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論語と笑い

2006-12-17 00:49:44 | 
呉智英『現代人の論語』(文春文庫)を読んだ。恥ずかしながら、私は論語を通読したことがなく、啓蒙されることが多かった。この本の中でもっとも印象に残っているのは「第三十八講 子游 笑いを呼ぶ謹厳さ」である。なぜならば、論語ともっとも縁遠い(と私が思いこんでいた)笑いの要素が、論語にあることが示されていたからだ。それは次のようなものである。

子、武城に之きて絃歌の声を聞く。夫子完爾として笑いて曰く、鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん。子游対えて曰く、昔、偃やこれを夫子に聞けり、曰く、君子道を学べば則ち人を愛し、小人道を学べば則ち使い易しと。子曰く。二三子よ、偃の言是なり。前言はこれに戯れしのみ。(陽貨篇17-4)


呉智英氏の通釈を次に掲げる。

孔子は弟子たちを伴って魯国内の小さな町武城に赴いた。武城では《孔子の弟子》子游が「宰」(取り締まり)となっていた。…
 さて、武城の町を歩いていると、礼楽の作法に則った琴と歌が聞こえてくる。…それにしても、武城の如き小さな田舎町で文化とは!孔子は思わず笑って言った。「鶏をさばくのに牛刀を使うこともあるまいにな」。師の傍に立って町を案内していた子游が謹厳な顔を一層硬くして言った。「以前、この偃(子游の本名)は先生からこうお聞きしております。為政者が礼楽の道を学べば人民を愛するようになり、民衆が礼楽の道を学べば民度が高まる、と」。こんな小さな武城の町でも礼楽を優先させたのだと、真顔で孔子を見上げる。孔子はおかしさを噛み殺しながら言った。「うむ。そうだ。諸君、子游の言葉が正しいのだぞ。なに、先程のはちょっと冗談を言ったまでだ」


呉智英氏の指摘に大いに心動かされたので、本箱の片隅にあった論語を持ち出して読み始めた。しかしながら昔のことわざに言うところの「須磨源氏、公冶長論語」(源氏物語は須磨の巻でやめ、論語は公冶長篇でやめる)となってしまったことは言うまでもない。
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