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大川周明が東条英機の坊主頭をぴしゃりと叩く

2006-05-10 00:16:03 | 時事問題
東京裁判に関する記事を見ているといろいろと思い出すことが多かった。「発信箱:ある記者の東京裁判」は、タイトル通り、東京裁判を取材した毎日新聞記者・狩野近雄の記録を題材としている。なお狩野は、自分こそが「極東国際軍事裁判」を「東京裁判」とネーミングしたと自慢しているそうである。狩野は、次のように書いている。

「<福湯や高松(ともに毎日の記者)が休廷時間に、ゲラゲラ笑いながら(記者)クラブに戻って来た。私を見るなり、「大川周明が東条(英機)の禿頭を叩(たた)きやがった」という>。狩野も記者席に入ると<大川はまた東条の頭をたたいた。シーンとした法廷のなかに、ぺチャッと響く音がなんとも奇妙なおかしさだった>。」
発信箱:ある記者の東京裁判(http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/hassinbako/news/20060502ddm002070012000c.html)


大川周明(1886-1957)も知名度はないか?戦前の代表的右翼思想家であり、東京裁判では、民間人で唯一起訴された。しかし上記のような奇矯な行動をしたために、精神異常と判断され免訴された。

私は当然東京裁判と同時代に生きていたわけではないが、上記の光景は見たことがある。記録映画『東京裁判』(1983年、小林正樹監督)である。アメリカ国防省の記録映画をベースに作ったドキュメンタリーであった。当時は相当評判になった。一部は南京虐殺の説明に使われている映像が中国制作の映画のものであることを厳しく批判していた。さらには、つぼイノリオも、「ハイヤング京都」(KBS京都)で、上記のシーンに言及をしていたほどである(歴史には詳しくないと断っていたが)。

この映画は近くのレンタルビデオ屋にも置いているのを目にした。しかし277分なので見るのが辛いという気持ちが先に立つので見直していない。またDVDにもなっているようだ。

私の記憶に残っているのは、満州事変の首謀者でありながら、訴追されなかった石原莞爾(1889-1949)が、裁判の証人として堂々と戦前の日本の進路が自衛であることを述べている場面である。もっとも石原の見解に賛同するというのではない。東条などがシュンとしている中、堂々とした態度に感嘆したということにすぎない。

東京裁判

キングレコード

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