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毒物カレー事件被害者と、私の取材姿勢=加藤明子(和歌山支局)

2009年07月25日 | スクラップ


 


■つかず離れず変わらず 60歳警察官から学ぶ

 98年7月に和歌山市で起きた毒物カレー事件の犠牲者4人の慰霊祭が26日、殺人罪などに問われた林真須美死刑囚(48)の死刑確定後、初めて営まれる。昨年から遺族や被害者を取材し、その心情の一部に接した。「世間に早く忘れてほしい」という一方で、「こんな悲しみを生む事件や事故を繰り返さないで」と望み、事件の風化を懸念する思いがある。相反する気持ちの間で揺れる被害者をどう支えたらいいのか。ある遺族は「つかず離れず、見守ってくれた仲間に支えられた」と表現した。彼らの言葉を聞き、それを報じることで命の重みを伝え続けることが記者にとっての「つかず離れず」ではないか。記者として、その取材姿勢をぶれずに守っていきたい。

 「あの人が殺された子の……」。ある遺族は事件後、近所のスーパーで買い物しているとそんなささやきを聞いた。目が合うと顔見知りが避けるような仕草。外出が怖くなり買い物はやめた。そんな出来事が重なり、世の中と疎遠になった。

 孤独な遺族が引き寄せられるようにつくったのが、和歌山犯罪被害者自助グループ「なごみの和(わ)」だ。毒物カレー事件の遺族を含む女性3人が00年に設立した。「家族を犯罪で奪われた苦しみは、同じ立場でなければ分からない」。抱え込んできた思いを吐き出し合った。

 その一人に息子を別の殺人事件で亡くした母親がいる。彼女は「事件後しばらくは被害者の集まりの中にいる方が安心できた」と振り返る。制度や支援、法律など話題は尽きなかった。しかし、気がつくと、普通の日常会話ができなくなっていたという。体重も激減した。「私はおいしいものが食べられるけど、息子はもう何も食べられない」という思いにさいなまれた。今は、お好み焼きを食べながら「ごめんね、私一人で食べて」と遺影に話しかけられる。

 毒物カレー事件の遺族も、11年の間に少しずつ日常を取り戻していった。色あせた写真を飾り、柱の落書きに触り、亡き家族の生きた証しを確かめつつ、「いなくなった者はいくら追いかけたって戻って来ない。生きるために忘れるのでなく、心の中を整理していかなければ」と自らに言い聞かせる遺族がいる。

 しかし取材という行為は、ようやく引き出しの中に整理し始めた記憶を、もう一度取り出させる行為だ。最後に交わした言葉、病院の廊下の風景、後悔と自責の念……。何度も話が途切れ、沈黙が覆う。苦しそうな姿に、どこまで踏み込むべきかためらった。

 そんな私に、毒物カレー事件の被害者支援を続けるある警察官の姿が、多くのことを教えてくれた。和歌山県警和歌山東署で今春、再任用された丸山勝警部補(60)は、刑事としてこの事件の捜査にあたり、その後現場を管轄する交番所長に転じた。遺族らと毎日顔を合わせ、雑談を交わし、日常の悩みの相談にのる。裁判での証言を伝える報道に動揺した被害者がいれば共に怒る。丸山警部補は、事件を捜査員として目の当たりにし、被害者らの苦しみを知っていた。それでも苦しみを共有できたわけではない。むしろ共有できないことを知り、「被害者を守る」という揺るがぬ信念で接しているように見える。

 どう取材すればいいか分からず、おずおずと近づいた私は、事件後に遺族を避けた人と同じだった。「なごみの和」のメンバーは「同情心から一時、近づくんじゃなく、何年もスタンスを変えず付き合えば信頼関係が生まれる。それが『寄り添う』ということではないか」と私に助言してくれた。毒物カレー事件のある遺族には趣味の太極拳の仲間が事件後も変わらず接した。「つかず離れず、いつも見守ってくれた」人たちだ。「だから、自分で立ち直っていこうと思えた」と、この遺族は言う。

 記者として、多くの遺族が節目の会見などで「家族を返して」と訴えたのを取材してきた。その声は、亡き家族を取り戻したいという思いであると同時に、同様の被害を出してほしくないという願いだ。だが、その思いも加害者の心に届かず、悲惨な事件や事故は繰り返されている。そのたび遺族は「加害者にも守り守られた家族があるはずなのに、家族を奪われる悲しみを考えてくれないのか」と憤る。平穏を強く願いながらも、遺族はそうした思いを社会に訴えたい時がある。その時、その声を世に発することが、記者にとっての「つかず離れず」だと思う。

 警察官や記者という立場に限らず、多くの人は犯罪被害に遭わず、その苦しみを共有することはない。だが、それぞれの距離で変わらず接することは、だれにでもできるはずだ。



 
毎日新聞 2009年7月22日 東京朝刊

 

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1 コメント

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お久しぶりです。 (m.m)
2010-05-18 20:09:41
最近、貴女の記事がなくて、転勤したのかと思い、支局に電話しました。
今日、貴女が書いた湯浅の射撃場の記事を見て安心しました。
相談員でいます。暇なときに寄ってください。
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