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徒然草 第百七十一段

2005-12-21 20:52:19 | 徒然草
 貝を覆ふ人の、我が前なるをば措きて、余所を見渡して、人の袖のかげ、膝の下まで目を配る間に、前なるをば人に覆はれぬ。よく覆ふ人は、余所までわりなく取るとは見えずして、近きばかり覆ふやうなれど、多く覆ふなり。碁盤の隅に石を立てて弾くに、向ひなる石を目守りて弾くは、当らず、我が手許をよく見て、ここなる聖目を直に弾けば、立てたる石、必ず当る。
 万の事、外に向きて求むべからず。ただ、ここもとを正しくすべし。清献公が言葉に、「好事を行じて、前程を問ふことなかれ」と言へり。世を保たん道も、かくや侍らん。内を慎まず、軽く、ほしきままにして、濫りなれば、遠き国必ず叛く時、初めて謀を求む。「風に当り、湿に臥して、病を神霊に訴ふるは、愚かなる人なり」と医書に言へるが如し。目の前なる人の愁を止め、恵みを施し、道を正しくせば、その化遠く流れん事を知らざるなり。禹の行きて三苗を征せしも、師を班して徳を敷くには及かざりき。

<口語訳>
 貝を覆う人が、我が前にあるのをさしおいて、よそを見渡して、人の袖のかげ、膝の下まで目を配る間に、前にあるのを人に覆われる。よく覆う人は、よそまでむりやり取るとは見えなくて、近きばかり覆うようだけど、多く覆うのだ。碁盤の隅に石を立てて弾くに、向いにある石を見守って弾くは、当らず、我が手許をよく見て、ここなる聖目を直に弾けば、立てた石、必ず当る。
 万の事、外に向いて求めてはならない。ただ、このもとを正しくすべき。清献公の言葉に、「好事を行って、結果を問うことなくせ」と言ってる。世を保つ道も、このようでござらんか。内を慎まず、軽く、ほしいままにして、みだりならば、遠い国必ずそむく時、初めて策を求める。「風に当り、湿にねて、病いを神霊に訴えるのは、愚かな者だ」と医書に言われるが如し。目の前にいる人の愁いを止め、恵みを施し、道を正しくすれば、その結果とおく流れる事を知らないのだ。禹が攻めて三苗を征服しても、軍をかえして徳をしくには及ばなかった。

<意訳> 
 カルタ遊びでだよ。
 自分の目の前にある札をさしおいて、よそを見渡し、人の袖のかげからひざの下まで目を配っている間に、目の前にある札を人に取られる。
 カルタに強い人は、むりやり取るようにも見えないくせに、手近な札は必ず取る。結局、そういう人が最後には勝つ。
 あるいは、おはじき遊びで。
 碁盤の隅に石を置いて弾く時、目標の石ばかり見守っていてもまず当たらない。自分の手もとをよく見て、ここだというひらめきを直線にして弾くなら、ねらった石に必ず当るはずだ。
 全ての事、外に答えを求めてはならない。
 まず、自分を正せ。
 清献公は、「いま出来る最善をしろ、結果は問題ではない」と言ってる。
 政治も、そんなものではなかろうか。
 内政を軽んじて、みだりにほしいままにするなら、遠い国がそむく日が必ず来る。その時になって対策をねっても遅いのだ。
 体が弱い人間が、冷たい風に吹かれ、湿気た布団にねて、冒された病いの全快を神仏に訴えるのは愚かである。自身の養生もできないくせに神に祈るのは愚か者だ。
 だから。
 まずは、目の前にいる人々の愁いを止め、恵みを施し、道を正しくせよ。その結果がやがては浸透する事を知れ。
 軍勢で攻め囲み他国を征服しても、軍を戻して徳政をしくには及ばない。

原作 兼好法師


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