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54.Denmark

2009-01-04 21:37:32 | 『万国巡覧記』

デンマーク王国
(Kingdom of Denmark)


1.面 積  約4.3万平方キロメートル(九州とほぼ同じ。除フェロー諸島及びグリーンランド)
2.人 口  約543万人(2007年デンマーク統計年鑑)
3.首 都  コペンハーゲン
4.言 語  デンマーク語
5.宗 教  福音ルーテル派(国教)
6.主要産業 農業、畜産業、化学工業、加工業
7.GDP 2,753億ドル(2007年、世銀統計)
8.一人当たりGDP 52,110ドル(2007年、世銀統計)
9.通貨・為替レート デンマーク・クローネ、1クローネ=21.86円(2007年11月)
10.3文字コード DNK(ISO)、DEN(IOC、FIFA)
(外務省HP)

今日はデンマークです。
デンマークといえば、ドイツ北部に位置する北欧諸国の一つです。ノルウェーやスウェーデンと区別がつきにくいところではありますね。
紀元前500年には鉄器が持ち込まれ、ローマ帝国とはまた別の文化圏を形成していたといいますから、歴史は相当なものです。
北欧諸国といえば、代表的なのはデンマークを含めた、スウェーデン・ノルウェーのスカンディナヴィア三国ですが、まぁそういう三ヶ国は仲が悪いというのは相場。日本・朝鮮・中国みたいなもんですよね。
中世に入ると、デンマークはノルウェーと戦争して負け、スウェーデンに戦争を仕掛け、また敗北を喫します。ドイツ三十年戦争に介入し、再びスウェーデンに負ける。
近世では、ヨーロッパ全土を巻き込んだナポレオン戦争では、フランスと同盟を結びますが、結局これが裏目に出て敗戦国となります。挙げ句、ドイツの前身であるプロイセンと戦争をして負けます。
この期に及んで、いよいよデンマークは政経ともに抜き差しならない状態になってしまいます。
デンマーク人は学びました。もはや無茶な戦争に巻き込まれぬよう、おとなしくしていようと。
せめて、すっかり荒廃した領地と経済が立ち直るまで、忍耐の日々を送ろうと。
巧みな外交と持ち前の経済感覚で、見事に国を立て直し、第一次世界大戦では中立を維持。
第二次世界大戦では、ドイツに占領されるものの、自治を認められるなど安定した地位を保つことに成功したのです。
現代に入り、冷戦下ではノルディックバランスと呼ばれる北欧諸国の巧みな政治駆け引きの末、大きな混乱もなく、欧州連合の一員として、そして先進国の一員として、おとなしく過ごしているようです。

さて、デンマークはドイツの北にあります。スカンディナヴィア半島にあるわけでなく、一部はユーラシア大陸と陸続きです。
443の島からなる島国で、首都コペンハーゲンはシェラン島という島にあるそうです。
デンマークといえば、やはりハンス・クリスチャン・アンデルセン()ですね。
アンデルセンが生まれたのは、フュン島のオーデンセ。フュン島はデンマークの中でも比較的大きな島で、オーデンセはデンマーク第三の都市です。
しがない靴屋のせがれとして生まれたアンデルセンは、オペラ歌手を夢見て首都コペンハーゲンへ向かいます。
しかし、ひょろりと背が高く、いかにもひよわで縁起も今ひとつであったアンデルセンの夢は挫折してしまいます。
ところが、アンデルセンには演劇以外の才能がありました。それが文学です。
パトロンを得て、大学進学を果たしたアンデルセンは、ドイツに遊び初の旅行記を書きます。これがスマッシュヒット。
その後、出世作となる『即興詩人』(1835)を著します。この小説の成功で、作家としての地位を確立したアンデルセンでしたが、同年『童話集』を出版。
驚いたことに、当初、この童話集は大変不評だったそうです。新進気鋭の作家が、子ども向けの作品などとは他愛のないことだと。
しかし、アンデルセンの名を永遠の物としたのは、その他愛のない童話でした。
アンデルセンの童話は、同時代のグリム兄弟が伝承文学が中心だったのに対して、アンデルセンのセンスを感じさせる創作童話が中心でした。
北欧らしい、人間の温かみ溢れ、ロマンティシズム一杯の作品が多いですね。
かと思えば、はだかの王様のようなウィットに富んだ作品も多く見られ、アンデルセンのやや屈折した人格が見受けることが出来ます。
そのウィットもまた、彼の芸術的センスを通すと、また違ったものとなるのだから不思議ですね。

日本人にも馴染みの深いアンデルセンの故郷、デンマーク。
個人的には、一度は訪れてみたい土地ではあります。