あざみの気まぐれ日記

備忘録のつもりで書いています。

頼母子(たのもし)

2014年02月02日 | 日記



午後、義姉が「恵方巻き」を作って持って来てくれた。
これは確か節分に食べるもの。1日早いのではと思ったが姉の都合で今日作ったのだろう。
蕗の薹の味噌も持って来てくれた。料理上手な義姉。
どれもおいしかった。

夕方5時から地区の『頼母子(たのもし)』
まだ咳が少し出る夫に代わって私が出席。
今回から新築で引っ越してきた2軒が参加。これで頼母子参加16軒。
この平成の時代にまだ頼母子があるなんて、初めての人はびっくりしただろう。
頼母子代2000円とお菓子と弁当代640円支払い紙縒りで作ったくじを引いた。
4軒籤が当たり当たった人は8000円ずつもらった。
引っ越して来たばかりの初参加の人も一人当たった。
私は外れ。
この後、神様にお供えしたお神酒を囲んで男性たちは1杯飲むのが習わし。
私も参加して飲もうかと思ったが、この田舎では女性はつつましくあるべきのようなので頼母子が済むや否やおとなしく帰ってきた。
田舎だけど近所づきあいが普段ほとんどない。
顔もよく知らない人がいるし、ましてや名字は分かっても名前まで知っている人は数少ない。
「どこそこの奥さん」、そういう感じ。
でもこの頼母子のお蔭で少し連帯感を感じる。
頼母子、最初の頃は面倒だと思ったこともあるが、今は継続賛成だ。


※頼母子の日(年2回)我が家の入り口のところにある神様にこの幟(のぼり)を当番の家が立てる。
 この幟は私が旗屋に注文して作ってもらったもの。今日改めて旗を見たら平成8年8月吉日と書かれていた。
 私たちが義母の介護の為この家に帰ってきたのは平成8年だったのだとこの旗を見ながら思った。
 我が家に置いてあるという幟をいくら探しても見つけられず、私が家を片づける際捨ててしまったのだと思って弁償した。歴史のある幟を紛失し申し訳ないと責任を感じたことを思い出す。
それから何年もたって家の蔵をリフォームする際その幟が蔵の奥から出てきた。私が捨ててしまったのではなかった。
この家に帰ってきて、てんやわんやした日々。ほろ苦い思い出がこの旗(のぼり)にはある。




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2 コメント

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Unknown (しお)
2014-02-03 16:43:38
町内に頼母子講があるとは、驚きました。
それだけ、皆さんの結びつきが強いのでしょうか?
ただ、私の知ってる頼母子とはちょっと違う気がします。
地方によっては違うのでしょうね。
この、幟を作った事を書いたブログを読んだ記憶が・・・
勘違いでしょうか。(^。^;)
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しおさんへ (あざみ)
2014-02-03 21:22:10
私も頼母子があると知った時は驚きました。
中学校の頃社会科で習った気がします。
歴史上の物と思っていましたので・・・(*^。^*)
でも多くの家庭が勤めに出ているので
顔を合わせる時がこういう時じゃないとありません。
良い役割をしていると思います。

幟の事、以前にも書いたことがあります。
覚えていて下さったんですね。
平成8年と書かれているのを見て
あの頃介護のために同居したのだなと
記憶を新たにしました。
あれからもう18年・・・
私も年をとりました(*^。^*)
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