先日、久留米の日本赤十字会館まで、義援金を届けてまいりました。
オーナーズミーティングを中止にした事は、今でも後悔してます。
しかしその事で、ある程度まとまった金額を持っていく事が出来ました。
楽しみにしていただいていたお客様方には、再度、お詫びを申し上げるとともに、厚く御礼を申し上げます。
尚、プラムフィールドでは引き続き義援金を募っています。ご来店の際は宜しくお願いします。
プラムフィールドオーナーの皆様方へ、ご報告まで。
先日、久留米の日本赤十字会館まで、義援金を届けてまいりました。
オーナーズミーティングを中止にした事は、今でも後悔してます。
しかしその事で、ある程度まとまった金額を持っていく事が出来ました。
楽しみにしていただいていたお客様方には、再度、お詫びを申し上げるとともに、厚く御礼を申し上げます。
尚、プラムフィールドでは引き続き義援金を募っています。ご来店の際は宜しくお願いします。
プラムフィールドオーナーの皆様方へ、ご報告まで。
といっても、暫定展示です。
展示期間は今日から4月の17日までとなっています。
トイファクトリーブランドの最高峰に立つセブンシーズ。ぜひこの機会にご覧下さい。
今回の展示は対面ダイネットモデル。
フルエアロウインドウのグランデ仕様となっています。
このアウターのお陰で室内幅2mを実現。
ルーフの成型パネルも、より一体感をもたせたものとなっていて、スタイリッシュにまとまっています。
L型ソファーモデルと比較してシャワールームとキッチンキャビネットの位置などが変更となっています。
白と黒を対照的に使ったデザインは変わりません。
最後部にはセパレートされたツインベッドも同じです。
幕張などのビッグイベント以外は、地方のイベントではなかなか見る機会は少ないと思います。
最後に、
トイファクトリーの小西さんです。
もちろん、はるばる鳥栖までホカ弁を食べに来たわけではありません。沖縄出張の時にも提案があった、ある企画についての打ち合わせに来てます。
わかった。どうなるか解らんが、検討しましょうか。
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先ほど、石巻で被災している姪っ子から電話がありました。
この家族、被災した時点での場所の違いで、長女は市役所の避難所、母親と末娘は自宅のそばの高校と別々に避難しているんです。
長女しか携帯を持っているものがいなくて、今日初めて長女の携帯を通して他の者の肉声が聞けました。
「大丈夫?病気なんかしてない?電気や水道は?」
「電気は昨日通じて、でも水はまだ。それより暖房がなくて、毛布にくるまってる。」
この高校には暖房器具すらまだないとの事。報道では暖房器具はあるけど燃料の不安を訴えている映像はありますが、ここはまだ暖房器具そのものすらないそうです。
震災から10日以上たってますが、石巻の復興は遅れているようです。
一日も早い環境の改善を望むばかりです。
私どもプラムフィールドとエシマ自動車もジワリと影響が出始めています。
塗料が出荷制限がかかりました。コンビナート火災などで、石油製品全般の供給が逼迫してきているそうで、
「今のところ早めに注文してくれれば、日数はかかってもなんとかなります。」
ただこの先どうなるかは・・・。
パーツの遅れや欠品も多くなってきています。
しかたありません。このくらい我慢せねば。
元気を出していこう!
お客様各位
このたびの東日本大震災の悲惨な状況を目にするたび、私どもはこれでいいのか、何か出来る事があるはずだ、と問い続けてきました。
プラムフィールドのお客様へお知らせします。
皆様にご案内を差し上げたばかりではありますが、当社主催のイベント「2011オーナーズミーティングin阿蘇」を中止し、それに振り向けていた予算全額を被災地へ送りたく思います。
大変身勝手な事と重々承知しております。ご批判を浴びるのも覚悟の上でこの決断をいたしました。本来お客様に楽しんでいただくための予算を、被災地に当てる事をお許しください。
このイベントに関しましては、何度も何度も社員と企画会議を重ね、やっと概要が出来上がり、本当に私ども自体が楽しみにしておりました。でも同じ日本人があれほど苦しんでいるのに、助けを求めているのに、今私どもに出来る事はこれしかないのではないのかという結論にいたった次第です。これは社員の総意でもあります。
なにとぞご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。
株式会社プラムフィールド
代表取締役 江島 廣
社員一同
今、日立に住む姪っ子から電話があり、
「お姉ちゃんからメールが来ました。全員無事だそうです。」
「いやー、よかった。よかったなあ。」
でも、家の方は津波で駄目だったようです。
なんとか石巻は、通信が少しはできるようになったみたいです。
悲惨な状況が連日伝えられるなか、自分の身内の無事だけをブログに掲載する事は不謹慎ではありますが・・・
昨日の夜、日立に住む姪っ子から電話がありました。
「今、電気がつきました。」
あーそうか、そりゃよかった。まだ水は出ないとはいえ、生活の不便さの大半はこれで解決する事でしょう。
「それと、カセットガスなんかの不足品も、旦那が買ってきてくれました。」
「あー、よかったね。でも子供が風邪ひいてんだろ?部屋を暖かくするんだぞ。」
まあこちらの方は一安心といったところでしょうか。よかった、よかった。
しばらくして、
ルルルル。
また、この姪っ子からです。
「電気がつながってわかったんだけど、電話の履歴に公衆電話からかかってました。メッセージはなかったけど、きっと母です。生きてます!」
「そうか!きっとそうだな。生きてるぞ!」
こういう大災害の時、電気、水、ガスなどと一緒に通信という物のもろさを思い知らされますね。そしていかにそれが大事なものかも。
被災地の皆様。救援に当たっている全ての皆様。
今は祈ることしかできませんが、
頑張って!
石巻には亡くなった兄貴の家族がすんでいます。
昨日、そこの長女には何とか連絡が取れ、様子を聞くと
「職場から出られない。家の様子も、母親や妹がどうなっているかもわからない。」
様子が分かったら知らせてくれと言って電話を切りました。
しかし今日はまったく電話が通じません。昨日も書いたとおり海の近くに住んでいるので、本当に心配です。
次女は日立市に嫁いでいます。こちらは電話は通じるので、何度か電話をしているうちに、
「あのー、電池やカセットガスが不足して・・・。送ってくれませんか。」
そうだった、この子も被災者だったんだ。
日立市も電気、水道、ガスなどのライフラインが停止しているんだったな。被害がひどい石巻の心配ばかりしていた事を後悔しました。
「何が欲しい?なんでも言ってくれ。」
でも、宅配便に問い合わせしましたが、どこも茨城は集荷も不可だとの事。
「ごめん、送れん。夫婦で力を合わせて頑張ってくれ。」
姪っ子が、助けを求めているのに、励ます事しか自分には出来ないんです。
史上空前の大災害が、いまこの日本に起こっている事を実感しています。
ラジオから震度7の地震が宮城県北部で発生とのニュースが流れてきてます。
私は石巻に義姉がすんでおり、他にもデルタリンク宮城さんなど知り合いもいて、さっきから携帯や固定電話にかけていますがまったく通じません。
特に石巻の方は海の近くなので心配です。
ニュースでは津波に車などが流されているみたいで・・・。
何にもなければいいけど・・・。
「どっかの水曜日に、みんなの森(オーナーズミーティング会場)に下見に行くぞ。言っとくが、これはあくまで遊びだぞ、遊び。」
要は『休日出勤には当たらない』と、労働基準監督署の人間が聞けば、卒倒しそうな事を提案します。えーと、繰り返しますが提案ですよ。
私は、すでに下見に行っているんですが、店長始め行った事がない連中ばかりですからね。事前に知っておく必要があります。
「そんかわり、豪華昼飯を奢っちゃる。たとえば・・・ただのうどんじゃなかぞ。海老天うどんとか。おにぎりも?よしわかった。な、すごいだろ。」
で、昨日。
3人を引き連れて、ド・ラ・イ・ブに。
ここが、そのみんなの森キャンプ場の中にある広場です。ここがメイン会場となります。
平坦な芝地で、概ね正方形に近い恰好をしています。
巻き尺で寸法取りをして、大体のキャパを確認。
「ここにこう並べて、あそこはこうして・・・」
「んじゃ、帰ろか。途中で昼飯にすっか。」
阿蘇から小国方面へ向かう途中で、
「ここでどうすか?」
そうやな、ええよ。
これは噴水じゃありませんよ。自然の力で噴きあげている湧水なんです。
さっそく、お品書きをひらくと、
ちぇ、高い店に入っちまったなあ。1800円が一番安いメニューじゃん。
「えーと、俺はこの1800円の・・・。」
「私はこの『阿蘇』で。」
「あっじゃあ、僕も。」
「私もそれで。」
てめえら・・・・。
奢る俺が一番安い1800円なのに、奢ってもらうお前らは2300円かよ。ちったあ遠慮したらどうだ!
言っとくが、今日は業務じゃないんだから、これは俺のポケットマネーなんだぞ。
・・・しかたねえな。豪華昼飯って言っちまったもんな。
「わかったよ!じゃあ、俺もそれでいいや。」
これがその2300円の豪華昼飯です。
「あー、うまかった。ご馳走様でした。」(3人)
そうか、そりゃよかったな。
ちきしょう・・・。
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平成14年の11月に今の鳥栖店に展示場を移して、いつのまにか8年以上経ってしまった事に、ふと気が付いてしまいました。
あの時は、中古のプレハブを買ってきて事務所としてスタートしたもんでした。常駐の人員は内村一人だったんだよな。
これです。オープン祝いの生花などが見えますね。
工場などはまだなく、修理や納車整備はすべて久留米の方で対応していました。
最初の頃は経費がかからなくてよかったよ。
でもさすがにプレハブでは夏の暑さに耐えきれず、
「しゃーねえな。」
で、プレハブのまわりに板をはり、カントリーハウス風にしました。今だから白状しますが、これはひとえに暑さ対策のためでした。
でも、なんか雰囲気だけはあるでしょ。
あ、手前の窓の上にある白い物は、普通にサイドオーニングです。
展示場を造る時のコンセプトは『公園』。
と言う事で、この頃は事務所の回りや、展示スペースも芝を多用していて、草むしりが日課のようになっていました。
ここは今は展示スペースとなってしまいましたが、休憩場所もあったんですよ。
今の事務所が建っている所は、草がぼうぼうと生えているだけの、フェンス後方の土地です。
ここと道路側にちょっと残ってた土地を買い足して、今のスペースになりました。
当時のフェンスはラティスだもんね。低予算、低予算と念仏のように言っていましたからね。
ついでにこれも掲載しちゃおうかなあ・・・ククク。
当時の事務所での内村店長でした。
チーン
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