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墨汁日記

墨汁Aイッテキ!公式ブログ

お父さんは心配症

2004-09-06 16:54:10 | マンガ
 1、紹介用創作劇「お父さんは心配症」

 びゅるるりうる~。バサバサ。
 台風接近中。強い風がふいている。
どこかの架空の街、そこの街外れにある空き地。
その空き地で向かい合う、みすぼらしい会社員風の中年親父と、学生服の男子高校生の二人。中年男の名前は佐々木光太郎。ボサボサの髪とメガネがトレードマークの40才のサラリーマン。通称パピィ。学生服の高校生の名は北野。少しハンサム。下の名は不明だ。

「ふっふっふっ、北野、よく逃げずに来たな。」
 こぶしを下にむけた両腕を腰につけ、偉そうに含み笑いの佐々木光太郎。
「典子さんの事を、お父さんに認めてもらうまで、僕はあきらめません!」
 自分と、光太郎の娘である典子との交際を認めてもらおうと必死に訴える北野少年。
「なにをっ。お前なんか嫌いだ!くらえっ!父の愛情パンチ!」
 親父はいきなり暴力でけりをつけようとする。親父の今年の目標は愛娘の典子に近づく北野少年を亡き者にすることなのだ。
 少年は観念したかのように目を閉じる。
親父のパンチが少年の顔面に炸裂という、まさにその瞬間。強い突風が二人を襲う。
 ビュオー。
風にあおられ足がもつれる親父。
「おっとっと。」
 そこへ、さらなる強風が。ビュギャオォ~。
「うわっ。」
 ガゴ~ン!
 あろうことか、親父の体は強風にふき飛ばされて、頭から空き地に放置されている土管に激突。親父は頭から血をドクドクと流しヒクヒクと身もだえる。
 そこへ、親父の娘、高校生の典子が登場する。
「二人ともやめて! あ。 ひどい北野君。お父さんをこんなにも激しく突き飛ばすなんて!」
重傷の父に駆け寄る典子。
「そうだ!ひどいぞ北野!」
親父も血を流したまま、猛烈に抗議。出血量の割にはぜんぜん元気だ。
「お父さんが、勝手に風に飛ばされたんでしょ!」 
北野少年がそう言い返した、その瞬間、三度目の突風が三人を襲う。
とっさに典子をかばう北野少年。
ビュガビュルビュラララララ~ビュギュオ~。
親父一人、強風に吹き飛ばされ、はるか上空へと糸の切れた凧の様に飛んで行ってしまう。
「お父さ~ん!」
 叫ぶ少女。空を見上げる少年。 (完)


 2、約束

 さて、お約束どーり「お父さんは心配症」の紹介文を書く。律儀に約束を守る俺、偉い?ほめてもいーよ。 え、そんな約束してたのか?だって。覚えてない?したじゃん、だいぶ前。本当はすぐにでも即座に紹介文を書きたかったのだ。でも、状況がそれを許さなかった。しかし、こんなブログに何度も足をはこんでいただいているYOT様の為にも約束は守らねばならん。いくら、辛かろーが、きつかろーが、約束だけは、守らなきゃなんないんだ。俺は嘘つきだけども、自己保身の為にうそを利用するのは、何より嫌いだ。それはうその価値をおとしめる行為だ。

 と、このまま、言い訳を書き続けてもいいんだが、俺の言い訳は本文より長くなるからもうやめておく。
 そんで、上の作文は、岡田あーみんの「お父さんは心配症」を読んだ事のない人の為に、その雰囲気を少しでも伝えようと俺が創作した「お父さんは心配症」の架空の一場面である。
 本物の「お父さんは心配症」はもっとたくさんの異様なキャラクターが入り乱れ、時には作者の岡田あーみん自身も登場し、もっとかなり、しっちゃかめっちゃかの内容である。俺の書いた作文なんてぜんぜん甘いのだ。流血あり、嘔吐あり、バイオレンスありの完全有害コミックスなんである。ただし、殺人だけはない。この漫画の登場人物はなにがあっても死なないんだもん。
 「お父さんは心配症」の最大の特徴は、ぶっとんだギャグと荒くて汚い絵にある。こんな話で、なおかつこんな雑な絵で、よく少女漫画誌の「りぼん」なんかに掲載されていたよなと感心する。でありながらも「お父さんは心配症」は、当時の純真な少女や一部の少年達に、取り返しがつかない程のギャグの洗礼とトラウマを与えた奇跡と伝説の漫画でもあるのだ。
 

 3、二十代にとっての「マカロニほうれん荘」

 今さ、「お父さんは心配症」の正確なプロフィールを書こうと思って、何年何月から連載されて、どんな賞でデビューしたのかとかさ。そんな詳しい事を書きたくてGoogleで検索して岡田あーみんのファンサイトとかをのぞきに行ったんだけど、いやー、濃いね。岡田あーみんのファンは。この量を見ればいかに岡田あーみんが当時の一部の子供達に莫大な影響を与えていたのかが良くわかる。それにしても、岡田あーみんについての情報は大量すぎる上に雑多すぎて、正確なプロフィールなんて書けそうもない。「お父さん心配症」の単行本を全巻持ってたんだけど処分しちまったからな。原典にあたる事もできんし。まあ、いいや。うろ覚えの記憶とネットから拾いだした情報で紹介文を書いていこう。
 まず、「お父さんは心配症」の連載は少女漫画誌の「りぼん」で行われた。時期的に、さくらももこの「ちびまる子ちゃん」が「りぼん」で始まる少し前ぐらいから連載が始まっている。多分1984年から連載を開始したはずだ。そして、連載終了は「ちびまるこちゃん」のTV放送開始以前だったはずなので、1989年頃と思われる。単行本は全6巻が発売された。
 1984年というと、現在35才の俺が中学校2年生の時だ。「りぼん」の読者を、小学生の高学年から中学生に限定すると、(少年誌と違い、大人はあまり「りぼん」を読まない。)1984年から1989年の連載期間に「お父さんは心配症」を読んでいた子供達は、現在では36才くらいを上限とした20才代後半ぐらいの年齢層になるであろう。
 ただし、岡田あーみんの活動時期は、彼女の後の作品「こいつら100%伝説」「ルナティック雑技団」を含めると、1984年から1995年頃までとなる。この岡田あーみんの活動時期に小中学生で、影響を受けた子供は、現在の20才代をほぼ完璧にカバーする。20才代の全般と30才代前半が、子供のころに岡田あーみんの漫画を読み影響を受けたファン層になる。(ネットで調べてみたところ、岡田あーみんの絶筆は1997年だそうだ。)
 さて、今日の話の中心は「お父さんは心配症」の紹介と、いかに岡田あーみんが当時の子供達に影響を与えたかという事である。
 岡田あーみんのファンでも、30代の人と、20代の人では、若干とらえ方が違う。30代の人間にとり、「お父さんは心配症」はむかし面白かった漫画のひとつにすぎない。現実、20代の人ほど熱心には読んでいなかっただろう。だが、現在20代で、小中学生の頃にトラウマになるほど熱心に「お父さんは心配症」を読んでいた人間にとり「お父さんは心配症」はバイブルなんである。そして、今でも熱烈に「お父さんは心配症」を支持しているのも、やはり現在の20代だ。
 この関係は、30代の「マカロニ」ファンなら理解できるかもしれない。「マカロニほうれん荘」連載の当時に小学生で何度も何度もボロボロになるまで読み返した人間にとり、「マカロニほうれん荘」はバイブルである。俺自身、「お父さんは心配症」は処分できても、全巻ぞろいの少年チャンピオン・コミックスの「マカロニほうれん荘」だけは手放せない。また、作者の才能が特異すぎて後続が生まれなかったという点も「マカロニ」と「お父さん」は似ている。


 4、世代論なんて嫌いだが

 世代論は嫌いだ。個人を世代に当てはめて、どうこう言うのは良くない。世代とその世代に属する個人とは関係がない。同じ年の同じ誕生日に生まれた二人でも、長く生きてきゃ当然、趣味、嗜好は異なってくる。大体、俺自身「最近の30代は。」などと、ひとくくりにされたらむかつく。俺は俺なのだ、そこらの30代と一緒にするな。
 では、あるんですが、岡田あーみんの「お父さんは心配症」という作品を説明するには、時代背景が重要になる。そして、時代背景を語るには、世代論は非常に有効な手段となる。てなわけで、無粋な俺の思い込みによる世代論を展開しよう。
 まず、2004年9月6日の今日現在時点で、20才代と30才代は別々の世代に位置しているという事にする。「おーい、今日の誕生日で、30才になる、僕はどうすんのさ。」と言う、そこのあなた。あきらめなさい、もう君も俺らの仲間だ。
 では、世代名をつけよう。やはり現在の30代は「テレビっ子」で決まりだろ。20代は「ファミコン世代」だ。もちろん、ぜんぜんテレビなんて見なかった30代もいるだろうし、ファミコンなんて触った事もないという20代もいるんだろうが、だから世代論なんて、最大公約数的な目安でしかないのだ。だまって、くくられてなさい。


 5、変わるのは子供でなく環境

 良く言われる事だが、変わるのは子供でなく環境のほうだ。子供の生きる環境は後の人格形成にも影響を与える。そして、大人が子供に与えるゲームやテレビ番組などの娯楽も子供にとり大事な環境のひとつである。 
 では、「お父さんは心配症」の生まれた1984年を振り返ってみよう。実は、この近年には、子供の娯楽文化を変える重大な出来事がふたつ起こっている。

1983年 任天堂よりファミコンが発売。

1985年 ドリフの「八時だよ!全員集合」が終了。

 ファミコンは発売当初はソフトのタイトルも少なく、子供達の認知度も低かった。タイトルが増えるにつれ、人気があがる。ファミコンの普及には、当時おそろしい勢いで増加した中古ソフト屋のおかげもあると思う。当時の中古ソフト屋はゲーム好きの少年達のコミュニティの場所として機能していた。そして数年でファミコンを含む、テレビゲームは子供達の娯楽文化の中心として根をおろしたのだ。今、子供達と言ったが、実はテレビゲームのブームの初期の頃はかなり男の子中心の文化だった。女の子が普通にテレビゲームをやるようになるのはポケモン以降じゃないかと俺は観察している。ところで、今でも覚えてるのは、1990年頃の人気中古ソフト屋の活気だ。市内中の男子小学生をぜんぶ店内に集めたんじゃなかろうかという勢いだった。

 1985年にドリフの「八時だよ!全員集合」が終了している。この番組以降、子供向け、子供を対象とするお笑い番組は、ほぼ消滅する。ビートたけしの登場によって、テレビは子供の物から大人の物へと性格を変え始めたのだ。
 1960年~70年代のテレビは、子供のものだった。大抵の番組は子供も楽しめる様にとつくられていた。子供も一緒に家族全員で楽しめる内容ということを意識して番組がつくられていたのだろう。この時代の子供達にとりテレビは最高の娯楽だったのだ。まさに「テレビっ子」である。それに比べ最近の子供は生のテレビ番組なんてアニメぐらいしか見ないんだろうな。ビデオでお気に入りの番組が何度でも見れるし、ゲームだってある。
 でも、子供がテレビからそっぽを向いた訳ではない。テレビが子供からそっぽを向いたのである。
 
 テレビが子供からそっぽを向き、代わりにテレビゲームが子供の娯楽文化を担うようになった転換期が1994年である。そして「お父さんは心配症」の生まれた年でもあるのだ。


 6、コギャル

 「お父さんは心配症」及び岡田あーみんの最盛期は「お父さんは心配症」の単行本が全巻でそろい、二本目の連載「こいつら100%伝説」が連載中だった、1990年頃だと思う。
 1990年頃、岡田あーみんの最盛期の時にファン層だった小中学生女子は、いったい何者なんだろうか?答えはコギャルである。この時代の小中学生女子の全員が「りぼん」の愛読者でも「お父さんは心配症」のファンなわけでもないが、かってコギャルと呼ばれていた女の子達の一部は確実にあーみんファンだったはずなんである。
 コギャルなんて言われて女子高校生がマスコミにクローズアップされチヤホヤされてたのは、1990年代の後半ぐらいなので計算は合っている。実は、この事を発見して俺自身すこし驚いた。では、後にコギャルと呼ばれる1990年代の女子小中学生は、当時どのような環境に置かれた子供達であったのだろうか。
 1980年代末期から1990年代はじめの頃の子供達。
 男の子の娯楽の中心はテレビゲームと「少年ジャンプ」である。現在、25才前後の男達がこいつらだ。彼らはゲームとジャンプで、ずいぶんと楽しく幸福な小学生時代を過ごしてきたはずである。
 それに比べ、その当時の女の子達は子供向け娯楽文化の空白期間に位置してしまった。前にも書いたように、すでにテレビは子供からそっぽを向いているし、テレビゲームもジャンプも男の子のものだ。女の子達が普通にゲームをするようになるのは、この先の「ポケモン」登場からのはずである。
 たぶんなんだが、多分、この当時の女子はゲームとジャンプにあけくれる男子が羨ましくてしょうがなかったんでなかろうか。女の子向けの娯楽はアイドルと少女漫画ぐらいである。男の子ばかりが、楽しんでいる。たぶん、娯楽の発信者である大人を恨んだ事であろう。
「男子ばっかり大人はひいきしてる。女子が遊べるゲームも女子のジャンプもないじゃん。大人は女子のこと無視してる。」
 そういう思いが、後にコギャルという過激な自己表現に、この時代の女子を、おいやったのかも?なんてことを想像する。


 7、伝道者としての岡田あーみん

 30代の「テレビっ子」は、豊富なお笑い番組の中で育ったため、かなりギャグ慣れしている。それに比べると、テレビのお笑い番組はすでに大人のものとなっていた20代の「ファミコン世代」は、ギャグの無菌室に近い環境に置かれていたと思う。この状況は年々悪化していて、今や子供向けのお笑い要素のある番組は、アニメと「おはスタ」ぐらいであろう。教育テレビをのぞいて、完全にテレビが子供からそっぽを向いてるのが良くわかる。
 では、テレビのかわりに細々とながらも、子供にお笑いを提供しているのはなんであろうか。それはマンガである。マンガのみが今だに子供向けのお笑いを提供している。
 子供にお笑いは必要だ。できれば、できるだけ毒毒で、馬鹿らしくて、食べ物が粗末にされてて、おっぱいなんかポロリだと、更に良い。でも、一番、重要なのは声に出して大笑いできる内容であるということである。
 ドヒャハハハハハハッと大爆笑出来る事が大事なんである。じつは、子供を爆笑させるのは、まだテレビの仕事だと思うのだ。ゲームにゃ、少々、荷が重いし。それに爆笑できるゲームてどんなんだよと思うし。マンガはすでに「表現」の世界に入っている。本当はもう、むりむり子供を笑わせるような真似をする必要はないのだ。
 だが、テレビがそっぽむいてる以上は、マンガが子供達にギャグを提供しなくてはならんのだ。

 岡田あーみんは「ファミコン世代」の子供達へのギャグの伝道者であった。

 これが結論だ。実はこれ以上の語る言葉もないのだ。長々と年や世代にこだわり今まで作文を書き続けてきたのは、ただこの事が言いたかったからだけである。要領が悪くて長い文章が俺の特徴だ。

  
 8、最後に

 ギャグを面白いと感じるには愛が必要だ。愛なきところに笑いは生まれない。岡田あーみんは特異の才能であり、彼女のギャグで笑えるには愛が必要だ。見かけの絵の汚さや、内容の過激さに引いてしまうと、もう岡田あーみんは理解できなくなる。
 例えば、大嫌いな会社の上司が、いくら親父ギャグとばしたって「うぜーんだよ!馬鹿!」と思うだけだろう。だが、大好きな人のさりげないジョークや、可愛い息子の一発芸ならば間違いなく面白いに決まってる。
 岡田あーみんには人に好かれる才能があった。だから、いまだにこれだけの人気を保ち、伝説にすらなったのである。まさに100%伝説なのだ!

 と、言う事で、いちおう落としたし、終了します。「お父さんは心配症」はあの時代の子供達の為のマンガです。現在の大人が読んで面白いと思うかどうかは、愛しだいです。


お父さんは

2004-08-25 22:54:42 | マンガ
 先日、この日記で紹介させていただいた、「長男は自閉症」の作者の方からコメントをいただきました。かなり好き勝手な事を書かいたのに、少しも気になさっている様子がなく、正直、ほっとしました。
 俺は繊細で、そして、どこかすべてを見抜いている様な彼女の文章が好きです。
そして、彼女の文章に描かれる明るくて優しい長男くんが好きです。これからも更新を楽しみに期待しています。
 ところで、彼女のコメントに、漫画はあまり読まないので、岡田あーみんの「お父さんは心配症」を知らないと書いてありました。それでは「お父さんは心配症」の紹介をしなくてはならないかもしれません。

 昨日の夜、私用の用件の連絡で知り合いの家に電話をした。
最初は用件だけで済ます気だったのだが、そのうち話題がブログの話になった。実は電話の彼も今年の6月からブログを始めている。俺は彼がブログを始めたんで、真似しいでこのブログを始めたのだ。だって、くやしーじゃん。あいつばっかさ、ブログで偉そうに発言してさー。くそっ俺もブログる、俺もネットでかしこそうな事いっぱい言ってやる。偉そうに発言するのだ。
 なんて今ではいってるが、彼のブログ始めて見に行った時には、実はその彼がやってるそれが「ブログ」だという物だと知らんかったのだ。「ブログ」なんていう名前すら知らんかったのだ。 
 そんなゼロから始めたブログだから、現在のこのブログを初めるまでには色々あった。かなりの苦労と試行錯誤の連続だったのだ。でも、そんな事も、もう遠い過去の思い出である。
 過去の思い出って、今月からはじめたばっかじゃん。
 あーいかん。自分で自分の文章につっこんでしまった。やめようとは思ってんのにな。この、一人つっこみ。よくない。なにが良くないって、読者の方、読み手のつっこみの力を信じていない。真につっこみが必要な文章を書けば、必ずや読者は各自の心の中でつっこんでくれるはずなのだ。愛だよ!愛!信じる心。俺は賢明なる読者のつっこみを信じる。俺のぼけが読者に伝わった時、必ずや、読者はつっこんでくれるに違いないのだ。そんなで、俺の基本姿勢はぼけっぱなしです。ぜひとも、皆様の心よりのつっこみをお願い致します。
 で、その6月からブログを始めた彼は、よく俺のブログを見に来てくれる。なんてひまじん、いやいや、ありがたいことである。そんなで、話題は自然とおれのブログの内容の話となる。
 「お父さんは心配症てどんな漫画よ?」
いきなり彼に聞かれた。お前も知らないのか「お父さんは心配症」
 そんな細かいとこまで読んでてくれててうれしいんだが、はっきり言うと勉強不足である。俺に言わせりゃ現代漫画を語る上では「お父さんは心配症」は、はずせない作品である。それだけ異色の少女漫画だったのだ。
 「奥さんなら知ってんじゃないの?」と俺。
 「知らないみたいだよ。」と彼。
 うーん、ほんとに知らないのかな。奥さんも。
 俺は彼だけでなく、彼の奥さんにも多少は面識がある。その俺がこんな恥ずかしいブログやってんのを、彼は自分の奥さんに知らせたくないのかもしれん。このブログを読めば俺の馬鹿っぷりが手に取る様に判る。俺が奥さんにお会いした時にバカにされないよう気を使ってんのかもしれん。奥さんに「お父さんは心配症」て知ってる?と聞けば、当然その漫画を誰から聞いたのかと聞かれるはずだ。うん、じつはあの内山のブログでね。となれば、ヘーあの人もブログやってんだ、見たい、見たい。となって俺のバカ発覚とあいなる。
 単なる考え過ぎかもしれんが、彼はそんなつまんない気を使う奴である。よけいな気遣いは無用。夫婦して俺を笑い者にすりゃいーだけじゃんと思う。でもま、たぶん考え過ぎだろう。本当に知らないだけなのかもしれん。というのも、彼の奥さんは30代前半で、「お父さんは心配症」を読んでいた年代とすこし離れているからである。「お父さんは心配症」は1980年代後半に少女漫画誌「りぼん」に連載されていた。「りぼん」の読者層を小中学生の女子と考えれば「お父さんは心配症」を当時真剣に読んでいたのは、現在の20代の女性である。「長男は自閉症」の作者の方が知らないのも当然の事だと思う。そんな、漫画を俺が何故知っているかと言えば、俺が単なる漫画マニアだからだ。そんだけの話であるんだが、今日はもう眠いんで、「お父さんは心配症」の紹介の続きは明日だ。
 もちろん、俺の言うことだから明日になりゃ気が変わって、ぜんぜん違う事書くかもしれんけど、そん時はそん時で。


2004-08-03 04:02:49 | マンガ
 「薫の秘話」という漫画。皆さんはご存知であろうか?作者は松田洋子という女性。連載は1996年頃で講談社の「ショムニ」や「クッキングパパ」なんかと同じ雑誌だったらしい。らしいというのは、連載当時この漫画をまったくチェックしておらず、2000年に発売された豪華本ではじめて読んだからである。この漫画の主人公は、東村山市在住のハゲ、デブ、チビメガネの40歳中年独身親父「薫」。働くのが嫌いで、就職しちゃクビんなるのがお決まりの無職の人だ。70歳の母親との二人暮らしで、同性愛者。もっとも、薫の恋がみのることなどなく、いつも近所の美少年をそっと見つめるだけ。もう、8年ぐらいも前の作品だが、2004年の現在においても、かなりいけてるってゆーか、いっちゃってる設定だ。ストーリーはまったく救いのない日常小ネタのブラック。毎回この作者独自の救われない落とし方で、漫画はおわる。けして読んでゲラゲラ笑うような漫画でもなければ、救われない中にも、一抹のきらめくなにかがあるなんて甘い漫画でもない。本当にまったく救いのない漫画なのである。ただ、もし、どこかに救いを求めるとすれば、薫の母親である。彼女の台詞の語尾ののばし方には、やすらぎすら感じる。この漫画は現在ではなかなか入手困難であるが、もし古本屋などで見つけたなら、ぜひ買ってぜひ読んでみていただきたい。ところで「薫の秘話」では、薫のホモ親父としての男の性はまったく描かれていない。せいぜい、ミーハーの美少年好きぐらいの描写である。もし、男性の作家が薫を描いたなら、たぶん描かれていたであろう。薫の部屋の押し入れにズラリとならんだホモ雑誌の山。ジャニーズ系のグラビアで、センズリ中に母親にふすまガラリと開けられ、あわててズボンをはき「もうっ、勝手にはいんないでって、いつも言ってるでしょ。」と切れる薫。ごめんと去る母親を見送り「オナニーしてたのきずかれなかったよね」とひとり思う。そんなんを、男の作家ならつい描いてしまうだろう。作者が女性であるためか、そういった薫の男の性についてはノータッチだ。やはり女性には中年親父の男の性など、おぞましすぎて描けないのか。あるいは、たんに知らないから描けないのか。たぶん両方だろう。おぞましいし、知りたくもない。だから描かないし、描く必要もない。ということなのかもしれない。なんにしろ、薫の男としての性はこの漫画では抑圧された。だが、「薫の秘話」が連載されたのは青年誌である、描くべきであったと俺は思う。「すげこまくん」の永野のりこは女性の作家だが男の性をちゃんと描いている。薫の性が抑圧された為に、薫が「おやじおばちゃん」と化してしまったのが「薫の秘話」の一番、残念な点である。