高知ファンクラブ

“高知をもっと元気にする”ボランティア集団、「高知ファンクラブ」の仲間が発信するブログです。

高知ファンクラブ こども祭総集編

2017-04-25 | 高知のイベント情報

高知ファンクラブ こども祭総集編 

森のこども祭

第1回森のこども祭 目次 2014.11.30

5月10日(日)丸の内緑地で、第1回 木のこども祭 開催します

 第1回 木のこども祭  こども広場  1、オープニングセレモニー

 第1回 木のこども祭  こども広場  2、ユニークけん玉競争

11月1日(日)、丸の内緑地で 第2回森のこども祭 開催します

 

鏡川こども祭

第1回 鏡川こども祭(2010年10月11日実施) 目次 

第2回 鏡川こども祭(2011年9月11日実施)目次

◎第3回 鏡川こども祭(2012年10月7日実施)、目次

第4回 鏡川こども祭(2013年 9月29日実施)、目次

 以下省略、今も元気に続いています。

 

潮江こども祭&防災フェスティバル

第1回潮江こども祭&防災フェスティバル (2012年2月26日)、目次

第2回潮江こども祭&防災フェスティバル(2012年12月9日)、目次

第3回潮江こども祭&防災フェスティバル(2013年 4月7日)、目次

第4回潮江こども祭&防災フェスティバル(2014年 4月6日)、目次 

 以下省略、今も元気に続いています。

 

物部川こども祭

※ 第1回 物 部 川 こ ど も 祭(2012年8月26日) 総集編 

※ 第2回 物 部 川 こ ど も 祭(2013年5月12日) 総集編

※ 6月1日(日)、第3回物部川こども祭 開催します

※ 第4回物部川こども祭 5月31日(日)のご案内

※ 第5回物部川こども祭、5月29日(日) 10時から15時 開催します

 

仁淀川こども祭

★ 第1回 仁淀川こども祭&お国自慢大会(2012年3月18日)、いの町 波川公園で開催  目次 

★ 第2回 仁淀川こども祭り&お国自慢大会(2012年10月13日、仁淀川町 大崎)  目次

★ 9月23日(火・祝)、第3回 仁淀川こども祭&めだかフェスティバル 開催します

★  9/23(水・祝) 第4回仁淀川こども祭&日高めだかフェスティバル 開催!

 

 2015年 夏休みの自由研究 森の仲間が応援します!  まとめ

 

 

情報てんこもり  サイトマップ   「高知ファンクラブ1

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石垣島昔遊び伝承会を結成しました

2017-04-25 | 石垣島から情報発信

2017年4月19日、石垣島昔遊び伝承会を結成しました。

子ども達の心身を豊かに育んできた昔遊びが普段の遊びのなかから消えかけています

昔遊びを伝承する仲間を募集しています!

あなたは何が好きでしたか? 得意な昔遊びに参加しませんか?

    

      

   

1、紙ヒコーキ 2、けん玉 3、お手玉 4、大縄跳び 5、草笛 6、紙風船を折って帽子に付けて、新聞紙丸めてチャンバラ 7、あやとり 8、コマまわし 9、松葉すもう 10、竹馬乗り 11、自転車のリム回し 12、折り紙 13、ゴムカンで的当て 14、缶ぽっくり 15、おはじき 16、ビー玉遊び 17、凧揚げ 18、フラフープ 19、その他
ものづくり分野
①、竹とんぼ ②、竹馬 ③、ゴムカン ④、竹笛 ⑤、缶ぽっくり ⑥、水鉄砲・紙鉄砲 ⑦、ヤラブの笛 ⑧、万華鏡 ⑨、ドングリのヤジロベー ⑩、凧づくり ⑪、ウグイス笛・カッコウ笛 ⑫、アダンの風車 ⑬、その他      

石垣島昔遊び伝承会の 目的

祖父母から子どもや孫に伝えられ、昔から子どもたちに親しまれて来た昔遊び(伝承遊び)を、引き続き伝承していく事を目的とします。

        

石垣島昔遊び伝承会の 事業内容

子ども達を取り巻く環境の変化と、携帯ゲームの出現など遊びの質的な変化で、遊びの伝承が成り立たなくなって来ている現状を踏まえ、昔遊びの機会を増やす取り組みを実施します。

(1) 身体を使った遊びが多くあり、遊びの中で知らず知らずのうちに身体能力が鍛えられたり、根気や集中力が培われたり、バランス感覚が養われたりするなど、子ども達の心身を豊かに育んできた昔遊びの普及を推進し、戸外で体を使った遊びが減ったことによる、子ども達の身体能力や体力の低下防止を図ります。

(2) 室内での一人遊びが多くなったことによるコミュニケーション力の低下が指摘されており、子ども達にゲームの仮想世界とは違った、集団で遊ぶ、自然の中で遊ぶ、異年齢間で遊ぶ、全身を動かすなど様々な特徴がある昔遊びの本当の楽しさを体験できる場づくりに取り組みます。

(3) 昔遊びは世代を超えていっしょにできるので、核家族化が進んだ事による世代間のコミュニケーションの減少、地域コミュニティの弱体化が心配されるなか、身近なものを使い、作って遊ぶことや、遊び方や遊具の作り方を身近な大人に教わることで人と関わることもできるので、昔遊びを通した世代間の交流や創作意欲を高める取り組みをします。

(4) 昔遊びの経験者であるお年寄りが、親世代や子ども達との三世代交流などを通して、お年寄り自身が楽しめるとともに、元気で生きがいになる交流を促進します。

(5) その他

あなたも力を貸してください!

石垣島昔遊び伝承会

代表:宮良博之(石垣市レクリエーション指導者協議会会長)
連絡・問合せ先 事務局:坂本耕平(090-2781-7348)

 

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第1回石垣島こども祭 企画書 

2017-04-25 | 石垣島から情報発信

第1回石垣島こども祭 企画書 

1、事業名  「第1回石垣島こども祭」

2、開催目的  こども達の健やかな成長と郷土を愛する心を育み、併せて石垣島・八重山地域の活性化に寄与することを目的とします。

3、事業内容

① ステージでは、子ども達が受け継ぐ郷土の伝統芸能などの発表を行い、「子どもの文化を発信するこども祭」と位置づけて実施します。

② お年寄りから学ぶ昔遊びやものづくりが、 “遊びの中に学びがいっぱい”の親子の体験活動の場として、みんなで楽しめるこども祭にします。

③ 石垣島・八重山地域などの“おいしいもの”や地場産品の販売・紹介などを通して、地域の交流を促進するこども祭にします。

④ 豊かな自然や人の命を守る施設や機関・団体の取り組みを紹介し、自然や人の命を大切にする心豊かな子どもを育てるこども祭にします。

3、主催団体   

石垣島こども祭 実行委員会 (実行委員長 金城弘美 )

(参加に際しては、実行委員会への負担金などはいただきませんし、逆に手当や報酬等もありません。)

4、開催日時   2018年3月18日(日) 10時~15時まで(小雨決行)

5、会場   石垣市真栄里 真栄里公園  

6、参加予定数   1,000人程度

7、後援団体(予定) 石垣市・石垣市教育委員会・竹富町・竹富町教育委員会・石垣市小

中学校PTA連合会・八重山地区高等学校PTA連合会・石垣市保育向上推進協議会・八重

山毎日新聞社・八重山日報社・石垣ケーブルテレビ株式会社・FMいしがきサンサンラジオ・登野城漁協ほかを予定

8、予算 

① 石垣島こども祭は自己完結方式で行い、必要最小限の予算で実施します。

(自己完結方式とは、実行委員会が指定した場所に、出店者がテントや机などを持参して設置し、自由に展示・販売などを行い、販売上生じたゴミなどの回収を含め、後片付けをして終了するやり方)

 ② 食べ物などを販売する出店者のみ、会場での売り上げの10%を自主申告で出店料として拠出してもらいます。当日会場で集金・領収書を発行します。

 ③ この出店料は案内チラシの印刷代や音響代・保険加入代などに充てます。

 ④ 不足が生じる場合は、寄付金で賄います。

9、その他 参考資料

 高知県でのこども祭実施例 「高知ファンクラブ こども祭総集編」検索 http://blog.goo.ne.jp/kenkoukfc

 〇物部川こども祭

 〇鏡川こども祭

 〇仁淀川こども祭

 〇森のこども祭ほか

 

連絡・問合せ先: 石垣島こども祭 実行委員会                 事務局  坂本耕平 (携帯 090-2781-7348)               〒907-0004 石垣市字登野城485-20 割烹司(つかさ)内  
E-mail sakamoto_kouhei3@hb.tp1.jp 

 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」・・・土佐の高知にありがとう(Ⅶ)、故郷

2017-01-30 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」ほか

土佐の高知にありがとう(Ⅶ)、故郷             

                                                       No.177,高知ファンクラブ,1(2017)

ふるさとは何処    (記:2001/3/21)

  娘が小学生の頃、「〇〇チャンはいいな。おじいちゃん、おばあちゃんの居る沖縄に行くんだって。旅行が出来ていいな。葉子のおじいちゃん、おばあちゃんの家はどうして青山(東京)や我孫子(千葉)なの」、「〇〇君のおじいちゃんは山形だって」と、自分は頻繁に両方のおじいちゃんの家に行けるのを棚に上げて、嘆いていました。東京ほど住み良いところはないと思って40年、首都圏以外に住むことなぞ考えても見ませんでした。

 高知に工科系大学を創るので、審議に参加して欲しいと末松安晴さんに頼まれたのが始まりです。末松さんとは東京工業大学の同級生です。また東工大での最後の2年間、彼は学長、私は工学部評議員として大学院重点化を推進してきた間柄です。いくら大学進学率が高くなっても、少子化に向かうこの時代に、しかも地方の高知で、今更何を考えているのだろうと思いました。足摺岬と室戸岬の区別も付かないほど、四国についての知識は持ち合わせていませんでした。しかし、私の東京中心の考え方を改めるには何も要らず、橋本大二郎知事にお会いするだけで十分でした。産業の誘致やリゾート開発ではなく、人材の輩出が必要であり、情報の発信源となって活性化を計るべきが、彼の持論でした。

 定年後の北海道大学の話に、ちえ子は札幌ならと言って自分の仕事を辞めてしまいました。その時はその延長上で高知に住むことになるとは考えもしませんでした。工科系大学設立策定委員会の度に、新千歳空港から羽田で乗り換えて、高知空港へと飛びました。

 この北海道で、地方の置かれた厳しさを始めて知ったのです。活性化を試みても上手く進まない現実を見てきました。企業誘致にも、リゾート開発にも、特産品作りにも、逆風が吹き始めていました。内地の人々が北海道に憧れる理由を、北海道の人は理解していないのです。吹雪に遭遇しても、流氷に閉じ込められても、観光客は大喜びなのです。クラーク博士の大志を探しましたが、当時の北大には見つかりません。権威主義、保守主義の塊に見えます。伝統は死守するものであり、創り続けるものとは思っていないようです。

 これらの経験は、新しいものを創り出す上での、大きな参考になりました。固定観念を捨て去ることから始めなければならないことを教えてくれました。固定観念はかなりの強敵で、ゲリラのように何時、何処に現れるか分かりません。それを見分けるのもまた大変です。背広を着て普通の顔をしています。

 高知工科大学に関わってからは、神経をすり減らす毎日になりました。ちえ子は私の愚痴と憤りの聞き役に徹してくれました。「王様の耳はロバの耳」と言っても心配のない大木の洞穴になってくれたのでした。そんなことがあり、あんなことがあったと色々と思い出します。しかし、結論はただ一つ。「素晴らしい一期生を送り出すことができた」です。

 孫の樹ちゃんは「おじいちゃん、夏休みには高知に行くからね。また、アンパンマン・ミュージアムに行こうね」と言ってくれます。「樹ちゃんはいいな。おじいちゃんは高知にいるの」と友達を羨ましがらせているのかも知れません。「ふるさと」を持たなかった私が、憧れの「ふるさと」を持てるようになったのは、高知の方々のお陰であると思っています。

 

註:メールアドレスが変更になっています。s-tomoo@gol.comです。御感想、ご意見、耳よりな情報をお聞かせください。鈴木朝夫 

〒718-0054 高知県香美市土佐山田町植718     Tel 0887-52-5154、

携帯 090-3461-6571   

 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」高知ファンクラブに掲載 2017年~

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2016年~現在に至る)

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2012年~2015年

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2008年~2011年)

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次(2002~2007年 )

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」・・・物部川流域から新春のお慶びを申し上げます

2017-01-30 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」ほか

物部川流域から新春のお慶びを申し上げます     

                                                      No.176,高知ファンクラブ,1(2017)

  高知では年の瀬から年頭に掛けて快晴が続いていました。北の山々が見事に輝いていました。西寄りの工石山・三辻山から右に目を移せば、北山スカイラインの奥に笹ヶ峰、国見山が続いています。国道32号とJR土讃線、そして穴内川の沢筋が通る山の切れ目を過ぎると、風車のある甫喜ヶ峰の後方に聳える梶が森、鉢が森の山塊が、東寄りに特徴的な山容の御在所山を従えて見えてきます。物部川流域の谷筋を越えて、秋葉山から三宝山までの山々が、普段よりもくっきりと見えています。

 元旦の高知新聞では、「高知の川 よみがえる」、「水質40年で劇的改善」の見出しが一面を飾っています。20年前、高知に住み始めた頃は、「日本最後の清流」として四万十川の水質だけが高知の自慢だったように思われます。上流から下流に向けて、20を超える欄干のない沈下橋を注意しながら渡ったことがあります。源流とされる不入山や鶴松森にも行きました。今の四万十町窪川や大正では枝打ち作業を体験し、間伐作業を見学しました。

最近、「奇跡の清流 仁淀ブルー」として仁淀川が有名になっています。仁淀川との関わりは桜でした。仁淀川町桜地区の「ひょうたん桜」と、限界集落の名称のきっかけを作った佐川町尾川地区の「稚木の桜」の種が2008年11月に8ヶ月にわたる宇宙旅行から帰ってきました。今年も春には、高知の宇宙桜は、県内外で咲き誇ってくれるはずです。鏡川では山内神社境内に、物部川ではアンパンマン・ミュージアムの上にある香北自然公園に、遠くでは東京都多摩市の多摩川近くの桜が丘公園などに移植されています。

 宇宙桜の種を拾い集めたのはそれぞれの地域の小学生たちです。子供たちが元気に育って欲しいと河川を中心に、山・森・里に触れる機会を増やしながら、家族との触れ合いも密にと願って、「鏡川こども祭」、「潮江こども祭」、「仁淀川こども祭」、「物部川こども祭」を年ごとに順次増やしてきました。その流域で様々な活動をされている方々のご協力を仰ぎました。テーマの一つとして必ず加えたのは自主防災の意識の高揚でした。

申年の昨年は多くの区切りを迎えた年でした。まず12×7=84歳を迎え、始めての四国(高知)に住んで20年目を迎えました。そして、県産業振興センターの月刊誌、情報プラットフォーム(No.176、5(2002))に、エッセイ「ぷらっとウオーク」の第1回を投稿してから14年目になりました。昨年末の最終号(No.351、12(2016))に掲載のエッセイで175回(351-176=175)になります。長い間、ご愛読を頂いたことに厚く御礼申し上げます。第176回からはブログとして続けることにします。「土佐の高知にありがとう」シリーズもその中に含まれます。ブログは「高知ファンクラブ、鈴木朝夫」のキーワードで出てきます。御感想、ご意見、耳寄りな情報をお送りください。私のアドレスはs-tomoo@gol.comです。

  酉年の今年、高知の鳥の種類は沢山あります。県鳥のヤイロチョウ、オナガドリ、そして軍鶏(しゃも)、ハチキン地鶏、土佐ジロウ、プチコッコなど多彩で、賑やかです。干支で言えば「丁酉」(ひのと・とり)ですが、この組み合わせは「相剋」、すなわち片方が片方を弱める意味があると出ています。「結果の見えた確定値」と「期待値のある将来性」の何れかのようです。世界の情勢を眺めていると、このように揺れ動いているように思われます。 

 

註:メールアドレスが変更になっています。s-tomoo@gol.comです。御感想、ご意見、耳よりな情報をお聞かせください。鈴木朝夫 

〒718-0054 高知県香美市土佐山田町植718     Tel 0887-52-5154、

携帯 090-3461-6571  

 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」高知ファンクラブに掲載 2017年~

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2016年~現在に至る)

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2012年~2015年

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2008年~2011年)

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次(2002~2007年 )

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石垣島からのお便り その4 2016.12.15

2016-12-26 | 石垣島から情報発信

石垣島からのお便り その4 2016.12.15

じいじとばあばの おいしんぼ日記

 年の瀬も押し迫り、何かとお忙しいことと思いますが、その後お変わりありませんか?2016年2月に高知市から石垣島・石垣市に転居して、もう10ヶ月になりました。
 この間、夕食は「琉球割烹 司(つかさ)」本店(住屋の一階)で妻と二人で1時間ほどをかけて、美味しいお酒と料理を戴いて、昼食は2号店で幼稚園へ行っている孫と一緒に、自分の食べたいものをエントリーして食べています。ばあばは、二号店のお手伝いをしており、終了後に娘たちと食べています。
 夕食の4品~5品のメニューとお酒の種類は私が手帳に記録して、妻がスマホのカメラで画像を残しています。娘達と夕食メニュー集・レシピ集が出来るねーと話しております。
 朝食は妻が毎日作って、孫たちも喜んで食べて学校や幼稚園に行っています。
 高知の方は寒い季節になっていますが、こちらは暑い夏も終わり、エアコンの要らない過ごしやすい季節になってきました。昼間は短パンやTシャツでいることも多いのですが、朝晩は長ズボンに長そでシャツになりました。統計では1月が最も気温が低くて最低気温の平均が16.5度。こちらもそろそろ寒くなって来ます。
 これまで退職後もスマホの予定表をぎっちり見ながら暮らしていた私ですが、こちらに来てからは予定表は無しで、孫たちと遊びながら毎日美味しい酒と料理を口にして”ふぬけ”になったのか! パソコンを2か月も開かないことが続いています。調べ物などはスマホで間に合うようになったこともありますが、メールで不都合するケースが出ています。
 寒い季節になります。風邪など引かぬよう、ご自愛ください。

 

パダラー500匹余を一網打尽に!

ウミヘビまで網に掛りました

 石垣に来るまで海の遊びはほとんどしたことがなかった私ですが、婿が投網を使っているので、私は刺し網を購入しました。
 我家の前にあるマンタ公園の南に位置する登野城漁港では、この夏ミジュン(イワシの仲間)の群れが来て多くの釣り人でにぎわっていました。その登野城漁港の東に孫達が通う八島小学校があり、その東にも養殖をしている港があります。そこに船を陸に上げるスロープがあります。早朝妻にも手伝ってもらいこのスロープのなかにパダラー(ヤクシマイワシと言われ、イワシとは別種)の群れが入るタイミングを見計らって、両側から吊るしていた刺し網をザブンと海に落として逃げ道をふさぎ、スロープに沿って陸へ両側から引き上げました。まさに一網打尽で500匹余のパダラーなどが網に。どこに居たのか、下の写真のウミヘビまで網に掛り、毒があるので頭をつぶして家まで持ち帰り、婿に外してもらいました。孫達も加わり5人が1時間ほどかかって、500匹余を網から外しました。パダラーはから揚げにして骨ごと食べます。骨の香ばしさがなんとも美味くて、市場には出回らない魚の地元料理として人気です。
 このほかサンゴ礁の藻が生えた浅いところに産卵に来るシマハギ(スズキ目ニザダイ科のなかでもくせのない種で沖縄県 では食用種)を、一人で刺し網を海から持ち上げられない程捕れたのには、周囲の人々もびっくりでした。

  ~婿はおやじ譲りの釣り名人~
 鳩間島で育った婿は、小さい時から魚捕りをお父さんに教えられており、イカねらいの釣り人達が発見できないイカを見つけるなど、人並み外れた魚の生態を身体で掴んでいます。今年も5㎏の超大物コブシミ(コウイカの仲間)を筆頭に3㎏・2.5㎏などを。大小のアオリイカも何度か釣って、食卓に載せてくれました。
 日曜日の大潮の時に名蔵湾へ家族7人でイイダコ捕りに行きました。潮を吹いているタコをカニの餌で、巣穴からおびき出してフォークでぶすっと突き刺すのです。私はうまくタイミングを合わすことが出来ず、一匹も取れず仕舞いでしたが、妻達は何匹か捕って夕食の食卓に。

 

じいじと孫たちの石垣島アラカルト

 第15回南の島の星まつり に11.000人の来場者が 

 8月6日 孫達とすぐ近くのサザンゲートブリッジの公園で開催された星まつりに行きました。心配された天気でしたが、街が一斉に消灯する時間帯には雲も切れて素晴らしい星空を眺めることが出来ました。
 石垣島・八重山列島は大気が安定し、星がくっきり見えることでも知られています。全天で88個ある星座の内84個が、21個の一等星のすべてが、また南寄りの空にある星座で、北半球では見える場所が限定される南十字星や南極老人星(カノープス)なども見ることが出来るようです。
 星は島の宝として、「星空保護区」認定に向けて石垣市や石垣島天文台の宮地竹史所長(高知県出身・高知会会長)などが取り組みを加速しています。

 

サシバの渡りが観察出来ました

 10月12日の地元紙に、バンナ公園渡り鳥観察所でタカ科のサシバが約220羽飛来したことが報じられました。翌日早速孫達と同所へ。50羽くらいのサシバが、近くの空で舞っている様子を観察できました。同所内の説明には、渡りの途中でこちらにより近くの森で休んで、早朝に旅立つと書いていました。早朝ウォーキングやラジオ体操の時に、旅立つサシバの群れを発見しました。
 サシバは日本で繁殖し、秋には沖縄・南西諸島を経由して東南アジアやニューギニアで冬を越すようです。

 

昆虫館や蝶館カビラを訪問 

オオゴマダラ(石垣市の蝶)

ツマベニチョウ(竹富町の蝶) 

 県営バンナ公園内にある「世界の昆虫館」や川平にある蝶館カビラへ孫達と何度か行きました。石垣島・八重山地方は自然が豊かで、冬の今でもオオゴマダラ(石垣市の蝶・写真参照)やツマベニチョウ(竹富町の蝶)などが優雅な姿で飛び回っています。90種類の蝶の魅力に惹かれて移住している方も結構おられます。世界の昆虫館は、奈良県出身の山田守さんが60年かけて集めた膨大な標本から、世界40カ国350~400種の昆虫が展示されており、館長の山田さん他のグループがボランティアで運営しています。(私のブログ「石垣島からのお便り」検索)
 蝶館カビラは、千葉県出身の入野祐史さんが個人宅を利用して蝶の展示と、庭にネット張りの大きな飼育棟が。多種類の蝶が飛び交う様は見事でした。
 我家の庭のシークアーサーやレモンライム、島サンショウの木には何度も蝶の卵が産み付けられて、幼虫との格闘が続いています。

 

観光立県沖縄・滞在型で800万人/年。石垣市110万人超の記録更新中、観光最盛の8月、レンタカー5000台で交通事故100件。年間事故件数の4割強がレンタカー。今年は国の特別天然記念物のイリオモテヤマネコやカンムリワシが輪禍に遭うのも記録更新。

 

 

じいじと孫たちの石垣島アラカルト

じいじとばあばの おいしんぼ日記

琉球割烹ダイニング司<つかさ>

琉球割烹 司(つかさ) 二号店

石垣島、竹富島、鳩間島、西表島に関する記事

小浜真英氏(瓦職人)作のシーサー に関する記事

 
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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」・・・地球を蹂躙する人間(*)、土佐の叡智は(〇)

2016-12-26 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」ほか

地球を蹂躙する人間(*)、土佐の叡智は(〇)  

                                       情報プラットフォーム、No.351、12(2016)

 エッセイ「ぷらっとウオーク」を初めて本誌に書かせていただいたのは2000年5月(No.176)であり、14年を越えて続き、その合計は175編に上る。この最終稿では表題のように(*と〇)で集約してみる。

 

*行く川の流れは絶えずして しかももとの水にはあらず よどみに浮かぶ泡(うたかた)は・・・久しくとどまりたるためし無し(「方丈記」、鴨長明著)⇒No.248{「エントロピー」では読んでもらえないか?}

*エネルギーが豊富な時、エネルギーを多く使う生物種が優位に立つが、エネルギーが乏しい時は、エネルギー消費が最小の種のみが生き残れる。(「豊かな石油時代が終わる~人類は何処へ行くのか」、日本工学アカデミー編、2004)⇒No.241 {この暑さは地球温暖化の影響か?}

*「マデイラ島(Madeira)」を「木の島」と訳すのは不適切。鬱蒼たる高木・巨木を樹木ではなく、金を生む木材としか見ることが出来なかった紛れもない証拠である。(「森と文明」、ジョン・バーリン著、安田喜憲訳、晶文社、1994)→三角貿易の帆船の建造⇒No.

239{自然遺産、マデイラ島の照葉樹林}

*他の世界から隔絶されていることを知っている島民であれば、小さな島の有限の資源に依存していることは百も承知していたに違いない。必須の資源を完全に枯渇させるまで消費し続けたのである。次第に未開状態に逆戻りしていった。(「緑の世界史」、クライブ・ポンティング著、石弘之訳、朝日選書、1994)→イースター島、モアイ倒し戦争⇒No.238{人口密度、50人/km2}

*今、我々が直面しているグローバリゼーションとは何か? それは持続可能なものだろうか? 違う。それは長期にわたって持ちこたえられるものだろうか? 絶対にそうではない。誰が新しい世界を建設していくのだろうか? それは地球に住む男と女である。彼らの武器は何だろうか? アイデアと意識の高さだ。それはユートピアなのだろうか? いや違う。(「帝国主義のグローバリゼーション」、フィデル・カストロの演説)⇒No.211{キューバを見たい}、No.302、{人間社会もメタボでなければ}

*永遠に続く登山というものはない。登った山は降りなければならないのである。(「下山の思想」、五木寛之著、幻冬舎新書、2011)→+経済成長率は続かない。⇒No.298{右肩下がりの下山の先は}

*私は、19世紀の喪に立ち会っているのだ。一つの時代が終わろうとしていた。(「ココ・シャネル 閉ざされた時代に自由の翼を」、NHKBS、2015)⇒No.330{あなたは二十世紀の喪に服したか}

*地球上には未開拓の空間も、搾取できる開発途上の対象もなくなりつつある。(「資本主義の終焉と歴史の危機」、水野和夫著、集英社新書、2014)⇒No.330{あなたは二十世紀の喪に服したか}

*動けない植物は、動ける動物以上に、この地球上で繁栄している。何処にでもある太陽光、炭酸ガス、水を資源とし、贅沢な機能を排除して、必要最小限のエネルギーで種の系統を維持する手段を選んでいる。(「植物の生存戦略『じっとしているという知恵』に学ぶ」、朝日新聞社、2007)⇒No.248 {『エントロピー』では読んで貰えないか?} ;No.201 {切り詰めて生きる}

*資本主義の致命的欠陥は、富の分配が公平に行えない仕組みであり、貧富の差がますます拡がっていくことである。(「21世紀の資本」、トマ・ピケティ著、邦訳、みすず書房、2014)⇒No.330 {あなたは二十世紀の喪に服したか}

*私たちは、今人類の歴史のなかで、最も「豊かな」生活をしていると思い込んでいる。昔の生活ときたらそれはひどかったと、皆がそう思っている。宮沢賢治はそうではないとはっきりと言っている。彼は自然を慈しむ目を持ち、自然に対して畏敬の念を持っていた。(「エントロピー」、藤田裕幸ら著、現代書館、1985)→人間になった人類が地球の破壊を始めた。⇒No.241 {この暑さは地球温暖化の影響?}

 

〇男女に定員を「割り当てる」クオータ制や、男女の「等価性を維持する」パリテ制を採用することで議会の男女比を保つ方法がある。→地方議会から⇒No.336  {本当の男女共同参画社会に向けて}

〇科学者であり文学者でもあった寺田寅彦のように、また何にでも好奇心一杯の牧野富太郎のように、柔軟性を持ってほしい。暗記一辺倒の受験勉強の仕組みの中で、受験科目を限定して文系・理系の概念ができてしまったのである。→固定観念の排除⇒Mo.282 {理系・文系は受験科目だけにしよう}

〇玄関から、直接、子ども部屋へ、書斎へ行ける間取りは最悪である。「ただいま」、「お帰りなさい」の家族間の挨拶が気軽にできる造りをイメージして欲しい。「頂きます」、「ご馳走様」、そして「おはよう」、「お休みなさい」の挨拶が家族を豊かに育ててくれる。挨拶の習慣はご近所さんを増やしていく。⇒No.236 {出会うチャンスが多い造りほどよい};No258 {モーニングって何です?}

〇「高知 広域・広領域 博物科学館」を創ろうとする提案である。点在する様々な領域の施設や企業活動を通じて、科学・技術だけではなく、歴史・文化に関わる活動にも広げたいのである。→ボランティアとしての地域活動、その組織化の一助にも。⇒No.316 {初夢 高知博物科学館ネットワーク}

〇土佐には無人島の鳥島で生き抜いた先人たちの事例がある。野村長平やジョン万次郎の生き方を調べてみよう。防災訓練は「逃げる」に集中しているが、その次に来る想定は、自然の中でご近所の方々と助け合って「生き延びる」である。⇒No.314{大災害後のサバイバルのために}

 

長年にわたりご愛読をいただいたことに、そして土佐の高知を私の故郷と認めて下さったことに、そして私に生き甲斐を与えて下さったことに感謝いたします。

 註:メールアドレスが変更になっています。s-tomoo@gol.comです。御感想、ご意見、耳よりな情報をお聞かせください。鈴木朝夫

 

ご感想、ご意見、耳寄りな情報をお聞かせ下さい。

鈴木朝夫  s-tomoo@gol.com 

〒718-0054 高知県香美市土佐山田町植718     Tel 0887-52-5154、

携帯 090-3461-6571  

 

 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2016年~現在に至る) 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2012年~2015年

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2008年~2011年)

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次(2002~2007年 )

高知県産業振興センター発行の情報誌「情報プラットフォーム」に掲載された 「ぷらっとウオーク」 を、「高知ファンクラブ」事務局の要請を受けて、ブログでも紹介させていただくことにしました。
どうぞよろしくお願いします。     HN:鈴木朝夫

 
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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」・・・ディープ・ラーニングの達成度、人工知能

2016-12-26 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」ほか

ディープ・ラーニングの達成度、人工知能  

                                        情報プラットフォーム、No.350、11(2016)

  最近の人工知能の開発と発展は目覚ましい。神経細胞の構造や動きをモデル化して、コンピューター技術に応用したものをニューロ・コンピューターと名付けている。このような人工知能(AI)には、さまざまなレベルがあり、「認識・思考過程を組み込んだ人工知能」、「多量のデータを処理できる人工知能」、そして「そのビッグデータから自動(深層)学習のできる人工知能」へと急速に進化している。これは「画像認識」、「運動の習熟」、「言語の意味の理解」と続くものである。その道のゲームの達人との対戦を見ても、チェスから将棋、そして囲碁へと複雑さが増すゲームに拡大して、人工知能が優位に立ちつつある。

 自動操縦の自動車が一般道を走行する時代はすぐそこに来ている。自動操縦の安定性・安全性は、運転を重ねる度に深層学習(ディープ・ラーニング)を繰り返し精度が上がっていく。しかし、自力で運転する喜びも温存しておく必要がある。「マナーを守ろう」の標語は無用となり、渋滞も解消するだろう。なお低確率であるが必ず発生する事故の法的安定性の確立が重要である。ドローンでの宅配便、豊かな心を持つ介護・介助ロボットの実用化もすぐそこにある。一方で、サイバー攻撃には、先制的に時々刻々と備えを確実にしておく必要がある。殺人ロボット兵器を作る残酷なサイコパスは身近に住んでいる。

 世の中のさまざまな物体(モノ)がインターネット機能を持ち、相互に連結した仕組みを「モノのインターネット(IoT)」と呼んでいる。これは脳神経の構造を模したアルゴリズムなのである。神経回路網(ニューラル・ネットワーク)は神経細胞(ニューロン)と神経細胞の接合部(シナプス)でできており、これらは多層化され、複雑に接続している。人間の「認知」と「行動」の仕組みを情報処理システムの観点からから考えてみる。目や耳などの「感覚」器官で受けた情報(意識)は、普遍的な判断基準を加えて「知覚」される。さらに経験や学習に基づく基準に照らして「認知」される。これらはさまざまな階層で「記憶」される。なお、記憶・記録の割り当ての場所は各段階に存在するが、詳しいことは不明である。

 手や足などの「運動(行動)」はそのレベルに応じて、起点が異なってくる。視覚空間と記憶空間の中を運動空間として身体運動を行うが、その判断基準はディープ・ラーニング(深層学習)の成果によるだろう。オリンピックの体操競技、例えば金メダリストの内村航平の演技を見ると、「知覚」による本能で即断演技をしているように思われる。「体で覚える」の表現は当を得ている。これに対して「豊かな感性」、「言語の理解」は脳のどの部分で、どのように培われているのだろうか。テレビ番組「プレバト!!」(MBS/TBS系)の俳句コーナーで、容赦ない毒舌で評価・添削する夏井いつきを見ていると、「知覚」、「認知」、「記憶」のすべてを活用して「磨かれた感性」が創造されているように思える。

 私の歩き始めの「すくみ足」を、意識改革によって解決する手段は前報で述べた。一方で、停止行動にも問題が出てくる。目的地の一歩手前で、手が先に出て、前のめりになってしまう。出入口のドア、これから座る椅子など、そこの到達点には目的がある。効果的な手順を即座に判断できなくなっている。

 現在のところ、神経変性疾患の有効な治療法はない。細胞病理学上の特徴は異常な構造の蛋白質の蓄積であり、これが情報伝達物質のドーパミンの十分な分泌を妨げていると考えられている。神経伝達物質を補うような錠剤(ドプス錠やドパコール錠)を服用している。病名は進行性核上性麻痺であり、進行を遅らせることしかないようである。大隅博士のノーベル医学生理学賞の成果(不必要な蛋白質を再生する機能)の実用化には時間が必要である。一方で、人工知能はディープ・ラーニング(深層学習)を重ねて、日を追うごとに知力・能力を増している。自動操縦電気自動車の普及はすぐそこである。ボディには優れたデザイン性が要求される。漫画王国高知の、中小企業こそ、ベンチャー企業こそが出番である。

 参考資料(人工知能など):

本誌、2016,6,No.345,P15  / 本誌、2016,7,No.346,No.346,P16

 

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 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2016年~現在に至る) 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2012年~2015年

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」・・・ディープ・ラーニングの破綻、脳の機能

2016-12-26 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」ほか

ディープ・ラーニングの破綻、脳の機能   

                                           情報プラットフォーム、No.349,10(2016)

  私が「進行性核上性麻痺」と診断され、「要支援2」の認定を受けたのは2015年5月である。この病気は「神経変性疾患」の中の「パーキンソン症候群」の一つに分類される。これは先に{急速に『老人力』が増しているこの頃}(本誌、No.337、10(2015)で述べた。神経変性疾患とは認知症の原因となるアルツハイマー病(AD)、運動障害を引き起こすパーキンソン病(PD)、全身の麻痺を発症する筋萎縮性側索硬化症(ALS)などである。それぞれ侵される場所は、ADでは海馬の神経細胞(ニューロン)、PDでは黒質ドーパミン神経、ALSでは脊髄運動ニューロンである。

 進行性核上性麻痺の症状の特徴は、運動障害(すくみ足、易転倒性)、目の動きの障害(下向きの視線)、構音障害・嚥下障害、そして軽い認知症とある。発症から3年弱で車椅子、5年ほどで臥床状態になると記されている。まさに進行性である。私の現在の症状は「すくみ足」である。歩き始めの一歩が出ずに足が地面に張り付いたようになる傾向がある。最も気を付けるべきは転倒による外傷・骨折である。

 「足がすくむ」ときの状況を自己分析してみる。人の脳は、さまざまな情報を認知し、学習し、思考し、情感を育み、感性を磨き、理性を備えることなど、複雑な精神機能を受け持っている。生まれてからのディープ・ラーニング(深層学習)の蓄積が人柄・人格を形成する。運動のコントロールは、視覚からの現実の空間地図に加えて、時間的変動を含めた予測、過去の複雑な変化の記憶などに基づいて行われる。

 「歩く」動作の目的は移動であるが、同時に複数の用事が頭の中で働いている。「ことのついでに」と言える思考作業である。複数の事象を同時に考えられないことが「すくみ足」の原因の一つと思われる。例えば、通路の仕切り(床の模様・配色の区切り、部屋の入口の仮想的な仕切り)で足が出なくなる。共同トイレのように、何度も通路が直角に曲がる構造では、すれ違い衝突の可能性を心配するのである。過去のそのような経験を覚えているのかもしれない。親切に通り路を作って下さると「有難うございます」と言ったまま動かなくなる。親切に早く応えようとする焦りの結果であろう。

転倒による怪我の不安のため、日常生活での運動量がどうしても不足がちになる。筋力維持の運動は不可欠と感じて、週3回、半日のリハビリに通っている。この7月で満1年になる。ここでは、ラジオ体操第一およびみんなの体操、口腔・嚥下体操とパタカラ体操、マシンによるトレーニング(レッグプレス、ローイングなど6種類)などを行う。途中で、水、ジュースなどの水分が補給される。これらの運動の中で私の病状にとって有効と思われるトレーニングは、手首・足首の曲げ・回転運動、指先の曲げ伸ばし運動、顔面・口腔の運動、そして大きな声での発声訓練である。なお、自宅では、仰向けでの体操、特にお尻上げ運動をしている。前かがみになりがちの姿勢改善に効果的である。

 特質すべきは、いつも笑顔で迎えてくれるスタッフ、膝を落として、目線を低くして声を掛けるスタッフである。送迎車のドライバーも素晴らしい。シートベルトの確認や帰宅の際の玄関ドアまでの安全確認に見落としはない。「ストレスはたまりませんか?」、「家へ帰ってから腹が立つようなことにはなりませんか?」と尋ねても笑顔である。高齢者・障害者の感情を理解し、共感するという基本が守られている。高齢化が進む高知県で、平均寿命を延ばそうとする高知県で「笑顔」を増やし続けることが大切である。

 危険を察知する注意力は、生まれて以来、さまざまな経験を積み、情報を集めて、試行錯誤の末に脳に蓄積され、記録された私の能力である。私の病変は積み上げてきたディープ・ラーニング(深層学習)の部分的な破綻と考えられる。本能として先祖から受け継いだ危険察知能力は強く残っていると思われる。

 すくみ足を防ぐために、歩き始めの第一歩に心掛けていることは、「歩幅を大きく、踵(かかと)から踏み込む」であり、加えて「胸を張って偉そうな姿勢になる」である。颯爽と歩きたいものである。

 

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 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2016年~現在に至る) 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2012年~2015年

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石垣島からのお便り その3 2016.12.12

2016-12-26 | 石垣島から情報発信

石垣島からのお便り その3 2016.12.12

ご無沙汰していますが、その後お元気でしょうか? 年賀状代わりのお便りをさせていただきました。

 今年も残すところわずかとなりましたが、その後お元気ですか。年賀状代わりのお便りをさせていただきました。
 昨年11月23日に、私・坂本耕平の母が98歳で、11月30日に妻・規子の母が90歳で他界しました。今年は二人の初盆で8月に高知へ、また二人の一周忌で11月にも高知へ帰りました。バタバタしていて、限られた方にしかお会いすることが出来ませんでした。
 両方の父は他界しており、両親を見送った私たちは自分たちの老後となる第三の人生を石垣市の娘達と暮らすことにし、今年の2月に転居しました。
 娘や婿たちは「琉球割烹 司」を立上げて5年、昨年12月に昼食限定の2号店を始めました。私達の部屋を二階に増築してもらい、まかない付きで三人の孫たちの世話や店のことを応援したりする石垣島での生活を選択することにした事は、既にお知らせさせて頂いたとおりです。
 石垣島から高知までは1日で帰れるので、高知市・平和団地の隣接する2軒の我が家には長男と次男が市内で働きながら住んでくれており、今後も元気な間は年に一度は帰って、庭の手入れなどをせんといかんねーと話しております。
 多くの方から台風はどうだったかとご心配をいただきました。石垣島の今年は珍しくまともに来た台風はなくて、昨年の強風の経験を聞きながら備えをしておりましたが、お陰様で事なしを得ました。
 台風の影響が少なかったことで、海水が混ぜられないことで海水温が高くなりすぎて、9割近くのサンゴが白化現象をおこして、心配されています。

 

 画像は、妻と訪れた石垣島の北部・平久保にあるサガリバナ群落。「幸運が訪れる」という花言葉を持つ美しいサガリバナ、夜咲いて明け方には散るのですが、蕾が次々に咲いています。

 

早朝ウォーキングとラジオ体操、妻は朝食作りが 一日のスタート!

 朝5時30分から一時間のウォーキングをして、6時30分からラジオ体操に参加しています。スマホお天気情報によると、12月12日(月)朝5時の石垣市の気温23度、東京3度・高知市5度。冬が深まるほどに日の出が遅くなり、明かりを持って家を出ると、天気の良い日は満天の星空が、日の出30~40分前からは東の空が朝焼けに染まり、空と海と街の明かりのコントラストが抜群で、行き交う人達と挨拶を交わします。
 69歳になった9月からは”ボケ防止”になればと、英会話のCDを毎日聞きながら歩いていますが、一枚目のCDから次に進みません。

 我家の前にあるマンタ公園で毎日行われているラジオ体操に、孫と一緒に夏休みから参加したのですが、今も続いています。今年の体育の日に表彰されたマンタ公園ラジオ体操会は、15人が千回以上参加、6千回参加者が4人など長く続いているようで、「規則正しい生活が送れる。風邪をひかなくなった。ゆんたくの場として活用できる。」と言う会員の声が、地元紙で紹介されました。

 妻は6時30分頃に起きて、朝食を作ってくれています。幼稚園や小学校に行く孫たちは、ばあばがつくった朝食をしっかり食べて元気に学校へ行きます。幼稚園への送迎は私の役割です。

 

我家から写したマンタ公園でのラジオ体操

 

健康づくりに熱心な石垣のお年寄り 

 =グランドゴルフ花ざかり=

 私達が住んでいた高知市春野町平和団地では、週2回のグランドゴルフに参加しているご夫婦が、団地の井戸端カフェで「私達の生きがいの一つです」と話されたことが印象に残っています。
 石垣市のマンタ公園では、毎日ラジオ体操が行われているだけでなく、天気の良い日は毎日グランドゴルフに興じるおじいとおばあの元気な笑い声と姿が、我が家から見えます。
 家から歩いて10分足らずの真栄里公園(3年先に「石垣島こども祭」を予定している公園)では、100人くらいで月例のグランドゴルフ大会が行われています。地元紙には、中央運動公園や各地の公園で実施された大会の成績が載っています。
 このほか地区対抗の駅伝大会や各種のスポーツも大変盛んです。県民所得が全国最下位の沖縄ですが、お金を使わずに楽しめるスポーツや子ども達が遊べる公園や施設が多いのには感心しています。

 

 

じいじと孫たちの石垣島アラカルト

じいじとばあばの おいしんぼ日記

琉球割烹ダイニング司<つかさ>

琉球割烹 司(つかさ) 二号店

石垣島、竹富島、鳩間島、西表島に関する記事

小浜真英氏(瓦職人)作のシーサー に関する記事

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」・・・土佐の高知にありがとう(Ⅵ)、孫たち

2016-12-15 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」ほか

土佐の高知にありがとう(Ⅵ)、孫たち   

                                    情報プラットフォーム、No.348、9(2016)

初孫の樹(たつき)君は大好きな爺ちゃんと婆ちゃんの居る高知に頻繁にやって来た。高知での樹ちゃんのことは、2歳の時は{好奇心}(高知新聞、閑人調、1998/9/24)で述べた。3歳の時のことがこの文章であり、8歳の時のエピソードは{杉の大杉}(本誌、No.213、6(2005))で、13歳の時のことは{スラグの粘性、溶岩の粘性}(本誌、No.284、5(2011))で知ることができる。現在は憧れの航空整備士を目指して、所沢の国際航空専門学校の航空整備科に在学中である。

新幹線       (記:2001/7/9)

「鈴木家は絶滅危惧種みたいなもの。だから、レッド・データブックに登録する必要があるのよ。長男の夏志のところに男の子ができなければ絶滅するよ」とちえ子が言っていました。私には弟が居ますが、女の子が3人です。「嫁の敦子さんに圧力を掛けるようなことを言っては駄目」が私の言い分です。ずいぶん古風なことを言うと思いましたが、もっとも、ちえ子の実家はすでに絶滅が確定しているのです。彼女の実家は夏志を含めて、男の子は外孫ばかりです。

昨年、ちえ子が病床にあるとき、その待望の内孫が生まれました。男の子です。「おばあちゃんに代わって、赤ちゃんによろしく伝えてね」と樹ちゃんは頼まれました。栃木県の小山市の産院にお見舞いに行くことになりました。明日は新幹線に初めて乗れると興奮気味だったようです。空港から樹ちゃんの待つ東京駅に直行です。東京駅のプラットフォームの南側に立つと、東海道、東北、上越の新幹線の入線する車両の全部を見ることができます。700系、MAX、あきたこまちなどよく知っています。樹ちゃんは興奮の極に達しています。

東京から小山まで、大満足です。産院で赤ちゃんと一緒に写真を何枚も撮りましたが、滞在時間は20分程度でした。帰りの新幹線のことばかり考えています。小山に止まらない列車が風を起こし、唸りをあげて通過します。「すげえ!」の連続です。帰り着いてみると、少し元気がありません。「おれ、新幹線、見過ぎちゃったよ。熱があるらしい」と額に手を当てています。

ちえ子はこの内孫の崚斗くんを抱けませんでした。心残りだったと思います。

交通標識     (記:2001/7./9)

  おばあちゃんが入院した昨年の夏、3歳の樹ちゃんは高知で暮らしました。アンパンマン・ミュージアムには何度も行きました。香北町谷相のハーブ園、遊園地わんぱーく高知、あちこちに見えるたくさんの風車も見に行きました。そして毎日、病院へお見舞いに行きました。

 車で出かける時は、助手席のチャイルドシートが彼の指定席です。突然「あれは何だ」と指さしします。何を指しているのか分かりません。また、「あれは何だ」、「どれのこと」。「あれだよ」の繰り返しです。ようやく分かりました。お年寄りマークでした。彼にとっては初めて見る標識だったのです。初心者マークのことは知っています。似ているが違うと思ったのです。高知では特に多く見かけます。一応の説明で納得しましたが、「おじいちゃんは付けなくていいの」と次の質問が来ました。

 5.0tとある禁止標識に気が付きました。「あれは50キロ制限じゃないよね」との質問です。「ここは弱い木の橋でしょ。だから5トン以上の重いトラックなどは、通行禁止なんだよ」と説明します。「おれ、こんなの見たことないぜ。東京にはないのかな」と生意気なことを言います。このような標識も高知ならではと改めて気が付きました。交通標識のこと、鉄道のことなら、何でも知っています。ミニカーを300台も持っています。建設機械にも詳しく、馬力を表す型番まで知っています。彼は好奇心の塊です。

 

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 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2016年~現在に至る) 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」・・・土佐の高知にありがとう(Ⅴ)、たたら  

2016-12-15 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」ほか

土佐の高知にありがとう(Ⅴ)、たたら      

                                           情報プラットフォーム、No.347,8(2016)

  「第1回たたらサミット」が東京工業大学の永田和宏先生の音頭で、東工大大岡山キャンパスで1998年に開催された。「第2回たたらサミット」は1998年に名古屋大学の黒田光太郎先生のお世話で、トヨタ産業技術記念館で行われた。その時、「第3回たたらサミット」を高知工科大学で2000年秋に引き受けることが決まってしまった。大学の立地する土佐山田町は土佐打ち刃物の主生産地として栄えた場所であり、その地に開設した工科大では開学以来、学園祭で「たたら製鉄」を続けていた(註)。これが評価された結果だと思われる。しかし、何基の「たたら操業」ができるのだろうかと心配の種は尽きなかった。

高知のたたら製鉄(記:2000/12/29)

学園祭・刃物祭りの時は毎年、家内のちえ子は工科大の先生の奥様方とご一緒に商工会の焼肉会場でボランティアとしてお手伝いするのを常としていましたが、たたらサミットのときの焼き肉は他の人に任せて、サミットの方を手伝うと言って呉れていました。

高知工科大学NEWS LETTER(Flying Fish)に「6基の炉でたたら製鉄競演(大学祭、刃物祭りに併せて第3回たたらサミット開催)」の見出しで掲載されました。高知新聞も大きく報道してくれました。10月21日(土)の講演会では250人の教室は8割以上の埋まり方、土佐にゆかりの方々の講演や4件の操業事例報告がありました。地元の方々はもちろんのこと、日刀保たたらの村下(むらげ)を務める木原明さんをはじめとする、日本各地の資料館、博物館の方々の参加もあり、大いに盛り上がりました。

22日(日)は、地元の土佐山田商工会(山下哲さんを村下とする土佐山田商工会の鍛冶屋・刃物屋さん達)、高知工科大学(中村市の岡田光紀さんを村下とする工科大生達)、それに東京工業大学、鈴鹿高専の各1基、徳島大の2基の合計6基、タイプの異なる6基の炉の操業は圧巻でした。工科大の学生は、グループごとに各炉の担当を決めて、事前の打ち合わせ、機材の調達・運搬・操業支援を行いました。イベントは大成功でした。

全ての企画を陰で支えてくれたのは朝吹美恵子さんを代表とする黒鉄会の皆さん、東工大の永田先生、名古屋大学の黒田先生など大勢の方々でした。関係者の宿泊は大学のゲストハウスと国道を斜めに隔てた大学から至近距離の温泉宿でした。前日の20日には、その「夢の温泉」で明日からの本番の準備と打ち合わせをいたしました。日本刀剣保存会のたたら操業の見学をメインとする出雲への旅行の思い出話、明日からの「たたらサミット」への期待などお酒の入った前夜祭は大いに盛り上がりました。

しかし、私にとっては大変辛い日々となりました。各地からの客人の送迎に加えて、ちえ子が救急車で緊急入院したのです。一部の方には伝えましたが、「たたらサミット」に集まった方々に黙っていることは耐え難いことでした。その後、すぐに娘の葉子と孫の樹ちゃんが東京から駆けつけてくれました。9月半ばに退院し、バリアフリーに改造した我が家での車椅子の生活が始まったばかりでした。車椅子で「学園祭」や「たたらサミット」に連れて行くつもりでした。工科大のスロープを自力で上がるのを楽しみにしていたのです。車椅子に乗り移れる乗用車などのカタログも取り寄せました。土佐山田教会の中山仰牧師さんにお持ちになっているそのような仕様の車を見せて頂きました。車椅子で行ける観光スポットなども調べました。ちえ子もこのような旅行を楽しみにしていました。

ちえ子は21世紀の手前の12月16日に力尽きました。一緒に歩いていたのに、一緒に登っていたのに、そこまで来ている21世紀なのに、何故、何故と。

註:{たたら製鉄}・{出雲のたたら}、本誌、No.184、1(2003)

 

 

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沢村さんの沖縄通信・・・「開国に導いた男、ジョン万次郎シンポジウム」開く

2016-12-07 | なんでも情報ボックス

「開国に導いた男、ジョン万次郎シンポジウム」開く

  「開国に導いた男、ジョン万次郎シンポジウム」と題した講演会が11月20日、糸満市の農村環境改善センターで開かれた。主催は、NPO法人ジョン万次郎上陸之地記念碑建立期成会。

 万次郎は1851年、アメリカから帰るにあたって、琉球国大渡浜(旧摩文仁間切小渡浜)に上陸した。その上陸地に記念碑を建設しようと活動する同期成会は、会長の上原昭氏が今年6月の糸満市長選挙で当選し、記念碑建設の機運が盛り上がっている。

 講演会では、市長である上原会長が主催者あいさつした。

 第1部の基調講演では、高知県出身の万次郎研究者、北代淳二氏が「万次郎と咸臨丸―秘められた歴史貢献」と題して講演した。

 北代氏は、咸臨丸は1860年(万延元年)、最初の遣米使節団が乗った米軍艦ポーハタン号の随行船として太平洋を渡った。万次郎は、勝海舟や福沢諭吉らとともに通弁主務として乗船したこと。しかし、ホワイトハウスでの日米修好通商条約の批准書の交換式には万次郎は出ていない。それは、万次郎が帰国し幕府に呼び出されたが、水戸の徳川斉昭が万次郎はアメリカに恩義があり通訳につけるとアメリカのためにならないことは言わないのでは、と主張し、ペリーとの交渉の際、出席させなかった。万次郎の情報や知識は尊重しながら、要注意人物と見られたことが最後までつきまとったとのべた。

 咸臨丸は「日本開闢以来初の大事業」とされ、勝や福沢は、外国人の手を借りずアメリカに行ったのは「日本の軍艦が、外国へ航海した初めだ」(勝著『氷川清話』)とのべているが、それは事実ではないと指摘した。

 咸臨丸には、99人の日本人と米海軍の命令でジョン・ブルック大尉と10人のアメリカ人乗員が航路案内役として乗船した。1960年に「ブルック大尉の日記」が公になり、咸臨丸の真実が明らかになった。そこでは「万次郎はこれまで会った中で最も素晴らしい男の一人だ。彼が日本の開国にほかの誰よりも大きく関心を持っていた」とのべている。

 北代氏は、咸臨丸の船上は、「日米異文化交流の実験場で、命を懸けた共同作業だった。日米双方のコミュニケーションが万次郎の重要な役割だった。日米の理解が深まった」とのべた。

 その後、勝は江戸城無血開城、福沢は啓蒙学者として名をなしたが、「万次郎は通訳という黒子の仕事をして、帰国後も歴史の表舞台に出ることなく、自分の果たした役割を語ることなく歴史の舞台から去って行った」とのべた。

 第2部では、北代氏のコーディネーターのもと、パネリストとしてジョン万次郎研究家の當眞嗣吉氏、糸満市教育委員会総務部長の神谷良昌氏、万次郎研究家の長田亮一氏、糸満市長の上原昭氏が報告した。

 

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沢村さんの沖縄通信・・・亀島靖氏が講演、沖縄ジョン万次郎会講演会

2016-10-18 | 交流ひろば「ワイワイ談義」

沖縄ジョン万次郎会講演会開かれる、亀島靖氏が講演

 第11回沖縄ジョン万次郎会講演会が9月24日午後、沖縄県豊見城市社会福祉協議会ホールで開かれた。劇作家で著名な琉球歴史研究者の亀島靖氏が講演し、聴衆で会場はいっぱいとなり、万次郎に対する関心の高まりを示した。

 講演会は、赤嶺光秀会長が挨拶、宜保晴毅市長ら来賓が挨拶した。オープニングで、市内豊崎小学校の愛唱歌「未來への扉~ジョン万次郎からのメッセージ」(2014年度6年生一同が作詞・作曲、嶺井るみ先生が編曲)と歌手の三田りょうさんが歌う「ジョン万次郎の歌~忘れはしない胆心(ちむぐくる)」が紹介された。

 亀島氏は「琉球歴史の謎とロマン~日本の夜明けに貢献したジョン万次郎と牧志朝忠~」と題して講演した。亀島氏は5つのキーワード「黒潮」「クジラ」「牧志朝忠」「明治維新(島津斉彬)」「産業革命」を軸に話した。

 万次郎が漁船で遭難した当時は異常気象で、通常は北に流れる黒潮が南下し蛇行していたため万次郎らは助かったという。黒潮の三大動物の一つがクジラで、当時のアメリカは捕鯨が重要産業であり、鎖国していた日本に捕鯨船が寄港できるように日本に開港させるためペリーが派遣され、琉球に先に来たこと。琉球が異国の人も来るものは拒まず迎える精神をもっていることをイギリスから琉球に来たバジル・ホールの航海記を読んで知っていたとのべた。

 万次郎は、ペリーの来る前年、琉球に上陸したが、鎖国の日本に上陸すれば打ち首にされるかもしれない最悪の事態を想定し、一番上陸しやすい国として琉球に来たが、バジル・ホールの本を読んでいたと思われる。万次郎は、「ABCの歌」をはじめて日本に紹介し、初めてネクタイをし、初めて蒸気船に乗り、初めて近代的な捕鯨術を習得した日本人でもあるとのべた。

 ペリーの来琉のさい対応した牧志朝忠(まきしちょうちゅう)は北京に留学して中国語、ロシア語、英語も学び語学の才能があり首里王府の外交を担当していた。万次郎が滞在したさい、世界の情報や本も提供された朝忠はペリーに会ったさい、「アメリカは一農民が選挙で国王になれる」と話し、ペリーは琉球の役人がジョージ・ワシントンのことを知っていることに驚いたという。

 ペリーは、「これから日本に向かうが幕府が敵対すれば艦砲射撃で江戸を焼け野原にするつもりだ」と朝忠に話したので、朝忠はすぐ那覇にある薩摩藩の出先機関である在番奉行所に伝え、早船、急便で情報が広島にいた島津斉彬に知らされ、すぐ幕府に伝えたので、幕府はペリー艦隊が来てもお台場で砲撃をしないで迎えることになったという。

 当時の琉球は中国から国王として認証される冊封(さっぽう)を受けたが、中国は琉球を支配する国とは見ていない。琉球は中国の属国ではなかった。琉球から毎年7名、7年間の留学生を受け入れ国費で学ばせるなど、とても厚遇した。その背景に火薬の原料となる琉球の硫黄が欲しかったことがあるとのべた。
 亀島氏は、RBCラジオ「おもため歴史ゼミナール」で毎日話しているだけに、とてもわかりやすく面白い内容の講演だった。

 

 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」・・・土佐の高知にありがとう(Ⅳ)リムジン

2016-07-16 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」ほか

土佐の高知にありがとう(Ⅳ)リムジン  

                                      情報プラットフォーム、No.346、7(2016)

お遍路さん   (記;2001/7/8)

 四国八十八カ所巡りを始めました。ある時、あるお寺で、風呂敷に大量の納経帳を包んで添乗員がやってきました。「急いでいますので先にお願いします」と順番待ちの列の先頭に立ちます。観光客はバスから降りません。何のためのお遍路なのか分からなくなります。でも、私たちも大差ないことをしているように思えてきました。車でお遍路を続ける熱意はなくなりました。この事件は、お遍路さんのことを真剣に考える糸口を与えてくれました。仕事から解放されて、時間が取れるようになったら、何回かに分割してでも、歩き遍路をやろうとちえ子と約束しました。

 クリスチャンの彼女に、お遍路に対して抵抗がないのか尋ねました。自分の信仰と矛盾はしないとの答えでした。観光の一つと位置づけているのか、登山のように私に合わせているのか、1400㎞を歩くことに魅力を感じているのか、信仰の中で許容できる範囲なのかなど、詳しく聞きたいことがたくさんありました。でも、それ以上の詮索はしませんでした。

リムジンバス    (記:2001/8/11)

 高知を出たのは2000年3月10日、成田発でサンフランシスコに向かいます。大学の駐車場に車を置いて、工科大発9:00の高知空港行きのバスに乗ります。このバスに乗ったのは私達2人だけで、片道料金は500円でした。

 ナッシュビル空港から予約しておいたレンタカーで、Opryland Hotelに向かいます。このホテルは迷子になるほど巨大で、トロピカル・ガーデンを囲んで2800室もの客室、たくさんのホールや会議室があります。TMS(米国材料工学会)の講演大会がここで開かれます。その中に「シャービー教授引退記念シンポジウム」があります。ここで私も講演発表をし、Sherby先生ご夫妻にお会いし、有意義な楽しい数日を過ごすことができました。

 帰りは3月18日にシカゴ発、19日に予定よりも相当に遅れて成田に到着しました。荷物の特徴を聞いたエアラインの係が、いち早く我々の荷物を取り出してきます。税関を通り抜けると、荷物を持って羽田行きのリムジンまで走ってくれます。羽田からの高知行きの最終便に間に合いました。高知空港発20;30の工科大行きのバスに乗ります。我々2人だけです。この3月の一か月間だけ試験運行している土佐電鉄のバスです。アメリカでの会議に出席する私達のために運行してくれたように思えてなりません。

 横浜の我が家は東急田園都市線のたまプラーザでした。我が家に帰るとき、羽田空港で新横浜行きのリムジンに乗り、そこから市営地下鉄、そして東急線に乗り換えます。札幌に住んでいた時も、高知に住んでからも、戻るときはその路線でした。2年ほど前に新規路線が開設されました。リムジンバスの運行が、羽田空港―たまプラーザ駅間で始まったのです。片道料金は1100円ですが、時には乗り残しがでるほどの盛況です。便数もどんどん増えています。時間帯によっては15分毎に出ています。

 首都圏と地方との格差が拡がっていく典型的な例に思えます。我々が度々利用したエア・ニッポンの高知―札幌便が廃止になります。テレビが今そのことを報じています。同じように淋しい話です。

 いま思い起こすと、アメリカからの帰り、高知空港から土電バスに乗ったのは夢ではなかったかと思います。ちえ子はバスを降りなかったのでしょう。ちえ子が乗り換えたのは、銀河鉄道バスだったようです。今頃、どこかの星座を走っているのです。

註)Stanford大学名誉教授、Oreg D.Sherby氏は2015/11/9に90歳で逝去された。文部省在外研究員としてスタンフォード大学に滞在中(1974~1975)に彼には家族ぐるみでお世話になった。

 

ご感想、ご意見、耳寄りな情報をお聞かせ下さい。

鈴木朝夫  s-tomoo@diary.ocn.ne.jp 

〒718-0054 高知県香美市土佐山田町植718     Tel 0887-52-5154、

携帯 090-3461-6571  

 

 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2016年~現在に至る) 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2012年~2015年

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次のつづき(2008年~2011年)

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次(2002~2007年 )

高知県産業振興センター発行の情報誌「情報プラットフォーム」に掲載された 「ぷらっとウオーク」 を、「高知ファンクラブ」事務局の要請を受けて、ブログでも紹介させていただくことにしました。
どうぞよろしくお願いします。     HN:鈴木朝夫

 

 鈴木朝夫の講演・出版の記録 目次

こんな祝う会も・・・鈴木朝夫先生の叙勲を祝う会 

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