カリグラフィー

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水泳、好きな事、好きなもの、こもれび山崎温水プールについて

カーラジオ

2009-04-18 16:29:43 | いろいろ

数日後、姉からメールが届いた。
やっぱり、告知した方がいいと思えてきたと。
そのとき、即座に「告知はしないって決めたじゃない。
負けないから、みんなで力をあわせて頑張ろう」
と返事をした。

私はいろいろな人に、自分だったら、本当のことを知りたいかとたずねた。
あんなに一度は固まったはずの思いが又揺らぎ始めた。

主治医から母への説明があるまでの1週間。
わたしたちは、真実を知りながらもそれを隠さなければならなかった。

母が家にいるため、
家では泣くことすらできないのだ。
辛い気持ちを誰かに聞いてもらいたくても、電話もできない。

私は、再び主治医を尋ねた。
そして、セカンドオピニオンのための書類をそろえて欲しいことと、
告知すべきかどうか悩んでいることを伝えた。


今後、化学療法を始めるとうそを突き通すのが難しいこと。
本人が真実を知りたがっていること。
そして、画像を見せてもらった。
「この肝臓の状態では、高熱がでていてもおかしくはない。
元気なことが奇跡です」と主治医は言った。

悲しいが、認めざるをえないほどの状態だった。
うそは突き通せないと思った。
主治医からは、まずは現実を家族が受け入れることが大切だと言われた。
そして、家族と母への説明がある前日に、告知するかどうかを先生に連絡することにした。

この気持ちのまま家には帰れない。
母の顔を見ることはできない。

私は、友人に連絡をした。
そして、偶然にも話の流れで
母の希望通り、海に散骨ができることを知った。
思いがかなえられるんだ。
そう思ったら、太陽の日に照らされ、輝く海が脳裏に浮かび
私は何かひとつ乗り越えた。

その日、久しぶりに眠ることができる気がした。
人間ってやっぱり強いんだな。
この悲しみも乗り越えられるんだ。

翌日、水泳のレッスンにでた。
気分を変えてみよう。
家にずっといるのも変だ。
体が疲れればよく眠れるかもしれない。

だが違った。
泳ぐと苦しくなってくる。
母はこんなに苦しんで死んでしまうのか?

何かを乗り越えたと思えた私の心は、
またもろい砂山のように壊れてしまった。

カーラジオのついた車の駐車場で私は大声で泣いた。