那田尚史の部屋ver.3(集団ストーカーを解決します)

「ロータス人づくり企画」コーディネーター。元早大講師、微笑禅の会代表、探偵業のいと可笑しきオールジャンルのコラム。
 

愛国者たちの動向

2013年01月18日 | 世直しのためにどうすべきか
*まず西村修平さんの動きから

http://nipponism.net/wordpress/?p=19902
ここにあるように、幻冬舎と小林よしのりを相手に抗議文を送ったところ、次のような返事があった(「主権回復を目指す会」のメールマガジンより)

西村修平様


ご用件は何でしょうか?
わたくしが同席した先日の話し合いで、
わたくしはすべて済んでいると考えております。
次回のゴー宣単行本は2013年3月末あるいは4月初旬に小社から刊行予定です。
あの場で小林さんがお伝えしましたように、
西村さんによる反論のページを設けます。
字数については後日、お知らせいたします。
これは小林さんと幻冬舎の一致した考えなので、
とくにこれ以上、
申し上げることはこちらはないのですが。


幻冬舎・志儀



実に高圧的な返事で、読んだだけでカチンと来るが、幻冬舎が反論のページを割いただけでも実質的な勝利だと思う。
 小林よしのりは「戦争論」をヒットさせて、それまで主流だった被虐史観に反論を唱えた功績は大きいし私も評価していたが、西村氏批判のソースは根拠を示していないネット情報のみであり、しかも現在対立関係にある在特会の桜井誠氏と西村氏を同一視していたとのことで、実に粗雑な取材だったことが伺える。

故・石井一昌氏は櫻井よしこ女史を高く評価していた。が、私は始終ブログを読んでいたのに何か歯切れの悪さを感じた。結局ネトウヨ批判である。香山リカよりはマシだが。

結局テレビ文化人と言われるようなマスメディアに盛んに登場する人物は、暗黙の踏み絵のようなものがあるのだろう。つまり日本の裏権力の真実に対しズバリものを言ってはいけない、という踏み絵である。

*瀬戸弘幸さんの今日のブログから

http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52933968.html に
愛知・蟹江一家三人死傷「怨念の館」のタブー

▼ 顔がパンパンに腫れるまでスパナで殴られた「聖教新聞配達員」の母 ▼次男は包丁が折れるまでメッタ刺し ▼世田谷一家殺害との類似「犯人」は現場で食事を取っていた ▼「双子の三男」なぜトドメを刺されなかった? ▼「うずくまり男」を逃した愛知県警ヘマばっかり

と題して、週刊新潮、文春の記事を引用しながら歯切れのいい感想を書かれている。

殺人犯は中国人で、聖教新聞配達員の創価学会員が被害に合ったという内容。相変わらずテレビ新聞は一切こうゆう重大犯罪の詳細には触れていない。
 
*以前にも貼り付けたがhttp://ameblo.jp/jmuzu10812/entry-11330540696.html ではレックスという人が川田亜子アナウンサーは練炭自殺に見せかけた他殺だったことを詳しく報じている。ジャーナリスト黒木昭雄氏も不審な練炭自殺だったとのこと。
 このごろやたらに練炭自殺を耳にするが、練炭など相当の僻地ならともかく、東京ではマニアックな専門店にしか置いてないだろう。東京に住んで35年以上、私は練炭など見たことが無い。

http://www.iza.ne.jp/search/news/%25E7%25B7%25B4%25E7%2582%25AD%25E8%2587%25AA%25E6%25AE%25BA/ で、練炭自殺をしらべると。

栃木で車内に男女の遺体 練炭自殺か
軽乗用車内で男女3人死亡 練炭自殺か、滋賀県米原市曲
ホテルで女性3人死亡、練炭自殺か 東京・港区  
乗用車内で男女3人練炭自殺か 埼玉の河川敷  
女性がマンションで練炭自殺か 東京都墨田区
東京都八王子市長房町のアパート2階の一室で3人が練炭自殺

ごく一部だが、去年から今年まで相次いで起きている。

なにもかも闇権力による犯罪と断定するほど単純ではないが、どうも嫌な臭いがする。
 例えば愛国運動をしているとネットで工作員が中傷デマ情報を流す。これは当然だが、そういう工作員も最終的には口封じに、自殺に見せかけて殺されているのではないか、と感じている。これは単なる直感ではなく、後藤組組長が「憚りながら」の中で、殺人依頼を含め様々な汚い仕事を押し付けておいて、最後には公権力を使って逮捕する公明党の手口を暴いていることも論拠の一つである。

私は中国、北朝鮮、韓国政府は嫌いだし、カルト宗教も大嫌いだが、個人的に付き合ってみると人柄のいい人もいる。警察も典型的で、非常に正義感の強い人間もいれば、公務員は楽だから、という理由で警察官になり、時の権力にすりよる人物もいる。弁護士や裁判官も全く同じ。
 つまり、個人個人の人格主義を尺度に見れば十人十色だが、それが巨大な組織となって権力を持つと手の終えない自家撞着的存在に変質してしてしまう。

この矛盾をどうにかできないか、といつも思う。

書きたいことは山ほどあるが、深夜を過ぎたのでこれで失礼します。