飲み過ぎた翌朝は 「酒のない星」 に生まれ変わりたいと思う。
2日もすれば 「美味し酒の国」 日本に生まれてよかった。
I 氏とひでキングから、梅林宴会の写真が送られてきた。「覚えてるか?」とあるが、はっきり覚えていない。
A氏と私が、両側からコサメちゃんに頬を押しつけんばかりにしている写真。
別の写真では、20歳くらいの若い女性二人の肩に手を回して抱き寄せて嬉しそうな顔。全員の記念写真では、若い男女がソーラン踊りのような衣装。
これからすると相当盛り上がっていたんだろう。カメラをぶつけて壊さず帰宅できたものだ。そういえば、ひでキングもブログ書いてなかった。
気温の変化が激しい。今朝はかなり寒い。立ち止まると冷え込むので一段と早足になってしまう。
そのせいか、豊国神社裏のキマユムシクイ見つけられず。飛騨の森のハチジョウツグミも。地面に下りていれば分かりやすいが、木に上がって動かないでいると分からない。
元射撃場のアカハラも見つからず。
太陽の広場東の森で、小さな声が聞こえるが姿が見えない。右や左に動いて声の主を探そうとして、はっと気付いた。しばらくして飛び出したのはモズ。
オカヨシガモは、92羽。
ヨシガモは、4羽。
ヒドリガモは、68羽。
カルガモは、10羽。
ハシビロガモは、36羽。
コガモは、9羽。
ホシハジロは、92羽。
キンクロハジロは、73羽。
カモたちはますます減少。寒いがもう春。
オオバンは、68羽。
バンは、1羽。
東外堀を観察時、元ヘリポートの辺りでオオタカ幼鳥がカラスに追われて飛ぶ。しばらくとまっていたが、カラスが集まってきて飛び立つと、市民の森の方に見えなくなる。
●今日の鳥たち。
ツグミ、シロハラ、モズ、オカヨシガモ、ヨシガモ、ヒドリガモ、カルガモ、ハシビロガモ、コガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、オオバン、オオタカ、シジュウカラ、メジロ、ウグイス、カワラヒワ、シメ、アオジ、ハクセキレイ、ジョウビタキ、ユリカモメ、バン、ゴイサギ、キジバト、ハシボソガラス、ハシブトガラス、ヒヨドリ、ムクドリ、スズメ。
★オジロビタキの話し。
1996年11月16日、天守閣東配水池の南面で (オジロビタキ)を見つけ、わが目を疑う。当時(オジロビタキ)は珍鳥。大阪府内では3回目の記録と思われるごく希な鳥だった。
「大阪城公園鳥だより」 第20号(1997年1月発行)で 「オジロビタキ舞う大阪城公園」とトップに掲載。
当時、大阪城公園によく来られていたK氏から、ヨーロッパ種ではないか?との話があった。そこで原稿を依頼。
「オジロビタキについての考察 シベリア種(Ficedula albicilla=現オジロビタキ)か、ひょっとしたらヨーロッパ種 (Ficedula parva=現ニシオジロビタキ)か?」 を掲載。
約400部を印刷し全国の鳥友などに発送。
するとS氏(日本野鳥の会の重鎮でもあるベテラン。何度か教えを乞うたこともある)から連絡があった。
「ヨーロッパ種などあり得ない。K氏の説明は間違いが多い」 そのようないい加減な内容を掲載すると、大阪城公園鳥だよりの格に影響するというような指摘であった。
確かにK氏は鳥見を始めて2~3年の素人。超ベテランのS氏の知識とは比較するレベルではない。しかし私はK氏の考えに共感を覚えていた。
当時(オジロビタキ)は亜種として分類されていたが、どちらの亜種かなど話題にも出てこない時代だった。
図鑑を開いても、珍鳥としてわずかの行を割いての説明。詳細な解説はない。ヨーロッパ種などと言おうものなら笑われる。
S氏の意見をK氏に伝えると反論があった。
そこで 「大阪城公園鳥だより」 第21号(1997年2月発行)に 「シベリア種かヨーロッパ種か」 として両者の意見を掲載。
K氏はその後、イギリスの (英国王立鳥類保護協会RSPB)へ写真を送って識別を依頼した。
その結果、イギリスのイアン・ドースン氏と、フィンランドの(オジロビタキ)研究家のハンヌ・ヤニス氏から返事があった。
答えは(ヨーロッパ種)で、日本初記録と思われる。野鳥団体に報告して記録する必要があると。
「大阪城公園鳥だより」 第22号(1997年3月発行)に 「日本初記録だった。オジロビタキ」 としてK氏の原稿と翻訳文の要旨を掲載した。
日本鳥学会にも写真とともに手紙のコピーを送付。 2000年9月に発行された 「日本鳥類目録改訂第6版」 では、検討中の種・亜種として、オジロビタキの基亜種として掲載された。
以上が、今から20年ほど前のできごとであった。
(近年の状況)
その後、全国のベテランや専門家などが関心を示し始めた。そして(オジロビタキ)論争が起こる。
「バーダー誌1998年9月号」 では「新しい識別の試み」として森岡照明氏がオジロビタキを取り上げた。
その中で大阪城公園の個体はヨーロッパ種として識別されている。
その後も、「オジロビタキの分類、最新情報」 山階鳥類研究所研究員 茂田良光氏。 「オジロビタキの謎 ヒガシとニシ、多いのはどっち?」 大西敏一氏など、専門誌や野鳥関係紙などに多くの意見が掲載され、ヨーロッパ種が特別なものではなくなった。
当時と、まったく正反対になった。素人の考えが正しかった。
たった1羽のニシオジロビタキに、多くのベテランからあれだけ反論されたのに。今はほとんどニシオジロビタキだという。
あの当時の思いが、今も残っている。
最近の人は、ヨーロッパ種だと言うと、当然や。何を言ってる、もっと勉強したら。みたいな顔をされる。
「おい、おい」 20年前の経過も知らないで何を! が私の気分。
(新たな疑問)
(オジロビタキ)は大阪近辺でも毎年のように数羽が観察され、もう珍鳥ではなくなった。しかもほぼヨーロッパ種。
今期、大阪だけでも大阪城、淀川、錦織と3羽。もっといたかもしれない。これが日本全域にすると、50羽くらいではないだろう。ひょっとしたら100羽を超えるかも。
1羽・2羽ならまだしも、毎年毎年そんなにたくさんヨーロッパから来るか? 素人の私としては、変だなぁ?新たな疑問がわいてきた。
日本にずっと近いシベリアのものが極端に少なく、遠いヨーロッパのものばかり観察されるのは何故?
20年前、当時の常識をひっくり返したが、今もう一度、常識にとらわれないで考えてみよう。
ユーロッパの鳥が飛来する事について、種々の考察があって発表もされているが腑に落ちない。
シベリアの種が多くて、時にはヨーロッパの種も・・・なら分かるが。
私としては、あえてヨーロッパの種(ニシオジロビタキ)なのか。それで間違いないのか?疑問を感じている。
ユーラシア大陸の中央に南北に走る1000メートル級のウラル山脈。近辺には、詳しく研究されていない自然豊かな地域が広がっているとのこと。
鳥の研究者や観察者がいないので詳しい事は分からないらしい。その辺りでわんさか繁殖してるんじゃないか。笑)
それはウラルオジロビタキ(仮称) というど素人の考え。20年後はどうなっているか分からない。鳥の世界。あの世から眺めて、焼酎片手にニヤニヤすることに。
鳥の楽しみ方はいろいろ。ベテランのいう事をすべて信じなくてもいい。自分なりの考察を重ねて、あれや、これやと悩むのも野鳥趣味の一分野。広義のバードウォッチング。
2日もすれば 「美味し酒の国」 日本に生まれてよかった。
I 氏とひでキングから、梅林宴会の写真が送られてきた。「覚えてるか?」とあるが、はっきり覚えていない。
A氏と私が、両側からコサメちゃんに頬を押しつけんばかりにしている写真。
別の写真では、20歳くらいの若い女性二人の肩に手を回して抱き寄せて嬉しそうな顔。全員の記念写真では、若い男女がソーラン踊りのような衣装。
これからすると相当盛り上がっていたんだろう。カメラをぶつけて壊さず帰宅できたものだ。そういえば、ひでキングもブログ書いてなかった。
気温の変化が激しい。今朝はかなり寒い。立ち止まると冷え込むので一段と早足になってしまう。
そのせいか、豊国神社裏のキマユムシクイ見つけられず。飛騨の森のハチジョウツグミも。地面に下りていれば分かりやすいが、木に上がって動かないでいると分からない。
元射撃場のアカハラも見つからず。
太陽の広場東の森で、小さな声が聞こえるが姿が見えない。右や左に動いて声の主を探そうとして、はっと気付いた。しばらくして飛び出したのはモズ。
オカヨシガモは、92羽。
ヨシガモは、4羽。
ヒドリガモは、68羽。
カルガモは、10羽。
ハシビロガモは、36羽。
コガモは、9羽。
ホシハジロは、92羽。
キンクロハジロは、73羽。
カモたちはますます減少。寒いがもう春。
オオバンは、68羽。
バンは、1羽。
東外堀を観察時、元ヘリポートの辺りでオオタカ幼鳥がカラスに追われて飛ぶ。しばらくとまっていたが、カラスが集まってきて飛び立つと、市民の森の方に見えなくなる。
●今日の鳥たち。
ツグミ、シロハラ、モズ、オカヨシガモ、ヨシガモ、ヒドリガモ、カルガモ、ハシビロガモ、コガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、オオバン、オオタカ、シジュウカラ、メジロ、ウグイス、カワラヒワ、シメ、アオジ、ハクセキレイ、ジョウビタキ、ユリカモメ、バン、ゴイサギ、キジバト、ハシボソガラス、ハシブトガラス、ヒヨドリ、ムクドリ、スズメ。
★オジロビタキの話し。
1996年11月16日、天守閣東配水池の南面で (オジロビタキ)を見つけ、わが目を疑う。当時(オジロビタキ)は珍鳥。大阪府内では3回目の記録と思われるごく希な鳥だった。
「大阪城公園鳥だより」 第20号(1997年1月発行)で 「オジロビタキ舞う大阪城公園」とトップに掲載。
当時、大阪城公園によく来られていたK氏から、ヨーロッパ種ではないか?との話があった。そこで原稿を依頼。
「オジロビタキについての考察 シベリア種(Ficedula albicilla=現オジロビタキ)か、ひょっとしたらヨーロッパ種 (Ficedula parva=現ニシオジロビタキ)か?」 を掲載。
約400部を印刷し全国の鳥友などに発送。
するとS氏(日本野鳥の会の重鎮でもあるベテラン。何度か教えを乞うたこともある)から連絡があった。
「ヨーロッパ種などあり得ない。K氏の説明は間違いが多い」 そのようないい加減な内容を掲載すると、大阪城公園鳥だよりの格に影響するというような指摘であった。
確かにK氏は鳥見を始めて2~3年の素人。超ベテランのS氏の知識とは比較するレベルではない。しかし私はK氏の考えに共感を覚えていた。
当時(オジロビタキ)は亜種として分類されていたが、どちらの亜種かなど話題にも出てこない時代だった。
図鑑を開いても、珍鳥としてわずかの行を割いての説明。詳細な解説はない。ヨーロッパ種などと言おうものなら笑われる。
S氏の意見をK氏に伝えると反論があった。
そこで 「大阪城公園鳥だより」 第21号(1997年2月発行)に 「シベリア種かヨーロッパ種か」 として両者の意見を掲載。
K氏はその後、イギリスの (英国王立鳥類保護協会RSPB)へ写真を送って識別を依頼した。
その結果、イギリスのイアン・ドースン氏と、フィンランドの(オジロビタキ)研究家のハンヌ・ヤニス氏から返事があった。
答えは(ヨーロッパ種)で、日本初記録と思われる。野鳥団体に報告して記録する必要があると。
「大阪城公園鳥だより」 第22号(1997年3月発行)に 「日本初記録だった。オジロビタキ」 としてK氏の原稿と翻訳文の要旨を掲載した。
日本鳥学会にも写真とともに手紙のコピーを送付。 2000年9月に発行された 「日本鳥類目録改訂第6版」 では、検討中の種・亜種として、オジロビタキの基亜種として掲載された。
以上が、今から20年ほど前のできごとであった。
(近年の状況)
その後、全国のベテランや専門家などが関心を示し始めた。そして(オジロビタキ)論争が起こる。
「バーダー誌1998年9月号」 では「新しい識別の試み」として森岡照明氏がオジロビタキを取り上げた。
その中で大阪城公園の個体はヨーロッパ種として識別されている。
その後も、「オジロビタキの分類、最新情報」 山階鳥類研究所研究員 茂田良光氏。 「オジロビタキの謎 ヒガシとニシ、多いのはどっち?」 大西敏一氏など、専門誌や野鳥関係紙などに多くの意見が掲載され、ヨーロッパ種が特別なものではなくなった。
当時と、まったく正反対になった。素人の考えが正しかった。
たった1羽のニシオジロビタキに、多くのベテランからあれだけ反論されたのに。今はほとんどニシオジロビタキだという。
あの当時の思いが、今も残っている。
最近の人は、ヨーロッパ種だと言うと、当然や。何を言ってる、もっと勉強したら。みたいな顔をされる。
「おい、おい」 20年前の経過も知らないで何を! が私の気分。
(新たな疑問)
(オジロビタキ)は大阪近辺でも毎年のように数羽が観察され、もう珍鳥ではなくなった。しかもほぼヨーロッパ種。
今期、大阪だけでも大阪城、淀川、錦織と3羽。もっといたかもしれない。これが日本全域にすると、50羽くらいではないだろう。ひょっとしたら100羽を超えるかも。
1羽・2羽ならまだしも、毎年毎年そんなにたくさんヨーロッパから来るか? 素人の私としては、変だなぁ?新たな疑問がわいてきた。
日本にずっと近いシベリアのものが極端に少なく、遠いヨーロッパのものばかり観察されるのは何故?
20年前、当時の常識をひっくり返したが、今もう一度、常識にとらわれないで考えてみよう。
ユーロッパの鳥が飛来する事について、種々の考察があって発表もされているが腑に落ちない。
シベリアの種が多くて、時にはヨーロッパの種も・・・なら分かるが。
私としては、あえてヨーロッパの種(ニシオジロビタキ)なのか。それで間違いないのか?疑問を感じている。
ユーラシア大陸の中央に南北に走る1000メートル級のウラル山脈。近辺には、詳しく研究されていない自然豊かな地域が広がっているとのこと。
鳥の研究者や観察者がいないので詳しい事は分からないらしい。その辺りでわんさか繁殖してるんじゃないか。笑)
それはウラルオジロビタキ(仮称) というど素人の考え。20年後はどうなっているか分からない。鳥の世界。あの世から眺めて、焼酎片手にニヤニヤすることに。
鳥の楽しみ方はいろいろ。ベテランのいう事をすべて信じなくてもいい。自分なりの考察を重ねて、あれや、これやと悩むのも野鳥趣味の一分野。広義のバードウォッチング。