仁淀川ファンクラブ 

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その2

2011-02-22 | 佐川町ファンクラブ

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その2

1~町並み模型館
 
 ここには佐川町の上町周辺の古民家を、1/20に縮小した
 模型を展示しています。
 建物の外観は勿論のこと、内部の障子やふすま・
 掛軸まで細かく再現しています。
 なお、模型造りと製作者のガイドを通して、
 建物の構造と昔の職人の技が見学できます。

2~伊藤蘭林塾(寺子屋)

 蘭林は深尾家に仕える儒官となり、郷校「名教館」及び
 「蘭林塾」で教授すること50余年であった。
 当時の佐川では、大半の学徒の人々は蘭林塾の教えを
 受けている。
 牧野富太郎、田中光顕、広井勇、古沢滋などもすべて
 門下生で、この寺子屋から育っていった。

3~司牡丹 酒蔵

 長大な酒蔵は、長さ85mで国内でも有数の長さを誇る。
 建築は天保9年(1839)で、東西2棟を繋いでいる。
 幕末の頃は、上町だけで9軒の造り酒屋があったが、
 大正7年には3軒になり、竹村本家・竹村出店・浜口家が
 合併して「佐川醸造」を設立した。
 その後、「司牡丹」に発展した。

4~牧野富太郎の生家跡

 植物学者で「日本植物学の父」と呼ばれている。
 富太郎は造り酒屋「岸屋」の跡とりであったが、幼少の
 時代から植物に関心を示し、東京帝大植物学教室に
 出入りするも、さらには独学で研究を深めながら、
 日本人では初めての植物の新種を発見、
 命名を数多く行っている。
 ~草をしとねに木の根をまくら、花を恋して50年~

5~元青山文庫 庫舎

 旧須崎署佐川分署として明治19年に建てられた。
 県内では、最も古い洋風建築である。
 その後、図書館として川田文庫に。時の宮内大臣、
 田中光顕から大量の書物を寄贈され、田中光顕の
 雅号「青山(せいざん)」をとり、青山文庫となる。
 民具館を経て、現在はイベント等で利用されている。

6~浜口家住宅

 浜口家は天正の頃、長宗我部信親の家臣であり、
 江戸中期に香南市手結から移り住み、
 高知・佐川・須崎で酒造業を営んだ。
 屋号を「生金屋(あらがねや)」と言い、大正7年に
 竹村本家、出店、浜口家 三軒の酒屋が合併し、
 佐川醸造(後の司牡丹)を設立した。

7~竹村家住宅  国指定重要文化財

 東の店舗部分は230年、西の客間は170年前のもの。
 幕府の巡検使を迎えた程の格式の高い住宅で、
 高知城「懐徳館」と同様の貼り付け壁(和紙貼り付け)。
 付け書院の花頭窓は、土佐でしか見られない特徴である。
 東棟(店舗)、中棟(住居)、西棟(客間)の
 三棟からなっている。
 入口は西と東の2ヵ所で、西門は巡検使や高官を迎える
 正門で、東門は家人の入口である。

8~町の駅、観光案内所

 この建物は武村本家の貸家棟であり、
 三軒長屋の形式を留めた古い建物である。
 中央の家は、町の駅として観光案内や、
 おみやげの販売もしています。
 一寸一服いかがでしょう

 

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