細胞は悪性化する前に腫瘍の形成を感知して成長を停止させる
How premalignant cells can sense oncogenesis, halt growth
突然変異を起こした発癌性H-RASの活性化は、活性酸素種(ROS)の一種である過酸化水素(H2O2)を生成するように細胞を刺激する。
「大部分の人々は、高濃度のROSが与える可能性がある大きな損害について考える」、コールドスプリングハーバー研究所(CSHL)のニコラスTonks教授は言う。
「しかし、今回の研究は、調節されたROSの産生はむしろ有益な役割を演じることを例証する。」
研究チームは、発癌性H-RASに応じたROSの産生が、どのようにシグナル経路を微調整して老化状態に入らせることができるかを示した。
このプロセスの重要な部分は、PTP1Bというタンパク質に対するROSのインパクトである。
Tonksは、約25年前、PTP1Bを発見した。
PTP1Bは他のタンパク質のチロシンからリン酸基を取り除く作業を実施する酵素、つまりヒトには105個が存在するチロシンホスファターゼ(PTP)ファミリーの1つである。
リン酸塩を加えたり取り除くことは、タンパク質の間でシグナルを送るための主要な手段の1つである。
発癌性H-RASの細胞では、少ないがPTP1Bを不活性にするには十分なROSが産生される。
リン酸塩を除去する酵素のPTP1Bが不活性になると、AGO2(Argonaute 2)という重要なタンパク質はリン酸化されたままである。
その結果、AGO2は、細胞のRNA干渉機構(RNA interference; RNAi)に関与することができなくなる。
正常な細胞において、RNAi機構はp21という遺伝子を抑制している。
しかし、この特異的な状態(H-RASは活性化され、ROSによってPTP1Bは不活性化し、AGO2は脱リン酸化されず、RNAiは無効にされる)では、p21タンパク質は不自然に蓄積し始める。
「これは重要な段階である。p21タンパク質の蓄積は効果的に細胞サイクルを停止させ、細胞が老化状態に入ることを可能にする」、Tonks研究室のMing Yangは説明する。
「これは、我々が5年前に示した仮説の確認である」、Tonksは言う。
「我々は発癌性RASがROSの産生を誘導することを知り、これはPTPの調節につながると提唱した。今回PTP1Bという例を用いて、PTPの不活性化が複雑なシグナル・カスケードの一部としてどのように作用するかについて示す。そのシグナルは最終的に細胞の老化を誘導する。」
「酸化によるPTP1B不活化は、AGO2の作用を妨げる。ROSと遺伝子サイレンシングの明白なつながりを我々は示した。これは他の病理でも観察される可能性がある」、モントリオール大学のブノワ・ボアヴァン助教授は言う。
RNAi機構の活性を保つことにおけるPTP1Bの役割は、重要な影響を持つ可能性がある。
老化に入ることは完全に腫瘍形成を抑えるためには不十分であり、癌がその生存と増殖を促進するように進化するにつれて、発癌性の突然変異は概して増えていく。
しかし、今回の研究は癌患者の遺伝的背景を知ることの潜在的重要性を示す。なぜなら、成長の中断を誘導するために自然に生じるプロセスのための、短いが重要な期間が存在するからである。
記事供給源:
上記の記事は、コールドスプリングハーバー研究所により提供される材料に基づく。
学術誌参照:
1.チロシンホスファターゼ1B(PTP1B)によるArgonaute 2のチロシン393の脱リン酸化は、発癌性RASを誘導された老化において遺伝子サイレンシングを調節する。
Molecular Cell、2014;
http://www.sciencedaily.com/releases/2014/08/140828135521.htm
<コメント>
H-RASV12により増加するROS(hydrogen peroxide; 過酸化水素、H2O2)は、PTP1Bを酸化して不活性化することで、AGO2のチロシン393残基を脱リン酸化できないようにします。
AGO2のチロシン393残基がリン酸化していると、miRNAによるRNA干渉が阻害され、p21は活性化して、H-RASV12による腫瘍促進性miRNAを相殺します。
つまり、H-RASの変異が生じても、ROSを利用することで腫瘍形成を促進するmiRNAを阻害して腫瘍形成を抑制する仕組みです。
ROS─┤PTP1B→AGO2チロシン393脱リン酸化→RNA干渉─┤p21