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裁判革命 国民参加を前に 1~3

2009年07月25日 | スクラップ


1 被害者参加制度 伝えたい思い つらさ、切なさも交錯




 「刑務所で、言葉の重みを考え反省してもらいたい」

 1月30日、札幌地裁。父は、向かい合った被告の男性(42)をまっすぐ見据え、高ぶる感情を抑えるように「実刑」を求刑した。

 07年4月、強風で大波が押し寄せる神奈川県平塚市の河口域に天候を十分確認せず出航した被告操縦のプレジャーボートから、27歳の息子は転落し死亡した。業務上過失致死傷罪に問われた被告は、事故直後に「一生償う。葬儀や墓の費用を分割で支払う」と言ったまま音信不通になった。

 父は被告に直接、問いかけたかった。被告人質問では、仲間が建てた墓碑の写真を検察官にスクリーンに映してもらった。「ここにある『絆(きずな)』という言葉をどう思うか」。被告は「ずっと被害者のことを考えている」と釈明したが、裏切り行為ではないかとの父の追及に、返答できなかった。

 判決は禁固1年6月の実刑。裁判官は「被害者のお父さんの考えを聞いたと思うが、どう償うか考えてきてほしい」と被告を諭した。「裁判官に気持ちが十分伝わった」。父は判決後、コメントした。

 

   ◇   ◇

 被害者や遺族の声が裁判に反映されていないとの訴えを受け、刑事裁判への被害者参加制度が昨年12月、始まった。参加した被害者の思いはさまざまだ。

 2月20日、東京地裁。トラックを運転中に交差点でバイクをはねた男性(66)に禁固1年6月、執行猶予5年が言い渡された。5年の執行猶予は法が定める最長期間。調理師の夫(当時34歳)を失った妻(34)は法廷で実刑を求めていた。裁判長は妻に語りかけた。「落胆されていると思うが、無謀運転ではなく、量刑は配慮しないといけないのです」。異例の説明だった。

 しかし判決後の会見で妻は涙にくれた。「何も響かない。無罪と同じ……」。声を震わせ改めて実刑を求めた。妻は東京地検に控訴を要請したが、受け入れられず判決は確定した。

 被害者参加実現を求めてきた岡村勲弁護士は、この法廷を傍聴し「遺族はつらいだろうが、裁判官は思いを受け止めている」と語る。しかし、被害者支援に取り組む番(ばん)敦子弁護士は「被害者にむなしさが残る制度にしてはいけない」と指摘する。

 被害者参加は、裁判員制度の設計時には考慮されていなかった。裁判員が被害者の訴えを結論にどう反映させるか、遺族側も法律家も測りかねている。

 

   ◇   ◇

 藤生(ふじう)好則さん(72)=浜松市=は97年以後計3回、妻や娘3人とフランスの法廷に臨んだ。旧文部省職員だった娘朱美さん(当時25歳)は95年、派遣先のパリのアパート自室で胸を刺され殺害された。アパート管理人の関係者ら被告2人が起訴された。

 フランスは市民が裁判官とともに有罪・無罪を判断し量刑も決める参審制を採用。被害者参加も行われている。藤生さんは裁判で、弁護士を通じて被告に質問し、憤りと悲しみを陳述した。

 参審員は、振り袖姿でほほ笑む成人式の朱美さんの写真を回覧した。その表情は、身内のことのように考えているようだった。審理が未明になる日もあったが、居眠りする人はいなかった。

 裁判は1人が禁固10年で、もう1人は無罪が確定した。藤生さんは結果には不満だ。しかし、やるだけのことはやった。「娘への愛情や被告への怒りは法廷にいた全員に伝わったと思う。裁判のプロセスにかかわれたことは救いだ」=つづく

 

   ×   ×

 裁判員制度が5月に始まるのに伴い、法廷模様は大きく様変わりしている。犯罪被害者の権利も拡充された。国民の司法参加を前に、刑事裁判や模擬裁判の現場を通じ、司法改革の到達点と課題を探りたい。

 

 ■ことば
 ◇被害者参加制度

 07年6月の刑事訴訟法改正で導入された。被害者や遺族は裁判所に認められれば、情状面に関する証人尋問、被告への質問のほか、検察官とは別に求刑意見を述べられる。1月末までに64事件で98人が参加を申し出た。対象事件は殺人や傷害、性的暴行、誘拐、交通死傷事故などで、多くが裁判員制度と重なる。

 

毎日新聞 2009年3月15日 東京朝刊

 

 

 

国民参加を前に/2 公判前整理手続き 「合意」が崩れる時も
 

■密室の協議…予想外の否認

 1月15日、姉に対する殺人罪に問われた小野健作被告(44)は東京地裁の初公判で迷いなく答えた。「殺意はありませんでした」

 起訴内容の認否を尋ねた登石郁朗裁判長は、驚いたように口を開けた。陪席裁判官と顔を見合わせ小声で相談して、一言告げた。「いったん休廷します」。傍聴席を埋めた人々は首をかしげた。

 公判前整理手続きで、殺意の有無を含め事実関係に争いはなかった。15分後に再開された法廷で、登石裁判長は改めて尋ねた。「殺意があったと言われても、仕方ないのでは」。一瞬の沈黙の後、小野被告は「はい」と答えた。公判は早期に終結し、懲役6年の実刑が確定した。弁護人は閉廷後の取材に対し「満席の傍聴席にあがってしまったようだ。休廷中に(殺意は)確認した」と説明した。

 法律家たちが非公開で行う公判前整理手続き。その合意が崩れた時、裁判員は、どう考えるだろうか。

 

   ◇  ◇

 公判前整理手続きが導入されて3年余。検察の証拠開示が進み、主張の整理も浸透してきたとされる。しかし、広島高裁は昨年、1審の公判前整理手続きの不備を相次いで指摘する。

 9月、07年に山口県周南市で親族夫婦を殺傷したとされた森本貞義被告(73)の控訴審判決で、審理を差し戻した。被告は殺意などを争い、山口地裁は、検察側が請求し弁護側も同意した証拠のいくつかを採用しないまま懲役18年とした。高裁は、被害者の傷の状況を撮影した写真や医師の分析などを挙げて「1審が証拠を調べなかった理由は全く不明だ」と痛烈に批判した。

 12月、広島市の小1女児殺害事件で殺人罪などに問われたホセ・マヌエル・トレス・ヤギ被告(37)の控訴審判決。初公判から5日連続の集中的な証拠調べをし、裁判員制度のモデルケースとされた1審を否定。審理のやり直しを命じた。

 事件現場は室内か屋外か。広島地裁が判断を避けたのを「不可解」とし、「検察官調書を調べれば特定できた可能性がある。公判前整理手続きで当然行うべき準備を十分しなかった」と指摘した。ただ、女児の父は「苦しみが長引くのはつらい」と語り、法曹界からも「量刑判断に現場の特定が必要か」と疑問視する声がある。

 

   ◇  ◇

 新潟県弁護士会の中村洋二郎弁護士は昨年8月、新潟地裁に意見書を出した。車を運転して電柱に衝突し同乗の2人を死なせたなどとして業務上過失致死傷罪に問われた被告の弁護人を務めていた。

 公判前整理手続きで無罪主張し、検察側証人の捜査を担当した警察官への反対尋問を60分要求すると、裁判所に25分に制限された。「真実発見は裁判の生命。尋問時間は可能な限り保障してほしい」。意見書に記した。

 「争点・証拠の整理は当事者の意向を尊重すべきだ。裁判員制度でも真相解明は審理期間の短縮以上に重要」。1月にまとめた報告書で、最高裁は指摘している。=つづく

 


 ■ことば
 ◇公判前整理手続き
 国民の司法参加に向け審理の迅速化を図るため、05年11月から導入された。公判前に裁判官、検察官、弁護人が協議して争点や証拠を絞り込み、審理計画を立てる。弁護側の主張組み立てのため、検察側に証拠開示を求める権利が拡大した。手続き終了後は原則として、新たな主張や証拠提出はできない。


毎日新聞 2009年3月16日 東京朝刊

 

 

 

国民参加を前に/3 少年審判の傍聴制度 被害者の目を意識
 

■更生重視か、懲役科すか

 なぜ、こんなことが起きたのか。それを知りたくて、澤田容之(やすゆき)さん(55)と妻美代子さん(52)は昨年12月26日、千葉家裁の少年審判廷にいた。最後方の机がある椅子に座り、少年鑑別所職員をはさんで、前方にいる少年の後ろ姿を見つめた。

 息子の千葉銀行員、智章さん(当時24歳)は昨年11月、千葉県香取市で軽トラックにはねられ死亡した。同市の土木会社員の少年(19)が殺人の非行事実で家裁送致された。

 捜査関係者によると、少年は同僚への暴行を土木会社社長の父に怒られ「イライラして、誰でもいいからはねようと思った」と供述した。だが、警察や検察から両親に詳しい説明はなかった。

 「金融取引の資格を取る」。智章さんの日記を読んだ美代子さんは、無念さをかみしめ審判で意見陳述した。「絶対に許せない。極刑を望みます」

 傍聴を振り返り「思いが伝わったとは思えないが、審判のやりとりを聞いて少年の人となりや動機は分かった」と語る。

 少年の付添人の弁護士は夫妻の傍聴に反対した。この事件にかかわった別の司法関係者も「少年はとても未熟だ。事件を受け止め切れず、反省できていない」と傍聴を許した家裁の姿勢を疑問視する。

 しかし、容之さんは言う。「密室の審判では反省は深まらない。被害者の声こそ、心を動かすはずだ」

 

   ◇  ◇

 少年審判の目的は、内省を促し立ち直らせること。萎縮(いしゅく)させないため非公開で行われてきた。昨年12月、真相を知りたいとの被害者の訴えを受け、傍聴制度が始まった。今月13日までに、殺人や傷害致死など23件の審判を被害者43人が傍聴した。

 日本弁護士連合会・子どもの権利委員会の川村百合弁護士は、数例の審判傍聴の報告を聞いて「審判が変質している」と感じている。従来、裁判官は成育歴などを踏まえ、少年に自身を顧みさせる質問を主に行っていた。それが、被害者を意識した質問が増えてきている。

 

   ◇  ◇

 少年刑務所で懲役を科すか(刑事処分)、教育を重視して少年院に送るか(保護処分)。2月24~25日に大阪地裁で行われた模擬裁判は、裁判員役6人が真っ二つに割れた。

 題材は、17歳少年が20歳男性の肩をバットで殴って負傷させ、現金を奪った事件。少年は幼少期に父から虐待されており、更生にはどちらがいいかが議論となった。評議は最終的に、3人の裁判官を含め5対4で「少年院」を選択した。

 終了後、裁判員役の男性はつぶやいた。「両施設の違いが分からない」。少年刑務所でも一定の教育的な配慮は施され、少年院も収容施設に変わりはない。検察官、弁護人とも抱いた感想は同じだった。「一般市民に刑事処分と保護処分の違いを分かってもらう立証が課題だ」=つづく

 

 ■ことば
 ◇少年審判の傍聴制度

 少年法改正により昨年12月15日から導入された。対象は殺人や傷害致死、自動車運転過失致死傷など人を死傷させた事件。被害者側が傍聴を申し出れば、家裁は少年の心身の状態などを考慮し、付添人弁護士の意見を聴いて許可するか決める。12歳未満の少年審判は傍聴できない。


毎日新聞 2009年3月17日 東京朝刊

 

 

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