エルサレム賞を受賞した村上春樹さんの言葉を聴いていた。
言葉というのは受けとめるということだというのを、すごく感じた。
「固い壁にぶつかって、壊れていく卵、わたしはいつも卵の側につきたい。壁の側について小説をかくことに何の意味があるか」ということ、
そして「人間の作った制度によって打ちのめされる人たち、もともとひとりの人間のなかに制度というものはなくて、その人を打ちのめす制度というものは、人が作ったもの」
というような主旨のことを話していたと思う。
イスラエルという国で、ガザ侵攻に対する抗議、そしてそれだけれはなくて、権力や制度に弱い人たちがいつも押しつぶされることについての抗議を、村上さんは、その地に立って、自分の言葉で伝えたんだろうと思う。
とても勇気がある人。
けれど、その言葉は単なる抗議とは違って、きっとイスラエルの人たちの心にも入っていける言葉だった。
心を打たれる言葉だった。
もし、言葉に力があるとしたら、人の心のなかに深く強く静かに浸透していくような言葉だった。
他者の痛みをどれだけ自分が感じることができるか、そして今のこんな時代こそ、感じ取らなければいけないと思った。
っと感動していたら、次に映った映像は、大臣の「あふう、」と半分ろれつの回らない言葉にならない・・・・呪いの呪文?のような・・・・
のけぞってしまった・・・
冬に似合わずあたたかい日が続くので、少しあたたかげなテンプレートに変えてみました。
言葉というのは受けとめるということだというのを、すごく感じた。
「固い壁にぶつかって、壊れていく卵、わたしはいつも卵の側につきたい。壁の側について小説をかくことに何の意味があるか」ということ、
そして「人間の作った制度によって打ちのめされる人たち、もともとひとりの人間のなかに制度というものはなくて、その人を打ちのめす制度というものは、人が作ったもの」
というような主旨のことを話していたと思う。
イスラエルという国で、ガザ侵攻に対する抗議、そしてそれだけれはなくて、権力や制度に弱い人たちがいつも押しつぶされることについての抗議を、村上さんは、その地に立って、自分の言葉で伝えたんだろうと思う。
とても勇気がある人。
けれど、その言葉は単なる抗議とは違って、きっとイスラエルの人たちの心にも入っていける言葉だった。
心を打たれる言葉だった。
もし、言葉に力があるとしたら、人の心のなかに深く強く静かに浸透していくような言葉だった。
他者の痛みをどれだけ自分が感じることができるか、そして今のこんな時代こそ、感じ取らなければいけないと思った。
っと感動していたら、次に映った映像は、大臣の「あふう、」と半分ろれつの回らない言葉にならない・・・・呪いの呪文?のような・・・・
のけぞってしまった・・・
冬に似合わずあたたかい日が続くので、少しあたたかげなテンプレートに変えてみました。