意志のなかにいる

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へ・ろー (アニメ感想)

2015-04-11 21:22:10 | アニメの感想2015年Season2









Fate/stay night [UBW] 2nd
第13話  決別の刻 △++










当作品をこっから「初見」で視る人がどんぐらいいるんでしょうね
未ゲームプレイ組でかつ前期を視聴していない人だといかなる状況にみえるか
なんか白っぽい女の娘が悪い魔術師に拷問されてて、主人公っぽいオトコノコが
こそこそ隠れてて、赤っぽい女の娘が赤っぽい仲間に裏切られて退却
その後オトコノコが女の娘を慰めてどさくさに紛れて告った、といったところ。
盛り上がるっちゃ盛り上がるけど、初見殺しにもほどがある内容だw
アーチャーにころっと騙される凛がそれっぽいね、まぬけだけど
ぐじぐじ疑ったりしない性分なんだろうね、後悔も、それが彼女の美質
アーチャーが裏切ったのは「勝つか負けるかわからん勝負」より
もっと「必勝・必敗」になるようにもっていく為だね
その冷徹さと判断のきびしさは切嗣をほうふつとさせる
長いことこの作品を楽しんでいる人達にもいろいろと「見知ったルート」も
看過できないところがある「もう知ってる」けど「見過ごせないはなし」















プラスティック メモリーズ 第1話 「はじめてのパートナー」 △++











あなたはそこにいますか












「泣いている女の娘」ってのは分かっていても見過ごせない「なにか」なんすね
ずるいっちゃずるいけどこのおはなしはその「ずるいところ」を正面からしよう
というスタンスなんだろうね。物語のコアになる「期限付きの命」の説明の
あっさりさが重病人の自分の病状に対する認識のようで、これもずるいかもね
ただ、いずれはぼくたちも「死んで」「消える」こわれものなので
ただの程度の問題であるといえんくもない、まあそれがとても大切なんだが。
さて、ヒロインのパートナーのアイラについて、「有能」な前フリで
ぽんこつさんなギャップがたのしいw
ただ、こういう「心」の深いところを扱う仕事って小手先の賢しさよりも
ただひたすらに「誠実さ」が求められる仕事だとおもうので
そういう意味では彼女は「向いている」のかもしれないともおもえるね
まあ「向いている」からこそ自身への負担も大きいものになるので
そこに新米のパートナーが負担を軽減する為に存在する理由があるっちゃあるわけだ
それはこの「真面目に向き合わなければならないおはなし」の導入としても
適任な主人公であるといえよう。















長門有希ちゃんの消失 第1話 「大切な場所」 △+











「スピンオフ」っちゅーと「何かからはずれた」って意味なんですよね
「唯我独尊セカイ系SF青春ストーリー」で僕等の横面をひっぱたいた原作小説から
それをえげつなく動画として京都さんがしつらえて、そして映画になったり
エンドレスなエイトしたりちんまくなったりスモークチーズを食ったりしながら現状に至る、と。
それらは物語のエントロピーとして「ハルヒ」をより止揚させたり
あるいは「無限の日常」へと傾かせたりしているわけなのだけど
「ハルヒ」が「到達」→「縦」であるとするなら「長門(失)」はそれから「降りた」
「横」への道を担当しているといえよう、それは物語を整合する「能力」を失って
かわりにちょっと不器用な少女のたのしいまいにちを獲得したとも言い換えられる。
朝倉さんが意味深やね、彼女えれえ人気がでたからスパッと切れなくなった印象だけど
この「横セカイ」においては長門有希ちゃんと併せてとみに出番が多いのね
それは長門が「目的」と「能力」を失った場合、逆転的に彼女を「支える」という
ポジションに収まるのが最も自然で、いろいろと合目的的だから
「ハルヒ」の「セカイ」においては刹那に「消失」した彼女が
その理からはずれたセカイにおいては活き活きと活躍してるっていうのも
いろいろと感慨深いものがある。















ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか
第1話「冒険者(ベル・クラネル)」 △+











「レベルアップに誰かの認証が必要」ってのはいかにも「ゲーム的事情」ってやつで
オールドゲーマーには懐かしいですね、ヒゲの王様だったりしたらうんざりだけど
ヘスティアちゃんみたいのなら通い詰めっすよw
「恋に生きるオトコノコ」ってのは最近はちょっと珍しいかもな(「俺物語」が今期だとあるが)
なんかよくわからんうちにハーレムできてるってのが多いから
そして目の前にある花に気がつかないのもまたオトコノコらしいっちゃらしい
洞窟での戦闘シーンとか「ファンタジー世界に放り込まれた」ってのには充分な動画
のっけから血まみれになるのが正しい脅しつけかたです
そしてそれと同質かあるいはそれ以上に女の娘(ヘスティアちゃん)を
動かすのがいやらうまいね、それは当邦のアニメ製作において
どういうものが錬磨され、またニーズがあるのかを証明しているといえよう
そのニーズはたぶん鈍感なオトコノコや、ファンタジー世界よりも多い。















アルスラーン戦記 第1話  エクバターナの栄華 △+











優しい王様に俺はなる!











「砂漠の国」そして「戦争」で「ああいつもの真面目なハナシがはじまったか」
ってなるのは便利ですよね、皮肉な便利さだけど。
主人公のアルスラーンが剣術の稽古で将軍に軽くあしらわれて
その後凱旋した父王に「(勝って)当然だ」といわれたとこが印象的やね
僕達しもじもの者は「~で当然である」って存在にあこがれるとこがある
一方でそれに疑問を投げかける「奴隷・捕虜」の子供との出会いが描かれるわけで
そういう矛盾が同居している中で人間は成長するのだろうねえ、と思わされる。
あれやね「戦争」は最近成長著しいCG的に描かれるのに対して
アルスラーンと捕虜の逃走劇は手書きの延長のそれで描かれるのが
演出的ないみあいとしても思想的な意味合いとしてもなかなか興味深い。



















コメント
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