若者のバイク離れ、ライダーの高齢化など
国内のバイク業界を取り巻く様々な問題について盛んに議論されているのですが、
メーカーが用意するエントリー層向けモデルは非常に充実してきました。
今回、実に3年ぶりとなりますが、
その後日本のバイク業界が歩んできた道筋と、今現在起こっている劇的な変革について
エントリークラスのラインナップ充実という点に焦点を当てて書き記しておきたいと思います。
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カワサキが一石を投じ、ホンダが十石を投じる
当時、国内の様々な規制によるバイクの車体価格高騰問題に先手を売ったのはカワサキでした。
今となっては250ccスポーツバイクの定番となった「Ninja 250R」。
Ninja 250R
同じ250ccのバイクとはいえ、
過去のCBR250RR、バリオス、ホーネットなどの超高回転・高出力型4気筒エンジンではなく
日常のライディングに適した穏やかな出力を持ち、なおかつ製造コストの低減に寄与する
オーソドックスな2気筒エンジンを採用しました。
日常生活では使用する機会が少なく
狭いユーザー層だけが求めるハイパワーな設計思想を廃しコストを下げることで
カジュアルな層にも訴求することのできるきわめて間口の広いバイクを世に放ったのです。
扱いやすい特性と使い勝手の良さは熟練ライダーにも高く評価され、幅広いユーザー層を獲得する大ヒットモデルとなりました。
時を同じくして、新聞・雑誌上ではホンダの抜本的な戦略転換の記事が躍ります。
「バイクの部品調達をグローバル規模に拡大し、生産コストの低減と販売価格を進める」。
高品質と業界最大シェアを握るホンダがメーカー希望小売価格の2~3割低減を表明したことで
一部のユーザーの間ではバイクの工業的品質の低下を不安視する声があったのも事実ではないかと思いますが、
Ninja 250Rの成功から2年近くが経ち、
2011年、ホンダが国内向け車種としては初となるタイ生産のスポーツバイク「CBR250R」を発表します。
CBR250R
「CBR」は同社のスポーツバイクのフラッグシップ「CBR1000RR」「CBR600RR」が冠する旗艦ブランド。
ライバルとなるNinjaの2気筒エンジンに対して更にコスト面で有利となる単気筒(1気筒)エンジンを搭載したことで
既存ユーザーの一部からは驚きと困惑の声が漏れたとも聞きますが、
市場ではNinja250Rの独壇場となっていた身近な250ccスポーツバイクというジャンルに
新たな選択肢が提供されたことで大きな歓迎をもって受け入れられることとなりました。
ユーザーに与えられた良質な選択肢の出現は
ただ単に2種類のバイクがあるということ以上の大きな意味を持ち、
バイクに乗らない人々へのビビッドなメッセージになったことかと思います。
ホンダはその後も一貫してエントリーユーザー層の拡大を強く意識。
海外生産によるコストダウンを行いながらも強い製品性を持つ小排気量スクーター「Dio110」「ベンリィ110」を
立て続けに発表しており、新機軸の製品を投入し続けることで業界をリードしています。
Dio 110
ベンリィ110
カワサキ、スズキ、ヤマハの3社も定期的な新製品の投入は図っていますが、
ホンダの圧倒的なスピード感には追随できずにいるというのが実情ではないでしょうか。
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常識を覆す(常軌を逸する?)ホンダの革新性
他メーカーがホンダの小排気量車種の多重攻勢に追随しきれずにいる中、ホンダは更に独走の構図を強めます。
それは大型バイク市場、特にエントリークラス(700cc程度)のテコ入れでした。
「New Mid Concept」の投入。
直訳すれば「新しい中型車種」という今までにもありそうなフレーズですが、
敢えて色をつけて日本語に訳すとすれば「新たな中大型車の市場を開拓する革新的なシリーズ車種」とでも呼べるかもしれません。
これは同じ一種類のエンジンとフレームを新規設計し、
同じプラットフォームから複数のバイクを生み出すという
四輪車では当然となっている車台(基礎設計)の共通化による徹底的なコストダウンがコンセプトの主軸となっています。
New Mid Conceptの共通フレームとエンジン
これにより生まれる車種は3車種、「NC700X」「NC700S」「インテグラ」。
NC700X
NC700S
インテグラ
全て同じプラットフォームを採用、細かい部品の共用により徹底的な合理化がなされており、
2月17日に発表された「NC700X」はベースグレードが65万円を切るなど
700ccの大型バイクとしては常識を覆す(常軌を逸した?)価格での市場投入となります。
共通プラットフォーム採用という条件化で
外観形状の大きく異なる3車種をリリースすることは容易ではないはずです。
ただ安いだけではなく、品質を維持し、特徴のある製品を平行展開する。
経営層、設計者とデザイナー、生産担当、セールスの間で
きわめて高い次元の折衝があったからこそ実現できた離れワザではないでしょうか。
ひょっとしたら1年間、場合によっては2~3年間は
この3車種が誇る革新性には他のどのメーカーにも追いつけないのではないかとすら思えるほどです。
「New Mid Concept」の年間計画販売数は大型バイクとしては異例の3,500台(シリーズ合計)。
大型バイクの販売台数の1位を独走する「CB1100」ですら3,000台の設定のため
ホンダがいかにこの3台に強い想いを込めているかが窺えます。
開発費と製造原価を抑えつつも、バイクとしての魅力を失うことなく強い製品力を持たせて市場投入を図る。
いまの日本のメーカーが海外のメーカーと戦っていくなかで重要な要素なのではないでしょうか。
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ホンダの独走に見え隠れする業界の温度差
ひとりのホンダファンとして、
ユーザーの想像を超える数々の提案を打ち出す同社の攻勢には
業界を引っ張るリーダーとして溢れんばかりの頼もしさを感じます。
個人的にはこれだけのラインナップが揃うことに一種の幸福すら感じてしまうのですが、
私が心の底から望むことはホンダの絶対的な繁栄ではなく、日本のバイク業界の再興と活性化です。
先行するホンダに対し、カワサキ、スズキ、ヤマハの3社が対抗し
新たな車種投入を行うことでユーザーの選択肢が広がり、
新規ユーザーの取り込みに繋がることで業界全体の繁栄に繋がると思います。
ホンダただ一社のみが独走する形では、真の意味での業界繁栄にはならないのでは…?
独走するホンダに対して、
他の3社については個々の個性的な車種の投入はあれど
国内の市場自体に影響を与えるような明確な経営アナウンスが打ち出されていないのが現状かと思います。
なにも3社の対抗策がホンダと同じ手法である必要はありません。
絶対的高性能のZX-14R、伝統とモダンの共存を実現したW800などインパクトある製品群を持つカワサキ、
ホンダと同じく四輪車の設計・開発・生産を手がけるスズキ、
中国やブラジル、インドでホンダと小排気量車種の覇権争いをするヤマハ、
それぞれ各社の得意とする異なったアプローチで対抗すればよいと思うのです。
個人的には、
あまりホンダが遥か先を走りすぎることで他の3メーカーに対し必ずしも良い影響が出るとは限らないと思います。
温度を水に例えると、次々と新製品を投入しているホンダは沸点を超えて110℃くらいを推移している。
その周りにいる3社は、懐具合も気にしながら、周回遅れにならない程度に新製品を出し
60~70℃程度に抑えつつ反撃の手法を探っている…そういう風に思えます。
企業の規模や体力、経営状態もまちまちで異なりますので、
1社だけが突出して元気な状態であるよりも、4社がそれぞれ得意とする方法で競い合うほうが健全ではないでしょうか。
くどいようですが…、あくまでもこれは個人的な考えです。
ホンダが好きだからこそ、バイク業界の再興と活性化のために物凄く頑張っているホンダには
他のメーカーが追従できる余地を残しつつ駒を進めてもらえないかな、と感じてしまうのです。
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21世紀のバイク業界は、芽が出たばかり
冒頭でも書きましたが、
日本のバイク業界は駐輪場の問題や、若者のバイク離れなど社会構造上の大きな問題にも曝され続けています。
恐らくこれらの問題は数年前から大きな改善を見せておらず、
やっと浸透し始めたエントリー車種の拡大によるバイク人口の維持拡大は業界再興への入り口に過ぎません。
各メーカーには引き続きラインナップの拡充と最適化(時代にそぐわないモデルは思い切ってやめる)を進めるいっぽう、
街中でのバイクの市民権や利便性向上に取り組んでほしいと思います。
これは個人的な考えですが、社会制度への働きかけもより重要ではないかと思います。
【提案1】 免許制度の改革
⇒海外と同様に、原付免許を125ccまで、中型免許を600ccまで引き上げすることで
ユーザーにとってはより上位のバイクに乗りやすくなるというメリットが、
メーカーには海外仕向けと同じ排気量のバイクを国内でも共通化して売れるメリットがあります。
【提案2】 バイクへのエコカー減税の適用
⇒燃費のよいバイクの取得・維持にかかる税金を大幅にカットし、
四輪車主体の社会から二輪車主体の社会へ切り替えを促す。
切り替えが進むことでユーザーの数に厚みが増し、駐輪場の建設機会も増加するのでは。
今回はエントリー車種の拡大に的を絞って書きましたが、
おそらく2~3年後の課題はこうした社会構造への働きかけが重要なポイントになっているのではないかと予想します。
業界はどのように進んでいくでしょうか。これからも注目していきたいと思います。