どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

人形のこごと・・石川

2023年08月26日 | 昔話(北信越)

        石川のむかし話/石川県児童文化協会編/日本標準/1977年

 

 昔の湯治客は、お米、味噌、おかずのお重をもって冬ごもりを兼ねて、湯治にやってきた。いろんな人が集まり、おおきな囲炉裏を囲んで、話に花が咲いたのが想像できる。

 この時期、加賀の山中の温泉には、淡路島から人形芝居がやってきては、また来年来るからと荷物を預けて帰っていた。

 ある晩、湯治客のひとりが、しまい湯のかえりに、庄屋の文蔵さんの蔵のうしろで、たしかに女の人の声が聞こえたような気がしたから、足をとめてじいっと耳を澄ましたが、何も聞こえなかった。そのつぎの夜も、湯治客がしまい湯の帰りに、文蔵さんの蔵の前をとおりかかると「ああ、つらいよ。はよ、かみゆうて」と若い女の声を聴いたような気がした。客の間に、そのうわさがあっという間に広がった。

 うわさを聞いた庄屋の文蔵さんが、蔵前の部屋にそっと忍び足で入ったとたん、若い女の人の声がしたんやと。女の人の声にまじって、しわがれたおじいさんの声、ブツブツつぶやいているギャワズ(カエル)の鳴き声も聞こえたように思ったんだと。文蔵さんが思いきって引き戸をがらりとあけたが、つぶやき声は消えんかったと。文蔵さんは、ありったけの戸をあけて、とうとう重い蔵の戸に手をかけた。「この蔵の中でなきゃ、うちのえんの下しかないぞ」と思いながら、蔵の戸をあけたとたん、奥のほうから、声がはっきり聞こえてきたんやと。「ああ、そうか。わかった、わかった。」と、手で膝をたたいた文蔵さん。人形使いの大夫が、淡路に帰るときに、人形の顔、肩、手、胴などを、ばらばらにして、つづらにいれて、蔵のおくにしまいこんで、その上に、重いかごをのせてあったんで、その声だったと気がついた文蔵さんは、大夫に手紙を書いて、来てもらうことに。

 文蔵さんは、湯治の客に恥ずかしいという人形に向かって、やさしい声をかけます。

 「囲炉裏のそばで、よう言って聞かせるから、はずかしいことは、なんにもない。来年の春まで、ねんねこさっせ。な、ねんねこさっせいなあ。」


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